AAは基地のメインゲートを守っていた。
しかし如何せん、敵の数が多すぎる。
友軍艦は次々と沈み、AAもまた自身の防衛で手一杯だ。
「司令部への連絡は?!」
「ずっと同じです!"各自、臨機応変に対応しつつ、これを迎撃せよ"」
「パナマの方は?!」
「だめです!通信も繋がりませんし、繋がったとしてもこの距離では…」
司令部は機械のように返してくるだけ。
援軍も駄目。
マリューは唇を噛み、目の前の状況を睨む。
…このメインゲートを突破されるのは、目に見えて明らかだ。
「友軍機が向かってきます!被弾している模様!!」
ミリイの声にハッとしてモニターを見た。
スカイグラスパーが1機、こちらに向かって来る。
確かAAは、右のカタパルト部分が破損して吹き抜け状態だ。
「まさか着艦を?!」
しかしそのスカイグラスパーとの通信は繋がらない。
マリューは慌てて艦内放送の機器を取った。
「整備班!どっかの馬鹿が1機突っ込んでくるわ!退避!!」
-月と太陽・24-
マリューの声が格納庫に響いた直後。
スカイグラスパーが1機、本当に格納庫へ突っ込んで来た。
万が一のために張ってある停止網が、何とかその機体を止めることに成功する。
一体どこの誰だと顔を上げたマードックだが、パイロットの姿に仰天した。
「フラガ少佐?!」
しかしフラガは機体から降りると、とにかくブリッッジへ急いだ。
「艦長!!」
ブリッジへ駆け込んで来た人物に、マリューのみならずクルー全員が目を丸くした。
マリューは思わず身を乗り出す。
「フラガ少佐?!」
フラガは答えずに素早くモニターへ目を走らせた。
…大西洋連邦の艦は、1隻も見当たらない。
「一体どうして…転属は?」
「転属どころじゃない。今すぐ転進して、ここから離れるんだ!!」
「「ええっ?!」」
操舵士のノイマンの驚きがマリューの声に重なる。
フラガは小さく息をつくと言った。
「いいか、よく聞けよ。アラスカ基地の地下にサイクロプスが建設されてる。
ザフト軍をおびき寄せられるだけおびき寄せたら、守備隊もろとも自爆させる気だ!!」
瞬間、ブリッジが静まり返った。
その間にも、外ではビームや砲撃が飛び交う。
マリューたちは驚愕の眼差しでフラガを見つめた。
「司令部はとっくにもぬけの殻。守備隊はユーラシア連邦と、このAAだけ。
俺たちは捨て駒にされたんだ!!」
基地を中心とした周辺10kmを溶鉱炉と化し、ザフト軍を一気に消滅させる。
…それが、上層部と大西洋連邦のシナリオ。
主力部隊は全て脱出し、パナマの強化へ回るのだろう。
「そ…んな……」
艦にビームが直撃し、ブリッジは大きく揺れる。
しかしそれよりも、たった今聞いた話の衝撃の方が大きかった。
沈黙の中、ミリイがぽつりと呟く。
「私たち…軍人だから……。
死ねって言われたら、その通りに死ななきゃいけないの…?」
今にも涙が零れ落ちそうな笑顔を作って、彼女はマリューたちへ問う。
マリューもフラガも出すべき言葉が見つからなかった。
…ここから逃げること。
それは、命令に背くということ。
マリューは俯いて声を震わせる。
「ザフト軍を基地へ誘い込むことが作戦なら…本艦は、すでにその任を果たしたものとします。
なお、これはAA艦長マリュー・ラミアスの独断であり、クルーにその責任はありません」
「固いねえ…」
思わず苦笑したフラガに同じく苦笑を返し、マリューは指示を出した。
「本艦はこれより同戦闘海域を離脱!友軍へ電信、"我ニ続ケ"。
ザフト軍左翼を突破します!」
その頃ナタルは、転属時に指定された潜水艇に乗っていた。
薄暗い内部で、兵士が何事かを話している声が聞こえてくる。
「おい、アラスカが攻撃されてるってマジか?」
「みたいだぜ。聞いた話じゃ大軍って…」
ナタルは思わず立ち上がる。
「おい!その話は本当か?!」
あそこには、AAが。
別の潜水艇に乗っていたスピネルもまた、事実に驚愕していた。
「ちょっと待て!なら何で俺たちはあの基地を出たんだよ?!」
問われたアズラエルはやれやれと肩を竦める。
「言ったでしょう?ソラのバケモノを消すためだと」
基地にいたときに聞いた言葉だ。
