ラクスはなおも問う。

「思いだけでも、力だけでも救うことは出来ません。
あなた方は、何故戦っていらっしゃるのですか?」

何故、戦うのか。
そんなことを聞かれるのは初めてだ。
ラクスは暗に、"何を望んでいるのか"と言った。
キラは曖昧に微笑む。
「自分の居場所を失わないために…かな?」
ラクスはカナードへ視線を移した。
カナードはしばし考え込む。

"キラ・ヤマトを殺すため"…だったはずだ、最初は。
見ている方が面白いことに気付いて、この状態になったような気がする。
現にその本人は隣りにいるが、それ以外に何か…?

「"目的"を探す…?」

ふと口から出た言葉に、カナードは自分で首を傾げた。
…意味が分からない。
「あ、それだ!」
しかし何故かキラが頷いた。
「きっと探してるんだ。僕も、カナードも」
カナードもキラが何を言っているのか、分かった。

探しているのは、"やるべきこと"だ。










-月と太陽・23-










ラクスは念を押すかのように尋ねた。
「力が、欲しいのですね?」
確信を含んだ問い方だ。
頷いたキラに微笑むとラクスは2人に席を外させ、自分もその後にサンルームを出た。

サンルームに繋がる部屋。
そこに居るのはキラとカナード、そしてラクスだけ。
ラクスは部屋の入り口脇に置いてあった箱を開け、中身を手に取る。
…取り出したのは、深紅の軍服。
それを持って立ち上がると、彼女はキラとカナードを振り返った。
「1つ、条件がありますの」
そう言って軍服をキラへ手渡す。
「"剣"はキラへ、"盾"はカナードへ」
キラとカナードは意味が分からず、ラクスの次の言葉を待つ。
彼女は軽く目を伏せたが、すぐに意を決したように2人を見た。

「私に…いえ、私たちに、力を貸して下さい」

ラクスは普段とは違う、強い口調で続ける。
「これから私は、キラに"剣"をお渡ししますわ。地球にいるご友人を守れる"剣"を。
けれどその後、私は国家反逆者として追われることになるでしょう。
ですからカナードに、私を守る"盾"となって頂きたいのです」
つまり彼女はこれから、かなり危険なことをやろうとしているわけだ。
カナードが口を開く。
「…ハイペリオンは?」
「信頼出来る方々にお預けして、もう宇宙へ来ているはずですわ。
もちろん、プラントへ持ってくるわけには参りませんけれど」
「……」
キラは返事に躊躇していた。
…自分の"剣"はいいが、カナードはラクスを守る"盾"。
だが当のカナードは、存外あっさりと頷いた。
「別にいいぜ。アンタの護衛やればいいんだろ?」
ラクスは驚いたように目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」



キラはラクスに渡された軍服に着替えた。
聞けばこの紅服は、ザフトのエースである証らしい。
(…ってことは、アスランも着てたのかな?)
カナードは屋敷に残り、キラはラクスと共に車へ乗り込む。

「ザフトの敬礼はこうですわ」
「…こう?」
「いいえ、こう、ですわ」
「……(混乱中)」

着いた場所は、やはり軍需施設。
入り口はラクスの顔パスらしく、怪しまれることはなかった。
通路の途中ですれ違う兵士には敬礼を返して、大きな扉の前へ辿り着いた。
…扉の両側に立つ兵士がラクスへ頷き、彼女もそれに頷き返す。
左右同時にカードキーが差し込まれ、ガコンという音と共に扉が開く。
桟橋へ降りて、キラはラクスの見上げる方向を見上げた。
ライトに照らされたそこには、1機のMSが。

「ZGMF-X10Aフリーダム。
ヘリオポリスで奪取したGATシリーズを元にザフトが開発した、最新鋭のMSです」

キラは思わずラクスを見返した。
「これを…僕に?」
いくらなんでも、危険すぎる。
しかしラクスは笑った。
「危険は重々承知ですわ。それにこの機体は、ナチュラルもコーディネイターもない方へ。
キラのような方にお渡ししなければならないのです」
「どういうこと…?」
ラクスはキラから視線を外し、フリーダムを見上げる。
「この機体には、Nジャマーキャンセラーが搭載されています」
「!」
「いわば諸刃の剣。けれどキラなら、使い方を誤りはしませんでしょう?」
「そう、かな…?」
言い淀むキラにラクスは微笑む。
「そうですわ。貴方はただ、ご自分の居場所を守るために戦っていらっしゃいますもの。
カナードと同じように、"己"という存在を証明するために」
キラはラクスを見た。
「君は…だれ?」
ラクスは微笑みを崩さず答える。

「私は、ラクス・クラインですわ。キラ・ヤマト」

ラクスはパイロットスーツに着替えたキラをコックピットへと導く。
「お願いしたいことがありますの」
「?」
「出来るだけ…殺さないで頂きたいのです。連合の兵士も、ザフトの兵士も」
ほんの少し眉を顰めたキラに、苦笑する。
「難しいことだというのは分かります。けれど私は、出来るだけ多くの人を助けたいのです」
「それ、もしかしてカナードにも…?」
「ええ。出来る限りお願いするつもりですわ」
「…そう」
キラの表情が陰る。
それを見て取ったラクスは、キラの頬にキスを1つ落とした。
「大丈夫ですわ」
驚いて顔を上げたキラへ告げる。

