画面の前で、スピネルはため息をついた。
…AAの査問会議へ回線を通じて途中参加したが。
サザーランドを始めとした委員の口から散々出た言葉は…『 if 』

「あのさぁ…上に立つ人間がああってのは、やっぱヤバいだろ…」

回線を閉じて、スピネルは隣りで見ていたアズラエルを見上げる。
「あんたの考え方はキライじゃないけどさ…」
アズラエルの隙間のないコーディネイター廃絶論は、いっそ潔い程に分かりやすい。
しかし、3ヶ月近くAAにいたスピネルには理解し難い。
アズラエルは肩を竦めた。
「例の2人がいなければ、アナタはここへ辿り着けなかったと?」
スピネルは頷く。
「相手はヘリオポリスを襲撃したエリート部隊と砂漠の虎だぜ?俺1人で何とかなる方がおかしい」
そこまで言うと、ガラリと話題を変える。

「なあ、俺はこれからどうするんだ?」
アズラエルは顎に手を当てて少し考え込んだ。
「そうですねえ。"例の作戦"が始まるまでは、あの3人の指導でもしてもらいましょうか」
「新型のパイロット?ってゆーか、何だよ"例の作戦"って…?」
怪訝な顔をするスピネルに、アズラエルは含みのある笑みで答えた。

「地上にのさばるソラのバケモノを消すための…ね」










-月と太陽・22-










査問会議を終えたAAのクルーに、転属命令が下された。
…ムウ・ラ・フラガ、ナタル・バジルール、フレイ・アルスター。
軍人としての腕が確かであるフラガとナタルは分かる。
しかし、なぜフレイまでもが転属になるのか。
マリューには理解出来なかった。

「転属…?!」

フラガたちと共にその旨を聞いたフレイは驚愕した。
「そんなっ!どうして…っ?!」
マリューを問い詰めるフレイを、ナタルが押し止める。
「理由など分からない。転属に不服なら、人事部に異議申し立ても出来る」
「…ま、取り合うわけがないだろうけどな」
フラガの言葉は、遠回しに"諦めろ"と言っている気がした。
フレイはぐっと唇を噛み締める。

サイやミリイも驚き、いろいろと気を使ってくれていた。
それでも、フレイの思考はずっと1つのことに支配されている。
(どうすればいいの…?)
自室のベッドに腰掛け、考える。
…このまま転属してAAを出てしまえば、キラとカナードに会える確率はゼロになる。
けれど、転属を無効にする手立てなどない。
『トリイ?』
思い悩むフレイをトリイが見上げた。
それを手に乗せて、フレイは微かに笑む。
「お前はここにいなくちゃ。私の代わりに…」
荷物をまとめ、トリイを手に乗せたまま部屋を出る。
デッキ近くにはすでに人が集まっていた。
「「フレイ!」」
サイとミリイがフレイに気付く。
それに気付いたナタルは、彼女に1枚の書類を手渡した。
…転属辞令。
ただでさえ沈む気持ちが、さらに沈んだ気がする。
それでもフレイは笑顔を作り、手に乗せたトリイをサイへ差し出した。
「これ、持ってて」
「え…?」
トリイは大人しくサイの肩へ飛び移る。
戸惑うサイに、フレイは微笑んだ。

「私の代わりに渡してほしいの。キラとカナードさんに。
私がここでずっと待ってたってことを、あの2人に伝えてほしいの」

フレイは同じM.I.Aでも、"死亡"ではなく"行方不明"だと信じている。
あれからずっと、キラとカナードが生きていると信じている。
その強い意思を感じたサイはトリイを見て、フレイを見た。
「…分かった。ちゃんと伝えるから」
その言葉に本当に嬉しそうに笑ったフレイは、フラガやナタルと共にAAを出て行った。



その後AAは、所属を第八艦隊から外されアラスカ守備隊とされた。
3人の転属で動揺するAAのクルーは、さらなる疑問に不審を隠し切れない。
…AAは、宇宙艦。
なぜ地上に留まる必要があるのだろうか?
しかし、命令には従わなければならない。





『オペレーション・スピットブレイク』
戦争の早期終結を目的とした、ザフトの大規模な地球降下作戦。

シーゲル・クラインから議長の椅子を譲り受けたパトリック・ザラは、その作戦を可決した。
それを自宅に戻ったシーゲルの口から聞いたラクスは、表情を曇らせる。
『スピットブレイク』は、約1年前から始まった作戦『ウロボロス』の強化策。
『ウロボロス』で残ったパナマを落とすためのもの。
…その『スピットブレイク』が、発動されようとしている。

シーゲルは顔を曇らせるラクスの頭を撫でた。
「お客人たちは?」
ラクスの表情がパッと輝く。
「サンルームですわ。キラも支障なく動けるようになりましたし、カナードも。
ベッドを片付け、お茶をするためのテーブルなどを移動させましたの。
マルキオ導師もおいでになっておりますわ」
楽しそうに話すラクスに、シーゲルは彼女の年相応の顔を見たと思った。
…最高評議会議長の娘という立場。
本人は重荷に感じていなくとも、それは枷となっていた。
その枷が、今回はプラスとなったらしい。

かなり以前から交流のあった、導師マルキオ。
その彼から"コーディネイターの連合軍兵士"の話を聞いたラクスは、ひどく取り乱した。
それが2人で、しかもザフト軍との交戦で重傷を負ったと。
『この屋敷へ招いてもよろしいですか?』
ラクスからそう問われたとき、シーゲルはひどく驚いた。
"コーディネイター"というのはまだ良いが、それも連合軍の兵士。
多大なリスクを伴うことは、ラクスも承知していたはずだ。
しかし彼女は、そこから譲ろうとはしなかった。
聞けば、以前AAに捕われた際に救ってくれた人物だという。

