「ちょっ…、キラ君!カナード君も!!それはどういうこと?!」
ブリッジにマリューの声が響いた。
"キラがラクスを許可なく勝手に逃がした"
それは、軍人という立場からすれば大変なことで。
忙しいマリューはフラガとナタル、そしてキラとカナードをブリッジへ呼び出した。
…軍法会議は、裁判官等が3名以上いなければならない。
他のクルーたちが居るのは、この際仕方がない。
しかし、裁かれるべき人物であるキラから発せられた言葉は、想像出来る域を超えていた。
「あなた方に、僕たちを裁く権利はありません」
-月と太陽・6-
このキラの言葉には、マリューでなくても叫ぶだろう。
ナタルが努めて平静を装い、尋ねる。
「ヤマト少尉、それはどういう意味だ?」
キラは逆に聞き返した。
「どういう意味って、そういう意味ですけど?」
((どういう意味だよ…))
聞き耳だけ立てているクルーは、密かにツッコミを忘れない。
ナタルはため息をついて言い直した。
「では言い換えよう。なぜ我々が、君たちを軍法会議にかけることが出来ないのか?」
キラはああ、と手を打った。
「理由が3つほどありますね」
「…3つ?」
キラはマリューたちを順番に見回すと、指折り数えて言う。
「まず1つ、僕たちは大西洋連邦軍ではありません」
間を置かずにナタルが反論する。
「それは関係がない。たとえ所属が違っていても、だ。
不測の事態についての処遇は、その事態が起こった軍の内部に判断が委ねられている」
キラはたいして驚く様子もなかった。
「そうですか。でもあなた方は、ラクス・クラインを保護した際に、他の艦隊にそれを伝えましたか?」
ちなみにこれが2つ目です、とキラは付け加える。
その言葉にマリューは首を横に振った。
「…いいえ」
アルテミスを出てから、AAは先遣隊以外と連絡が取れなかった。
その先遣隊も、連絡を本隊に伝える間もなく…全滅。
キラは満足げに笑う。
「じゃあこれで終わってもいいですね。でも最後の1つ、お教えしましょうか?」
マリューたちが頷くのを見て、キラはカナードを見た。
カナードはキラの視線に気づくと笑みを作る。
「あんたらは、証拠を持ってるか?」
誰もが首を捻った。
…何のことなのか分からない。
キラが続けた。
「あなた方が聞いたのは声、見たのは映像。そのどちらかでも残っていますか?残ってたら驚きですけど」
誰もが言葉を失う。
フラガが声を荒げた。
「ちょっと待てよ!ならここのプログラムの侵入跡は何だ?!」
AAの内部機能を司るプログラム。
その一部に何者かが侵入し、動かした形跡が残っていた。
キラはさらりと言う。
「じゃあその侵入跡、逆探知出来ますか?」
…出来るわけがない。
キラはそんな確信を持っていた。
自分ならともかく、カナードはそんなヘマはしない。
それでもキラは言った。
「それで納得出来ないと言うなら、僕たちがここを出て行くだけです」
「「「なっ?!」」」
誰もが驚きに目を見張る。
しかしナタルとフラガは違った。
「…そう簡単に出て行けると?このAAから」
「俺たちに止められるって考えはないのか?」
マリューも俯き加減でありながら、断固として告げる。
「もし貴方たちが出て行くと言うのなら、不本意でも貴方たちを拘束するしかありません」
もうすでに、アルテミスからも第八艦隊からも、この2人のことを任されているのだ。
…その言葉が消えるか否か。
カナードの纏う空気が変わった。
「止める?誰が?」
それはアルテミスで見たときの彼が、始終纏っていた"殺気"だ。
マリューたちがAAで彼ら2人に会ってから、初めて感じたもの。
傍に立つキラも、ざわりと周囲を染める殺気をその身で感じていた。
ただならぬ空気に他のクルーは息を呑み、フラガは銃のホルスターへ手を伸ばす。
マリューはそれを制してカナードを見た。
「貴方たちの言葉は考慮します。けれど…もう少し私たちを信用してくれないかしら?
同じ連合軍、友軍でしょう?私たちは、貴方たちを信用したいのだけれど」
殺気を放つ眼が細められ、その口元が弧を描く。
「悪いが俺は、自分以外信用しない」
今も昔も、自分以外は全て"敵"。
呆気にとられるマリューたちを尻目に、カナードはブリッジを出た。
その彼を、キラは哀しげな瞳で見送る。
張りつめた空気から解放された他の者たちは、思わずホッと息をついた。
閉まった扉を見つめながら、マリューは遠慮がちに口を開く。
「キラ君、あのカナードという子は…」
どういう環境で育ってきたのかと、そう尋ねたい。
しかし自分にそこまで踏み込む権利など、あるはずがない。
表情を曇らせるマリューに、キラも目を伏せる。
「詳しいことは僕も知りません。分かるのは彼が、戦争と狂気、飽くことの無い欲望。
そんな中で生きるしかなかったことです。僕には…想像も出来ません」
キラは一礼するとブリッジを出た。
その背を呼び止める術を、マリューたちは持たない。
「…全く分からんが、2人とも随分と複雑なとこに立ってそうだな」
フラガはがしがしと頭を掻く。
「キラもキラで人が変わったのか変わってないのか…」
「キラは変わってなんかいません」
揺るぎない声が聞こえた。
ミリイが立ち上がり、困惑するマリューたちを見ていた。
「それに、私たちはカナードさんのことを何1つ知りません」
「そりゃそうだが…」
反論に窮するフラガ。
ミリイは以前キラに聞いた言葉を思い出した。
『…心なんて』
『そんなもの、とっくに壊れてる』
『だから、僕から彼を奪わないで…』
何があったのか、聞いてはいけない。
「キラはキラです。それ以外の誰でもありません」
強い眼差しに相乗される強い口調。
普段のミリイの姿からは、あまり想像がつかない。
それでも、マリューたちを説得するには十分だった。
「キラはキラ、か…」
フラガは苦笑を浮かべ、ナタルはため息をついて持ち場に戻る。
マリューもまた、ミリイに微笑んだ。
「…そうね。それなら私たちは、そう言うあなた達を信じてみるわ」
食堂の傍にある、AAの通路で唯一外を眺められる場所。
カナードはそこにいた。
キラは遠目からその姿を見つめる。
『俺は、自分以外信用しない』
カナードが言い放った言葉は、心に深く突き刺さった。
だからこそ、ラクスが残していった言葉が気になって仕方がなかった。
『カナード様も、同じことを仰っていましたわ』
『先ほどの私の言葉、是非ご本人にお聞きくださいな』
聞くのが怖い。
けれど、聞かなければ…自分はどうすればいい?
