「ようこそ、平和の国へ」

オーブに潜入していた工作員の手を借り、アスランたちは潜入に成功した。
渡されたモルゲンレーテの作業服とIDを受け取る。
「これで第一工場区までは行けるはずだ。だが奥の第二区は警戒が厳しくてな」
工作員に礼を言い、ザラ隊の4人は町へ出た。

賑やかな街。
交わされる戦争など無関係な会話。
平和の国、オーブ。

「平和ですね…」
隣を歩くニコルが、わずかな皮肉を込めて呟いた。
…コーディネイターもナチュラルも、同じように暮らす国。
「自分たちは無関係…か。ふざけるにも程がある」
後ろを歩くイザークが忌々しげに舌打ちし、ディアッカも似たようなことを呟く。
アスランも複雑な面持ちを隠さない。
…中立をこうも唱いながら、ヘリオポリスで連合に手を貸していた国。

この国のどこかに、"足つき"がいる。










-月と太陽・18-










AAではサイ、トール、ミリイ、カズイが家族との面会を許可され、下船していた。
家族がすでに亡いフレイは、誰もいない艦内を歩く。
「あ、フレイ。どうしたの?」
誰もいないはずの艦内。
その一室にキラの姿を見つけた。
彼はコンピューター画面から目を離さずに、フレイへ問う。
「別にどうもしないわ。やることがなくて暇なだけ」
どうやら何かのプログラムを組んでいるらしい。
忙しなく数字が画面をスクロールしていく。

「会わないの?ご両親に」

発した声に、僅かながら怒気が含まれていたのだろう。
キラが顔を上げた。
バツ悪く視線を外すフレイに、キラは意味ありげな笑みを浮かべる。

「ちょっと…ね。君に同情してるわけじゃないから安心して」





モルゲンレーテにある応接室。
カガリの父である元オーブ代表、ウズミ・ナラ・アスハは窓の下に見えるAAを見下ろしていた。
…シュン、と扉の開く音。
「ウズミ様…」
入って来たのは、キラの母カリダ・ヤマトと父ハルマ・ヤマト。
ソファに腰を下ろし、カリダは視線を落とした。
「もう二度と…お目にかかることはないはずでしたのに…」
ハルマは無言でカリダの肩を抱き寄せ、ウズミもまた声を落とした。
「無論、私もそのつもりでした。しかし…すでに彼らは出会ってしまった」
テーブルの上に並ぶのは、キラとカガリの資料。
ウズミはもう1つ、別の書類を取り出す。
「そして…気に掛けなければならぬ事もあるのです」
資料を受け取ったカリダは、驚きに声を失った。
「これは…!」

資料に添付されているのは、カナードの写真。

「そ…んな…」
驚愕に満ちた目でカリダはウズミを見る。

カリダ・ヤマトには、姉が1人いた。
彼女は16年前に亡くなっている。
「なぜ…?」
疑問ばかりがカリダの思考を支配する。
…この写真のカナードという少年は、その姉に生き写しなのだ。
性別も違えば髪の色も違う。
しかしその風貌は生き写しであり、眼の色も同じであり、まるで…





モルゲンレーテでM1のテストが再開された。
前回と違うのは、キラの開発したOSが搭載されていること。
そしてカナードが機体を少し弄ったこと。
アサギが乗り、ジュリとマユラはエリカや他の技術者たちと同じようにテストを見守る。
「「すごい…」」
M1の動きが、嘘のように俊敏になっている。
動かすアサギも、その軽さに驚きを隠せない。
エリカはキラを振り返った。
「ありがとう。これで何とか配備出来そうよ」
「あとはパイロットの腕次第だな」
フラガと一緒にテストを見ていたスピネルは、感嘆しっぱなしのジュリとマユラに笑う。
「そうね。それは貴方と、そちらの少佐にお願いしようかしら?」
エリカが冗談まじりにそう答えた。





「ここが第一工場区の端…」

第二工場区との境に立つフェンス。
それを眺めてアスランはため息をついた。
「本当に厳重だ。これ以上は入れそうにないな…」
無理に入れば、こちらの身の安全に関わる。
「何か隠してるって言ってるようなもんだよな」
フェンスの向こうへと続く敷地に、ディアッカが嘲笑半分に言った。
「あ、誰かいますよ」
アスランたちとは別の方向を見ていたニコルが声を上げる。

倉庫のような建物の入り口。
その両脇へ無造作に積み上げられている木箱の1つに、モルゲンレーテの作業服を着た少年が座っていた。
手元にある書類のチェックか何かをしているのだろう。
時々考える素振りを見せるが、視線を上げない。
小さくはない声量で話しているアスランたちだが、こちらに気づく様子もない。
「綺麗な方ですね…」
ニコルの漏らした言葉に、アスランもその少年を見つめた。
…自分たちとそう年は変わらないだろうが、かなり大人びているように見える。
コーディネイターだということが一見して分かった。
その中性的な顔立ちは、アスランに誰かを思い出させる。
敷地を駆ける風に吹かれる髪は長く、そして黒い。

