トールという恋人を亡くし、不安定なミリイ。
不幸な偶然が重なり、彼女は捕虜となったバスターのパイロット、ディアッカと鉢合わせてしまった。

「そーやって泣くくらいなら軍人になるなって話だよな〜」

ディアッカの軽口は、至極もっともな話だった。
しかしミリイは怒りに我を忘れ、医務机に置いてあったナイフを振り上げた。
寸でのところでサイが戻り、暴れるミリイを羽交い締めにする。

「トールが!トールがいないのにっ!!
何で…何でこんなヤツがここにいるのよーーっ!!!」

フレイは通りがかりに、その騒ぎを目撃した。
彼女は開きっぱなしの引き出しに、拳銃を見つける。
静かに医務室へ入り、黒く光る拳銃を手に取った。

「なんで…」

ぽつりと呟かれた言葉に、サイとミリイはハッとしてそちらを見た。
フレイはゆっくりと拳銃をディアッカへ向ける。
…彼女の目は、虚ろだった。
「何で…コーディネイターがここにいるのよ…?」
火の点いた灯油のように、パッと憎しみの火が輝いた。

「コーディネイターなんて…皆いなくなっちゃえばいいのよっ!!」

キラはいない。
カナードもいない。
スピネルも出て行った。

今のフレイは、止まり木を失った鳥。










-月と太陽・21-










スピネルが移動に指定された格納庫。
そこにはすでに、別のMSが3機置いてあった。
本部の情報は全く入っていないので、スピネルは首を傾げる。
「…新型?」
とりあえずストライクから降り、手近にいた整備士に聞いてみた。
「なあ、あの3機は?」
その整備士は律儀にも敬礼を返す。
「右からフォビドゥン、レイダー、カラミティです。
国防理事の指示の元、ストライク同様に新型艦へ配備されるとのことです」
「ふ〜ん…」
もちろん、新型艦なんて話も初耳だ。
整備士に礼を言い、スピネルはその3機を見上げる。
…装備換装のためにかなりスタンダードな型を持つストライクと違い、3機はそれぞれ特徴的だ。

「あ、増えてる」
「?」

聞こえた声に、スピネルは後ろを振り返った。
そこにいたのは自分とほぼ同年齢であろう、3人の少年。
…3人とも、改造している軍服が目を引く。
(なんか…信号機みたいだな…)
そして彼らの髪色が、そんな風に見えた。

オレンジ髪の少年は、ストライクとスピネルを見比べる。
「あ、もしかしてあれのパイロット?」
「ああ」
今度は金髪の少年が尋ねた。
「お前、コーディネイターか?」
スピネルは首を横に振る。
すると黄緑髪の少年があ、と声を上げた。
「分かった。あのおっさんが事あるごとに出してくる"蝶々"だ」
「「あ〜…あれ」」
「何の話だよ…?」
会話の内容が掴めず、スピネルは首を傾げる。
「…まあいいや。たぶんお前らと同じ所属になるんだろーし。
俺はスピネル・フォーカス。よろしく」
その3人も自己紹介を返した。
「僕はクロト・ブエル。レイダーのパイロット」
「俺はオルガ・サブナック。カラミティのパイロットだ」
「…シャニ・アンドラス。フォビドゥンのパイロット」



司令部と同じ建物内にある、VIP専用階層。
そんな場所を使う人間はホワイトハウス関係か、それ以外ではたった1人しか心当たりがない。
目当ての部屋へ向かう途中、やはり見知った顔に出会った。
スピネルは立ち止まると敬礼の形を取る。
相手もスピネルに気づくと敬礼を返し、笑みを浮かべた。
「これはフォーカス中尉。無事の帰還は何よりだ」
「どーも。サザーランド大佐はこれから会議でもあるのか?」
敬礼に上げていた手を下ろし、スピネルはサザーランドの手にある資料を見た。
全て封筒に入っているのを見ると、重要書類らしい。
サザーランドは含みのある笑みを浮かべて頷く。
「AAの査問会議に出席するのでな」
君も出席するかね?と問われ、スピネルは少し考えた。
「…気が向いたら」
それに笑うと、サザーランドはエレベーターの向こうへ消える。
スピネルは不満の混じるため息を吐き出した。
「出た方が良いかもな。あの様子じゃ…」
AAの立場は、はっきり言ってかなり悪い。

