カラミティは地上から。
レイダーは上空から。
フォビドゥンは水中から。
見覚えのあるMSの姿はなく、キラはどこか安堵した。
(スピネルは出ないんだ…)
新型の3機がここに出てきたということは、ストライクもいる可能性が高い。
今回ほど、ストライクが飛行能力を持っていなくて良かったと思ったのは初めてだ。
初陣であるM1部隊を眼下に、フリーダムは最前線のイザナギ海岸へ向かった。
そのイザナギ海岸では、アサギ、マユラ、ジュリが上陸してきたストライクダガーを迎え撃っていた。
人海戦術を使う連合に対し、やはりオーブは旗色が悪い。
キラは上空から多数のダガーを補足すると一斉掃射し、さらにソードを引き抜いて戦力を奪っていく。
飛び去ったフリーダムをアサギたちは呆然と見つめ、アヌビスに乗るフラガは口笛を吹いた。
「おーおー、格好いいねえ。俺はどうせ初心者だけどな!」
そして動きの止まっているM1に苦笑する。
「ほらお嬢ちゃんたち!狙い撃ちにされるぞ!」
言いつつ、自分も集中力に欠けていることを自覚する。
上空を見上げると、黒いMSが青いMSを乗せて飛ぶのが見えた。
…言うまでもなく連合の新型だ。
ストライクの姿は見えないが、考えてしまう。
"彼"を、撃てるのか?
-月と太陽・28-
上陸するストライクダガーの大軍。
迎え撃つオーブ軍M1アストレイ、そして。
「ちょっと貸せ!」
通信士の返事を待たず、スピネルはモニター映像を拡大させた。
「アヌビス…?!」
…気のせいではなかった。
白を基調とする他のMSと違い、非常に目立つ黒いMS。
レイダーは別の場所で戦っているため、間違いない。
「例のコーディネイターが造った機体…ですか?」
アズラエルは腕を組み、スピネルへ聞き返す。
スピネルは頷くが、次には首を捻った。
「けど…なんか変だ」
「変、とは?」
モニターでアヌビスを追えば追うほど、感じる違和感が強くなる。
「飛ばないんだ」
アヌビスは大気圏自由飛行能力を持っていた。
だがモニターに映るアヌビスは、その素振りすら見せない。
…更に言うなら、戦い方が違う。
「まさか、な」
しかしAAがオーブ軍と共にいること自体、"まさか"なのだ。
考える最中、今度は白いMSが画面を横切る。
その後には、機能を停止した大量のストライクダガー。
「あれも、まさかとは思うけど…」
スピネルはもう1度同じ言葉を呟いた。
それが誰に対するものなのか、本人にしか分からない。
カラミティを地上に降ろし、クロトは迎え撃ってくるオーブ軍を物色した。
「あれやるよ、あの白いの」
彼が指したのはAA。
シャニとオルガもそれぞれに感想を漏らす。
「ふ〜ん、あれ?確かに邪魔」
「他のよか落とし甲斐はありそうだな」
にやりと笑い、クロトはレイダーをMA変形させるとAAへ向かった。
「ミサイル接近!距離50、数30!」
「ゴッドフリート1番2番、バリアント照準、撃てぇーっ!!」
圧倒的な物量を誇る連合軍に、AAもまた苦戦していた。
「なおもミサイル!数15!」
回避、とマリューが叫ぼうとしたその瞬間、レールガンの光がAAの前方へ走った。
『さっさと下がれよ!AA!』
管制官のミリイへ届いた声は、防衛戦が始まる直前に解放されたディアッカのものだった。
「あいつ…何で…」
ミリイは唖然とモニターに映るバスターを見つめる。
AAを落とそうと向かったレイダーは、思わぬ方向からビーム攻撃を受けた。
機体を旋回させ、クロトは立て続けに放たれるビームを避ける。
「なんだてめぇ!」
白い翼を持ったMSだった。
そのMSもかなりの機動力を誇るらしい。
「滅殺っ!!」
レイダーを人型に戻し、白いMSめがけてミョルニルを投げつける。
それを避け反撃しようとしたキラは、背後の別のMSに気付いた。
「くっ…!」
緑色のMSから撃たれたビームは屈折性を持っている。
さらに避けたところを、再び黒いMSに狙われてしまった。
何とか距離をとって緑のMSへビームを放つが、それは機体へ届く前に曲げられてしまう。
「ビームが…っ?!」
高い火力を誇るフリーダム。
しかしビーム系が使えないとなると、あとはレールガンのみになる。
「っ!まだ他にも?!」
考える暇もなく地上からビームが撃たれた。
…燃えるオーブ軍艦の上に、また別の青いMS。
1対3では、あまりにも不利だった。
オーブ軍と連合軍の戦闘。
アスランは戦闘区域外からそれを見下ろしていた。
「連合は本気で…」
偵察で訪れた身で言えることではないが、あの国は平和そのものだった。
ナチュラルもコーディネイターも、違いなく笑いあっていた。
その国が、なぜ?
