「買い出しに行く?」

キラの言葉にカガリは頷いた。
「ああ。いろいろ補充時だしな。武器弾薬は、サイーブとそっちの副長とが行くみたいだぞ」
そういえば、ナタルやノイマンが出て行った気がする。
「私らは生活物資の方だ。そんなわけで、付き合え」
「……」
命令形じゃないか、とキラはため息をつく。
スピネルもそれを隣りで聞いていたが、あっさりと戦線離脱した。
「俺はパス。また面倒に巻き込まれるのは嫌だし」
「面倒?」
「"また"?」
2人共に聞き返すが、スピネルは笑うだけで答えない。
「どーせ荷物持ちだろ?それなら何とかアイツ、連れ出してやるから」
ひらひらと手を振り、スピネルはAAの中へ引き返した。










-月と太陽・14-










人のざわめき。
にぎやかな通り。
明るく見える街の中。
小さなオアシスを糧に栄える街、パナディーヤ。

「…もっと暗い雰囲気だと思ってた」

キラは辺りを見回しながら呟いた。
何しろここは、ザフトの支配下に置かれている街だ。
…それも、"砂漠の虎"が本拠地としている場所。
カガリは後ろを振り返る。
「やっぱり目立つよな、お前」
後ろを歩くのはカナードだ。

半袖に変わってはいるが、やはり黒い服。
長い髪は1つにまとめられていて、普段の姿とはちょっと違う。
それでもやはり、目立つなという方が無理だ。

そう言ったカガリを見返しただけで、カナードはまた視線を雑踏に戻した。
…機嫌の悪さが目に見えている。
キラは苦笑した。
「スピネル、一体どーやって連れ出したんだろう?」
AAが砂漠に腰を落ち着けてから、カナードの様子は日に日に酷くなり始めた。
それは"機嫌が悪い"では済まないもので。
滅多なことでは部屋から出なくなり、AAの中でも彼の姿を見かけることはほとんどない。
時々部屋へ様子を見に行っても、何も話してはくれない。
食事にもほとんど手をつけていないだろう。

「キラ!ボーッとしてたらぶつかるぞ!」
「え?」
気づかぬうちに思考に沈んでいたらしい。
慌てて顔を上げると、カガリが仁王立ちでこちらを見ていた。
「お前までそんなだと私まで調子が狂うだろ!まったく…」
カガリはキラの頬を抓った。
「いたっ…痛いってば!」
小突くカガリと、反発するキラ。
後ろからその2人を眺めていたカナードが、ぽつりと呟いた。

「…なんか、似てるな」

「「え?」」
カナードは今までずっと言葉を発していなかったため、キラとカガリは驚いて振り向く。
その動作も、そっくり。
「「似てるって誰が?」」
「お前らが」
キラとカガリはお互いを見た。
「え〜…似てるかなぁ?」
「私はこんなにボーッとしてないぞ!!」
「ちょっ…何それカガリ!失礼なこと言わないでよ!!」
「見たまんま言っただけだろ!!」
そのままぎゃんぎゃんと言い争いを始めた2人に、カナードはため息をついた。





「…何これ?」

お昼どき。
キラとカナードは目の前に置かれた食べ物に首を傾げた。
お前ら宇宙育ちみたいだもんな、とカガリは説明を始める。
「これはドネル・ケバブ。この辺りの主食料理だ。このままで食べても美味いけど…」
カガリはテーブルの上に置いてあった2つのソースのうち、赤い方を取る。
「これ!このチリソースをかけて食べると絶品なんだ♪」
そして読んで字の如くチリソースをケバブの上に"ぶっかける"と、美味しそうにかぶりついた。
「「ふ〜ん…」」
お前もかけてみろ!と目の前に突き出されたチリソースを受け取り、カナードもかけてみる。
それを見ていたキラもカナードも、白い方は何だろうかと疑問には思ったのだが。
特にキラは、カガリの怒る様子が想像出来たので触れずにいた。
…結果として、その白い方の中身は割り込んできた男によって判明。

「何を言っているんだね、君は!」

「「は?」」
突然大きな声が掛かり、キラたちは顔を上げた。
…麦わら帽子にサングラス、そして黄色と赤の派手な色合いの服。
そんな出で立ちの男が、キラたちのテーブル横に立っていた。
その男はテーブルの上に残っていた、白い方のソースを手に取る。