とりあえずその問題は後回しにして、スピネルは目当ての部屋の扉をノックした。
返事がないので、勝手に足を踏み入れる。
正面から少し斜めの位置にあるデスクで、1人の人物がパソコン画面を睨んでいた。
「やれやれ。随分と遅い到着ですねえ」
その人物は視線も上げずにそんなことを言う。
スピネルも負けず言い返す。
「なら過激派のテロ活動を収めるなりしろよな」
不機嫌を露にした声に、その人物は忍び笑いを漏らすと立ち上がった。
「それは前にも言ったでしょう?僕の力は下部の隅々にまで及ぶわけじゃない」
「ああそうかよ。盟主の声は上にしか響かないのか」
皮肉たっぷりの言葉に、大げさに肩を竦める金髪の男。
…ブルーコスモスの盟主であり、国防産業理事でもあるムルタ・アズラエル。
「ま、ストライクをちゃんと持ち帰ったのは及第点にしましょうか」
「…ガキの使いじゃあるまいし」
アズラエルは明らかに機嫌が急降下しているスピネルの頭を撫でる。
「お帰りなさい。スピネル」
その言葉に、スピネルは初めて笑みを浮かべた。

「ただいま、ムルタ」





ザフト軍基地カーペンタリア。
病室のベッドで、アスランは手元にあるものを見つめる。
…ネビュラ勲章。
戦闘において秀でた功績を上げた者に送られるもの。
知らずため息が出た。
(キラを殺した証…か)
そう、これはアヌビスを倒した功績を讃えられて送られた。
真綿で首を絞められている気分だ。

軽いノックの音がし、アスランは顔を上げる。
「隊長…!」
入ってきたのはラウ・ル・クルーゼだった。
クルーゼは立ち上がろうとするアスランを制した。
「なに、そのままで構わんよ」
そしてアスランが手に持つ勲章を見る。
「一躍有名人だな」
アスランは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
…まあ、当然のことと言える。
かつての友人を手に掛けて平気でいられる程、彼は年を重ねていない。
クルーゼは本題を切り出す。

「たった今、プラント本国から連絡があった。
君は国防委員会直属の、特務隊に任命されたのだよ」

アスランは驚いてクルーゼを見上げた。
クルーゼはその肩に手を置く。
「君の力は、プラント本国を守るに相応しいということだ」
そう告げてクルーゼは出て行った。
アスランはゆっくりと視線を窓の外へ移す。
「本国へ…」
宇宙へ、戻る。





1発の銃声。
ガラスの割れる音。
フレイの視界には天井が映っていた。
…確かに捕虜のコーディネイターへ向けていた銃口。
それはミリイによって逸らされていた。
フレイは銃口を逸らすために自分に飛びついたミリイを見る。

「何するのよ…?何で止めるのよ…?」

ミリイは涙を流しながら首を横に振るだけ。
身を起こしたフレイは、ミリイを強く睨みつけた。
「何で止めるのよ?あんただって言ったじゃない!」
詰め寄って、叫ぶ。
「コーディネイターなんて死ねばいいって!そう思ったんでしょう?!」
ミリイは力一杯首を横に振り、涙声で叫んだ。

「違う!私、違うっ!!」

違う。
そうじゃない。
コーディネイターを殺して良いなんて思わない。
…ただ、トールが戻って来ないのが信じられないだけ。
フレイは驚愕の眼差しでミリイを見つめる。
「何よ…それ。ふざけないでよ…!」
怒りで絶句したフレイは、医務室を飛び出した。
サイが慌てて呼ぶ声が遠くに聞こえる。



自分の部屋に駆け込み鍵を掛け、フレイは枕に顔を押し付けて咽び泣いた。
「ふざけないでよっ…!」
あんたには家族がいるじゃない。
恋人はいなくなっても、まだ支えてくれる人がいるじゃない。
だからそんな事が言えるんだ。
だからコーディネイターを憎まないなんて言えるんだ。
コーディネイターなんて、全部死ねばいい。
滅んでしまえばいい。
全て奪っていったあいつらを、誰が許すなんて出来るの!

