「本当にここまでご苦労だった。
少しの間だけだろうが、ゆっくりと休んでくれたまえ」
「ありがとうございます」
マリュー、フラガ、ナタルは戦艦メネラオスにて、提督ハルバートンと面会していた。
ヘリオポリス、アルテミス、デブリ帯。
幾度となくナスカ級と剣を交え、多くの犠牲を払って。
思いもよらぬ人物に出会いながらも、AAはようやく第八艦隊と合流を果たした。
-月と太陽・7-
「「…疲れた……」」
第八艦隊と合流を果たし、慌ただしいAAの格納庫。
その中でキラとカナードはそれぞれの機体から出ずにいた。
第八艦隊との合流直前に受けた、ローラシア級ガモフの奇襲。
相手はヘリオポリスで奪取された内のGAT3機とジン、対するこちらはMS2機とMA1機。
AAとしてはラクスの一件が片付き、艦隊と合流出来るという安心感を狙われたのだから痛い。
「おーい坊主ども!大丈夫かー?!」
マードックが出て来ない2人を心配して声を掛けるが、当の2人は返事をするのも億劫だ。
「キラッ!大丈夫か?!」
また別の声が聞こえてきた。
キラは薄目を開けて外を見る。
「えー…と、…トール?」
返事を返したキラに、トールは安堵したようだった。
「ほら、水持ってきたぜ」
トールは持っていたボトルを投げ渡した。
「…ありがと」
「いや、でも凄かったよな。さっきの戦闘」
ミリイの隣りで副操縦士をやっていたトールは、アヌビスとハイペリオンの戦いにただ目を見張っていた。
アヌビスとハイペリオンがいなければ、この艦は今頃どうなっていたことか。
しかしキラはというと、先の戦闘に関してあまり覚えていない。
「そうなの?なんかこう…急に視界が開けたような気はしたけど」
ミリイは勇気を出してハイペリオンへ近づいた。
「あの、大丈夫ですか?」
「…?」
聞き慣れぬ声にカナードは閉じていた目を開けた。
そこにいたのは、確かキラと喋っていたという記憶がある少女。
「水、持ってきたのでどうぞ」
そう言うと少女は返事を待たず、ボトルを投げ渡してきた。
「…ああ、サンキュ」
カナードは内心首を傾げつつも、有り難いことに変わりはないので礼を言ってそれを受け取った。
一方のミリイは、まさか礼を言われるとは思っていなかったので驚いた。
しかしそれを顔には出さず、にこりと一礼してハイペリオンを離れる。
(やっぱり、人は見かけによらないわよね!)
何となく嬉しく感じながら。
その様子が目の端に映ったキラは素直に感心した。
「…勇気あるね、ミリイ……」
トールもそれに力強く頷いた。
「そうだよな〜…。俺だったら途中で引き返しそう」
「何言ってんのよ、情けないわね!」
アヌビスの元へ来たミリイは、トールの言葉を聞き咎めた。
「人は見かけによらないって言うでしょ?それに、キラは平気なんだから」
今度はトールが言い返す。
「そりゃそうだけどさ。けどキラはいつも一緒にいるんだから、当たり前じゃん」
キラはほとんどカナードの傍にいる。
カナードが近寄りがたい人物だとしても、常に傍にいるならそれは関係がない。
だが、キラは答えるのに少し戸惑った。
「…うーん、確かにそうだけど。僕は彼にとって"特殊"だから」
トールとミリイは首を捻る。
「なんか、言い方おかしくないか?」
「…"特別"じゃなくて?」
キラは自嘲ともとれる笑みを浮かべた。
「うん。たぶん…"特別"とは違うから」
心の奥底で、"特別"ならいいと望む自分がいる。
叶うはずのない夢を飽きずに見て、満足しているのも否定しない。
マリューたちはここまでの経緯をハルバートンに報告していた。
特に1番気を遣わずにはいられなかったのが、例の2人について。
ハルバートンは手元の資料を見ながら、ただしきりに頷く。
「キラ・ヤマトとカナード・パルス…。ユーラシアがこのような人材を得ていたとは…」
ユーラシア連邦にMS技術はなかった。
大西洋連邦と同程度の勢力を誇ってはいたが、技術面に関しては劣っていたのだ。
こちらにないものと言えば、アルテミスの傘…"光波防御帯"ぐらいか。