「カナードは私を守る盾となる。けれど、本当に選ばねばならぬときが来たら。
そのときは、私がカナードの盾になります」

…それは彼女の決意。
この2人を、死なせはしない。

『カナード』がここに居れば、『キラ』は必ず戻ってくる。
『キラ』が戻ってくるまでは、『カナード』も命を粗末にはしないだろう。

それならば、もう1度…会える。

ラクスの言わんとしていることが分かり、キラは笑った。
「分かった。約束…だね」
キラの言葉に、ラクスの表情は明るい笑みに変わる。
「はい!」

それは、2人の間で交わされた小さな密約。





『オペレーションスピットブレイク発令。目標は、アラスカ』

指示された目標地点に、誰もが驚いた。
議会で承認された目標地点は、パナマであったはずだ。
シグーに乗り込みながら、クルーゼはほくそ笑む。
(さすがザラ議長。プラントの全てを欺いたか)
地上にある部隊の全てはアラスカ基地へ向かっている。
「…さて、あちらはどうかな?」
シグーを発進させると、クルーゼは基地へ向かった。





ナタルと分かれ、フラガとフレイは別の港口へ来た。
フラガはフレイの持つ辞令を確認する。
「俺と同じだな。ここ、並んで」
乗船を待つ列を指差すと、フラガは来た道を引き返そうとする。
「あのっ…?」
「ちょっと忘れ物をな」
驚くフレイにそう答えると、フラガは通路の向こうへと走っていった。
フレイは自分の前に連なる人の列と、フラガの消えていった通路の向こうを何度か見比べる。
…迷った末に、フレイもまた元来た道へと走り出した。
迷路のような基地の内部を走りながら、思う。
「アーク…エンジェル…」
あの場所に、帰りたい。


ズズズ…ズシィンッ!!


基地の内部を大きな振動が襲った。
フラガはそれによろめき、壁に手をつく。
「くそっ、ザフトの攻撃か!」
さらに走り出そうとしたとき、感じたものがあった。
「これは…クルーゼ?!」
この先にあるのは、基地の中枢。

基地中枢の誰もいないその部屋へ、クルーゼは足を踏み入れた。
「ほう…これは…」
オペレーション画面に映る画像。
それは、悪名高い焼灼システム・サイクロプス。
画面を切り替えると基地のすぐ外が映った。
「生け贄はユーラシア連邦と、例の足つきか」
…すぐ横のスペースに、人影が伸びた。

チュインッ!

撃とうと思ったところを逆に撃たれ、フラガは反射的に頭を引っ込めた。
…人の走る音。
「クルーゼ!なんで貴様がここにいる?!」
部屋の中へ銃を向ける。
「ふん、鷹も落ちたものだな。捨て駒にされたか」
「なに?!」
撃った分だけ銃弾が返って来る。
「せいぜい足掻いてみるんだな!」
聞こえてきた嘲笑まじりの声に、フラガは部屋の中へ走り込んだ。
しかし足音はかなり遠い。
「くそっ…」
銃を下ろしたとき、ふとオペレーション画面に目が行った。
…そこで今更に気付く。
中枢の司令部であるにも関わらず、ここはもぬけの殻だ。
しかも画面に映るのは、
「サイクロプス?!そんな馬鹿な?!!」

味方もろとも、基地を自爆させる気か。





地響きに伴って揺れる内部。
それに耐え切れず、フレイは壁に寄りかかった。
「アークエンジェルは…?私の…」
私の居場所は、どこ?

「ザフト兵だーっ!!」
「?!」

そんな叫び声と共に銃声が響いた。
誰かが走ってくる音が聞こえ、フレイは咄嗟に傍にあった壁の間に身を隠す。
…足音はそのままこちらに走って来る。
2、3発続いた銃声で、その走ってきた誰かがフレイの隠れている目の前で倒れた。
「きゃっ?!」
その倒れる手がフレイに伸び、彼女は倒れ込むように引きずり出された。
…別の誰かの足音が来る。
倒れた兵士の拳銃を取って構えた。

「おやおや、君は…」

その男から発せられた声に、フレイは驚愕した。
「うそ…声……声、パパの…?!」
すでに亡い、父と同じ声。
「うっ?!」
鳩尾の辺りに衝撃を受け、フレイは気を失った。
その身体を軽々と持ち上げたクルーゼはフッと笑う。
「おもしろい土産が出来たな」
地下部分さえも揺れ、建物は素直にザフトの攻撃の激化を語る。
クルーゼはまた出口へと走り出した。





フラガは港へ戻ろうとはせず、基地内部の発着場へ走った。
…サイクロプスを見たすぐ横の画面。
そこには中央ゲートを守るAAの姿が。
つまり、彼らは捨て駒にされたのだ。
転属を命じられた自分たち以外は、必要ないのだと。
「おい!ここは自爆する!さっさと逃げろ!!」
内部への侵入を始めたザフト軍MSに怯える、兵士や整備士たち。
スカイグラスパーを見つけたフラガは彼らにそう叫ぶと、機体を発進させた。

「くそっ、ヒーローは柄じゃねえってのに!!」

AAを落とさせるわけにはいかない。
ナタルとフレイはすでに脱出しているはずで、スピネルの場合は言わずもがな。
フラガは己の良心に従うことにした。