『機会が目の前にあるのなら、私は会いたいのです。あの2人に。
…キラ・ヤマトと、カナード・パルスに』

ラクスはただ、2人に会いたいのだと言った。





「スピネル!お前強すぎ!!」
「うざーい…」
「何でそんな動けるんだよ?!」
アラスカ基地内の演習場で、ストライク・フォビドゥン・レイダー・カラミティが演習を行っていた。
しかしシャニたちには協調性の欠片もなく、スピネルは苦笑するしかない。
…機体の性能も、本人たちの腕も悪くないのに。
「俺が動いてんじゃなくて、お前らが勝手に同士討ちしてんだよ」
「「「うわ、最悪」」」
3人が3人とも、自分が悪いとは欠片も思わない。
(こいつら、かなり面白いんだけど…)
キラとカナードがいれば、もっと楽しかったに違いない。
そんなことを思っていると呼び出し音が鳴った。
「ん、何?ムルタ」
呼び出し主はアズラエル。
確か彼は、建物の中でこの演習を眺めていたはずだ。
『そろそろ移動しますよ。その3人と一緒に港まで来るように』
「は?」
それだけ言うと、アズラエルは通信を切ってしまった。
シャニたちも首を傾げる。
「なに、今のおっさんから?」
「え〜…もう終わり?」
「港って、ここ出るってことか?」
スピネルもどこか腑に落ちない。
「さあ…よく分かんねえけど」

これから何が起こるのか、知らない。





外は雨。
プラントの天気は完全に制御されているらしい。
「そういえば、さっきラクスが雨降るって言ってたね」
キラは先ほどからずっと端末に向かっているカナードを振り返る。
「…何見てるの?」
「地図」
何とも単調な答えが返って来た。
キラはカナードの後ろへ回ると、同じように画面を覗き込む。
そこには"アプリリウス市全域図"とあった。
「市?…ってことは、他の所もそれぞれ市で分けられているんですか?」
キラは向かい側に座るマルキオへ尋ねた。
マルキオは頷く。
「ええ。このL5には100基前後存在していますが、それぞれが12の市に分かれています。
それぞれの市の代表が、最高評議会議員ですよ」
「「100基…」」
ユニウスセブンの犠牲者は24万3721人というから、それぞれに25万人程度の住人がいる。
…単純計算、プラントの人口は2500万人。
キラはその数に素直に驚いた。
「結構いるんだね。コーディネイターって」
「そうでもなきゃ、1年以上も連合と張り合えるかよ」
プラントはコーディネイターの独立国家。
各国軍の寄せ集めである連合軍と比べると、団結力も強い。

「アプリリウスは、プラントの中心地ですわ」
シーゲルと共にラクスがやって来た。
ラクスはキラと同じようにカナードの後ろへ回ると、地図を指差す。
「この建物が最高評議会議事堂。それから、ここが私たちのいる場所。
アスランの家も以外と近くにありますのよ」
今日は雨なので、大量のハロは家の中で大人しくしているらしい。
「そろそろお茶にしませんか?今日は賑やかになりそうなので、少し趣向を凝らしてみましたのvv」
…雨の日にサンルームでお茶会。
キラとカナードにはそれが不思議だった。


「お2人は、これからどうなさいますの?」


その席でラクスに問われた言葉。
特にカナードは、その言葉をそのまま返してやろうかと思った。
…どうするもこうしたもない。
キラも苦笑する。
「どうするって言われても…」
ザフトのクルーゼ隊(名前は最近知った)と交戦してきた自分たちは、そう簡単には出られない。
ラクスもそれを分かっている…はずなのだが。
当の本人はにこにこと微笑むだけ。

『シーゲル!我々はザラに欺かれた!』

突然、サンルームのガラスに通信回線が開いた。
焦りを隠せていない声と共に画面に現れたのは、1人の女性。
「カナーバ議員?」
どうやら最高評議会議員の1人らしい。
ここにアクセスしてきたのをみると、穏健派だろうか。
彼女は切羽詰まった様子で先を続けた。

『オペレーション・スピットブレイクの目標は、パナマではない!アラスカだ!!』

キラはティーカップを落としてしまうところだった。
「アラスカ…?ザフトの攻撃が…?!」
カナードはシーゲルを見る。
「"オペレーション・スピットブレイク"ってのは?」
シーゲルは深くため息をつき、回線の切れたガラスから目を離した。
「戦争の早期終結を目的とした、大規模な地球降下作戦だ。本来の目標地点はパナマだったが…」
どうやらパトリック・ザラは、アラスカの地球軍本部を直接叩く気のようだ。

「戻らなきゃ…」

キラはカナードを見た。
「ねえ、戻らなきゃ!あそこにはAAがいるはずだ!」
フレイもスピネルも、ミリイやサイ、マリューたちもいる。
だが、カナードは逆に問うた。
「戻るって、どうやって?」
「あ…」
アヌビスはイージスとの交戦で大破し、ハイペリオンもここにはない。
何より、ここは宇宙にあるプラント。

一体どうやって地球へ降りる?

ラクスはシーゲルとマルキオへ視線を投げた。
…シーゲルは小さく頷き、マルキオも笑みを浮かべ頷く。
それを確認したラクスはキラとカナードに、こう尋ねた。

「力が、欲しいのですか?」

地球へ戻り、友を救うための力が。