それがたった2人のコーディネイターにより、大西洋連邦に並ぶほどのMSを持つに至った。
…もっともそのMSについては、この2人だからこそあれだけの戦いが出来たのだろうが。
気になるのは彼ら両方共が、詳細の不明な点が多すぎること。
特にカナード・パルスについての詳細はほとんどない。
「これは少々信用に欠けるが…まあ、仕方なかろう」
小さく息をつくと、ハルバートンは再びマリューたちへ視線を向けた。
「君たちはこの2人をどう考えている?」
マリューたちは返答に躊躇した。
…言葉で言い表すには難しい。
ややあって、マリューがまず口を開いた。
「私は…彼らは信じるに値する人物だと考えています」
「ほう。ではフラガ大尉、君はどうだ?」
「…あの腕は信用出来ますが、ちょっと問題あり…ですね」
「ではバジルール中尉、君は?」
「確かにあの戦闘技術は捨てがたいものです。
しかし、軍の規律を守らず勝手な行動を起こすのは問題かと」
「…何とも複雑だな」
ハルバートンは三者三様の答えに再びため息をついた。
マリューたちもそれにつられたのか息をつく。
仕切り直すように、ハルバートンはガラリと話題を変えた。
「ストライクはどうなっている?」
「あ、はい。ヤマト少尉が整備を担当していますが、1度ランチャーを使用しただけでパイロットは空白です」
宝の持ち腐れほど、軍で勿体ないことはない。
てっきり咎めを喰らうのかと思ったが、意外にもハルバートンは嬉しそうに頷いた。
「そうかそうか。それは良かった」
「「はい?」」
何が良かったのか、マリューたちには理解出来ない。
ハルバートンはそれを汲み取ったのか、改めて言い直した。
「なに、そうだろうと思ったのでね。パイロットを1人連れてきていたのだよ」
もちろん、空白のストライクの。
「入ってきたまえ」
扉へ向けて声を掛けると、相手は待機していたのかすぐに開く。
「あれ?何でフラガがこんなとこに?」
入ってくるなりそんな言葉を放った、それは少年だった。
名指しされたフラガは驚きを隠せず同じ言葉を返す。
「なっ、スピネル?!何でこんなとこに?!」
「…それ、俺が聞いてんだけど」
その少年は呆れた顔でフラガを見遣った。
銀青色の髪に翡翠(ひすい)色の眼をした、キラやカナードと同じように線の細い少年。
彼らと同じ、あつらえたかのように整った容姿はまるで…
「フラガがここに居るってことは、またアンタと同じ隊なのか?俺は」
言ってからその少年はハルバートンを見た。
事情が分からず、マリューとナタルは彼らを見返すしかない。
ハルバートンは愉快そうに笑うとこう言った。
「彼はスピネル・フォーカス。先に言った、ストライクのパイロットとなる少年だ」
「「ええっ?!」」
驚くマリューたちに、その少年は人好きのする笑みを浮かべた。
「初めまして、ラミアス艦長。バジルール副長。ついでにフラガ大尉も。
大西洋連邦中央司令部所属、スピネル・フォーカス中尉です」
「…ついでってのは酷いんじゃないの?」
フラガは苦笑する。
たった今言われたことが信じられず、マリューとナタルは思わずその少年を見返した。
…どう見ても、目の前の少年は成人に至っていない。
その年で、中尉。
スピネルという名の少年は机上の時計に目をやり、何かに気づいたようだ。
「提督、もう時間じゃないか?」
「…そうだったな。では諸君、私はここで1度失礼する。
彼についてはフラガ大尉がよく知っているだろう」
ハルバートンはスピネルをその場に残し、部屋を後にした。
他の艦隊との連絡等があるのだろう。
残されたAAの面々の中で、ナタルはまずフラガに尋ねた。
「フラガ大尉、彼と知り合いで?」
フラガはう〜んと唸ってから答える。
「知り合いというか何というか…月面戦線のとき、同じ隊だったんだよ」
彼の"エンデュミオンの鷹"という二つ名は、その時についたものだ。
グリマルディの戦いの話なら、マリューとナタルも聞き知ってはいる。
フラガは改めてスピネルを見た。
