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ミネルバはオーブ連合首長国領海を目前にしていた。
機体コードの一部をオーブ軍内で通じるものに切り替え、キラはブリッジへ通信を入れる。
「"GARMR&D"キラ・ヤマト、発進します。許可を」
カナードのときとは違い、タリアは少しだけ迷った。
「出た瞬間に標的にされることは、ないのね?」
友軍が居ないこの状況で、その問いは彼らにとって切実なものだ。
なのでキラも真面目に答えた。

「大丈夫です。"正式な許可証"を持っているフリーダムを撃てば、軍事裁判確定ですから」

雇い主であるロンド・ミナ・サハクは、オーブ五大氏族だ。
中でも軍事に関することは、代表であるアスハ家以上に発言権と命令権を持つ。
その彼女が"GARMR&D"に貸し与えたIDは、オーブ国内における彼らの『完全な保護』を可能にするものだ。
一介の傭兵に過ぎない彼らにそこまでの特権を与えて尚、見返りがあるとミナは評価していた。

ミネルバから発進したフリーダムは、領海へと進入する。
案の定、オーブ護衛艦や配備されているMSは、銃口を向けたままその機体を見送った。
(本当に、厄介な傭兵ね…)
一体どのような伝を持っているのか。
タリアはオーブ護衛艦の責任者と幾つかの言葉を交わし、ミネルバの警戒レベルを下げる。
(当面の問題は、こちらだけれど)
1段上にあるオペレーションスペースを見上げ、尋ねる。

「アスハ代表。ミネルバの整備や補給は、して頂けると思ってもよろしいのですか?」
「え?あ、ああ、もちろんだ!ミネルバのおかげで、地球は壊滅的な被害を免れた。
私たちに出来る礼は、それぐらいだからな…」
「いいえ。とんでもない」

笑みを返すと、ようやくカガリも笑みを浮かべた。
しかしその表情はすぐに翳る。
隣で彼女らを見守っていたアスランも、膝の上に置いた拳を知らず握り締めた。
(キラ、カナード…。お前たちは、一体何を考えてる?)
カガリやアスランだけではない。
先の大戦を第三勢力の人間として生き残った者は皆、彼らを知っている。
知っていて、彼らが戻らなかったことを絶望として迎えたのだ。
キラのフリーダムは、『剣』。
カナードのハイペリオンは、『盾』。
彼らは旗艦エターナルに次ぐ第三勢力の象徴であり、彼ら無くしてあの戦果は成し得ない。

(ラクスに、なんて言えば…)

ジェネシスを破壊したあの日。
どこからか飛んで来たトリイが持っていた、指輪。
それは最後の出撃時に、ラクスがカナードへ渡しキラへ託したものだった。





オーブ本国の海岸沿いにフリーダムを飛ばし、キラは崖の一部に隠されていたドッグへ入る。
(…案外、"アルマ"がヘリオポリスの軍事に関わってたのは本当かもね)
先の大戦が激化の一途を辿る切っ掛けとなった、オーブ国コロニー・ヘリオポリスのザフト軍急襲事件。
原因である当時の最新鋭MS、ストライクを筆頭としたGATシリーズの開発。
それを行っていたのが、当時のサハク家ではないかと。
(オーブ五大氏族って仲悪いらしいしね)
ドッグを奥へ進むとふいに視界が開け、設備の整った港と格納庫があった。
幾人かの整備士の手信号を元に、指定された場所へフリーダムを下ろす。
《私も出るのか?》
大人しく座席の下に寝ていたカナリアが問う。
キラはヘルメットを外し、頷いた。

「うん。今回の依頼は、カナリアの"動ける"っていう性能が必要だからね」

機体から降りると、整備チーフらしい人物がやって来た。
「『幻影のシャヘル』様とお見受けしますが」
「そうです」
「機体は我々が責任を持ってお預かり致します。
ロンド様からは、"直接屋敷へ足を運ぶように"との言伝が」
「分かりました。ありがとうございます」
カナリアを肩に乗せ、キラはエレベーターで屋敷のある地上階へ上る。



