ズズン…ズシンッ!!

武装ヘリの攻撃で大地が震え、地に足を付けたままのAAは振動をまともに受けた。
「くっ…!」
今まで宇宙にいたツケか、マリューも含めたAAの人間は咄嗟の反応が出来ない。
しかしスピネルの忠告のおかげで、すぐにも艦が致命傷を受けることはなかった。

『ストライク発進、どうぞ!』

ほとんど後ろ盾も何もない状態で、スピネルはストライクを発進させた。
…まだこの艦を、落とさせるわけにはいかない。










-月と太陽・11-










敵は砂漠用MSであるバクゥが5機。
出撃したストライクは、しかし砂漠に着地するなりバランスを崩した。
「うわっ?!」
予想外の出来事に、スピネルは病み上がりで回転の遅い頭を必死に動かす。
その結果行き当たった原因は、自分でもらしくないミスだった。
「やべっ!砂漠用にプログラム変更してねえ!」
そして今回のストライクの装備はランチャー。
よりにもよって、砂漠戦に1番不利な装備だ。
…エールならばこの状態でもどうにか出来たかもしれない。
スピネルはAAと通信を繋いだ。

「コードは"TF7-11"だ!いいな?!」

だがいきなり言われても、マリューたちには何のことか分からない。
一瞬沈黙したブリッジに、スカイグラスパーで準備をしていたフラガが返事を寄越した。
『あいつの"石化"のコードだ!急いでくれよ艦長!!』

その間もバクゥの猛攻は続く。
ストライクはアグニで反撃するも、足場が安定しない状態では当たるわけがない。
「あーもう!鬱陶しいっ!!」
宇宙戦と状況が違うので、上手くいくかは分からない。
それでもプログラムを書き換える時間を稼ぐため、スピネルは"石化"を発動させた。



キイイイィィィィィーーーーー



「な、何だ?」
AA周辺を双眼鏡で覗いていたダコスタは、前触れもなく動きを止めたバクゥに目を見張った。
それも1機だけでなく、5機同時に。
「隊長!これは…」
後ろにいるアンディを振り返ると当人は双眼鏡を覗いておらず、優雅にコーヒーを飲んでいる。
「隊長!!」
「ん〜何だね、ダコスタ君」
ダコスタの大声を受けて、アンディはようやく双眼鏡を覗いた。
レンズの先には、動きを止めたバクゥとストライク。
「ほう…」
アンディはコーヒーを置き、目に映る光景に見入った。
今までに何度か見た光景で、かつて自分も"それ"に嵌ったことがある。

「"女神様"の1人は、例の"蝶"か。これはちょっと考え物だな」

地上に隊を構えるザフトの人間で、"メデューサ・パピヨン"を知らない者はいないだろう。
正体不明の(というわけでもないが)電磁波を操り、"石化"と呼ばれる現象を起こす連合軍の兵士。
「"石化の蝶"というと、あの時の少年…ですか?」
ダコスタは未だに信じられない、といった表情でアンディへ尋ねた。
…数ヶ月前にバナディーヤの街で出会った、一見するとコーディネイターのように思える少年。
「あっ!!」
そんなことを考えながら双眼鏡を覗いていたダコスタだが、突然見える景色が赤く染まり、轟音が響いた。
アンディは双眼鏡から目を離し、表情を険しいものに変える。
「レセップスを動かすぞ」
バクゥが1機、撃墜された。





動かぬ的を撃てたのは1度だけ。
運動プログラムを書き換え、バクゥを1機撃墜したところで残りの4機が動作を回復してしまった。
プログラムを書き換えることが目的だったので、予想外の出来事ではなかったが。
「Nジャマーと砂漠の磁場か。鬱陶しいったらねーな!」
しかし自分の十八番である"石化"が、わずかな時間しか効かないことに腹が立つ。
跳躍して飛びかかってきたバクゥを蹴り倒して動けないように押さえ、スピネルはアグニを向けた。
「悪いけど、俺もまだ死ぬ気はねーんだよ」
相手がどんな考えの元で戦っていようが、関係ない。
…残り3機。
「!」
ストライクの頭上を大量のミサイルが通過していった。
「今度はレセップスか!」
ミサイルの方向には、AAがいる。
再びアグニが火を吹いた。



ドドドドドンッ!!

並列に飛んできたミサイルが連鎖的に爆発していく。
ストライクが撃墜したということは分かるが、パイロットに大きな負担が掛かっているのではないか。
マリューは今更ながらに不安になった。
「スカイグラスパーを出して敵の本体を撃ちます!機関全速!浮上!」
AAがようやく動き出した。

『スカイグラスパー・フラガ機、発進どうぞ!』

上空から敵艦隊を探すと、ストライクと戦うバクゥのずっと後方にそれを見つけた。
…陸上戦艦、レセップス。
しかしフラガは妙な違和感を感じた。
(何でAAを撃たないんだ…?)
砂丘の陰にいるとはいえ、おそらくザフト側にAAの位置は丸分かりだろう。
だがそれを落とすためのミサイルを、あれ以上撃とうとしない。
それにAAを本気で落とそうとするには、MSの数が少ないように思える。
(何かを待ってる…?)