「しっかしね〜、お前は二度と宇宙には来ないと思ったんだけどなあ…」
むしろ自分でそう言ってただろ、と指摘する。
途端、スピネルは不機嫌な顔になった。
「あったりまえだ。誰が好きでこんな場所に来るかよ!あの野郎、根回しなんざしやがって…」
よほど嫌なことがあったのか。
「あの野郎ってのは?」
不思議に思ったフラガが口を出す。
「どっかの上層部のバカだよ!思い出したらマジでムカついてきた…」
「と、とりあえずスピネル君。聞いてもいいかしら…?」
聞きたいことを何も聞いていないマリューは、何とか場を取り持つ。
ひと通り不満を言い切って、スピネルも落ち着いたらしい。
訊かれる前に言った。
「ああ、俺?俺はナチュラルだぜ」
「「えっ?!」」
どうも驚いてばかりいるような気がする。
それに対する疑問の前に、スピネルはこう尋ねて来た。
「艦長も副長も、ずっと宇宙(うえ)にいた人?」
マリューとナタルは顔を見合わせる。
「いいえ。新艦造船の際に」
「同じく」
「あ、じゃあ地球にいたこともある…。それなら聞いたことあるか?"メデューサ・パピヨン"って名前」
「メデューサ・パピヨン…石化の蝶?」
「そう」
聞き覚えのある単語にマリューは記憶を手繰り寄せる。
ナタルが先に思い出した。
「まさか…君があの?」
ついでマリューもハッと気づく。
…"連合国軍の宝"と呼ばれる、上層部がいたく気に入っているという兵士。
その戦い方は、相手の動きを刻を止めたかの如く停止させるために"石化"と呼ばれ、敵味方双方から恐れられる存在。
コーディネイターと同等以上の能力を有する、数少ないナチュラルの軍人。
『神に愛された少年』
ほとんど動かずにいて体力は回復したが、今度は強烈な眠気がキラを襲った。
「うう、眠い…でも寝ちゃだめだよねえ……」
キラのそんな呟きを聞いたカナードは呆れた。
「…MS開発で1週間寝ずにいたヤツの言うセリフか?」
自分たちがダウンしている間に格納庫はすっかり整頓され、クルーが整列していた。
誰か上の人間が来るらしい。
キラもようやくコックピットから出て、下の階を見下ろした。
「…別にあそこに居なくてもいいよね?」
「…さあな」
たとえここが無重力空間でも、動くことが疲れるのだから面倒。
すると別の方向から声が聞こえてきた。
「別にいいんじゃねーの?提督はどうせ後でこれ見に来るし」
声の方向へ振り向くと、そこにはAAクルーではない人物が立っていた。
まるで計算されたかのような容姿を持つ、自分たちと年が同じくらいの少年だ。
彼はアヌビスとハイペリオンを見上げて感嘆のため息をつく。
「近くで見るとやっぱスゲーな。お前ら2人だけで造ったんだろ?」
キラが気になっていたことを、カナードが訊いた。
「…お前、コーディネイターか?」
すると返ってきたのは否定の言葉。
「いいや、俺はナチュラル。おかげで上は重宝してくれてるけどな」
そう笑って、彼はキラとカナードへ向き直る。
「自己紹介が遅れたな。俺はスピネル・フォーカス。
ついさっきストライクのパイロットに任命されたんでよろしくな」
思いもよらぬ言葉に、一瞬間が空いた。
「ストライクの?」
「あ、じゃあ僕が整備する必要ないんだ?」
2人は警戒心を解き、キラはにこりと笑って手を差し出した。
「僕はキラ・ヤマト、彼はカナード・パルス。こちらこそよろしく」
スピネルも手を差し出し握手を交わすが、あれ?と首を傾げた。
「お前がキラ・ヤマト?じゃあ、ハイペリオンに乗ってるのはそっちだよなぁ…?」
「「?」」
怪訝な顔の2人に気づいたスピネルは、これまた思いもよらぬ名前を呟いた。
「へえ。"セクメト"と"アルテミス"なんて言われてるけど、中身は逆なんだな」
「…は?」
資料で見かけるような名前にキラはぽかんとする。
一方のカナードは、不快感を露にした。
「…誰が何だって?」
スピネルは面白そうにもう1度言った。
「アヌビスは"セクメト"、ハイペリオンは"アルテミス"」
キラもようやく、何を言われているのか理解した。