スピネルはこれから何が起ころうとしているのか、唐突に理解した。
…基地を、自爆させる気か。
「右舷後方から、デュエル!」
「「!」」
ブリッツとイージスはアヌビスとの戦闘で大破、バスターはAA内に。
それでも未だ、GATシリーズの脅威は消えていない。
「メインゲートを明け渡したんだから、通してくれたっていいだろーが!」
スカイグラスパーで迎え撃ちながらフラガは舌打ちする。
ザフト側の艦砲が撃たれ、AAはそれを急旋回して回避した。
…その目の前に、ジンが回り込む。
AAのブリッジへ、まっすぐに向けられた銃口があった。
「アークエンジェル!!」
フラガもそれに気付くが、デュエルのせいで戻れない。
…銃口の奥がビームの閃光で輝く。
マリューやミリイ、サイやカズイ、ブリッジの誰もが固く目を閉じた。
しかし、命を絶たれる音はしなかった。
『こちらキラ・ヤマト。AA、聞こえますか?』
代わりに白い機体がブリッジを守るように立ち、二度と聞けないと思っていた声が聞こえてきた。
「キラ…君?」
おそるおそる顔を上げ、マリューは呆然とその名前を呟く。
『良かった、聞こえてましたね。早く退艦してください。援護します』
再び聞こえた声に、誰もが夢ではないと悟った。
「キラ…?」
「キラだよ!」
呆然とモニターを見つめるミリイに、サイは安堵の笑みで肯定する。
…しかし、このように和んでいる場合ではない。
マリューは言いたくもない言葉を必死に絞り出す。
「だめ…退艦は……もっと、離れなければ」
『え?』
聞き返すキラへ、一息に言い切った。
「基地の地下に、サイクロプスが!ザフトをおびき寄せて、私たちは囮に…!
作戦なの!知らなかったのよっ!!」
叫ぶように返って来た言葉に、キラもまた驚いた。
(サイクロプスって…)
実際に見たことはない。
けれどその悪名ならば聞いたことがある。
跡形も無く綺麗に消し去れる、"きれいな兵器"だと。
つまりザフトが…いや、最高評議会の『オペレーション・スピットブレイク』の情報が、漏れていた?
「…分かりました。そのままここからの離脱を優先してください」
それだけを言って回線を切り、キラは目を閉じた。
『私は、出来るだけ多くの人を助けたいのです』
脳裏をよぎるのは、ラクスと交わした約束。
回線を開き、キラは連合軍だけでなくザフトにも呼びかけた。
「連合・ザフト、双方に伝えます。アラスカはサイクロプスを起動させ、自爆します。
今すぐ退避してください」
回線越しに聞こえるキラの声に、マリューやフラガも呆気にとられた。
「キラ…」
「キラ君…」
だがザフトの攻撃も連合の反撃も続いたまま。
向かってきたデュエルをグゥルから蹴り落として退避させ、キラはため息をつく。
(それで動けば戦争なんてすぐ終わるよね…)
それでも、やらなければならない。
モニターの照準で1度に多くの敵を補足し、撃つ。
…コックピットは狙わずに。
(ラクスには助けてもらってるし、それに…)
フレイもそうだが、嫌いにはなれない。
太平洋を南下する潜水艇の内の1つ。
サザーランドを始めとする大西洋連邦の上層部が、ある部屋に集まっていた。
…机の上に置かれた、2つのアタッシュケース。
その中には何かの装置が。
「そろそろ時間ですな」
サザーランドは腕時計を見、そしてアタッシュケースの片方を前に座る。
もう片方には別の人物が。
そして首から下げた何かのキーを、中の装置へ差し込んだ。
「この作戦により、戦争が早期終結することを願う」
「蒼き正常なる世界のために」
カチリ
装置に差し込まれた鍵が同時に回され、基地の自爆装置が作動した。
モニターに目を光らせていたサイは、アラスカ基地内の急激な温度上昇に気が付いた。
それが何かを理解して、マリューを振り返る。
「サイクロプス、起動!」
「「「!」」」
基地から赤い稲妻のような光が上がる。
「機関全速!最大出力!」
ザフトも連合も、艦隊もMS部隊も撤退を始める。
…しかし赤い電磁波の壁は、速い。
逃げ切れなかったMSや艦が次々と破壊されていく。
(これが戦争…?同じ人間がすること…?)
