翌朝、レジスタンス基地は慌ただしかった。
ザフト軍により焼き払われたタッシルの村の住人が、避難してきたのだ。
幸い死者は出なかったが、食料庫も武器庫と同じように破壊されてしまったという。
サイーブが止めるのも聞かず、レジスタンスの血の気の多い若者は手に手に武器を携え報復に飛び出した。
「ええい、無茶だと言うに!」
無謀な彼らを追うため、サイーブもまたジープを出す。
「待て!私も行く!!」
「だめだ!」
行くと言い張るカガリを怒鳴りつけ、サイーブはジープを発進させた。
間髪置かず返されその場に残されたカガリは、思わず歯軋りする。
「カガリ!」
どうしようかと思案するカガリの横に、1台のジープが止まった。
運転席にいるのはアフメド。
彼はニッと笑って後ろの席を指差した。
「行くんだろ?」
「当然だ!!」
カガリは助手席に、キサカは後部座席に乗り込む。
それを確認したアフメドはジープを発進させ、先に行った仲間たちを追った。
-月と太陽・13-
レジスタンスが報復に乗り出たと知り、AAも慌ただしかった。
タッシルの惨状をスカイグラスパーで目の当たりにしてきたフラガは、ブリッジで頭を抱える。
「いくら何でもありゃ無謀だろ!返り討ちに遭うのがオチだ!!」
少なくとも"砂漠の虎"の部隊は、あのバクゥを中心に構成されている。
それ以前の問題、MSに対してあんな貧弱な武器で挑むというのか。
しかしこちらがどう言っても、彼らは聞きはしないだろう。
マリューも考え込む。
「こちらから援護を出すといっても…」
MAであるスカイグラスパーでは戦力の差が出る。
かといって、ストライクを…スピネルを出すわけにはいかない。
『大丈夫です。僕が出ますから』
「キラッ?!」
聞こえてきた声に、管制官のミリイが驚きの声を上げる。
マリューとフラガも慌ててモニターに目をやった。
『カナードとスピネルを出すわけにはいかないでしょう?
ちょうど砂漠での運動データを取りたかったところですし。それに…』
何か含みを残して途切れた言葉。
顔を見合わせるマリューとフラガに、キラは楽しげな笑みを浮かべた。
『それに、アヌビスの特殊能力をお見せ出来るかもしれませんよ』
バルトフェルド隊を追撃するレジスタンス。
しかしその戦力差は一目瞭然だった。
バクゥはライフルやソードを使う事なく、レジスタンスを蹴散らしていく。
それはまるで、人が蟻を踏み潰すかのように。
例に漏れず、カガリたちの乗るジープもバクゥの攻撃を受けた。
「…っ!アフメドっ?!」
キサカに庇われたカガリは無事だったが、運転席にいたアフメドはそれでは済まなかった。
カガリが何とか抱き起こすが、すでに助かる見込みはないと分かる。
「アフメドっ!!」
ジープを破壊されてもなお、乗っている人間が生きていることに気づいたのか。
バクゥがもう1度前足を振り上げた。
ズシンッ!
思わず目を瞑ったカガリだが、衝撃と音は自分たちに対するものではなかった。
「っ?!」
巻き起こる爆風に、カガリは咄嗟に顔を伏せる。
雲が出てきたわけでもないのに、空がふっと暗くなった。
「なっ…」
顔を上げると、すぐ眼前には宇宙のように真っ黒なMS。
その足下にはバクゥの残骸が。
「あれは…あの少年の…」
キサカの声にカガリはハッとする。
「"アヌビス"…キラっ?!」
朝とはいえ、砂漠の太陽は昇るのが早い。
…地上のザフト軍が初めて見る、黒いMS。
ゆるゆると上って来る陽炎の中に悠然と立つその姿は、まさに死者を迎える冥府の守護神。
このアフリカ砂漠地帯に相応しい名を持つMSだ。
砂漠と太陽光の白の中で、黒い機体はいっそう際立っていた。
その姿を認めたアンディはにやりと笑う。
「こいつは凄い。今度は"破壊の女神様"のお出ましだ」
"アヌビス"という夜の静を背負う名を持ちながら、"セクメト"という破壊の名を冠される者。
アンディは傍に待機していたバクゥに声をかける。
「ちょっと操縦を代われ。直々に挨拶しにいって来よう」
それを横で聞いていたダコスタは、やれやれとため息をついた。
…強い者を求めるのも分かるが、程々にしてくれないとこちらの身が持たない。
アンディは腹心のそんな心情を知ってか知らずか、バクゥに乗り込むと颯爽と駆けて行ってしまった。
敵の接近を知らせるアラートがコックピットに鳴り響く。
カガリたちの傍から離れたキラは、向かってくるバクゥに違和感を感じた。
…明らかに動きの俊敏さが違う。
「っ?!」
飛びかかってきたバクゥの勢いを止められず、アヌビスは蹴倒された。
足を蹴りあげて跳ね飛ばそうとするが、その前にバクゥは跳躍してそれを避ける。
それだけで、乗っているパイロットがかなりの手練であることが分かる。
キラは今まで触らなかったプログラムを動かした。
「手の内を明かすのは嫌だけど…ね」
けれど、使ってみなければ調整も出来ない。
アンディはすぐさま体勢を立て直したアヌビスに口笛を吹いた。
「パイロットがコーディネイターってこともあり得るな」
四足歩行のバクゥならともかく、人型のMSを砂漠で扱うのは容易ではない。
…それを軽々とやってのけているアヌビスのパイロット。
「さて、まだ奥の手があるのかい?」
アヌビスのビームライフルを避けながら、アンディは猛スピードでバクゥを走らせる。
先程と同じように飛びかかるが、バクゥが着地した箇所にアヌビスの姿はなかった。
「なにっ?!」
ドドドドドッ!!
