人命救助の要請を受けたオーブ軍に、カガリは動向を申し入れた。
…この要請は、AAからのもの。
とにかく気がかりだった。
じっとしてなどいられない。

戦闘があった島の浜辺。
そこにはMSの残骸と思われる大量の瓦礫と、無惨に破壊されたアヌビスがあった。
「キラッ!」
カガリは機体に上り、切り裂かれて中が露になっているコックピットを覗き込む。
「…いない……?」
彼が死んだなど、思いたくもない。
そのとき兵士の1人が、浜辺に誰かが打ち上げられていると報告に来た。
カガリは浜辺へ駆け戻る。

「キラ!!」

そう叫んで兵士の間に割って入るが、そこに倒れていたのは赤いパイロットスーツの少年だった。
「こいつ…アスラン?!」
以前自分が不時着した島で、偶然出会ったザフト兵だ。










-月と太陽・20-










ザフトの追撃を振り切ったAA。
しかしクルーたちの間には、痛い沈黙しか存在しなかった。
フラガはスカイグラスパーの横に座り込む。

…戻って来ないスカイグラスパー2号機。
そして、表と裏のような色合いをしていたアヌビスとハイペリオン。
格納庫はこんなに広かっただろうか。

『Missing In Action …戦闘中行方不明』

キラ・カナード・トールはこれに認定され、この先の捜索は打ち切られている。
オーブからの救援報告も来ていない。
生存は…絶望的。

「俺は信じねーよ」

軽い機械音と共にそんな声が降ってくる。
…ストライクの調整を終えたスピネルだった。
彼もまた、フラガと同じようにアヌビスとハイペリオンがあった場所を見つめる。
「あの2人が、こんなんで死んでたまるかよ」

カズイから簡単な事情を聞いたフレイも、声を震わせた。
「M.I.A…?嘘でしょ…?」
あの2人が、死んだ?
そんなことがあるわけがないと、フレイはブリッジへ駆け込んだ。
「マリューさん!キラは…?カナードさんは?!」
マリューは答えられず、フレイから視線を外す。
下にいるナタルを見ても、首を横に振るだけ。
「ねえ!」
なおも言い募る。
しかし答えは返って来ない。
フレイは踵を返し、格納庫へ向かった。

「スピネルさん!!」

スカイグラスパーの横に目当ての人物を見つけ、フレイは駆け寄る。
取り乱す彼女に、スピネルは何を問われるのか察知した。
フレイは彼に、そしてフラガへ問う。

「ねえ!あの2人が死んだなんて嘘でしょう?!」

そう叫び、全身で否定する。
彼女のその様子に、根はかなり素直なんだろうとスピネルは思った。
『信じられない』
きっと、このAAのクルーの誰もがそう思っている。
けれど、口に出さない。
自分以外でそう口に出したのは、彼女だけだ。
フレイは自分の両手を見つめる。
「嘘よね…?帰って来てないだけよね…?」
そして震える手で、ぎゅっと自分を抱きしめた。

「…信じない。誰が何て言ったって、私はそんなこと信じない!!」





アスランが目を覚ました頃、その部屋は西日が差し込み橙に染まっていた。
「…起きたか」
凛と響く声。
確か彼女は、無人島で出会った人間だ。
「カガリ…だったか」
その声にカガリは頷き、持っていた銃をアスランへ向ける。

「あの島でアヌビスを破壊したのは…、お前か?」

"アヌビス"という名に、アスランはピクリと反応した。
ゆっくりと口を開く。

「…ああ」

カガリは銃を握る手を強めた。
「脱出したのはお前だけなのか?アヌビスのパイロットは?!」
アスランはゆるゆると首を横に振る。
「俺が脱出したとき、アイツはまだそこにいた。助かるわけがない…」
自由に動く右手を見つめた。
…この手で自爆装置のスイッチを入れ、そして。
思わず自嘲した。

「そうだ。俺が…あいつを殺したんだ…」

「っ!!お前っ!!」
静かすぎる彼の様子に、カガリは我を忘れて掴み掛かった。
「あいつは!自分の居場所を守るために戦ってたんだ!!なのに何で殺されなきゃならない?!」
アスランはただカガリを見つめる。
彼を掴むカガリの手は、震えていた。

「あいつは!キラは!私を助けてくれた!!
1つ間違うとヤバかったけど、それでもアイツは…キラは、優しかったっ…!!」

救援を要請されたのは、3人だった。
だが、スカイグラスパーもハイペリオンも発見出来なかった。
…見つけたのは、アヌビスとイージスの残骸。
カガリの口から出たキラの名に、アスランはふっと笑った。

「変わって…ないんだな、キラは。変わったと思ってたけど」

カガリは掴む手を緩めた。
「知ってるのか…?」
アスランは頷く。
「よく…知ってるよ。月にいたときの幼なじみで親友で…いつも一緒にいた。
甘ったれで泣き虫で…優しいヤツだった…」

カガリは言葉を失った。
こんな、こんなにも悲しすぎることが他にあるか?
「何で…何でだよ?!友達だったんだろ?!
それなのに何で殺し合わなきゃならないんだよっ?!!」
「仕方ないじゃないかっ!!」
アスランもカガリへ怒鳴り返す。

