連合軍には戻れない。
考えた末に、AAはオーブへ助けを求めた。


オノゴロ島の秘密ドックへAAが入港したと聞いたカガリ。
彼女は公務の礼服のまま駆けつけ、怪我人が搬送される様子を横に見ながら艦内を早足で歩く。
…数カ所目のT字路の角を通り過ぎようとしたとき、向こうを誰かが通った。
纏う服は違っても、見覚えのある人物が。
カガリは慌てて角を曲がり、その名を呼ぶ。

「キラ!」

こちらを振り返った人物に、やはり間違いはなくて。
カガリはキラに飛びついた。
「うわっ?!」
振り向いたときにはすでに遅く、飛びつかれて体勢を崩したキラは倒れてしまった。
「カガリ…?」
ぽろぽろと涙を零す彼女は、力任せにキラの胸を叩く。
「この、バカ!本当に…本当に心配してたんだぞっ!!」
キラは身を起こして、したいようにさせた。
カガリは声を震わせる。
「本当に…死んだのかと…」
「…うん、ごめん」
謝って済む問題ではないが、カガリは顔を上げた。
…動揺していて気がつかなかったが、キラの着ている軍服はザフトのもの。
それから、いつもキラの隣りにいた人物がいない。
「カナードは…?」
キラは先に立ち上がってカガリを立たせる。

「生きてるよ。ここには居ないけど」










-月と太陽・26-










フレイが連れて来られた場所は、ザフトの戦艦の一室。
自分がこんな場所にいる理由を思い出すのに、彼女は数分を要した。
…シュンッと扉が開き、金髪に仮面を付けた男が入ってくる。
フレイは持っていた拳銃を構え、男に向けた。
「すまないね、随分と等閑にしておいて」
その男は、向けられている拳銃に気付いていないかのように話す。
「こちらもかなり忙しいものでね」
ラウ・ル・クルーゼという名の男を、フレイは銃を向けたまま睨んだ。

「どういう…つもり…?」

自分でも分かる、震えた声。
クルーゼはそこでようやくフレイを見た。
「私を捕虜にして…どうするつもり…?」
問うフレイにクルーゼは笑った。
「まだ何も考えてはいないが。敢えて言うなら…興味本位だな」
「ふざけないでっ!」
改めてクルーゼに銃口を合わせ、フレイは叫ぶ。
そんな彼女にクルーゼはまた笑った。
「ここで私を撃つかい?そうすればすぐに、他の兵士の手で君は死ぬ。
あのままJOSH-Aにいても君は死んでいた。
気に食わないというのなら、あとはその銃口を自分に向けるしかないな」
「……」
フレイは俯き、恐怖と悔しさとで唇を噛む。
「…死なないわ」
小さく呟かれた言葉に、クルーゼはおやと首を傾げた。
銃を下ろし、彼女はクルーゼを睨み据える。

「もう1度会えるまでは、死なないわ」

誰に、とは言わない。
言ったところで、目の前の男に分かるはずもない。
しかしクルーゼは考える素振りを見せ、尋ね返した。
「それは…コーディネイターの2人組かい?」
「っ?!」
クルーゼとしては、気を失った彼女がうわ言で呟いた、"AA"という言葉でカマを掛けただけだが。
どうやら図星であったようだ。
…この少女は案外、重要な"鍵"となるかもしれない。
「確か、アヌビスとハイペリオンは"大破"と聞いているがね」
それはアスランがネビュラ勲章を授与された理由でもある。
だが目の前の少女は、目一杯首を横に振った。
「嘘よ!そんなデタラメ、信じられるわけがないわ!」
自信から来ると言うよりは、否定することで自分を保っているように見える。
「君のその自信は、一体どこから来るんだい?」
クルーゼは聞くだけ無駄であろう問いを投げてみた。
彼女はややあって口を開く。

「疑ったら…負けだもの。こんな所にいて、他に何を信じろって言うの…?」





キラはマリューやフラガ、カガリと共にウズミ元オーブ首長代表に面会していた。
「我々AAを2度までも受け入れて下さり、感謝のしようもございません」
そう言って頭を下げ、マリューはウズミを見た。
…疲労の色が濃い。
「アラスカでの事はすでに聞き及んでいます。
だがこのオーブとて、平和を保てるかどうか危うくなってきている」
「…と、言いますと?」
ウズミは険しい表情のまま続けた。
「大西洋連邦はアラスカの自爆作戦後、さらに勢力を拡大させている。
地球上の全国家に対して同盟を結ぶよう強要し、それに従わぬ場合は敵性国家と見なす、とな。
もちろん、それはオーブも例外ではない」
「「なっ…」」
カガリの横で静かに聞いていたキラも眉を顰めた。
「…滅茶苦茶ですね」
それに頷き、ウズミはため息をつく。
「そう、滅茶苦茶だ。どうあっても勢力を二分したいらしい。
君たちのように迷うことの出来る者が、力で弾圧されてしまう状況となった」
ウズミはマリューとフラガを見る。
「戦争を止めるには何をせねばならぬのか。何と戦わねばならぬのか。
あなた方には、その軍服を纏う意味を考える時間がある」
そしてキラとカガリを見た。
「キラ君がコーディネイターで、カガリがナチュラルという事実は変えようがないもの」
カガリは横からそっとキラを覗き込んだ。
…確かに、それは揺るぎない事実。
ふいにキラがこちらを見たので、カガリは驚いて心持ち後ずさった。
キラはそんなカガリに苦笑する。
「だがどう生まれるか。それは子供の意思ではなく、親の希望であり我侭だ。
子供は巻き込まれたに過ぎないことも確か。そして散るのもまた…子供だ」
ウズミのその言葉は、キラの深い部分へ届いた。
「…そのとおりですね」
カガリは思わずキラを見るが、彼は謎めいた笑みを浮かべるだけ。
ウズミの言う事は一理も二理もあるが、キラにとっては理想論だった。

