『キラ・ヤマトを甲板へ出してほしい』

理由は分からないがオーブの方から要請され、キラはAAの甲板へ出た。
「キラっ!」
カガリは出向直前のAAに繋がる桟橋へ駆けて、叫ぶ。
「お前のご両親が、あそこに!」
「え?」
彼女の言葉と示された方角。
キラはモルゲンレーテの上階を見上げた。

『キラ!』

声は聞こえない。
しかし両親の口は、確かにそう動いた。
キラは安心させるように微笑む。

再び会える日が来るかどうかは、分からない。

「絶対に死ぬなよ!」

カガリはキラへそう告げて。
AAはオーブ艦隊に見送られ、航海を再開した。










-月と太陽・19-










オーブ軍艦隊という隠れ蓑はあったが、そんなもので抜けられるとは誰も思わない。
領海を出た途端、やはり例のMS部隊が襲ってきた。
『深追いはするな』
ナタルのそんな命令を受け、キラはアヌビスを発進させた。

空を飛べるアヌビスは、真正面からザラ隊と対峙。
エールを換装したストライクは、辺りに広がる岩礁を足場に戦う。
鉄壁の防御力を誇るハイペリオンは、AAの防護へ。



アヌビスは機動性重視の上に空中戦用に開発されているため、単機飛行用のグゥルでは追い切れない。
「うわぁっ?!」
イージスの横で、ブリッツがアヌビスに蹴落とされた。
「ニコル!!」
一瞬そちらに気を取られたアスランだが、間髪置かずにアヌビスはイージスへ斬りかかった。
『余所見してたら死ぬよ?アスラン』
キラの楽しそうに笑う声が聞こえ、アスランは思わず唇を噛む。
…戦いを楽しい、と。
…殺し合うことに抵抗がない、と。
幼なじみで親友だった彼は、本当にそうなってしまったのかと。



両者の実力は、迷いの無い分キラが上回り始めた。
イージスはついにグゥルを破壊され、体勢を崩されながらも岩礁へ飛び降りる。
アヌビスもそのまま岩礁へ降り立った。

両機のソードが甲高い音を上げる。

イージスの斬撃を避け、アヌビスは隙を見てそのソードを弾き返した。
勢いを殺せずに、イージスはそのまま弾き倒されてしまう。
『引くなら今のうちだよ?引かないの?』
嘲笑混じりの声が聞こえてきた。
アスランはアヌビスを睨みつける。
「撃つなら撃てよ。俺たちは敵なんだろう?」

返って来た言葉にキラはカチンと来た。
「そう聞いてくる時点でおかしいね。ホントに敵だって思ってる?」
イージスからの返答はない。
「前に僕は言ったよね。"撃たなきゃ撃たれるのは君だよ"って」
キラはソードを振り上げる。
「本気で戦わない君は、それじゃあ撃たれても文句言えないね」
『なっ…?!』

侮辱とも取れるキラの言葉。
アヌビスのソードが振り下ろされようとした刹那。

『アスラーンッ!!』

「『?!』」
何もなかったはずの場所にブリッツが現れた。
「…っ?しまった!!」
ミラージュコロイドのことなどすっかり忘れていた。
アヌビスに向かって突き出された槍を交わし、キラは振り下ろそうとしていたソードを咄嗟に横へ薙ぐ。
そのソードは、ブリッツのコックピットをいとも簡単に両断した。

『ニコルーーーーッ!!』

アスランの絶叫が聞こえる。
『ヤマト少尉!早く帰艦しろ!!』
AAは他の2機を煙に巻くことに成功したらしく、ナタルの帰還命令が入ってきた。
キラは動かないイージスと、燃えるブリッツの残骸を振り返る。
「…だから言ったのに」

ぽつりと呟かれた言葉は、アスランの思考に冷たく響いた。





帰艦したキラを、マードックたちは賞賛で出迎えた。
「よくやったなあ!」
「ブリッツを仕留めたって?」
豪快に笑って肩を叩いてくる整備士たちを、キラは曖昧な笑みで受け流す。
「機嫌悪いな、お前」
断定的に尋ねたカナードへ、キラはやはり不機嫌に答えた。

「だって、アスランが本気で戦おうとしないから」





ばさり、と床に散らばった楽譜。
アスランはロッカーを背に座り込み、声を押し殺して泣いた。
「ニコル…ッ!」

『何故あいつが死ななきゃならないっ?!』
『俺たちが討つべき相手は、あのアヌビスだ!!』

ディアッカが丸く収めてくれたが、イザークに責められるのは尤もだった。
…心のどこかで、キラを撃つことに躊躇していた。
その結果が、これだ。

何よりも平和を愛し、ピアノを愛していたニコル。
自分の甘さと弱さが彼を死なせてしまった。
『本気で戦わない君は、それじゃあ撃たれても文句言えないね』
あのときキラに撃たれるのは、自分だったはずだ。

『…だから言ったのに』

こちらに背を向け飛び去っていったアヌビス。
小さく呟かれた彼の言葉。
いずれはこうなってしまうことを、予期していたかのように。
「…次は撃つ!必ず!!」

ザラ隊はすぐさまAAの追撃にかかった。





オーブ沖を離れた群島海域。
AAはそこで再びザラ隊の猛攻を受けた。
…それは、先ほどの比ではない。

機関部に攻撃を受け、AAは島の1つに不時着した。
衝撃を避けるため、ハイペリオンは咄嗟にAAから離れる。
その瞬間をバスターが狙い撃った。
「…っ!!」
光波シールドで防げたとはいえ、重砲撃型のビームは重たい。
そこへデュエルも加わり、ハイペリオンは反撃の術を失う。