モニターで確認していたストライクが、灰色に変わった。



「なっ…パワー切れ?!」

柄にもなく、スピネルは慌てた。
最初にアグニを撃ち過ぎたのかもしれない。
それを待っていたのか、バクゥが一斉に飛びかかってきた。

ドォンッ!!

「え?」
先頭にいたバクゥに、どこからか発射されたミサイルが直撃した。
見ると、砂漠用のジープが何台もバクゥの周りを走っている。
その内の1台がストライクのすぐ傍に止まった。
カンッと硬い音がして、金属質に混じった声が聞こえてくる。

『そこのストライクのパイロット!死にたくなかったらこっちの言うことに従え!!』

接触回線を通じ、ストライクのモニターに地図が現れた。
有無を言わせぬ口調で、その声は続ける。
『地図に赤く点滅してるとこがあるだろ?そこに我々が仕掛けた地雷が埋まってる。
バクゥをそこに誘い出してもらいたい。起爆スイッチはこちらで押す』
スピネルは少し考えたが、その手に乗ることにした。
地図を頼りにその場所へ向かう。
3機のバクゥはそれを追って行った。

「誘いに乗ったな」
「当たり前だろ?獲物があんなにデカいんだ。追うに決まってる」

ジープに乗ってストライクに話しかけたのは、カガリだった。
運転するのは仲間のアフメド、後ろに乗るのはキサカ。
AAに加勢しバクゥを撃ったのは、レジスタンス"明けの砂漠"。

(またこいつらに会うとはな…)

スピネルはバクゥが追って来るのを確認しながら笑みを浮かべる。
以前、彼はこの砂漠へ配属されたことがあった。
その際に、例の"砂漠の虎"に出会ったことも。
「…この辺りだな」
地図が示す点にやって来たスピネルは後ろを振り返る。
バクゥが追いついてきたのを見ると、ストライクはすぐにその場から大きく飛び退いた。
「おっし、掛かった!」
カガリはそれを確認すると、起爆スイッチを押した。


ズズンッ、ドォォンッ!!


大きな火柱と砂柱が上がった。
それを遠目に見たアンディは、部隊に撤退を命じる。

「とりあえず、女神様の内の1人は分かったからな。目標達成だ」







落ち着いた頃には、すでに夜が明けていた。
AAではマリューとフラガが艦を降り、レジスタンスとの会見に臨もうとしていた。
「彼らは…協力してくれるのかしら?」
「さぁねぇ。助けてくれたことには感謝するけど」
護衛とともに外へ出てみると、レジスタンスの数は思っていたよりも多い。
マリューは銃を向ける意味がないと感じ、護衛に銃を下ろすよう命じた。
敬礼をとると、マリューは自分たちの身分を明かす。
「大西洋連邦第八艦隊所属艦AA、艦長のマリュー・ラミアス少佐です。
ザフト軍との対峙にあたり援護くださり、感謝いたします」
レジスタンスの先頭にいた、濃い無精髭の男が進み出た。
「我々はザフトへの抵抗勢力"明けの砂漠"だ。あんたらの階級はあまり意味がない。
しかし、我々と迎え撃つ敵は同じと見た。俺はサイーブ。レジスタンスのリーダーだ」
マリューとサイーブが握手を交わしたとき、AAのすぐ脇にストライクが降り立った。
舞い上がる砂塵に、全員の視線がそちらへ向く。
フラガはストライクの下へ移動し、スピネルが降りて来るのを待った。



ハッチが開き、ワイヤーを伝って少年が降りてくる。
着ているのは軍服で、パイロットスーツではなかった。
カガリはストライクに乗っていたのが、砂漠で会った2人のような少年であることに驚く。
(ひょっとしてこいつも、コーディネイターか…?)
しかしその疑問の前に、サイーブの驚いた声が聞こえた。
「おいおい、あいつは…」
「え?」
カガリが聞き返すが、今度は横でアフメドが声を上げた。
「あれって、ひょっとしてスピネルじゃないか?!」



砂の上に立ったスピネルは、軽い目眩を感じてぐらついた。
「と、大丈夫か?」
それを予期していたフラガが肩を持って支える。
病み上がりであれだけ戦えば、まあ当然だ。
「…サンキュ」
スピネルは視界が霞んでいないことと、歩けることを確認した。
…まだしばらくは持ちそうだ。

「おお!やっぱりスピネルじゃねーか!」
「「え?」」

マリュー、フラガ、そしてカガリが聞き返す。
それに構わず、サイーブはスピネルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「だーもう!やめろよ!!」
言いながらスピネルはその手を払うが、表情は嬉しそうだ。
「久しぶりだな。また借り作っちまったけど」
「そんなもん、また俺たちと一緒に戦ってくれればすぐにチャラだって!」
アフメドがサイーブの後ろから笑って言った。
「知り合いなのか?」
首を傾げたフラガが尋ねる。
スピネルは頷いた。
「ああ。ちょっと前に、俺がこの辺りに配属されたときにな」
カガリも同じようにアフメドへ尋ねた。
「あいつ、知ってるのか?」
アフメドも頷く。
「カガリたちが来る前に、被弾したあいつの機体を助けたことがあるんだ。
で、そのあとザフトと戦った時に逆に助けられたんだよ」
「ふーん…」
カガリは改めてスピネルを見た。