「けれど、親のない子供が生きられる場所でもありますよ。戦場は」

軍に入れば衣食住を心配する必要がない。
そして戦争の最中であるからこそ、見つかるものがある。
当然それは個人にとってのことで、軍を大衆と見るなら小さすぎて意味を為さないこと。
だがキラには、自分の生きる理由ですら左右するもの。



マリューとフラガは宛てがわれた部屋に落ち着くと、ため息をついた。
…ハンガーに掛けた軍服を見つめる。
「軍服を着る意味…」
それは難しい問いだ。
本来あるべき場所から遠く離れ、戦うべきものも見つからぬ自分たち。
コーヒーに口を付け、ため息をつく。
フラガは窓から見える海を眺めていた。
…キラの言葉が頭から離れない。
「親のない子供が生きられる場所…か。確かにそうだよな」
「少佐?」
自分でもらしくないと思ったようで、フラガは窓枠に背を預けると苦笑した。
「いや、スピネルがそうだと思ってさ。それにアルスターのお嬢ちゃんも」
そしておそらくは、カナードも。
マリューもすでに艦にいない彼らへ思いを馳せた。
…そこへ入った凶報。
ノイマンがノックもそこそこに勢い良く扉を開ける。
「艦長!パナマが…!」
「えっ?」

連合軍主力部隊が駐留するパナマ基地が、ザフトの急襲を受けた。





「スピネル、何見てんだ?」
「ん〜?これ」
「…パナマか?」
「そう」

適当な理由を付けて端末を借り、スピネルは待機室でパナマの様子を見ていた。
オルガとのやり取りで興味を示したらしく、シャニとクロトもスピネルの後ろに回って画面を見る。
「あれ?これってザフトじゃん」
海から飛来するのはジン。
しかし大軍というにはほど遠い数に見える。
「アラスカでザフトの主力はほぼ全滅。残存勢力でとにかく落としたいって感じだな」
スピネルの言葉にシャニが首を傾げた。
「…俺たち命令受けてないけど」
もっともな問いである。
ストライクはともかくフォビドゥン、レイダー、カラミティの3機は、こちらの新たな主力。
その自分たちが何の命令も受けていないのは、確かに妙と言えば妙だ。
「そーいえばあのおっさんは?」
「さあ?お偉方と会議だろ。たぶん」
アズラエルも十分に"お偉方"だが。
画面をずっと見ていたオルガがふいに声を上げた。

「おい、何だよコイツ等は」

オルガの声に視線を画面へ戻すと、連合側のMSの大軍が映っていた。
「ストライク?」
「…なわけないじゃん」
「俺、ここにいるしな」
「趣味悪い色…」
「「「確かに」」」
スピネルは徐にキーボードを操作し始めた。
「量産型……ストライク…ダガー?」
画面に出てきたコードに、スピネルは少々不愉快そうな声を出す。
どうやらシャニたちも同じことを思ったらしい。
「「「変な名前…」」」





パナマ一帯へ大量に投入された連合のMS。
海上の戦艦からそれらを見たクルーゼは腕時計を見、傍の兵士へ問い掛けた。
「グングニールは?」
「はっ、定刻どおりです」
それに頷き、もう1度MSの大軍を見る。
「やれやれ。ザラ議長も酷なことを言う…」
たったこれだけの数で、パナマを落とせというのだから。
…アラスカの大敗を巻き返す良い方法ではある。
パナマにあるマスドライバーを破壊すれば連合軍は宇宙への道を断たれ、ザフトは優位を保てるのだ。
そしてザフトの兵士たちは、アラスカの弔い合戦だと息巻いている。
「…時間だな」
宇宙に展開するザフト軍部隊から、"グングニール"と呼ばれる兵器が投下された。
迫る連合のMSを押さえながら、ザフトのジンは基地の方々に落ちたグングニールのスイッチを入れる。
「思いしれ!ナチュラルども!!」
彼らのそんな思いと共に、グングニールが一斉に発動する。


バチバチバチッ!


「え?」
画面に突然、大量のノイズが走った。
音声も雑音しか入らない。
「あ、何か光ってる」
窓から外を眺めていたシャニが、水平線の向こうを指差した。
…その方向にパナマがあったはず。
電撃のようなものがその辺りを覆っている。
「あ!マスドライバーがぶっ壊れた!」
今度はずっと画面を見ていたクロトが声を上げた。
相変わらずノイズが走っているが、マスドライバーが崩れ落ちる様子が見て取れる。
雑音に混じって大きな爆発音が聞こえた。
スピネルは感嘆のため息をつく。
「さっすがザフト。あんな少数でパナマ落とすなんてな」
たとえ敵でも、凄いと思うことは凄い。
「…いいな〜アレ。やってみたい」
シャニが迷惑千万であろうことを呟いた。
普通はそれを咎めるのだろうが、生憎とそんな人間はこの部屋にいない。
…その逆ならいるのだが。
「まあ、壊したらスカッとしそうだよな」
スピネルも例に漏れない。
しかし、予想される連合側の動きはその逆だ。
「ムルタはどうすんのかな?」
くすくすと笑って、ここにはいないオブサーバーの名を出してみる。


来るであろう任務は、マスドライバーを持つ基地の奪取だ。