AAの内部は非常に慌ただしく、今は一刻も早くこの海域を脱することが先決となった。
…このままでは、さらなる追っ手が来る。
「艦長!俺も出ます!!」
トールが立ち上がった。
「このままじゃ、落とされますよ!!」
スカイグラスパーの新たなパイロットとして初陣を果たしたトール。
マリューは苦渋の決断を下した。
「分かりました。アヌビスとハイペリオンの援護を!」

キラのアヌビスとアスランのイージスは、AAとはまた別の離島に。
そこで、文字通り死闘を繰り広げていた。
復讐の怒りに駆られるイージスの強さはアヌビスと拮抗し、予断を許さない。
『カナードっ!!』
突然聞こえてきたスピネルの声。
ハッとしてモニターを見たキラが目撃したのは、光波シールドが砕け飛ぶ瞬間。

バスターの攻撃が途切れない中、ハイペリオンのエネルギーがレッドゾーンに入った。
カナードは焦りを隠せない。
「こんな時に!!」
警戒音にハッと前を見ると、バスターのビーム砲が新たに火を吹いた。
ハイペリオンの直撃コースを辿るそれを、避けきることは出来ない。
残るエネルギーを全て盾に回す。
…機体がギシギシと嫌な音を立てる。
突如バシンッ!と盾が砕け、衝撃に耐え切れなかったハイペリオンは島の奥へと吹っ飛ばされた。
体勢を立て直すことが出来ず、そのまま地面へ叩き付けられる。
「痛ぅ…っ」
非常な衝撃がカナードを襲った。

その様子を端に見たスピネルは、感情に任せてバスターをAA脇の山肌へ思いきり蹴り飛ばした。
ハイペリオンを押し切ったことで気が緩んだのか、バスターのパイロットはストライクの存在を忘れていたようだ。
AAのゴットフリートの照準が、バスターへ向く。
「おい!カナードッ!!」
だがストライクもまたエネルギーが切れ、帰艦せざる負えない。
必死に呼びかけるが、ハイペリオンは完全に沈黙してしまっていた。
一方のアヌビスは、ここから離れた場所で戦闘中らしい。
生い茂る木々のずっと向こうで、鋭い光が断続的に上がっている。

AAでは機関部の応急処置が終わった。
ナタルは銃口を向けたバスターのコックピットが開くことに気づく。
「投降する気か?」
両手を上げるザフト軍の兵士。
マリューはバスターの回収を指示した。



「カナード!!」
…ハイペリオンからの返答は、いくら待っても来ない。
キラは一刻も早く戻りたかった。
しかし、対峙するイージスがそれを許さない。

『お前がニコルを殺したっ!!』

怒りと憎しみに染まったアスランの叫び声。
それに重なるようにトールの声が聞こえてきた。
『キラーッ!!』
スカイグラスパーの攻撃がイージスを襲う。
キラは驚愕した。
「だめだ!来るなっ!!」

アヌビスとの間に割って入ってきたスカイグラスパー。
目障りな存在に、アスランは怒りのままにシールドを投げつけた。
『トールッ!!』
キラの叫びも虚しく、イージスのシールドはスカイグラスパーを破壊。
…乗っていたのがフラガなら、何とかなったのかもしれない。
しかし初陣を果たしたばかりの彼には、無理な話だった。


キラがどこかで抑えていた殺意が、爆発した。


轟く雷鳴の下で、アヌビスとイージスは戦い続ける。
あるときは腕を。
あるときは足を。
双方のMSは少しずつ破壊されていく。
アヌビスのほんの僅かな隙をつき、イージスはMA変形するとその機体へ組み付いた。
しかし内部のビーム砲は動かない。
見ると、イージスのエネルギーはほぼ底をついている。
「くそっ!」
アスランは自爆装置を作動させ、アヌビスに組み付いたままのイージスから脱出した。
「?!」
気づいたキラがそれを目で追う。



目も眩むような閃光が、雷光を引き裂いた。



『 "M.I.A" 』

モニターに映る無情な文字。
「トール?!トールッ!!」
ミリイの声にブリッジの誰もが振り返った。
「カナードさん!!」
『 "M.I.A" 』
管制システムのモニターには、その光だけが映る。
そして、
「キ、ラ…?」
『 "M.I.A" 』
もう1つ、同じ文字が表れた。

「機関全速!同海域を離脱!!それからオーブ政府に救援要請を!!」

続くマリューの命令に、ナタルは眉を顰めた。
「艦長!一体何を…!」
マリューは鋭くナタルを見返す。
「人命救助よ!それならあの国も動くでしょう?!」



AAはなんとか海域を離脱。
時をほぼ同じくして、同様に壊滅的ダメージを受けたザフト軍も引き上げる。

群島を覆っていた雨雲は、徐々に消えていった。







島々が完全に静けさを取り戻した頃、カナードはようやく意識を回復した。
どうやら脳震盪でも起こしていたらしい。
「いっつ…!」
身を起こそうとすると全身に痛みが走る。
…ハイペリオンは完全に機能を停止していた。
痛みに耐えながらも何とか外に出ると、ここで戦闘が起きていたとは思えない静けさだ。
(右腕が上がらねえ…)
脱臼したか折れたか。

カサリ。

「!」
傍の茂みが動く音に、カナードは反射的に振り返った。
そこに居たのは、
「…子供……?」
小さな(おそらくは少女であろう)子供が1人、立っていた。

「お兄ちゃん、けが…してるの?」

損傷だらけのハイペリオンと右腕を押さえているカナードを見比べ、子供はそう聞いてきた。
カナードは答えなかったが、その子供は気にした様子もなく島の奥を振り返る。
そして再びカナードを見ると手招きした。

「こっち。こっちだよ、お兄ちゃん」

子供は返答を待たず島の奥へと駆け出す。
どうするか迷ったカナードだが、銃を持っていることを確認すると子供の後を追った。