『戦闘中のザフト軍、及び地球連合軍へ警告する。オーブ領海から直ちに離脱せよ。
これは最後通告だ。これが認められぬ場合、オーブは武力をもってこれを排除する』


AA、そして追撃していたザフト軍ザラ隊へ入った、オーブ軍の警告。
アスランは舌打ちせずにはいられなかった。
…もう少しなのに。
あと少しで、足付きを落とせるというのに。
現に目の前のAAはエンジンが被弾し、煙を上げている。
ほんの数秒迷った挙げ句、アスランたちは追撃を止めてオーブ領海から離脱した。

一方のAAは、離脱も何もあったものではない。
「推進力70%に低下!着水します!」
ザラ隊以前にモラシム隊の猛攻を受けている。
そのため艦の損傷は激しく、そのままオーブ領海へと落ちていく。
ブリッジへ駆け込んだカガリは有無を言わせずマリューから通信機を引ったくり、オーブ軍へ怒鳴った。

「ふざけるな!目の前で誰かが死んでしまうかもしれない時に!
お前たちは手を差し伸べることもしないのかっ?!」

カガリはマリューを振り返る。
「このまま領海へ入れ!」
「え?」
彼女はそこで初めて、本来の名を名乗った。

「私は!カガリ・ユラ・アスハだ!!」










-月と太陽・第3部『クズレルヘイワ』-










リビア砂漠に降下したAAは、"砂漠の虎"を撃破し紅海を抜けた。
予想通りインド洋でザフトの水中艦隊の猛攻を受け、さらには因縁が続くクルーゼ隊による追撃。
落とされる寸前であったAAを救ったのは、砂漠で合流したカガリ・ユラだった。

「まさかとは思ったけど、本当にアスハとはな〜」

ストライクを見上げてスピネルは呟いた。
…予想はしていた。
危険を承知でわざわざAAに乗り込んだのだから。
しかしそんな彼女のおかげで、自分たちは難を1つ逃れられた。
ここはオーブ本国、オノゴロ島の秘密ドック。
対外的には、AAはすでに領海を離脱したと発表されている。
「…ザフトが信じるとは思えないけどな」
パタパタと誰かが走ってくる音が聞こえて、スピネルは格納庫の入り口を見遣った。
「スピネルさん!」
フレイが呼んでいた。
首を傾げると、彼女は意地悪げな笑みを浮かべる。
「早く来て下さい。面白いものが見れますから」

出口へ繋がる通路。
キラとカナードの姿を見つけて、スピネルとフレイはそちらへ移動した。
辺りに出来ているのは、人集りだ。
皆してAAの奥を見ている。
「何?」
そう尋ねたスピネルを振り返ったキラも、どこか面白そうに笑っていた。
キラは通路の奥を指差す。
「…アレ」

誰もが唖然としていた。
乳母に手を引かれ、歩いてくるカガリの姿に。
…エメラルドグリーンのドレスを纏った彼女に。

「あれで中身は変わらねーのか」
カナードが声を押し殺して笑う。
キラはドレス姿の彼女を見るのは2回目だが、やはり普段とのギャップが激しい。
「結構サマになるもんなんだな…」
スピネルは目を丸くして、こちらへ歩いてくるカガリを見る。
言われ放題のカガリは、キラたちの傍へ来ると彼らを睨みつけた。
「本当にオーブのお姫様なのね、アナタ」
嫌みたっぷりに言ってくれたフレイを思いっきり睨み、怒鳴りたいのを堪えてカガリはそっぽを向く。
…着たくて着ているわけじゃない。
こんなもの、こちらから願い下げだと怒鳴ってしまいたい。
しかしそうしてしまうと、自分の手を引く乳母のマーナを怒らせることは目に見えている。
カガリはありったけの不満をため息にして吐き出すと前を向き、交わされる雑談を頭から追い出した。





