レジスタンス基地から北北西、タルパディア工場区跡地にて。
夜明けとともに、レジスタンスとAAの共同作戦が開始を告げた。
対するザフト。
砂漠の虎率いるレセップスも、それを阻止すべく動き出した。
移動し始めて早々。
レジスタンスとAAの前方で、大地を揺るがす轟音が轟いた。
「…っ?!地雷が!!」
カガリは空へ立ちのぼる爆煙の壁を、呆然と見上げた。
破壊されたのは、レジスタンスの地雷原だ。
「ねえ、あれってもしかしてデュエルとバスター?」
「…みたいだな。俺たちと同じ頃に落ちたんだろ」
「どーせ戦艦上で援護射撃だろ?やっぱり戦うなら虎だよな…」
「僕も!あの人ホントに強かったし」
「この間戦ったってバクゥか?」
「うん。でも上位機種ってこともあり得るよね」
「あ〜…実際見たことはないけど、ラゴゥってのがあるらしいぜ」
「そうなんだ。その隊長機を落とせば勝ち?」
「だな」
-月と太陽・16-
ハイペリオンが光波シールドを展開し、MSの中へ飛び込む。
攻撃が届かず往生してしまうザウートを、アヌビスが上空から撃つ。
ストライクはAAまで迫ってきたバクゥ隊を石化させ、石化したバクゥをスカイグラスパーが撃つ。
レジスタンスはその機敏さを生かして、側面から回り込んでくるMSを。
そしてAAは、敵の主力戦艦レセップスを狙う。
その見事な連携に、アンディは敵とはいえ舌を巻いた。
「こりゃかなり骨が折れるな…」
自機ラゴゥの前で戦況を聞き、肩を竦める。
すると同じくパイロットスーツに身を包むアイシャが吹き出した。
「あら、言ってることと表情が違うわよ?」
そのアイシャも、人のことは言えない。
複座型MS・ラゴゥ。
オレンジと黒の派手なカラーリングを持ち、長大なビームサーベルを装備。
機動力と破壊力は乗り手の腕に比例し、バクゥの比ではない。
…"虎"の名に恥じぬ機体は、砂漠を支配する。
「さぁて、狙うは女神様だ」
レセップスから飛び出したラゴゥは、その機動力であっという間に相手側の領域に入り込んだ。
操縦席に座るアイシャがクスリと笑みを漏らす。
「あら、3人もいらっしゃるのではなかった?」
アヌビス、ハイペリオン、ストライク。
さすがにラゴゥ1機で3機の相手は不可能だ。
アンディは軽く考え込みライフルの照準を絞ると、その内の1機に合わせた。
「そうだな…。冥界がどんな場所なのか聞いてみるとするか」
十字の中心に収まったのは、冥界の守護者アヌビス。
「あれが隊長機だね」
キラは向かってきたラゴゥと対峙する。
…共同戦を張るMSの中でアヌビスは唯一、飛行能力を有している。
それでも両者の実力は拮抗。
ラゴゥの機動力は、砂漠の特質も利点に変えてしまう。
すでにキラは、周りへ気を配る余裕さえない。
ガクンッ!
突然、AAの動きが止まった。
…レセップスがもう少しで射程距離に入る位置だ。
「どうしたのっ?!」
マリューは焦りを隠せずに操舵士のノイマンへ叫ぶ。
「何かが引っかかって…!身動きが取れません!!」
ノイマンの声に、ブリッジの面々は息を呑んだ。
ズシンッ!!
レセップス上のバスターの攻撃がAAを襲う。
身動きが取れず、動かぬ的となってしまったAAを見たカガリはジープから飛び降りた。
「カガリっ!!」
キサカの制止はすでに聞こえていない。
カガリは被弾して開いたままのような状態になっている、AAのカタパルトへと飛び込んだ。
そのまま格納庫内へ走ると、整備士たちが忙しなく修理や補給にあたっている。
カガリはぐるりと格納庫の中を見回し、目当てのものを見つけた。
…彼女が走り寄ったのは、スカイグラスパー2号機。
気づいたマードックがカガリを引き止める。
「おい嬢ちゃん!何する気だ?!」
カガリも負けず言い返した。
「そっちこそ!機体を遊ばせてる場合かよっ?!」
こう見えても自分は、シミュレーションでかなりの好成績を上げているのだ。
マードックは一瞬迷う素振りを見せたが、半ばヤケになって怒鳴った。
「ええい!壊すんじゃねーぞ!!」
カガリは笑って頷き、スカイグラスパーへ乗り込んだ。
…こちらのパイロットはすでに発進している。
にも関わらず開いた回線に、ミリイは目を丸くした。
「カガリさん?!」
「ええっ?!」
マリューも驚いてそちらを振り返る。
『勝手に使わせてもらうぞ!』
聞こえてきた声にミリイはマリューを見、そして頷いた。
「分かりました。スカイグラスパー2号機、どうぞ!」
パイロットがいないはずの2号機が飛んでいる。
1号機に乗るフラガは驚いた。
「ちょっと待て!何で2号機が?!パイロットは…」
『人のこと気にしてる場合かよ、お前!!』
2号機から怒鳴るように聞こえてきた声に、目が点になる。
「お嬢ちゃん?!」
『は?カガリ?』
比較的近くにいたスピネルも、素っ頓狂な声を上げた。
言い返すだけ無駄だと判断したカガリは、シミュレーションと同じようにMSを撃つ。
…その腕はやはり悪くない。
フラガもスピネルも、それ以上口を挟むことを止めた。
「おい!何やってんだよ艦長!!」
未だ動けないAAにカナードは怒鳴った。
AAの損傷はどんどん酷くなり、このままでは落とされるのは時間の問題。
『艦に何かが引っかかって!動けないのよ!!』
焦りを含んだマリューの声が返る。
カナードはAAをモニターで拡大映像にした。
AAのカタパルト付近に、工場か何かの廃屋が引っかかっている。
「付近の地形くらい頭に入れとけよ!」
小さくそう毒を吐き、カナードはAAへ帰還した。
…燃料がそろそろ危険域になる。
「荒っぽいが文句は聞かねーぞ!」
そんなカナードの声が、管制官のミリイへ届いた直後。
ズシン!!
