パナマ陥落の報はすぐに上層部へも届いた。
スピネルの予想どおり会議中であったアズラエルは、やれやれと息を吐く。
…これで連合軍は、宇宙との連絡路を断たれたことになる。
「何ということだ…!」
「これでは月面基地へ物資も届かぬぞ」
慌てふためく出席者たちに、アズラエルはため息をついた。

「オーブはどうしたんです?あの国にはマスドライバーがあるでしょう?」

出席者の1人が渋い顔になる。
「再三協力要請はしているが…アスハの頑固者め。どうしても首を縦に振らん」
アズラエルは嘲笑した。
「だからどうしたんです?
同じ地球上国家でありながら対プラント政策を取らないあの国は、ザフト支援国家じゃないんですか?」
別の出席者が抗議の声を上げる。
「滅多なことを言わんでくれ、アズラエル。我々はブルーコスモスではない」
アズラエルはそれを軽く肩を竦めるだけで躱し、立ち上がった。

「何でしたらオーブのマスドライバー奪取、僕に任せて頂けませんか?
例の新型のテストもしたいと思っていたところですしね」










-月と太陽・27-










スピネルは奪取するマスドライバーがオーブのものと知り、少なからず驚いた。
「オーブ攻めるって…中立国だぜ?あそこ」
正確には"武装中立国"。
…他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、干渉しない。
そのために武力を持つという。
アズラエルは呆れを含むため息をついた。
「だからですよ。ザフトの技術を持つと分かっている国を放っておくほど、危険なことはないですからね」
「…そういうもんなのか?」
「そういうものですよ」
「ふーん…」
顔に"納得出来ない"と書かれているのがよく分かる。
「じゃ、あいつらの初実戦になるのか。俺は?」
その問いにアズラエルは苦笑した。
…どうやら今日は、"蝶"の機嫌を損ねるしかないようだ。
「スピネルはだめですよ」
「何で?」
「あの3機のテストですからね。貴方の腕は見るまでもありませんし…」
「俺が混ざったらあいつらのテストの妨げになる?」
「そういうことです」
「……」
見るからに不貞腐れている。
しかしそれ以上は口を開かず、スピネルは部屋を出て行った。
「やれやれ。彼の機嫌を直すのは一苦労なんですが…」
心底面倒そうな声とは裏腹に、アズラエルの表情は楽しそうだ。





「最後通告だと?!」
ウズミは持っていた文書を机に叩き付けた。
集まっていた他の首長たちも、手元にある文書のコピーに眉を寄せる。
…連合軍の協力要請に拒否を繰り返してきたオーブ。
突きつけられた最後通告は、現政権の解体と武装解除を求めてきた。
それに加え、脅しとも取れる言葉も。

『意に添えないのであればザフト支援国家とみなし、武力で対峙する』

中立国の意味を理解しようとしていない。
「どうあっても世界を二分したいか!大西洋連邦は!!」
すでに、オーブ領海の外で大西洋連邦軍が展開しているという情報も入った。
ウズミは激昂する。
「コーディネイターとナチュラルの融和すらも許さぬと?!
そうなっては世界は終わりぞ!!」



オーブ国民への避難命令と、オーブ軍への出撃命令。
マリューはAAの全クルーを格納庫へ集めた。

「皆さんお聞きのこととは思いますが、大西洋連邦がオーブ政府に対し最後通告を出しました。
オーブ政府はもちろんそれを拒否し、先刻、オーブ国民に対して避難命令が出されました」
集まったクルーの中からどよめきが上がる。
「このAAも、オーブ軍と共にオーブ防衛のため出撃予定です。
ですから私は皆さんに各自の判断で、戦いに参加するか、退艦するかを決めて頂きたいと思います」
誰もが顔を見合わせた。
彼女の後ろでそれを聞いていたカガリは、表情を曇らせる。
…巻き込んでしまうのか、と。
マリューは続ける。
「アラスカからここまで…いいえ。AAとしてこの艦が動き始めた時から、皆さんには本当に苦労をかけました。
戦うことに疑問を持ち、銃を撃つことに迷いを持っている人もいるでしょう。
これからオーブという国もAAも、決して楽ではない道を行く。
恐れることは恥ではありません。退艦を望む人はオーブ政府の指示に従い避難してください」
そこまで一息に言うとマリューはクルーを見回し、頭を下げた。