セキュリティの扉をいくつも通り、ようやく本邸へ辿り着いた。
持っていたIDパスを電子ロックへ翳し、カチリと鍵の外れる音を聞く。

「お待ち致しておりました。『幻影のシャヘル』様」

キラを出迎えたのは、1人のメイドだった。
モノトーンの世界に生きるキラには、彼女の髪色などは分からない。
ただ、年齢がほとんど同じであろうことは予想出来た。
「どうぞ。ご案内致します」
彼女の後に続き、屋敷へ足を踏み入れる。
…通されたのは応接室ではなく、客間。
貴族の屋敷らしい調度品は普通に生活するには申し分なく、右手の奥には扉がもう1つ。
視線に気付いたメイドの女性が、キラへソファを勧めた。
それに従い彼女へ目線で尋ねると、程なくして求めていた回答が得られた。

「こちらの部屋は、"GARMR&D"のお2人に自由にお使い頂くためのものです。
電子ロックのパスワード等は、後ほどお伝え致します。ご用の際は、そちらのインターホンを。
ロンド様への通信手段や電子機器系統は、右手の扉向こうにございます。
…申し遅れました。私はお2人がいらした際のお世話を仰せつかった、ソウカと申します」

整った礼を済ませた彼女は、サイドテーブルに置いてあった紙筒を手に取る。
何だろうかと身を乗り出したキラに倣い、カナリアがソファの前の机に飛び乗った。
ソウカというメイドは、その紙面をカナリアが上った机に広げた。
「ではシャヘル様。こちらがアスハ家とセイラン家の屋敷見取り図になります。
残念ながら、電子媒体へ落とし込むことが出来ませんでした」
「本当にこの2件だけで良いって?」
「はい」
主ロンド・ミナ・サハクの意向を、ソウカは一字一句違えず伝える。
キラは釈然としないものを感じた。

「ソウカさん、だよね。相当手慣れてる感じだけど、本当に1年前に雇われたばっかり?」





オーブへ入港したミネルバを、政府高官や軍人が出迎えた。
「ああ、カガリ!怪我はなかったかい?!」
最初に声を上げたのは、オーブ五大氏族セイラン家の跡取りであるユウナ・ロマ。
…体裁上、カガリの婚約者ということになっている人物だ。
彼に大丈夫だと苦笑を返し、カガリはその隣の宰相であるウナト・エマ・セイランを見る。
「ご無事で何よりです。カガリ様」
年齢的に若すぎる彼女を補佐しているのが、セイラン家当主のウナトである。
彼はカガリの後ろに控えていた、ミネルバ艦長タリアと副長アーサーへ目礼した。

「貴艦には、こちらで出来る限りの整備や修理、補給を行わせて頂く。
首長代表を無事に送り届けて頂き、厚く礼を申し上げる」

それに敬礼を返したタリアは、躊躇いがちに問うた。
「…地球への被害は、どれ程の規模でしょうか?」
誰もが押し黙り、ややあってウナトが重い口を開いた。

「…単刀直入に申し上げましょう。壊滅的です。
ユニウスセブン落下により、大陸沿岸部にあった主要都市はほぼ全滅。
小さな島々は丸ごと呑まれ、このオーブとて例外ではない。海岸線は数km後退し、幾つかの街や村が消えた。
一部のコーディネイターが行ったこととはいえ、多くの人々があなた方への憎しみを募らせている」

さすがのタリアでも堪える、厳しい言葉だった。
ユウナがそれに付け足す。

「そしてもう1つ。水没直後のワシントンやNYで、『ザフトのMSが破壊活動を行った』のも事実だ。
調べて頂ければ、すぐに分かるでしょう。それがテロリストの仕業であっても、"同じ"だということがね」

カガリも言葉を失った。

「な…っ?!水没した都市を、MSが襲っただって?!」

タリアはそこで悟る。
(事実…なのでしょうね。乗じたコーディネイターが地上にも居たのか、連合側の扇動という可能性も…)
本国へ確認を取らなければ。
その前に、カガリと同じく首長であるセイランに確認しなければならない。

「コーディネイターでありザフト軍である我々ミネルバに、この地での長居は無用と?」

予想通り、明確な肯定が返ってきた。
カガリは思わずウナトへ怒鳴る。
「ちょっと待て!確かにユニウスセブンは落ちた!地球は大きな被害を受けた!
けれどここまで砕けたのは、ミネルバの尽力あってこそだ!それに私を守ってくれたのも彼らだ!!」
ウナトは彼女の抗議に、静かに首を横へ振った。

「カガリ様。貴女は我が国がどれだけの被害を被ったのか見ていないから、そのようなことが言えるのです。
申し訳ないが、ミネルバには整備が終わり次第、すぐにオーブを出て頂く」


艦内に居る者たちは、まだこの事実を知らない。