ブリッジをまたも衝撃が襲った。
それは敵の攻撃ではなく、ハイペリオンがカタパルト部分も少し巻き込んで廃屋群を吹き飛ばした衝撃。
「動いたっ!!」
ノイマンが歓声を上げる。
マリューも表情をわずかに和らげた。
「次はないわ。ハイペリオンを収容!目標はレセップスよ!!」
ピピィーーー!!
コックピットに甲高い音が響く。
「っ?!しまった!!」
アヌビスの黒い機体は灰色に変わり、地へ足を付けることを余儀なくされた。
…まだラゴゥは落ちていない。
キラはコンバットナイフを引き抜く。
『ゴッドフリート、撃てぇ!!』
AAの主砲が、レセップスを打ち抜いた。
それを見たアンディは、ダコスタに残存兵力の引き上げを命じる。
ラゴゥの内部は、至る所がアヌビスとの戦闘で壊れ始めていた。
「きゃっ?!」
パンッとモニター画面が割れ、操縦席のアイシャが悲鳴を上げる。
アンディは灰色に変わったアヌビスを見据えた。
「さあ、最後の決戦といこうか、少年!!」
皮肉なほどに青い空の下。
鮮やかなオレンジの機体が爆煙に包まれた。
「どこで戦争は終わるのか、…か」
レジスタンスの基地へ戻ったAA。
キラは基地の入り口付近に座り込み、空を眺めていた。
「…人が何かを求める限り……戦争は終わらないよ」
ふっと影が差した。
「カナード…」
いつからか、彼の纏う"黒"を見ていると気が落ち着くようになっていた。
…他のどんな色にも染まらぬ、"黒"。
「割り切ったつもりで結局は後悔かよ、お前は」
キラは横に立つカナードを見上げた。
「後悔?」
カナードも外を見ていた視線をキラへ落とす。
逆光になっていて、キラには彼の表情がよく分からない。
けれど声には笑みが混じっていた。
「今更、人を殺すのが怖くなったのか?」
1番触れてほしくないことに触れられたような、そんな気がした。
キラは自分の手を見つめる。
「怖い…のかな。何でだろう…?」
白く見えるこの手は、真っ赤に染まっているのに。
「後悔なんてしても…どうせ殺すのにね」
キラはクスクスと乾いた笑いを漏らす。
…それは、壊れた響きを持っていた。
基地の内部では、レジスタンスとAAの面々がささやかな祝杯を上げていた。
「…すっげぇ酒臭い……」
スピネルは部屋の奥から入り口へと避難する。
…どうやらアルコールは苦手らしい。
同じくアルコール類を飲めないカガリも、スピネルの隣りへ腰を下ろした。
彼女は視線を仲間から外さず、そのままで口を開く。
「レジスタンスとはここで別れるが、私とキサカはお前たちの艦に乗せてもらうことにした」
「…は?」
ぼんやりしていたスピネルは、思わず間の抜けた声を出してしまった。
「何でまた…わざわざ自分から危険に飛び込むんだ?」
ヘリオポリスでAAとGATシリーズを見たと言うカガリ。
彼女とAAの関わりは、そこで切れて良かったはずだ。
クルーゼ隊の執拗な追跡もあり、AAは現在の連合軍部隊で最も戦闘が多い。
…たとえこれから紅海へ出ても、アラスカまでの道のりはまだ長い。
インド洋を抜け、アラフラ海を通り、太平洋を縦断だ。
途中、間違いなくカーペンタリアからの攻撃を受けるだろう。
スカイグラスパーを操る腕は確かでも、命の危険は艦内より高いと知っているはず。
…なのに何故?
それほどこの艦が大切?
知り合いらしいキラが気になる?
それともまだ、他に理由があるのか。
「…まあ、死ななきゃいいけどな」
ふと浮かんだ考えを口にせず、スピネルはそれだけに留めた。
…やぶ蛇はごめんだ。
部屋の奥へ視線を戻すと、どうやら今後の進路を考えているらしい。
マリュー、ナタル、フラガが地図を睨んでいる。
「では、明日の早朝に出発しましょうか」
「ま、本当はもっと早い方がいいんだろうけどねえ。
俺たちが"砂漠の虎"を撃破したってことは、もう伝わってるだろうし」
「確かに…。インド洋で攻撃を受けると考えた方がよろしいでしょう」
「紅海を抜けてから…か。坊主たちにはちょっと辛いな」
「…ええ。それから、カガリさんとキサカ殿が同行するそうよ」
マリューの言葉にフラガは首を傾げた。
「何でまた…あのお嬢ちゃんが?」
ナタルも同じようにマリューを見る。
しかし、マリューは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
その様子を見ていたスピネルは、横目でちらりとカガリを見やる。
(艦長はなんか知ってんのか…)
いや、"艦長だけが"知っているのか。
スピネルは苦笑する。
「AAって…名前に似合わず疫病神が取り憑いてんじゃねーか?」
AAは砂漠を抜け、大海を進む。
第2部・END
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