空からビームの雨が降ってきた。
バクゥの周りで砂柱が立て続けに上がり、その衝撃に耐えながらアンディは空を見上げた。
…眩しくてはっきりとは確認出来ない。
しかし白い光の中に、黒い影の姿を捕らえた。
その影はまっすぐこちらに向かってくる。
ガキイィィンッッ!!
大きな火花が散り、アンディのバクゥは前足を片方、ビームソードで破壊されてしまった。
…ソードを片手に持つアヌビスは、地に足を付けていない。
呆気に取られているらしいバクゥへ急接近すると、キラは再びそれを振り下ろす。
寸でのところで避けたバクゥは、パッと身を翻した。
「あっ!」
『良いものを見せてもらったぞ、アヌビスのパイロット君!』
そんな言葉を置き土産に、アンディはさっさと戦闘区域を離脱した。
もちろん、言われたキラはバクゥに乗っていたのが"砂漠の虎"だとは知らない。
「あの人…、まさか隊長クラス?」
ただ、その引き際の良さに舌を巻くしかなかった。
「へえ、アヌビスも特殊能力持ってたんだな」
「ぉわっ!スピネル?!」
「いつの間に?!」
バクゥとアヌビスの戦いに見入っていたAAブリッジの面々は、スピネルの声に素で驚いた。
その様子にスピネルは呆れる。
「キラが出て行ってすぐ後くらいだぜ?俺がここに来たの…」
とはいえ、自分もアヌビスの戦いに見入っていたことは確かだ。
「ホント凄いよな、あいつら。大気圏自由飛行可能なMSなんて、そうそう造れるもんじゃない」
アヌビスだけでなく、ハイペリオンの"アルミューレ・リュミエール"も一筋縄ではいかない。
元々は要塞用である光波防御帯を、MSに転用しているのだ。
どこに不具合を生じていてもおかしくない構造をしている。
フラガとマリューも神妙に頷いた。
「しかし…あのバクゥだけ明らかに動きが違ったな」
誰が見ても、アヌビスと戦っていたバクゥのパイロットは格が違う。
スピネルはどこか懐かしそうに笑った。
「当然だろ?"虎"が乗りゃ、犬も狼に変わる」
静かになった砂漠。
すでに息のないアフメドの隣りで、カガリは彼に渡された鉱物を見つめていた。
サイーブに聞いた話によると、この鉱物は原石で、きちんと加工すれば宝石に変わるらしい。
「…っ」
自分の力のなさが嫌になる。
…目の前で仲間が散っていくことを、止めることが出来ない。
生き残った仲間もカガリの周りに集まっていた。
キラはアヌビスを降り、彼らの前に来ると足を止める。
「なんて無茶な戦い方をするんですか?!あなた達はっ!!」
キラの怒声に誰もが度肝を抜かれた。
容姿が容姿なので、そんなイメージとかけ離れているからだ。
カガリはキラを睨み上げる。
「お前にそんなことを言われる筋合いはないっ!!」
アフメドに貰った石を握りしめ、カガリはキラに詰め寄った。
「みんな必死に戦っているっ!!」
パンッ!
乾いた音が響いた。
「?!」
いきなり頬を叩かれたカガリは、唖然としてキラを見つめる。
キラはカガリを叩いたその手を握りしめ、彼女を鋭く睨みつけた。
「気持ちだけで何が守れるっ?!」
誰もがキラの気迫に押され、カガリに手を上げた行為を咎めない。
キラはカガリの後ろにいる他のレジスタンスに対しても、怒りをぶつける。
「それで何とかなるのなら、戦争なんてとっくに終わってる!!」
AAの一室。
ベッドで横になりながら、カナードは体中を這い回る不快感と戦っていた。
…原因は自分でも分かっている。
ただ、それを何とか出来る方法がないだけ。
「くそっ…!!」
一面に広がる砂。
水分を含まない風。
言いようのない絶望。
思わず自分の左手を見た。
「……」
もちろんそこに、あの忌まわしい機械はない。
こんな状態のときは、自殺願望や破壊衝動といった、ろくでもない感情が一気に押し寄せてくる。
…ただ、耐えるしかない。
この砂漠をさっさと越えること。
砂漠から抜け出せれば、こんな不快感は襲ってこない。
カナードは固く目を閉じ、それだけを望んだ。
←/
→