「チリソースなんて子供だな。ヨーグルトソースが大人の味だろう!!」

「「…は?」」
キラとカナードは話についていけない。
しかしカガリはチリソースの容器片手に、その男を睨み上げた。
「何だと!ヨーグルトソースの方が子供だろ!!」
まあ、チリソースは辛いのだから、と言えばそうなるか。
しかし男も引き下がらない。
カガリと言い合うことを止め、まだソースのかかっていないキラのケバブへ目を付けた。
「少年!ここはやはり大人のヨーグルトソースだろう?」
カガリも負けじとキラへ迫る。
「キラ!こんなわけ分かんない男の言うことなんて信じるな!」
「あ、いや…えーっと…」
キラがどうこう言う前に、カガリとその男はどちらが先にケバブへソースをかけるか牽制し合っていた。
…カナードは我関せず、と食事に専念している。

「「「あっ!」」」

3人分の声にカナードがそちらを見ると。
「「「……」」」
キラのケバブには、2種類のソースがきれいに半分ずつかかっていた。
「あ、ごめん…キラ」
「いや〜…悪いな、少年」
「……」
仕方がないので、キラは腹を括るとそのケバブを口にした。
何と言うか…複雑だった。





カガリは自分の分を食べながら、割り込んできた男に愚痴愚痴と文句を言っていた。
「お前が割り込んで来なきゃ、キラは"ミックス"なんて変なもの食わずに済んだんだぞ!」
それに男が黙っているわけもなく。
「それはこっちの台詞だろう!ヨーグルトソースの大人の味が…」
カガリは最後の一口を飲み込むと、なおも男を睨む。
「だいたいお前…何者だ?いきなり馴れ馴れしく話しかけてきて」
しかし男は肩を竦めるだけ。
「…カナード?」
キラは先ほどから視線を1点に留めないカナードの様子が気になった。
あまり目立たないように、不自然にならない程度に辺りへ視線を走らせている。
「…5人弱」
「え?」
誰に言うでもなく呟かれた言葉に、キラが聞き返したそのとき。



「「蒼き正常なる世界のために!!」」



そのとき、街が戦場に変わった。

キラたちのいる通りが、銃撃戦の中心に様変わりする。
周辺はあっという間に大混乱に陥り、衝撃で倒れたテーブルと一緒にキラとカガリは地面へ伏せた。
…断続的に響く銃声と、あちらこちらから上がる悲鳴。
「今日こそ終わりだ!"砂漠の虎"!!」
("砂漠の虎"…?!)
テロリストの声にキラはハッとする。
…マリューたちが言っていた、この砂漠地帯を支配するザフトの猛将。
そんな人物が、自分たちの近くにいる?

「蒼き正常なる世界のためにいぃぃ!!!」

今まで、銃を撃ってくる方向しか見ていなかった。
キラが驚いて振り返ると、別のテロリストがナイフを掲げて向かって来た。
「…っ!」
逃げ場も武器もなく、キラはカガリを後ろに庇うと身構える。


ザシュッ…!


生身を切り裂く嫌な音。
しかしそれは、身構えるキラよりも前方で起こったこと。
…右手には血に赤く染まったナイフ、足下には頸動脈を裂かれたテロリストの死体。
見慣れた黒い姿に、紅い色が混ざる。
「カナード…」
振り返った彼は、キラではなくその向こうを見た。
キラとカガリの後ろでは、どこからか現れたザフト兵とテロリストたちの銃撃戦が繰り広げられている。

「鬱陶しい。どいつもこいつも…」

忌々しげに呟いたかと思うと、彼はその銃撃戦の中に飛び込んだ。
「ちょっ…!カナードっ?!!」
キラは自身も危険に晒されるということを忘れて叫んだ。
カガリも何事かとテーブルから顔を出す。

そのカガリの視界で、"影"が踊った。

突然飛び込んできた人物に、一瞬銃撃戦が止まる。
その刹那にまたザシュッと嫌な音がして、赤い血が派手に飛び散った。
残りのテロリストもザフト兵たちも、呆気に取られたままその様子を見つめる。
カナードは血を散らして崩れ落ちたテロリストを一瞥し、トッと地を蹴った。
「う、うわあぁーーーー!!!」
我に返ったテロリストが、恐怖に駆られて銃を構え直す。
しかし引き金を引く前にまた、ザシュッと肉を裂く音がした。