「次に会った場所は戦場だったんだ!俺はプラントに来いと何度も言ったさ!!
でもアイツは聞かなかった!その次に会ったときは…」

そう、ラクスの件のとき。
あのとき彼は、本気で撃ってきた。
「アイツはニコルを殺した!!地球とプラントの平和のために戦っていたニコルを!!
ピアノが好きで平和をずっと望んでたニコルを殺したんだっ!!
アイツは…キラは敵なんだ!!なら撃つしかないじゃないかっ!!」
「…っ!!」
カガリは力任せにアスランを壁に押し付けた。
悔しくて悲しくて、涙が流れる。


「キラだってそう望んでたんじゃないのか?!平和になれば居場所を失うなんてことはないんだ!!
殺したから殺して…殺したから殺されて…それで最後は平和になるのかよっ?!ええっ?!!」


しばらくして、ザフト軍の迎えが来た。
中立国であるオーブに、ザフトの軍人を入れることは出来ない。
「ほら、迎えだぞ」
カガリの声にアスランは出口へ向かう。
何を思ったのか、カガリは自分の首に掛けてあったペンダントを外し、アスランの首に掛けた。
「…これは?」
首を傾げるアスランに、カガリは複雑な表情で答える。

「ハウメアの護り石だ。お前、危なっかしい。護ってもらえ」

アスランは乾いた笑いを漏らした。
「キラを殺した俺でも…か?」
カガリは一瞬言葉に詰まったが、すぐに言った。
「もう…誰かが死ぬのはごめんだ」







地球連合軍アラスカ基地・JOSH-A。
AAが地球降下を果たしてから、実に3ヶ月弱。
彼らはようやく、最大の目的地へ到達しようとしていた。

大海を進むAAの周りを、警戒役のスカイグラスパーが飛ぶ。
マリューは第一戦闘配備を解除した。
誰もが安堵のため息をつく。
…やっと、ここまで。



アラスカ基地内部では、首脳部がAAの処遇ついて額を突き合わせていた。
1人がため息をつく。
「やれやれ、よもやここまで辿り着くとは…」
別の1人が嘲笑した。
「ふん、ハルバートンの亡霊が守っているんじゃないか?」
…部屋の空気は重々しく、不穏なものに満ちている。
AAがここへ辿り着いたことは喜ばしいことだ。
しかし。
辿り着くまでの"過程"が問題だ。
「ユーラシア連邦も何を考えていたのか、理解に苦しむ」
「そうだな。コーディネイターを中心に据えるとは馬鹿馬鹿しい」
「まあ…M.I.Aとなってここへ来たのが救いだがな」
「しかしAAはどうする?」
コーディネイターが守って来た艦。
それは到底、許されるものではない。
「我々の"宝"を無事に送り届けたことは、及第点にせんとな」
「例の"蝶"か」
「理事がさぞお喜びになるだろう」



疲労困憊でアラスカ基地へ入港したAA。
しかし上陸許可は降りず、全員…いや、1人を除いて艦内待機を命じられる。
ブリッジでそれを聞いたマリューとナタルは、思わず顔を見合わせた。
…これは一体、どういうことなのか。

艦内待機ではなく上陸を命ぜられた唯一の例外、スピネルは大きく伸びをした。
「あーあ…でもホントに着くなんて思わなかった」
思えばアフリカの砂漠からはるばる、地球を半周以上も旅してきたのだ。
「こう海の上ばっかだと、砂漠も懐かしいな」
そう思わないか?と後ろを振り返る。
話を振られたフラガは苦笑した。
「やめてくれ。砂漠はこりごりだ」
ストライクを見上げるスピネルに、搬入口の外から声が掛かる。
「フォーカス中尉!そろそろ移動願います!」
適当に返事を返すと、スピネルはフラガに向き直った。

「とりあえず、サンキュ。あんたが俺の我侭聞いてくれたおかげで助かった」

"遊び"の期間は、AAが無事にJOSH-Aに着くまで。
…今思えば、あれはまだ宇宙にいた頃の話だ。
フラガはぽんぽんとスピネルの頭を撫でた。
「そりゃお互い様だ。ま、元気でな」
「ああ」
人好きのする笑みを浮かべると、スピネルは掠め取るようにフラガへ口付けた。
「じゃあな。縁があったらまた会おうぜ」
そんな笑みと言葉を残して、スピネルはストライクへ乗り込んだ。

「フラガ少佐!」
後ろからの声に振り返ると、フレイが慌てて駆け寄ってきた。
「あのっ…スピネルさんは…?」
フラガはまたAAの外へ視線を戻した。
「ほら、あそこだ。あいつは第八艦隊じゃなくて、中央司令部所属だからな。
元の鞘に納まるってとこだろ。…上層部が手放しはしないしな」
「そう…ですか…」
フレイもまた、フラガと共にストライクを見送った。



『スピネル・フォーカス中尉、及びGAT-X105ストライク。
第八艦隊所属艦アークエンジェルによる管轄を離脱』







真っ暗な澱みの中にあった意識が、少しずつ浮上する。
キラは薄らと目を開けた。
…柔らかい太陽の光が降り注いでいる。

「やっと起きたかよ」

聞き慣れた声に、なんとか首を動かしてそちらを見る。
「…カナード……?」
いつもの見慣れた"黒"の後ろで、ピンク色が舞った。
カナードの後ろからキラを覗き込み、"彼女"はふわりと微笑む。


「おはようございます。キラ」