「持って行くのはストライクでしょう?何で僕とカナードも?」

フラガから事情を聞くなり、キラはそう言った。
…オーブから出されたAAの修理と補給の条件。
それはストライクのデータと技術協力。
些かの食い違いがあるとはいえ、ストライクを含めたGATシリーズはモルゲンレーテ社のものだ。
しかし何故か、スピネルだけでなくキラとカナードも指名を受けている。
「うーん、何でって言われてもねえ…」
フラガは困ったように頭を掻く。
ここに匿われた時点で、AAに拒否権はない。
話すキラたちの横でガシャン、とストライクが動き、搬出口から出て行く。
それを眺めていたカナードが口を開いた。
「どーせ断れねーんだろ?」
フラガはそれに苦笑し、キラも頷く。
「ここにいても、やることは変わらないしね」

これよりもずっと後に、彼らはオーブ本国とヘリオポリスで食い違っていた理由を知ることになる。





『GAT-X105ストライク』
『GAT-X109アヌビス』
『CAT1-X1/3ハイペリオン』

モルゲンレーテ技術主任エリカ・シモンズは、AAに乗る3機のMSデータを見つめていた。



「『ストライクはヘリオポリスにて奪取を免れた。
パイロットは、その時点ではまだ民間人であったオーブ国籍の学生、キラ・ヤマト。

結局このときヘリオポリスは内部で戦闘になり、崩壊した。
AAは補給のため、ユーラシア連邦軍の軍事要塞アルテミスへ向かう。
ここで何故かキラ・ヤマトは志願という形を取り、ユーラシア連邦軍へ異動。
同基地はザフト軍に奪取されたGAT-X207ブリッツに奇襲を受けるも、決定的ダメージは受けず。
AAは脱出し、アルテミスは要塞を建て直した。

その後補給をするために止むなく、AAはデブリ帯へ向かう。
ザフト軍との交戦により、第八艦隊先遣隊は全滅。
ユーラシア連邦軍所属、GAT-X109アヌビスとCAT-X1/3ハイペリオンがここで合流する。
表向きは"援軍"という形のようだが、第八艦隊との合流直前にまたもザフト軍の奇襲を受ける。
しかしアヌビスとハイペリオンにより撃退に成功。
AAは第八艦隊と合流を果たし、空白のGAT-X105ストライクのパイロットが異動。

そしてAAは地球降下を果たすも第八艦隊は全滅。
臨界点突破による着艦不能によって、アヌビス・ハイペリオンはAAと別ルートへ。
レジスタンスと共同作戦を展開、砂漠の虎を撃破。
紅海を抜けてJOSH-Aを目指していたが被弾し、AAはオーブへ匿われる…』」



データをひと通り保存し、エリカはため息をついた。
「どこをどうやれば、こんなものが造れるのかしらね…」
モニターに映るのはアヌビスとハイペリオン。

アヌビスは大気圏自由飛行能力を。
ハイペリオンはMSに転用した光波防御帯を。

聞けば、パイロットであるキラ・ヤマトとカナード・パルスが、設計から何からやってのけたらしい。
2人がコーディネイターだということを差し引いても、謎は残る。
特にカナード・パルスは国籍不明、過去の経歴も何もかもが空白だった。
そしてもう1人、スピネル・フォーカス。
彼は17という若さで中尉だという。
「メデューサ・パピヨン、"石化の蝶"…」
その名が広まったのはグリマルディ戦線。
ナチュラルでありながら、コーディネイターかと思われる容姿と能力を持つ少年。
確か彼は、ヘリオポリスでのGAT試験パイロットだという報告が来ていた。
その時のデータでは、OSの組み替えに成功した唯一の人物。
「あとは駄目元で、本人たちに聞いてみましょうか」
エリカはパソコンの電源を落とすと部屋を後にした。