「ねえカナード…」
距離を保ったままキラは声をかける。
外を眺めていたカナードは、視線だけキラへ向けた。
「ラクスさんに、なんて答えたの…?」
「?」
さすがにこれでは意味が通じないだろう。
それを見越しているキラは窓に近づき、同じように外を眺める。
「…聞かれたんだ。僕にとって、カナードはどういう人なのかって」
窓の外には、星が散らばる黒い空間。
「僕は、"カナードがいるから僕がここにいる"って答えた。そしたら…」
「俺が同じ答えだったって?」
先を言われたキラは外から視線を外し、カナードを見る。
カナードは外を眺めたまま。
「…確かにそう言ったな。"お前という人間が俺の存在証明だ"と」
言った後で、カナードは軽く目を閉じた。
ラクスに聞かれて、気づいてしまったことがある。
…自分は、これからどうする気なのかと。
確かに失敗作である自分は、成功体がいて初めて存在が分かる。
しかし所詮は失敗作、成功体とは違う。
たとえ成功体を殺したところで、成り代わることは出来ない。
そう気づいてしまった。
だが、認めることなど出来るわけがない。
認めてしまえば、この身に渦巻く憎しみを、怒りを、ぶつける場所がなくなる。
「…カナードは強いよね」
「は?」
思考を引き戻されたカナードだが、意味が分からない。
キラは構わずに続ける。
「自分を信じられる人は、強い人だから」
外を眺めるキラは、黒い空間に向かって手を伸ばした。
伸ばした手はガラスに阻まれ、云い知れない孤独感をもたらす。
知らず声が震えた。
「僕は…自分ほど信じられないものはないよ……」
信じていた平和は崩れ、信じていた友人とは立場が違った。
信じられるものは、もうたった1つしかない。
「カナードは僕のことを…ほんの少しでもいい、信じてはくれないの?」
何も信じずに生きられるはずがない。
けれど他に、信じられるものが存在しない。
信じたものに裏切られるのが怖くて、信じるという行為にすら恐怖する。
「もう僕は…トールやミリイも本当の意味で信じられない」
キラは黒い宇宙を見つめながら、ガラスに置いた手を握りしめていた。
「友達を信じることが出来ない。自分を信じるなんて出来るわけがない。
僕が信じられるのはもう、カナードだけだ。でも…」
不意に泣きたくなる。
自分は、なんという場所に立っているのだろうと。
周りのどこを見回してみても、どんなに声を上げてみても、闇の中から抜け出せない。
誰も救いの手を差し伸べたりはしない。
「カナードが僕を信じてくれないのなら、僕はどうすればいいの?!」
誰にも必要とされない存在は、一体どうすればいい?
俯いて声を震わせるキラに、カナードは目を細めた。
…こんなものでは、終わらせない。
裏切られることのない自分には、その苦しみがどういうものか分からない。
けれど、見ていてこれほど面白いものもない。
「誰にも必要とされないのなら、死んだ方がマシか?」
キラは顔を上げ、カナードを見た。
カナードの指がその頬をなぞる。
「もっと苦しめよ。苦しんで苦しんで…絶望ってやつがどんなものか見つけてみろよ」
自分の知る"絶望"とは種類が違うだろうが、そんなことはどうでもいい。
「お前が俺を信じるのは勝手だ。俺は自分しか信じない。だが、使えるものはちゃんと使うぜ?」
その言葉は救いの手か、それとも死神の宣告か。
キラは自分に触れる手を掴んだ。
「…本当?」
カナードは笑う。
「死にたければ、生きて苦しんでみろよ」
そのままキラを引き寄せると、カナードは乱暴に口付けた。
キラの眼に、同じ紫紺色が映る。
「少なくともその間は、見放さずにいてやるぜ?」
カナードはそんな言葉と冷笑を残し、通路の向こうへと消えた。
キラはただ、彼の去った方向を見つめる。
「僕は…またあの手を取っちゃったのか……」
キラは自分の唇を指でなぞる。
その口元は笑みを形作っていた。
「僕が生きてる間は、見放さずにいてくれるんだね」
自分を殺すのは…彼。
それなら、これ以上の道はない。
やはり自分はだめだな、とキラは今更ながらに思った。
…暗に傍にいても良いと言われ、驚喜した自分がいる。
自分を信じてはくれないけれど、その眼が映しているのが自分だけならそれでいいか、と。
闇の中で差し伸べられた手が、同じ闇色でも構わない…と。
その姿はさながら、黒の天使に許しを請う咎人。
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