「じゃあ、あのコーディネイターの2人組はお前の仲間なんだな?」

今度はスピネルが驚いた。
「それ、キラとカナードのことか?」
カガリは頷き、マリューの方を見る。
「黒と白のMSもこちらの基地に隠してある。異存はないよな?」
マリューはホッと息をついて微笑んだ。
「ありがとうございます。彼らを助けて頂いて」
「なに、お互い様さ」
サイーブも笑った。

それを横に聞きながら、スピネルはどんどん高くなる太陽を見上げる。
病み上がりに無茶をしたせいか、視界が段々と暗くなる。
「あ〜…やっぱ無理…だな…」
「え?」
フラガが聞き返した矢先に、その体はガクンとバランスを崩した。
「お、おい!スピネル!!」
何とか抱きとめるが、すでにスピネルは意識を失っていた。
カガリとアフメドも思わず駆け寄る。
「おい!こいつ大丈夫なのか?!」
「いきなり倒れたぞ?!」
確かに突然倒れたが、呼吸は安定している。
フラガは心配と呆れをため息に吐き出し、苦笑した。
「いや、こいつはついさっきまで高熱で倒れてたんだよ」
「「ええっ?!」」
2人は顔を見合わせた。
…そんな状態であれだけの戦いをしたとは。
フラガはスピネルを横抱きに抱き上げる。
「さてと、こいつは医務室にでも置いといて。俺たちもさっさと移動しようぜ。
このままここに居ると、またザフトの良い的にされる」
マリューとサイーブも頷いた。
「よし、じゃああんたらは俺たちの後をついて来てくれ」
「分かりました」



医務室へ向かう途中、フラガはフレイに出会った。
「スピネルさん?!」
フレイは意識を失っているスピネルに驚く。
フラガは医務室までついて来た彼女に、もう1度スピネルの看病を頼むことにした。
「じゃあお嬢ちゃん、頼んだぜ。あとキラとカナードも無事らしいぞ」
「えっ?!」
聞き返すが、フラガの姿はもう通路の向こうだ。
「2人とも…無事……」
フレイは安堵のため息をつき、そしてそんな自分に驚いた。
「…なんで…?」
なぜ自分は、キラとカナードの無事を喜んでいるのだろうか。
無事でないことを願っていたはずなのに…?
「私は……」
私は、何がしたいのだろう?
フレイは目を閉じ、静かに考えた。







キラが目を覚ましたとき、まだ基地の中は静かだった。
「ここは…?」
見慣れぬ洞窟のような部屋にいるのは分かった。
壁に触れるとそれは本当に天然の岩で、ひんやりと心地いい。
「…カナード……」
キラは傍で眠るカナードを見つめた。
氷のような冷たさの宿る眼も今は閉じられ、その色を窺うことは出来ない。
「…何で、僕が"成功体"なんだろう?」
こうやって見ていても、本当に彼は綺麗だと思う。
男である彼に対して可笑しいかもしれないが、他に良い表現が見つからないのだから仕方ない。
その額に手を当ててみると、かなりの熱を持っていた。
キラはぎゅっと唇を噛み締める。
「…本当は、僕が先に倒れていいはずがないのに……」
自分が先に倒れてしまったから、カナードは倒れるわけにはいかなくなったのだろう。
ここに来るまで自分を保っていられる彼は、過去にどれだけ過酷な道を歩んできたのだろう?
「…ごめん、カナード……」
2度とこのような、足手まといになるような事にはなりたくない。
本来なら自分は、足手まといになるはずのない存在なのだ。
キラは眠る彼の唇に、自分のそれを静かに重ねた。



キラにはいつも、願っていることがある。

最初は『自分という存在を消してもらうこと』だった。
たくさんの、数え切れない程に多くの兄弟の血を受けて生まれた存在を。
血に塗れた自分の足元を見て、血に塗れた手で生きていく事など出来なかった。
…弱いから。
自分で死ぬ事が出来ないから。

けれど隣りに立つようになって、その"願い"は徐々に形を変えていった。

『傍にいて欲しい』
『自分だけを見て欲しい』
『その存在を自分だけのものにしたい』

それは、"遺伝子"というレベルで繋がっているから求めるのか。
"愛"やそういった類のものを越える感情だった。
とても醜いその感情は、いつ押さえ込めなくなるか分からない。



だから、いつも願っていることがある。





『強くなりたい』





いつもその隣りに立てるように。
いつか彼が、"キラ"という存在を消してくれるその時まで。

その瞬間まで、この居場所は誰にも渡さない。