『AAはすでにオーブ領海を離脱した』

オーブから出された通告に、アスランは考え込んだ。
…あれだけの損傷を負わせたのだ。
離脱出来るわけがない。
しかしAAの気配はまるでなく、自分たちは足止めを喰らっている。
仲間であり隊員でもあるイザーク、ニコル、ディアッカはその通告を信じていない。
無論、自分もそうだ。
信じられるわけがない。
「半日待って何もなければ…オーブに潜入する」
アスランはそんな結論を出した。





ストライクをモルゲンレーテへ運び、キラ、カナード、スピネルは工場の中へ案内された。
そこではオーブ軍のMS、M1-ASTRAYが多数製造されていた。
「武装中立国…ね」
それらを見上げながらカナードが呟く。
「あの…何で僕らも?」
キラは自分たちを案内するエリカに尋ねた。
エリカはクスリと笑うと、さらに奥へとキラたちを案内する。
辿り着いた場所はMSの試験場。
3機のM1が模擬訓練をしている。
…が。
「あのさ、これ本当に実践で使う気か?」
スピネルが思わずそう聞き返してしまうほどに。
M1の動きは非常にギクシャクと、撃ってくれと言っているような動きだった。

「おい、アサギ!それで精一杯なのか?」

横を見ると、カガリが同じようにM1のテストを見ていた。
カガリの声に反論が返ってくる。
『そんなこと言うなら、姫様もやってみればいいじゃないですか!』
どうやらパイロットは女性らしい。
エリカが苦笑した。
「見ての通り、OSが不完全なの。これじゃあせっかく配備しても無意味だわ」
「つまり、僕らにOSを開発しろと?」
訪ねたキラに、エリカは頷いた。
「そうなるわね」





M1のテストは一時休止。
パイロットであるアサギ、ジュリ、マユラは休憩室にいた。
休憩室の窓は一面ガラス張りで、工場の中が見下ろせる。
彼女たちの視線は、ずっと1点から動かない。
M1の様子を聞こうと休憩室へやって来たカガリは、その様子に眉を寄せた。
「何やってるんだ…?」
すると3人は、カガリの声にパッと顔を輝かせて振り返る。

「「姫様!あの3人、誰ですか?!」」
「……」

まるで計ったかのように重なった3つの声。
…そんなことだろうとは思っていたが。
大げさにため息をついて、カガリはアサギたちと同じように工場の下の階を見下ろす。
「…あいつらか?」
指差した先には、主任のエリカと話すキラたちの姿が。
「3人ともコーディネイターの方ですか?」
アサギが尋ねる。
「いや。あの白い軍服のヤツはナチュラルだ。
名前はスピネル・フォーカス。"石化の蝶"って呼ばれてる」
「「石化の蝶?!」」
軍にいるだけあって、アサギたちの方がそちらに詳しい。
「うっそ〜…もっと強面の人かと思ってました」
「じゃあ、"アルテミス"はどちらの方ですか?!」
「は?アルテミス?」
目を輝かせるマユラの問いに、カガリは間の抜けた声を出す。
マユラは信じられない!と言うように目を丸くした。
「ええ?!姫様、ご存知ないんですか?!」
「…悪かったな」
しかしカガリの睨みをものともせず、マユラは生き生きと解説を始める。
「最近そう呼ばれるようになったそうなんですけど!
何でも相手の攻撃は本体には届かず、ビームライフルは百発百中らしいですよ!」
どうやら、そのMS乗りとしての腕に憧れているらしい。
「ああ、それは黒髪のヤツ…」
カナードを指差しながら、カガリは中身と呼び名の差に失笑した。
…名前を付けたヤツは相当バカだったんだな。
それ以前に、"アルテミス"は女性に付けるべき名前だろうに。
「では"セクメト"があの茶色い髪の人ですか…」
ジュリが意外そうにキラを見つめる。
カガリもキラを見た。
…確かに、こうやってキラを見ているとそうは思えない。
"破壊の女神"などという、物騒すぎる名を付けられるようには。
けれどカガリは、パナディーヤの一件で理解した。

『触れすぎるとヤバい』


特に、カナードが関わることは。