『総員第一戦闘配備!!』

AAに、メネラオスに、その他の第八艦隊に、警報が鳴り響く。
先日AAが退けたガモフにヴェサリウスを加えたザフト軍が、地球降下を阻む戦闘を仕掛けてきたのだ。
…AAやメネラオスの背後には、青く輝く地球がある。
人の郷土であるその星を目の前に、再び新たな血が流れようとしていた。










-月と太陽・9-










アヌビス、ハイペリオン、メビウス/ゼロ、そしてストライクがAAから発進する。
相手はジンやシグー、奪われたGATシリーズ。

「うっわ、2隻しかないのにどっからこんな大量のジンが出てくるんだ?」
約半年ぶりの宇宙戦であるスピネルは、妙なところに感心した。
同時に、数は多いがあまり役に立たないこちらのメビウス編隊に、ため息が出る。
『スピネル!イージスは倒しちゃだめだよ!僕が倒すから!!』
キラがこれだけは譲らない、という声で告げてきた。
何か因縁でもあるのだろうか?
ストライクとイージスの間の距離はかなり遠く、キラの意見を却下することにはならないだろう。
とにかく、さっさと戻りたい。
そんな考えの元で周りのジンを片付けたスピネルは、移り行く色のように目つきを変えた。
…まるで、神話の中のメデューサのように。
「キラ、カナード、あとフラガも出来れば、俺の周りに敵を集めてくれ」
『げっ!お前アレやる気か?!』
『『"アレ"?』』
フラガが即座に反論するが、キラとカナードは首を傾げるだけ。
『コードは?』
「は?出る前に言っただろ」
勝手に話を進めるスピネルとフラガ。
キラとカナードは置いてけぼりを喰らった。
『…ちょっと待て。何の話だ?』
『アレって何?』
しかしスピネルは明確な返答をしない。
「すぐに分かるさ。とにかくザフト軍を集めてくれ」
『『……』』
あまり楽なことではないが、渋々とアヌビスとハイペリオンは動いた。
その様子をスピネルは楽しそうに見つめる。
「悪いな、2人とも」
ちょっと試させてもらうぜ。





イージスで出撃したアスランは、ストライクが出ていることに驚きを隠せなかった。
「なぜストライクが?!」
自分のよく知るストライクのパイロットは、別の機体アヌビスに乗っていた。
そのアヌビスは以前戦ったときと同じように飛び回っている。
それでは、ストライクに乗っているのは…?

同じ問いを、ヴェサリウスにて戦局を見るクルーゼも持っていた。
「…ストライクか。相当腕の良いパイロットだな」
ナチュラルにあれだけMSを動かす力はないはずだ。
それでは一体、誰が乗っているのか…?





ストライクはその場をほとんど動かず、代わりにアヌビス、ハイペリオン、ゼロが忙しなく動き回る。
そのおかげで連合、ザフト、双方の艦外戦力の3分の1が落ちる。
残りの3分の2のほとんどは、ストライクを中心とした半径2km以内に入った。
スピネルはメネラオスとの回線を開く。
「提督、そっちは全部伝えたか?」
返ってきた言葉は肯定。
『…スピネル。お前、何するつもりだ?』
カナードの怪訝そうな声が聞こえてくる。
スピネルは不敵な笑みを浮かべた。
「俺が"石化の蝶"って言われる理由を見せてやるよ」
そう言うと、彼はストライクのプログラムを1行書き換えた。

【***Absolute Cube(絶対空間)*】


キイイィィィィィィイインンッーーーーー


超高音の音波が、一部を除いたすべてのMSのコックピット内を襲った。

『『っ?!!』』
ヘルメットを被っていても、その嫌な音は頭にがんがんと響く。
ザフト軍のMSはすべて動きが止まり、その中にアヌビスとハイペリオンの姿もあった。
「…っ!な、に?この嫌な音…っ!!」
耳を塞ぐことが出来ず、キラは何とかその音を消そうとアヌビスのプログラムを猛スピードで書き換えていく。
(頭おかしくなりそう…っ!)
その途中で、おかしな数列に変わっている箇所を見つけた。
「あった!!」
カナードにその箇所を教え、キラもすぐにその数値を正しいものに書き換える。
…嫌な音波が、嘘のようにぱたりと収まった。
ほっと息をついたキラはモニターを見る。
そこには動かぬ的と化したジンを打ち落とす、ストライクとゼロが。
しかし、すぐにまた別の問題が襲ってきた。
「え?動かない…っ?!」
パイロットの動きを止める音波は収まった。
だが今度は、アヌビスというMS自体が動かない。
嫌な音を止めた直後に飛んだキラの声に、カナードは咄嗟にある計器の数値を見た。
「はあ?何で逆に…」
その部分を書き直すと、嘘のようにMSは動いた。
カナードの言葉を聞いたキラも、慌てて数値を書き直す。
…その数値は、電磁波。

アヌビスとハイペリオンは10秒も経たない内に再び動き、それを見たスピネルは満足げに笑った。
「やっぱスゲーな、あの2人…」
MAや戦闘機に乗っていた頃に、機体の電磁波を利用した戦い方を思いついた。
簡単なようで難しく、難しいようで実は簡単なその方法。
あらかじめ乱す数値を設定しておき、その逆の数値を味方に設定させる。
すると、正常数値を乱されたザフトの機体は一時的に止まるのだ。
もちろん、逆の数値を設定した味方の機体は影響を受けない。
…"石化"と呼ばれる所以。
それはメデューサの目を見た者が、一瞬で石となり絶命する事実に倣ったもの。
2段階に仕組まれたのは、つい最近の話だ。

