「ザフトのアスラン・ザラ…か」
「え?」
オノゴロ基地の内部。
キラとカガリは、アスランに事の経緯を尋ねていた。
それを遠巻きに見つめるマリュー、フラガ、そしてミリイ、ディアッカ。
アスランはどこか諦めのついたような笑みを浮かべる。
「彼女には、分かってたんだな…」
この迷いに。
無意識に迷っていた自分の心に。
だから彼女は、あの場所で自分を待っていた。
あんな危険を冒してまで。
「そっか。ラクスに会ったんだね…」
しかしそう言ったキラは、どこか寂しげな表情を浮かべていた。
「キラ?」
「……は、会った?」
「え?」
あまりにも小さな声に、アスランは聞き返す。
キラはもう1度問うた。
「カナードには、会った?ラクスの隣りに、彼もいた?」
-月と太陽・29-
アスランにとって、確信を持てないままの名前だ。
カガリが顔を上げ補足した。
「長い黒髪の奴だ。目つきは悪いし口も悪いし…上から下まで真っ黒の…」
さりげなく暴言を吐いているのは無意識だろうか。
アスランはああ、と今度こそ確信した。
「あの人か。ラクスが随分と気に掛けていたな」
「は?気に掛けられるって…カナードが?」
カガリだけでなくフラガも、そしてマリューも同時に首を傾げた。
その反応にアスランが戸惑う。
「あ、いや…だってあのとき…」
あのとき。
劇場跡で銃撃戦を繰り広げた後。
ラクスはその"カナード"という少年へ尋ねたのだ。
『お怪我はありませんか?』と。
最後の部分だけを伝えると案の定、カガリたちはさらに首を捻る。
だがキラだけはまったく違う反応を見せた。
「…そっか」
寂しげな表情は消え、嬉しそうな表情に変わる。
「ちゃんと"約束"、守ってくれてるんだ」
「約束?」
聞き返すが、キラはそれ以上その話題を続けようとはしなかった。
「君はどうするの?…これから」
アスランは押し黙る。
どうするのか、と問われても答えられないのが正直なところだ。
「…分からない。どうすればいいのか、自分がどうしたいのか…分からないんだ」
キラは静かに立ち上がった。
「みんな、分からないんだと思うよ」
「キラ…?」
淡い笑みを浮かべ、彼はフリーダムを見上げる。
「僕だって分からないもの。ずっと先に願い事はあるけど。
でもその前の…今、目の前にある道の上で何をすればいいのか、分からない」
「キラ…」
「全部分かる人なんていないよ。それでも考えることは出来るから、考えなくちゃ」
そのままキラは整備のための作業用リフトに向かった。
それが合図になったかのように、静かな工場内が騒がしく稼働し始める。
アスランはリフトの上で整備士と話すキラを見上げた。
「…苦しいな、いろいろと」
ぽつりと呟かれた言葉がカガリの耳に届く。
「みんな、…な」
立ち去るアスランの背を見つめ、彼女はそう付け足した。
夜が明けた。
連合側は再度侵攻の準備を着々と進めている。
…その戦艦の一室。
白衣の男に渡された小さな薬瓶を飲み干す、シャニたちの姿があった。
「前回の2倍の濃度だ。それで2時間は動けるだろう。次に失敗したら…後はないぞ」
他にも数人いた白衣の人間は部屋を出て行き、あとには3人だけが残る。
閉じられた扉を睨みつけ、オルガは嘲った。
「はっ、ありがたいお言葉なことで」
所詮あの人間たちにとって、自分たちは実験動物なのだ。
「ムカつく。マジ殺したい…」
シャニも射るように扉を睨みつける。
「こーゆー時はスピネルが羨ましいとか思うね」
1つ伸びをして、クロトは白い天井を見上げた。
「けどアイツもさ、"幸せ"なんてもんからほど遠いよな」
クロトは自分で言ったことを自分で否定する。
だがオルガもシャニも頷いた。
「だってアイツ、軽そうに見えるけど笑わないじゃん」
「そうそう!笑ってるように見えてもさ、全部ニセモノって感じだし」
シャニの言葉にクロトも同調する。
オルガはもう1度頷くに留め、特に意見を述べることはしなかった。
「あのおっさんに文句言われる前に行こうぜ」