上空で戦うMSを拡大する。
…数にして3機。
その内の1機を確認したアスランは、目を疑った。
「フリーダム…キラ?!」
黒いMSと緑のMSの2機を相手に戦うフリーダム。
地上からも断続的にビーム砲が狙い撃っている。
ハンマーの直撃を受けたり、ビームを避け切れなかったり。
フリーダムの形勢は明らかに不利だ。
「……」
アスランは唇を噛む。
彼を助けたい。
あんな不利な状況で戦い続けるフリーダムを、見殺しにはしたくない。
…だが。
今の自分の立場がそれを許さない。
国防委員会直属であり、受けた命令は"フリーダムの奪還"。
もしここでフリーダムを…キラを助ければ、それは軍の規律に背くことになる。
『アスランが信じて戦うものは何ですか?頂いた勲章ですか?お父様の命令ですか?』
『敵だというのなら私を撃ちますか?ザフトのアスラン・ザラ!』
思い出すのはラクスの言葉。
「…俺は……」
あのときすでに、命令に背いていた。
国家反逆罪で指名手配されていたラクスを守り、あろう事か見逃したのだから。
「キラ…」
聞きたいこと、確かめたいことが…多すぎた。
アスランはモニターを確認すると、ジャスティスを発進させる。
離脱するのではなく、戦闘区域へと。
「…っ、こいつら!」
キラは苦戦どころではなかった。
元々数の上で不利なところへ、予測出来ない相手の動き。
…コンビネーションというものがない。
少しでも"連携"というものをしてくれれば、先がある程度分かる。
しかしこの3機には、連携のれの字もない。
地上から撃ってくる青いMSは、フリーダム以外に当たっても何とも思っていないらしい。
緑のMSは、曲げたビームが他の2機に流れても気にしない。
黒いMSは機動力が高いため、味方の狙撃コースに割り込むことが多い。
これで戦場を生き残れるかと問われれば、普通はNOと言う。
だが個々の能力が高いためにYESに変わる。
一言で表すならば、滅茶苦茶。
まったく同じ言葉をスピネルが彼らに言ったことを、キラが知る由もない。
「撃滅!!」
「?!」
死角からの銃撃にキラは気付くのが遅れた。
小さくはない衝撃が来ると思わず身を固くするが、来ない。
代わりに、フリーダムの前に見たことのないMSがいた。
…紅いMS。
聞こえてきた声もまた、キラを驚かすには十分だった。
『こちらプラント国防委員会直属、アスラン・ザラ及びジャスティス。
フリーダム、キラ・ヤマトだな?』
その間も3機の攻撃の手は止まない。
キラは混乱しかけた思考を収めようと必死に努力する。
「アスラン…?何で生きて…じゃなくて。
何故ザフトがここにいる!ザフトがこの戦いに介入するのか?!」
問い質したキラに答えが返ってくる。
『これはザフトじゃない。俺個人の意思だ!』
「え…?」
新たに加わった紅いMSは、オーブ軍司令部でも疑問を呼んだ。
「あれは敵か…?いや、フリーダムを援護してる?!」
管制官の声に、カガリもモニターを見上げた。
「紅いMS…」
フリーダムと見事なコンビネーションを発揮している、紅のMS。
カガリもまた、"まさか"と思った。
あの紅いMSに乗っているのは、まさか"彼"ではないのか。
カナードと戦っているときと同じだけ、キラにはアスランの動きが分かった。
次にどう動くのか、こちらがどう動けば良くなるのか。
…違うのは、キラに対する思いやりがあるかないか、だ。
それに気付いてしまったキラは失笑した。
「え?」
突然、連合の3機の動きが止まった。
それを認めたアズラエルは、やれやれと首を横に振る。
「だめだめですねえ…邪魔も増えましたが」
戻ってくる3機に、司令官は訝しげにアズラエルを見返した。
彼はその視線を受けて肩を竦める。
「一時休戦、ってことですよ」
スピネルはあからさまに眉を顰めた。
「あんなもん使ってるから…」
しかしアズラエルは笑みを漏らしただけだった。
「誰もが君のようであれば、必要ありませんけどね」
「……」
何も返さず、スピネルはブリッジを出るアズラエルを見送る。
「好きでこう生まれたわけじゃねえよ…」
小さく呟かれた言葉を、彼以外が聞き止めることはない。
信号弾が撃たれ、連合軍は撤退した。
…戦闘をすぐに再開する気はなさそうだ。
それを確認したキラは、改めて紅いMS…ジャスティスに向き直る。
「君がこの戦闘に介入した理由は、何?」
数秒の間を置いて声が返って来た。
『俺は、その機体…フリーダムの奪還、もしくは破壊という命令を受けている』
「……」
『だが戦闘に介入したのはザフトの軍人としてではなく、アスラン・ザラとして…だ』
アスラン・ザラとして。
それは一個人の感情によって、ということ。
『直接、話したい』
カガリは司令部から出ると海岸へ向かった。
…至る所に転がる残骸。
ストライクダガーであったり、オーブ軍戦車であったり、M1であったり。
それを横に見ながらカガリは生き残っている者へ声をかける。
「みんな、ご苦労だった。
向こうが退却した理由はよく分からないが…とにかく休んでくれ」
視界の向こう、海岸線に2機のMSが降りてきた。
AAの面々やキサカが集まっている場所へカガリも駆け寄る。
…向かって左にはフリーダムが、右にはジャスティスが。
ハッチが開き、それぞれのパイロットが降りてきた。
2人ともヘルメットを外しているため、離れていても顔が分かる。
「あいつ…アスラン?」
その場にいたディアッカの声にマリューが反応した。
しかし彼女は何も言わず、銃を構える兵士を手で制止する。
『トリイ!』
フリーダムのコックピットから飛び出したトリイが、キラの肩に止まった。
それを見て再度アスランを見たキラは、ぎこちなく笑う。
「…久しぶり、だね。アスラン」
アスランも表情を和らげた。
「…ああ」
誰が止める間もなく、カガリが駆け出した。
「お前らーっ!」
「え?」
「うわっ?!」
「このっ…ばっかやろう!!」
左手でキラを、右手でアスランを抱きしめ、カガリは思いっきり叫んだ。
ぽろぽろと涙を流す彼女は、それでも笑っていた。
…とても、嬉しそうに。
目を丸くするアスランにキラは苦笑する。
それは、穏やかな時間の証だった。
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