『ちょっとスピネル!何かやるなら最初に言ってくれない?!』
『余計なことをさせるな!!』
「悪かったって!謝るから声量を下げてくれ!」

キラとカナードの怒声がストライクのコックピットに響き、スピネルは思わず肩を竦めた。
それでもその表情は、楽しそうな笑みのまま。





ザフト軍の動きが止まった隙に、AAは降下準備を始めた。
「降下準備、完了しました!」
「降下地点座標設定!目標はJOSH-A近海!」
マリューはその声に頷き、ミリイへ指示を出す。
「ストライク、ゼロ、アヌビス、ハイペリオンを呼び戻して!」
ミリイは交信スイッチを押した。





突然動きが止まったザフト側のMS。
クルーゼはすぐに、それが何を意味するのか気づいた。
「"石化の蝶"か!!」
ヴェサリウスのブリッジにざわめきが広がる。
"エンデュミオンの鷹"と同時期に、急速にその名を広めたパイロット。
…メデューサ・パピヨン、"石化の蝶"。
すぐさまクルーゼは艦長のアデスに指示を出した。
「艦を回せ!しばらくMSは使い物にならん!」

ザフト軍の中で、最初に動作を回復したMSはイージスだった。
「くそっ!何なんだあれは!!」
たて続けに起きた、MSを止める障害。
…思わず耳を塞ぎたくなる金属音、MSの起動プログラムを狂わす電磁波。
その元凶であるストライクを探すと、先ほどまで居た場所にいない。
「!降りる気か?!」
AAから射出された3機のMSと1機のMAは、第八艦隊の後方へ回ろうとしていた。
デュエル、ブリッツ、バスターも動作を回復し、ザフトのGATは一斉にAAへ向かう。
…あれを地上に降ろしてしまうと、面倒なことになる。





『スピネル!後ろっ!!』
「え?うわっ!!」
背後からいきなり襲ってきたブリッツの攻撃を、スピネルは辛うじて防いだ。
横を見るとアヌビスはイージスに、ハイペリオンはデュエルとバスターに取り憑かれている。
すでに降下を始めているAAに合流出来たのは、メビウス/ゼロだけだ。
『キラ!カナードさん!スピネルさん!!早く戻って!!!』
悲鳴に近いミリイの声が聞こえてくる。
少し離れた場所では、メネラオスとガモフが臨界点ギリギリで撃ち合っていた。
『「?!」』
突然、何かに気づいたようにイージスとブリッツが離れる。


ガクンッ!!


「…っ?!しまった!!」
すでに臨界点を超えていたのだろう。
ストライク、アヌビス、ハイペリオンは地球の重力に捕まってしまった。
3機とも、それ以上動くことが出来ない。
この状態で出来ることは、大気圏へ突入することのみ。
AAに比較的近い位置にいるのだが、アヌビスとハイペリオン、そしてストライクと離れてしまっている。
マリューは決断を迫られた。

このままJOSH-Aへの降下を続けるか。
降下地点を外れてしまうがストライクへ艦を寄せ、それを拾うか。
同じく降下地点は外れるが、アヌビスとハイペリオンの2機を拾うか。

「キラ!カナードさん!スピネルさん!応答してっ!!」
降下の衝撃で無線が繋がりにくく、ミリイの叫び声がブリッジに響く。
マリューは拳を握りしめた。
…どうすればいいのか。



キラはアヌビスの持つ盾で本体を庇い、その姿勢を保つだけで精一杯だった。
救いはと言えば、すぐ傍をハイペリオンが降下していることか。
コックピット内の温度は急上昇し、警報機が鳴り響いている。

あまりの熱さに意識が薄れてくる中、カナードは左腕の光波シールドを前面に展開させた。
…おそらく、無いよりはマシ。
僅かに顔を上げたその視界にストライクの姿を見て、カナードはある危険に気がついた。
辛うじて繋がっているAAの無線に向かい、怒鳴る。

「艦長!艦をストライクに寄せろ!!」

雑音と共に入ってきたハイペリオンからの無線に、マリューは弾かれたようにノイマンへ命ずる。
「艦をストライクへ寄せてっ!!」
ナタルが反射的に反論した。
「しかし艦長!!」
また論争が始まるかという流れを止めたのは、ほとんど切れかかったハイペリオンとの無線。
カナードの声が切れ切れに聞こえる。
『俺た…はコーディ……ターだ!でもア…ツは違…だろ…!』
「「!!」」
ノイマンが舵を切り終え、ストライクはAAに着艦した。
無線がぷつりと途切れ、加わる熱量にモニターの反応も消える。





3機との交信は途絶し、彼らがどういう状況なのかAAに知る術はない。
マリューもナタルも、すでに着艦しているフラガや他のクルーたちも、己の間違った認識に唇を噛んだ。
…"スピネル・フォーカス"という人物についての失念。
彼の能力の高さと容姿の端正さ、そしてキラやカナードと行動を共にしていること。
そんな視覚認識から、彼がナチュラルであることを失念していた。
ナチュラルとコーディネイターの違いは、その能力だけではないのだ。
体内の耐性、そして環境の変化への耐久度。
それすらも段違いだというのに。


今願うことは、地上に降りた彼らが無事であること。





ガモフとメネラオスは宇宙の塵と化し、ヴェサリウスは追撃を止めた。
…残った第八艦隊はAAのみ。

予想される降下地点は、アフリカ北部に広がるリビア砂漠。












第1部・END


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