「さってと、俺がストライク勝手に弄っていいんだよな?」
「うん。だって乗るのはスピネルでしょ?」
「…お前、OS書き換えたか?」
「あ、まだだっけ。ちょっと待って、いちおう書き換えるから」
「別にいいぜ?大抵のなら書き換えれるし…」
「ん〜と、たぶん"大抵"の部類に入らないよ?」
「は?」

書き換えられる前のOSは、本当に"大抵"の部類ではなかった。










-月と太陽・8-










ストライクを自分用にカスタマイズしたスピネルは、また騒がしくなった格納庫の下の階へ降りてみた。
搬入口から戦闘機らしきものが2機入ってくる。
「おおっ、こりゃすげえ!スカイグラスパーじゃねえか!」
機体の種類に気づいたマードックが歓声を上げる。
スピネルも近づいてそれを見上げた。
「へえ〜提督も太っ腹だな。これで、地上に降りても鷹が無能になることはないわけだ」
「…誰が無能だって?」
コツンと頭を小突かれ、そちらを振り向いたスピネルはにっと笑った。
「あ、聞こえてた?」
「聞こえるように言ってただろ…」
「さあ?」
けらけらとはぐらかすスピネルに、フラガはため息をついた。
…以前とまったく変わっていない。
その笑顔の下で何を考えているのか、どこまでが本当の"彼"自身なのか。

スピネルは通路を塞ぐスカイグラスパーの下をくぐり、今度はメビウス/ゼロを見上げた。
「相変わらずこれで戦ってんだな、あんたは」
月面戦線のとき、フラガはこのMAで大きな功績を上げた。
ゼロの最終チェックをしようとしていたフラガは、ハッチの前に陣取っていたスピネルを引っ張って退かせる。
その拍子に、目に留まったものがあった。
フラガは再びため息をつく。
「…痕、残ってるぞ」
何か考え込んでいたらしいスピネルは、きょとんとフラガを見上げた。
「は?何?」
フラガは自身を指差してその場所を教える。
「ここ」
彼が指差した場所は、左の鎖骨の下あたり。
その意味を理解したスピネルは、ぎょっとしてゼロの窓ガラスに自分の姿を映した。
照明の明かりが反射して分かりにくいが、確かにその部分だけ色が違う。
「うっわ、マジで残ってる…最低だ。やっと消えたと思ったのに」
フラガは3度目のため息をついた。
「相変わらず…"暇つぶし"はやめないんだな」
スピネルは笑う。
新しい玩具を見つけた子供のように。

『死ぬよりも生きる方が楽なんだ』

フラガの脳裏に、半年ほど前に聞いた彼の言葉が蘇る。
連合軍の中でその実力も、容姿も、すでに異質の存在だったスピネル。
その頃同じ隊であったフラガを、彼は"暇つぶし"の遊び相手とした。
もちろんフラガ自身も遊びであり、彼にとってスピネルはただの子供だった。
…遊びが"本気"に変わっていたと気づいたのは、いつだったか。
それは、尖晶石という名の麻薬のようで。
「ホント、相変わらずだな…」
呟いたフラガに、スピネルはまた笑った。
「あの頃よりマシだと思うぜ?他の連中が俺に手出しし難くなってるのも確かだし」
「どういう意味だ?」
「お前も知らないっけ。グリマルディの後、俺の資料から『天涯孤独』って欄が消えたんだよ」
「はぁ?」
スピネルは過去、テロに巻き込まれ両親を失ったと言っていた。
親類もなかったので軍に入ったのだと。
そう問えば、彼は肩を竦める。
「うん。間違っちゃいないけどな。だって1年目の記憶がないんだし」
意味の分からないそんな前置きをされれば、聞きたくなるのが人の常。
フラガのそんな様子を見て取ったスピネルは、そっと囁く。

「養子縁組を結んでるんだ。ブルーコスモスの盟主と」

「なっ?!」
反射的に怒鳴ろうとしたフラガの口を、スピネルは慌てて塞いだ。
「怒鳴るなバカ!一応隠してるし、何より俺がブルーコスモスと繋がりあると思われたら最悪だ!」
フラガは自分の口を塞ぐ手を外し、不可解な顔をする。
「え?違うのか?」
「当たり前だろ!あんな連中はごめんだ!」
スピネルは即座に否定した。
何だか矛盾があるような気もするが、フラガはそれ以上聞くのをやめておいた。
代わりに別のことを聞く。
「じゃあ、お前をここに来させるように根回ししたのは…」
「ああ。ストライクを持って帰って来いってな」
それだけ返すと、スピネルは先程までとはまったく違う笑みを浮かべた。
例えるならば…誘うような。