「今まで、私のような至らない艦長について来てくれて…ありがとう」



エリカに呼ばれたキラとフラガは、カガリと共にモルゲンレーテの試験場へやって来た。
示された先にあったのは、予想もしないもの。

「アヌビス?!」

キラはかつての愛機に驚きの声を上げた。
「救援要請を受けたときに見つけてね。修理も終わったからお返ししようかと」
くすりと笑ってエリカが付け足す。
「でもさすがに…大気圏自由飛行能力までは復元出来なかったわ」
何というか、機構が複雑すぎたのだ。
…ストライクと同じ構造ながら、エールストライカーが持っていなかった能力を持つアヌビス。
おそらく、造った本人たちにしか復元出来ないだろう。
ここにカナードが居ないのなら、なおさら。
「これ、誰が乗るんだ?」
カガリがキラとアヌビスを見比べる。
キラは少し考えた。
「さあ…僕はフリーダムがあるし…」
「じゃあ、私が乗っていいか?」
「え?」
キラだけでなくフラガもエリカも、彼女を振り返った。
視線を一手に受けて、カガリは慌てて首を横に振る。
「いや、もちろんそっちが良ければ…だけど」
すると何やら考え込んでいたフラガが口を開いた。

「お嬢ちゃんは駄目だ。俺が乗る」

「少佐が?」
聞き返したキラに、フラガは心外そうに手を腰に当てた。
「おいおい。俺の腕を疑ってるのか?」
キラはさらりと返す。
「少佐が腕のいいパイロットでも、MSは初心者ですからね」
言い返せないフラガに、カガリとエリカは同時に吹き出した。
「じゃあ戦闘になる前に、"先輩の"キラに出来るだけ教わらなきゃな」
「そうねえ。…となると、アサギたちも"先輩"ってことね」
キラとフラガも釣られて笑う。

数分後、試験場にはフリーダムとアヌビスの姿があった。
キラは念を押す。
「本当に良いんですか?いきなり模擬戦なんて…」
何度も聞かれているが、フラガの答えはやはり変わらない。
『やってみなきゃ分からんだろーが!さあ来い!』
外からそのやり取りを聞いていたカガリとエリカは、またも吹き出してしまった。
「これじゃあ、キラの方が大人だぞ」
『こら外野!余計なこと言うな!』
即座に反論が返ってくる。
キラはどこか意味ありげに笑った。
「これでスピネルと同じ場所に立てますね、少佐も」
『…嫌みか?それは』
「あれ、違うんですか?」
『…違わないな』
図星を突かれて反論が弱くなる。
キラはひとしきり笑うと、模擬戦へと気持ちを切り替えた。





ジャスティスを受け取ったアスランは、地上に降りてまずアラスカを見た。
作戦が失敗し、数えきれないほどの同胞が命を落とした場所へ。
「……」
言葉に出来る景色ではなかった。
基地は地下にあり、地上部分は自然がそのまま残っていたはずだ。
それが今では巨大なクレーターと化し、生きるものもない。
…ただ自爆させたならまだ良い。
アスランにとって理解出来なかったのは、味方もろとも基地を自爆させたことだ。
たとえ連合軍が各国の寄せ集めだとしても、それは余りにも…。

『キラは地球です』

ラクスの言葉が脳裏へ蘇る。
彼女の言う通り、キラは地球にいるのだろう。
だが、一体どこに?
数秒迷ったあげく、アスランはオーブ近海の離島群へ向かった。
…アヌビスを破壊した場所だ。
島の至るところにMSの残骸が残っている。
周りを良く見ようと、アスランはジャスティスから降りる。