「…キレイ……」


隣りでぽつんと呟かれた言葉に、カガリは自分の耳を疑った。
「キラ…?!」
けれどキラは、カガリの声に気づかない。
彼の視線は、1点に固定されたままだ。
…次々と血の海を広げるカナードに。
だが上の方から落とされた怒声で、キラは反射的に行動を起こした。

「砂漠の虎よりてめえが先だあっ!このコーディネイターがぁーっ!!」

カナードの立つすぐ脇の建物の屋上。
そこに潜んでいたテロリストが、マシンガンの銃口を下にいるカナードへ向けた。
ジャキッという音にカナードも上を見上げる。


ダァン!!


1発の銃声が響き、テロリストの体がぐらりと建物の外へ傾いだ。
どすん、と落ちてきた死体を、カナードは後ろへ飛び退いて避ける。
キラはホッとため息をついた。
…これで、テロリストは全員片付けたはず。
自分の近くに、誰かの弾かれた拳銃が落ちていて良かった。
カナードは放たれる殺気が消えたことを確認し、右手に持っていたナイフを投げ捨てた。
ナイフはカランッと転がり、刃についた血を散らす。

「あー、清々した」

機嫌良く笑うカナードに、カガリは背筋が寒くなった。
(こいつ、人殺して何言って…!)
「怪我は?」
「あるわけねーだろ」
カナードに尋ねたキラも、笑っていた。

…信じられない。
目の前で、テロリストとはいえ人が殺されたのに。
殺したのは同じ仲間で、隣りにいたヤツで。
それなのに、殺した当人のこいつらは!!

「キラ。お前、さっき何て言ったんだ?」
カガリは低い声でキラに尋ねた。
キラは首を傾げる。
「さっきって…いつ?」
「お前が銃を撃つ前だ」
「……僕、なんか言ったっけ?」
「?!」
覚えていない…?
あんな…場に不相応すぎることを言ったのに…?
人を殺すカナードを、"綺麗"なんて言ったのは…無意識?
(キラ、お前…)
カナードも、

『狂ってる』



「いや〜、少年たち。助かったよ」

あの、ソースでカガリと一悶着起こした男がそう言った。
「ナイフ1本で銃弾の嵐に飛び込む君は、かなり無茶苦茶なような気もするが…」
ザフト兵たちが、カナードに苦笑した男へ何事か囁いて会話を交わす。
サングラスと帽子を取ったその男に、カガリは目を見張った。


「アンドリュー…バルトフェルド……」


「「え?」」
キラとカナードもその男を見た。
「え、うそ。この人が…?」
カガリとアンディを見比べ、キラは目を瞬かす。
カナードはつかつかとアンディへ近寄った。
「へえ、お前が"砂漠の虎"?」
アンディはカナードを見、そして横のキラとカガリを見るとこんなことを言った。

「君たちを僕らのホテルへ招待したいんだが、いいかい?
そちらのお嬢さんをそのまま返すのは、紳士としてあるまじき行為だと思うんだが」

そう言われて、キラとカナードは改めてカガリを見てみた。
最初にテーブルがひっくり返った時、彼女はチリソースを頭に浴びて髪の毛がチリソースまみれだ。
…アンディの言うことも尤もではある。
何しろ自分たちは、この"砂漠の虎"を狙ったテロに巻き込まれたのだから。
この男が話しかけて来なければ、巻き込まれる可能性は低かったはずだ。

カナードは興味なさげにアンディから視線を外した。
「俺は帰る。お前らで招待されてこいよ」
「えっ…」
カガリは戸惑い気味にキラを見る。
キラは苦笑した。
「大丈夫。僕も行くから」
それを確認したアンディは片手を上げて、ダコスタ以外のザフト兵たちを引き上げさせる。
AAへ戻ろうと反対方向へ足を向けたカナードだが、何か思い出したようにアンディを振り返った。

「そうそう、"石化の蝶"からアンタに伝言だ」

キラはきょとんとする。
「え?スピネル?」
アンディはほう、と興味深げに笑みを作った。
ダコスタも疑問を隠さず表情に出してカナードを見る。
カナードは不敵な笑みを浮かべ、スピネルの伝言を伝えた。


「"お互い生きてたらまた遊ぼうぜ"、だとさ」