「なあフラガ。またやる?半年前の続き」

咄嗟に返答出来ないフラガを気にせず、スピネルは続ける。
「期間は…そうだな。俺が死ぬか、あんたが死ぬか、もしくはAAが落ちるか、無事にJOSH-Aに着くまで」
まあ、あれだけ腕のいいパイロットが2人もいるんだから、落ちる可能性は低いだろうな。
そう言って、スピネルは上にいるキラとカナードを見上げる。
自分の意思に関係なくこんな場所へ寄越されたが、これはこれで感謝出来るかもしれない。
…まさか、自分と同じ考え方を持っている人間に会えるとは思わなかった。
「お前は…。また暇つぶしに俺を指名すんのか…」
心底呆れたような諦めたような、そんな言葉が後ろから返ってきた。
スピネルは視線をフラガへ戻す。
「なんかそれ、今更。それに文句言われるとしても俺だし、言っても無駄なのは向こうも分かってるし」
フラガは4度目のため息をついた。
「お前なあ…」
「それとも他に気になるヤツがいる?」
「……いいや」
何とも不本意だが、本心である。
「ならいーだろ?どーせ遊びなんだし」
フラガは本日5度目のため息をついた。





何を話しているのかは分からない。
しかしキラはスピネルとフラガの様子を飽きもせず、ずっと眺めていた。
「なんか…スピネルっていろいろやってそう…」
何が、とは言わない。
「それがあいつの遊び方なんだろ」
ハイペリオンの整備を終えたカナードも下の様子を窺う。
キラは不敵な、それでいて楽しそうな笑みを浮かべた。
「ふ〜ん。じゃあやっぱり、スピネルは僕らと似てるんだ」
軍人でありながら、戦争には何の興味もない。
地位に執着する理由もなく、求めるものは軍とは関わりのない事柄。
「カナード、整備終わったよね?じゃあ食堂行こ!」
「はあ?1人で行きゃいいだろ」
「いいの!」
そのままキラはカナードの手を引っ張って格納庫を出る。
抵抗するのが面倒なカナードは、ため息をついただけだった。



食堂の手前あたり。
キラとカナードは、ナタルと別の兵士に連れられてAAの奥へ向かうフレイを見た。
彼女の後ろ姿を見送って、キラは首を捻る。
「あの方向って出口じゃないよね…?」
キラが拾った救命ポッドに乗っていた避難民は皆、アルテミスですでに地球行きのシャトルに乗り換えた。
…フレイだけは例外。
彼女は第八艦隊に自分の父が乗っていると思い、シャトルに乗ることを拒否したのだ。
知っている人がいないのは嫌だ、と言っていた記憶もある。
てっきり、第八艦隊へ移ってから地球へ向かうのかと思ったのだが。
キラは彼女の出てきた部屋を見た。
…びりびりと何かを破る音。
次いでひらり、と通路に出てきた破られた紙。
部屋の前へ行き、キラは通路に落ちた紙片を手に取った。
カナードもそれを後ろから覗き込む。

「「除隊許可証…?」」

2人は部屋の中を見る。
そこにいたのはトール、ミリイ、サイ、カズイ。
「あ、キラ!」
「カナードさん!」
キラは手に持つ紙片を差し出して彼らに聞く。
「ねえ、これ何?」
トールは自分の持つ、破れたそれの表側をキラに見せた。
「除隊許可証。民間人がブリッジ手伝ってたっていうのは都合悪かったみたいでさ」
「そう。じゃあ何で破ったの?本国に降りるんじゃないの?」
その問いに、サイが少し言いにくそうに苦笑しながら答えた。

「フレイが…さ。軍に志願したんだよ」

キラは思いもよらぬ言葉に目を瞬く。
「"世界は本当に平和ですか?"って言ってさ。だから俺たちも残ることにしたんだ」
通路でそれを聞いていたカナードが、耐え切れずに吹き出した。
「クッ、アハハハハッ!あのフレイ嬢が?似っ合わねえ…」
サイは眉根を寄せてカナードを見た。
「…どういう意味ですか」
カナードは笑いながら答える。

「言ったまんまだよ。コーディネイター殲滅が彼女の世界平和だろ?」

先に行くとキラに言い、カナードはその場を後にした。
キラは彼を見送ってからトールたちを見る。
「本当に、みんな残るの?」
「ええ。もう決めたもの」
ミリイの言葉に、キラは小さく息をついた。
「…知らないよ。後悔しても」
キラは全員に向けて言った。
「目の前で大切な人が死ぬのを見ていられる?自分の知ってる人が死ぬのを黙って見ていられる?」
部屋の中がシン、と静まり返る。

「僕はどうこう言うつもりはないよ。
でも"フレイだけ残すのは心配だから"とか、そういう理由ならやめたほうがいい」

トールたちは動揺を覚えた目でキラを見た。
「相手が死なない保証を持ってるならいいけど。
軍人には、誰かが死んでもそれを悲しむ時間はない」
「…キラはどうなんだよ?」
サイが挑戦的な言葉を発した。
先ほどカナードに言われたことが気に食わないのだろう。
その彼に、キラはふっと笑った。
彼らが今までに見たことのないような、冷たい鋭さを持った笑みで。