「…それ、一体誰が付けたの?」
「さあね。けどこの間の、ローラシア級とAAの戦いで付けられたことは確かだぜ」
カナードは思いっきり嫌な顔をした。
「何で"アルテミス"なんだ。しかも女神…」
ギリシャ神話の月の女神、アルテミス。
冷徹な女神で男は兄のアポロン以外、誰1人として近づけないという。
その手で射る矢は百発百中の、狩猟を司る女神だ。
「そうか?ぴったりだと思うけどな。ビームライフルは百発百中、光る盾は己を何者からも守る鉄壁」
それにユーラシアの1stMS。
何と言っても、"アルテミスの傘"がユーラシア連邦の本拠だ。
そのことがカナードの不機嫌度をさらに上げている。
「…ねえ、"セクメト"って?」
ある種、場違いな質問をキラは発した。
知らないのだから仕方がない。
キラはカナードを見るが、どうやら彼も知らないようだ。
スピネルを見ると、そちらはその言葉の意味を思い出そうとしているらしかった。
「確か…エジプト神話の女神?太陽神ラーに反逆したとか言う破壊の女神」
「結構な言われようだな」
カナードのからかうような声にキラはムッとした。
…しかもまた"女神"。
「ホントに誰?そんな名前つける悪趣味な人」
どうやらキラは、"破壊"というシンボルに腹を立てたらしい。
しかしスピネルはあっけらかんと笑う。
「お前らはまだいい方だって。俺なんか"メデューサ"だぜ?綺麗さの欠片もナシ」
「…だから、何で女神なんだ」
「てゆーかホント、誰がつけたの…」
3人の間に微妙な連帯感が生まれたらしいとき、スピネルの予想通りハルバートンがやって来た。
「君たちとは初めましてだな。ヤマト少尉、パルス少尉。
フォーカス中尉と仲良くやれそうかね?」
「「中尉?」」
2人はその言葉にスピネルを振り返った。
当のスピネルは苦笑する。
「興味本位で上がってみたはいいけど、変わることは何もないんだよな。
なあ提督、少尉に戻せない?つーか戻りたい」
((…無茶苦茶だな……))
キラとカナードは思った。
提督も苦笑する。
「ははは、無茶は言わんでくれ。君は一体何度、昇進を断っているのかね?」
「ん〜、3回くらい?」
「えっ!3回も断ってるの?!」
「…そのまま昇進してれば少佐だな」
「君なら良い指揮官になると思うのだが…」
「お断り!上に上がれば上がるほど責任が来るし、前線に出れないし。机上の采配なんてまっぴらだ」
「「…言えてる」」
「君たちまでフォーカス中尉と同じか。ラミアス艦長も苦労するな…」
ハルバートンは苦笑して、アヌビスとハイペリオンを見上げた。
「末恐ろしいものだな、君たちは。奪われたGATを、何も知らずとも最強の兵器にしてしまう」
言わずとも、キラやカナードも含めたコーディネイターのこと。
スピネルは眉を顰めてハルバートンを見遣る。
「全部知ってて動かせなかった、こっちの連中がどうかしてるんだろ」
「?」
首を傾げるキラに、スピネルは嘲笑気味に笑った。
「GATの連合パイロットは、優秀な奴らを集めたらしいけどな。
ジン以上に戦えるOSに組み替えれたのは俺だけだった」
「試験パイロットだったのか?」
スピネルはカナードの問いに少し考えて答えた。
「ん〜…月面戦線ので俺はまだ上にいたし。まあ、俺は無重力ってのが嫌いだからすぐ降りたけど」
「ふぅん、スピネルって無重力がキライなんだ。じゃあ何でここにいるの?」
「……勝手に根回しされたからだよ」
彼は何か嫌なことを思い出したのか、不機嫌になった。
話すうちに、意外と時間が経っていたのだろう。
ハルバートンを部下が呼びにきた。
「では私はこれで失礼する。ヤマト少尉、パルス少尉、フォーカス中尉を頼んだぞ」
そう言って一目すると、ハルバートンは格納庫から出て行った。
スピネルはさらに不機嫌になる。
「…俺は世話される側かよ?」
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スピネル・フォーカスに50の質問