島の奥へ少し入ると、MSの残骸からひょいと子供の顔が覗いた。
「…え?」
アスランが近づくと、その子供はパッと向こうへ駆け出す。
そして別の子供たちと同じように、誰かの腕に縋った。
その人物はアスランもよく知っている。
…クライン邸へよく出入りしていた、導師マルキオ。
アスランは彼へ一礼した。
「マルキオ導師…ですね」
その声で、相手はアスランのことに気づいたようだ。
「君は…」

まさかこんな離島で孤児院を開いているとは、誰も思わない。
事実を知り、アスランは孤児院にほとんど被害がなかったことに胸を撫で下ろす。
彼は中へ案内されて早々、世界情勢を映す画面に目を奪われた。
…映るニュースは、大西洋連邦が協力を拒否したオーブへ攻撃を開始すると言っている。
「何故オーブが…?」
なぜ、中立国が攻撃を受けるようなことになっているのか。
「?」
ふと下を見ると、小さな男の子がアスランを見上げていた。
その子供はアスランを上から下まで見やって、ギッと視線をきつくする。
「ザフトなんて、オレが連合に入ったら全部こわしてやる!」
「え?」
その子供はアスランの足を小さな足で力一杯蹴り、家の奥へと走って行ってしまった。
呆然とする彼に、マルキオは申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。…あの子は、両親をザフトの攻撃で亡くしているのです」
アスランの胸中が複雑になったことは、言うまでもない。





オーブ政府の回答がアズラエルの元へ届いた。
その文書は今までのものとそう変わりない。
「"オーブはあくまで中立を維持し、連合・ザフト双方の要請を拒否する"…ねえ」
くくっと笑ったアズラエルを、再びブリッジへやって来たスピネルが見咎めた。
「なに笑ってるんだ?」
アズラエルは持っていた文書をスピネルへ渡す。
「いいえ。これで"要請を受け入れた"とでも来たら、肩すかしですから」
…スピネルに言わせれば、ここにその肩すかしを食らった人間が1人いるのだが。
「開始は12:00?」
その問いに頷き、アズラエルは時計を見た。

「さあ、時間です」

連合軍の攻撃が始まる。
格納庫で待機していたシャニたちも自機へ乗り込んだ。
「スピネルの奴、かなり機嫌悪かったな」
「そりゃそうじゃん。ストライクもあるのに出れないんだからさ」
「…でもストライクって飛べないし」
「あ、それ僕も言った。運ぶならストライクの方が軽そうでいいけど」
「おいクロト、もういっぺん言ってみろ」
「いいよ〜別に。オルガの機体の方が重いに決まってるし?」
「…あーもう煩い」
「「誰が煩いって?」」
「お前らに決まってんじゃん。バカ?」
「「んだと?!」」
『あーはいはい。いい加減にしてくださいね、君たち』
「「「あ、おっさん」」」
アズラエルが3人の回線に割り込んできた。
彼らのやり取りに呆れたらしく、わざとらしくため息などついている。
『くどいようですが、マスドライバーとモルゲンレーテの施設は壊さないように。良いですね?』
シャニがにやりと笑う。
「それ以外は何壊したっていいんだろ?」
『ええ。ま、程々にどうぞ』
そこへスピネルの声が割り込んだ。
『言っても無駄だろうけどさ、互いの攻撃で落ちるってのはよせよ。それで落ちたら笑ってやる』
言葉がトゲトゲしい上に挑発的。
お世辞にも仲が良いとは言えない3人が、それに反応しないわけもなく。
「笑われんのは頭来るね。俺以外の奴がヘマしなきゃいいけど」
「それはこっちの台詞だバカ」
「お前らが落ちたら僕も笑ってやろっと」
出撃準備が整い、彼らとの回線はそこで途切れた。
スピネルはモニターへ視線を戻す。


オーブ軍の前線に、見覚えのありすぎる戦艦がいた。