AAの脇を飛びながら、キラはそんなことを思った。
一体、どれだけの数の人間が命を落としたのか。
基地の周辺10kmは溶鉱炉と化し、閃光と轟音が大気を貫いた。
プラント本国へ到着したアスラン。
最高評議会議事堂へ赴くが、焦燥感ばかり溢れる空気に何事かと首を傾げた。
行き交う人々の中に見知った顔を見つけ、声を掛ける。
…軍に入ったばかりの頃の上司だ。
「ユウキ隊長!」
その人物はすぐにアスランに気付き、駆け寄ってきた。
「アスランじゃないか!どうしたんだ?こんなところで…」
アスランは軽く会釈し、周りを見回す。
「いえ、そんなことより…何かあったんですか?」
誰もが驚き、青ざめている。
目の前の人物もその例に漏れない。
言い難そうに表情を歪めて、彼は囁くように答えた。
「オペレーション・スピットブレイクが、失敗した」
「!」
「部隊のほとんど…8割が壊滅だ。地上制圧は更に困難になった」
「大敗…ということですか」
最高評議会議長である父の心の内は、一体どのようなものなのか。
アスランには考えるに余った。
ユウキはさらに声を潜める。
「それから、これはまだ公式発表ではないが…」
「まだ何か…?」
お前には言っておいた方がいいだろう、と前置き、彼は言った。
「ラクス・クラインが、国家反逆罪で指名手配された」
アスランは予想し得ない言葉に、持っていた鞄を落としてしまった。
ユウキはなおも戸惑いがちに続ける。
「極秘裏に製造されていたザフトの新型MSを、連合軍のスパイに渡したという話だ」
「そ…んな…」
何とかそれだけを返すが、衝撃に言葉が出て来ない。
「悪いな、あとはお父上に聞いてくれ」
すまなそうに告げると、ユウキは足早に去っていった。
しかしアスランはしばらく動けなかった。
「ラクスが…そんな…」
信じられない。
あの彼女が、そんなことをするわけがない。
予め用意していた隠れ家の1つ。
仲間と共にそこへ潜みながら、ラクスとカナードはプラントの情勢を探っていた。
「手が早いな。…どっちも」
カナードは呆れを含む表情で部屋の中を見回す。
…数ある情報端末に、通信機器。
随分と前から計画していたことなのだろう。
そしてもう1つ早いのは、ラクスを指名手配した評議会。
ラクスは予想外だと笑った。
「監視カメラの回線は、すぐに切って頂いたのですけれど…」
キラの存在が暴かれなかっただけ、マシだった。
彼女たちは最初から、こうして追われることを覚悟でやっている。
そのために、ずっと前から準備をしてきたのだ。
懸念していた新型の片方はすでにキラの手に渡った。
これならばもう1機は、必ず"彼"の手に渡る。
「アスラン・ザラ…か?」
尋ねたカナードにラクスは頷いた。
「最高機密をエリートの息子に渡すほど、親として安心出来ることはありませんわ」
「ああ、なるほど」
そういえば、最高評議会議長の名はパトリック・ザラだ。
「で?あんたの言ってることを聞いてると、そのアスラン・ザラに会わないと意味がないって感じだな」
「…そのとおりですわ」
答えながら、ラクスは内心驚いていた。
キラもそうだったが、やはりカナードも"特別"なのだと。
「ふーん…だからあのピンク色のアレ、置いてきたのか?」
それもわざわざ、薔薇の花壇の一角に隠して。
ラクスはにこりと笑う。
「ええ。アスランならば、気付いてくださいますから」
あの薔薇が示す場所に。
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