「僕は死なないよ?カナードも死なないし、スピネルも死んだりしない。
それだけの実力を持ってる。それだけの非情さも…ね」

ぞくり、と背筋に冷たい汗が流れた。
『非情』
そのような言葉が、キラの口から出るとは思わなかった。
「スピネルって…?」
以前にもそのキラを見たことのあるトールは、怯まずに別のことを尋ねる。
キラはまたいつもの笑みに戻った。
「ストライクの新しいパイロットの人だよ。年は僕らと同じくらいの綺麗な人。
格納庫にいるから暇なら会って来なよ。あの人は、君たちと同じナチュラルだし」
そう言ってキラはその部屋を後にした。

どうせみんな残るんだろうな、と思いながら。





パタン、とフレイはロッカーの扉を閉めた。
その服はミリイの着ていたものと同じ、濃い桃色の軍服。
…父を殺された憎しみだけが彼女の心に渦巻く。
更衣室をを出ようとしたところ、通りかかった誰かとぶつかりそうになった。
「おっと!大丈夫か?」
その誰かは、銀青の髪に翡翠色の眼。
来ている軍服はフラガと同じ、自分たちのものとは違う正規の軍服。
フレイは隠すことなく眉を顰めた。
「貴方もコーディネイター?」
初対面でかなり失礼な発言だろうが、相手の少年は気にすることなくフレイの顔を覗き込んだ。

「残念ながら、俺はナチュラルだぜ?アルスター外務次官の娘サン?」

「えっ?!」
自分は名乗ってはいない。
そんなフレイに、彼は笑って言った。
「あの人がメネラオスに乗ってたとき、提督と一緒に散々あんたの自慢話聞かされたんだよね〜」
しかもご丁寧に写真付きで。
そして、あれは逃げ出すのに苦労したな〜と苦笑した。
「パパを…パパを知ってるの?!」
フレイは思わずその少年へ詰め寄る。

「知ってるぜ?だってあの人、何度か上層部で見かけたから」

今、目の前の人物は何と言った?
「貴方は…」
自分の言わんとしていることが分かったのだろう。
少年は不敵な笑みに変わった。
「俺はスピネル・フォーカス。訳あって上層部に顔が利くんだよ」
「!」
フレイの中に、また別の考えが浮かんだ。
しかしそれは新たに現れた人物により、表に出ることなく仕舞われる。
「あれ?あの時のお嬢ちゃん。ひょっとして君も志願したのか?」
「フラガ大尉…」
フレイはそちらを見て、にこりと微笑んだ。
「これからお世話になります」
そして一礼すると、フレイはその場を立ち去る。
その胸に、様々な思惑を抱えて。



フレイの姿が見えなくなってから、スピネルは徐に口を開いた。
「アルスター外務次官って、死んだよな?」
「あ、ああ…」
第八艦隊先遣隊に彼が乗り込んだのを、スピネルは自身の目で見ている。
その艦が撃墜されたことも、その戦闘でアヌビスとハイペリオンが介入したことも。
「ふぅん。じゃ、あれは復讐の目か」
「復讐?あのお嬢ちゃんの、父親を殺したヤツへのか?」
「違う」
「?」
フラガには何のことかまったく分からない。
やれやれといった風情で、スピネルはフラガを見上げる。
「あの子の力でそんなこと出来ると思うか?」
ようやくフラガも気づいたらしい。
「…なるほど。詰まる所、利用する者の目ってことか?」
スピネルは満足げに笑った。
「その利用すべき相手は、キラかカナードか、もしくは俺ってとこだ」
「あ〜…お前はともかくあの2人には凄かったからなあ、あのお嬢ちゃん…」
何がすごいって、逆恨みの念がすごい。
それをその身で感じたフラガはため息まじりに呟いた。
…ラクス・クラインが乗っていたときの一件は、本当に"凄い"の一言。
それだけ父親の存在が大きかったのだろうが。
スピネルはフレイの去った方向を見つめながら、肩を竦める。

「でも、彼女には悪いが骨折り損だな。あの2人の間に割り込む隙なんてない」

見たときに分かった。
キラとカナードは、お互いにお互いしか見ていない。
それ以外を必要としないし、求める理由もない。
相手を自分に縛って、それでいて自分もそれに縛られている。
それに気づくこともなく、また気づく必要もない。
…彼らにとって、お互いだけが全てだ。

「俺は俺で、アンタを見つけた後だしな」
フラガへ向き直り、スピネルはまた嫣然と微笑む。
当のフラガは苦笑するしかない。
「貧乏くじ引かされてるような気がするけどな」
スピネルは目を細めて笑う。
「…嫌じゃないくせに」

2人の唇が重なる。