『トリイ!』

…幻聴かと、思った。
ハッとして顔を上げると、枕元でトリイが首を傾げていた。
そっと手を差し出せば、トリイはその手に飛び乗ってくる。
いつもキラの肩に止まっていて、たまにカナードの所にもいたロボット。
「そうだ…まだ、お前がいたのね」
フレイは涙を拭わぬまま、トリイの頭を撫でた。
「お前がここにいれば…きっと、取りに戻ってくるわ」

信じない。
誰がなんと言おうと、信じてなんかやらない。
あの2人が、死んだなんて。







キラは目に見える光景が夢かと思った。
カナードはともかく、ラクスの存在はいったい…?
身を起こそうとするキラをラクスが支える。
「あの…ラクスさん?」
「はい?」
ラクス、で良いですわ。
そう微笑んだ彼女にキラは尋ねた。
「ここは…?」
周りを見ると、ガラスの向こうで鳥が飛び木々が風に靡いている。
ベッドの上で大人しくしているピンクのハロを手に乗せ、ラクスは答えた。


「ここはプラント。アプリリウスにある私の屋敷ですわ」


ラクスはお茶にしましょう、と用意のために屋敷の奥へ戻った。
庭に面するサンルームには、キラとカナードだけがいる。
…自分もそうだが、カナードも怪我だらけの様子だった。
右肩の辺りは固定してあり、服に隠れない部分に包帯の白が見え隠れしている。
「あの…なんで僕はここにいるのかな…?」
キラは控えめに聞いてみた。
カナードは外を見ていた視線を、面倒くさそうにキラへ戻す。
「僕はあのとき死んだんじゃ……?」
覚えているのは、イージスが自爆したところまで。
それから先は空白だ。
呟いたキラに、カナードは冷笑を向ける。

「ハッ。あれで死ぬんなら、随分と安い命だな」
どれだけの犠牲者が、その中に眠っていると思う?

「…それもそうだね」
キラは自嘲ともつかない笑みを浮かべた。
自身としても、死ぬ気など毛頭ない。
「でも、じゃあ何でここはプラント…?」
地球のどこかならまだ分かる。
無人島だと思われて、実は人が隠れ住んでいたりする例は珍しくない。
しかし、ここは宇宙にあるプラントだ。
連合軍である自分たちをここへ連れてくることは、多大なリスクを伴う。
「ラクス嬢と親交のある奴があの島にいて、俺たちのことを聞いたラクス嬢が連れて来させた」
「そのとおりですわね」
ティーセットを押して戻ってきたラクスが頷いた。

「確かに危険を伴いますけれど。
お2人がコーディネイターだということだけで、それは半減しますわ」

にこりと笑ってティーカップにお茶を注ぐ。
「それに私、以前お助け頂いたときに申し上げましたわ。
"機会があればぜひ、私の家に遊びにきてくださいね"…と」
その機会が訪れたということですわ。
心底嬉しそうに微笑むラクスに、キラとカナードは顔を見合わせた。
「…そんなこと言ってたのか?」
「そーいえば…うん、言ってたかも……」
これは抗議すべきなのか、それとも呆れるべきなのか。
カナードはため息をついて差し出されたティーカップを受け取り、キラもそれに倣う。

((一体、何なんだ……))

彼女がAAにいたときも、そんな事を思ったような気がする。
自分たちは、どうやらここでも彼女に振り回されている…らしい。