『眼の色は、キラ様と同じ綺麗なアメジスト色ですわ。
けれど長い黒髪をお持ちで、着ている服も全て黒色ですの』

ふっとアスランの脳裏をよぎったもの。
それは、ほんの1週間ほど前にラクスと交わした会話だった。

『トリイ!』

その思考を断ち切ったのは、聞き覚えのありすぎる"声"。





アヌビスのチェックをするキラを、スピネルはひょいとコックピットの端から覗き込んだ。
「家族との面会って許可されたんだろ?お前は行かないのか?」
別に図ったわけではないだろうが、フレイと同じことを聞いてきた。
キラはスピネルを見上げ、同じように微笑む。
「ちょっとね。今会ったら言っちゃいけないことも言っちゃいそうだから」
「言っちゃいけないこと?」
聞き返すスピネルに答えず、キラはまたモニターへ視線を戻した。
…言ってはいけないこと。
…聞いてはいけないこと。
会えば、分かっていても言ってしまいそうだった。

カナードに出会う前なら、なぜ自分をコーディネイターにしたのかと尋ねただろう。
しかし今は違う。
…なぜ、何も言ってくれなかったのか。
理由など分かりきっているし、自分が両親の立場なら同じように沈黙を押し通すだろう。
それでも聞かずにはいられない。
…なぜ黙っていたのか、と。
言えば壊れてしまうことは分かっているのに。
…本当の両親は誰なのか、と。
きっともう、殺されてしまったのだろうけど。
…カナードの存在を知っていたのか、と。
知っていれば、自分はこうして彼の隣りには居られなかったのだろうけど。

『トリイ!』

キラの肩に止まっていたトリイが、突然飛び立った。
「うわっと?!」
そのトリイにぶつかられそうになったスピネルは、アヌビスから飛び降りる。
「ごめん!大丈夫?」
コックピットから出てきたキラは、慌ててスピネルの傍に降りた。
スピネルは軽く手をはたく。
「大丈夫。けど、どうしたんだ?突然…」
「分かんないけど…ちょっと行ってくるね!」
そう言い置くと、キラはトリイの後を追いかけた。





『トリイ!』

独特の機械音。
そんな声で鳴く鳥が、建物の入り口から飛び出してきた。
空中でぐるりと円を描くと、それは黒髪の少年の肩に止まる。
『トリイ?』
肩の上で首を傾げる鳥に、少年が初めて顔を上げた。
「何だ?突然…」
作業の邪魔をされたのが気に食わないのだろう。
不機嫌さの混じる声でその鳥へ問う。
『トリイ!』
するとその鳥はもうひと声上げて飛び立ち、フェンスの上を飛んでいった。
少年はそれを目で追う。

アスランもまた、その鳥に視線が釘付けになった。
…何故これが?
いや、答えは分かりきっている。
『トリイ!』
フェンスを越えた鳥は、アスランたちの元へと舞い降りた。
アスランは手を出してそれを止まらせる。
イザークたちも興味深げにそれを覗き込んだ。

「!」

何気なく鳥から視線を上げたとき。
アスランは同じように鳥を目で追っていた、黒髪の少年と目が合った。
…紫紺色の眼。
フェンスを挟んだ距離でも分かる、"彼"と同じ鮮やかな色。
そして感じた、背筋が冷たくなるような"何か"。

「トリイ〜?トリイってば〜」

黒髪の少年と同じ、モルゲンレーテの作業服を着た少年が出てきた。
「あの子の…でしょうか?」
ニコルが鳥と、新たに現れた少年を見る。
「あ!ねえ、トリイ知らない?」
その少年は横にいた黒髪の少年へ尋ねる。
すると黒髪の少年はフェンスの向こう、つまりアスランたちを指差した。
その指の示す先を見た少年は、少し驚いた表情をしてフェンスに近づく。
アスランも鳥を手に乗せて、フェンスへ近づいた。


「君…の?」


フェンスを挟んだ目の前の少年に、そう尋ねる。
少年はにこりと微笑んで頷いた。
「うん。ありがとう」
『トリイ!』
フェンスの間をくぐり抜けて、鳥は少年の手に飛び移る。
「これはね、昔の友達がくれたものなんだ」
嬉しそうにそう言った声が、変わった。

「でもね、まさか潜入してくるなんて思わなかったよ」
「?!」

イザークたちに背を向けているので、アスランは表情の心配をあまりしなくていい。
…目の前の少年は、キラ。
彼は無邪気な笑みのままだ。
誰から見ても、こんな会話をしているという違和感は感じさせない。
黒髪の少年はそんなキラとアスランの様子を、じっと見ている。
「おい!行くぞ!」
背後からイザークの声が掛かった。
言いたいことを全て押し込め、アスランは踵を返す。

「また領海の外で、ね」

笑顔の裏に隠された、ひやりと凍る言葉。
アスランは動揺を極力押さえ込み、車に乗り込んだ。





走り去る車を見届けて、カナードが口を開いた。
「あれがアスラン・ザラか?」
面白そうな笑みを浮かべ、キラにそう尋ねる。
キラも先程とはまったく違う笑みを浮かべた。

「そう。さっすがアスラン。ポーカーフェイスに磨きがかかってる」

自分の言った言葉に、彼はかなり動揺したはずだ。
しかしそれを微塵も感じさせなかった。
キラの言わんとしていることを悟ったカナードは笑った。
「完璧に猫を被るお前が言える台詞かよ?」
「そう言えばカナードは被んないよね」
「はあ?んな必要ねーだろ」
「確かに。じゃあ、スピネルのアレは素かな?」

そうだ、彼にも教えておこう。
領海を出た後のアスランの反応が楽しみで、キラはくすくすと笑った。


「これでアスランも、カナードが誰か分かったよね?」