そう言って、しばらく動きそうにない2人を急かした。
連合軍の再度攻撃が始まる。
再出撃するM1部隊を見送り、アスランはフリーダムに向かうキラを引き止めた。
「キラ、お前も分かってるだろう?オーブに勝ち目はない」
キラはゆっくりと頷いた。
「うん。分かってる。でもだからって、黙ってるわけにもいかないでしょ?」
「キラ…」
「ウズミさん…カガリのお父さんが国民を避難させようとしてるんだ。
何をしようとしているのか分からないけど、でも時間を稼ぐことはしなくちゃ」
アスランに軽く手を振り、キラはフリーダムへ乗り込んだ。
出撃するフリーダムを見つめるアスランに、後ろから声が掛かる。
「あんまり迷ってても意味ないのかもな」
「ディアッカ…」
かつての同僚で隊員であった彼は、すでに意志を固めているらしかった。
「俺もお前もザフトだしさ。けど敵は同じ連合だろ?」
「…確かにそうだが……」
迷う時間が短すぎたのか分からないが、やはり何も決められない。
それでも、分かっていることはあった。
「何が正しいのか分からない。でも、彼らを死なせたくないんだ」
言い切ったアスランに、ディアッカは驚いたようだった。
しかしすぐに笑みを浮かべる。
「へえ、初めて意見が合ったな。今まで散々逆だったけど」
その"今まで"を思い出し、アスランも苦笑を返した。
時間が経てば経つほど、オーブの形勢は不利になっていく。
フリーダムとジャスティスは新型の3機に手一杯で、他のことにまで気が回らない。
一方のシャニたちは、紅白の2機を落とせないことに苛立ちを募らせていた。
「こいつらマジうざーい!」
「さっさと落ちろよこのっ!抹殺!!」
「てめーら邪魔なんだよ!どけ!!」
ただでさえ連携のれの字もない彼らの動きが、さらに滅茶苦茶になる。
ピィーーッ!
フォビドゥンのコックピットに無機質な高音が響いた。
「ん?」
計器に目を向けたシャニは、エネルギー残量に目を細める。
「もう?」
オルガは偶然近くを飛来したMA変形のレイダーに飛び乗った。
当然、レイダーは突然のカラミティの重みに衝撃を受ける。
「オルガっ!勝手に乗んじゃねえよっ!!」
「うっせーよ!てめぇだって燃料切れじゃねーか!さっさと戻れ!」
「命令すんな!!」
三者三様に文句を吐きながら、補給のために母艦へ戻る。
アズラエルは先日と同じように肩を竦めた。
「やれやれ。小休止ですか」
オノゴロ島、オーブ軍中央司令室。
ウズミや他の首長たちは、ある決断を下した。
「え?カグヤへ?」
司令部から届いた伝達に、マリューは首を傾げる。
聞けば、オーブの残存勢力全てにその伝達が届いているという。
…カグヤはマスドライバー施設の総称。
AAはその命に従い、フリーダムやジャスティスと共にカグヤへ向かった。
真意を尋ねるため、マリューたちは補給の間に司令部へ足を向ける。
そこでは首長たちが様々な指示を飛ばしていた。
2階部分から司令部を見下ろしていたカガリがマリューたちに気付く。
ウズミもそれに気付き、マリューたちへ告げた。
「オノゴロは放棄します。これ以上ここで戦っていても、徒(いたずら)に死者を増やすだけです」
「…と、言いますと?」
「AA、そしてクサナギには宇宙へ脱出していただく」
「「えっ?!」」
ウズミは軽く目を伏せる。
「このままでは世界は本当に二分され、どちらかが滅ぶまで戦争は終わらぬ。
オーブがこの状況では、地球上で大西洋連邦に歯向かう国は出て来ない。
宇宙で何が変わるかは分からんが、しかしここで、希望の灯を消すわけにはいかんのです」
「希望の灯…」
「連合軍上層部はブルーコスモスの息が掛かり、その盟主ムルタ・アズラエルの手の内にあると言っていい。
そしてプラントも、急進派パトリック・ザラの言いなりだ」
キラとディアッカは、アスランが息苦しそうに俯いたことに気付いた。
ウズミはマリューたちを見つめる。
「お互いの存在を消しあう世界。あなた方が求める世界は、そんなものではないはずだ」
「お父様…」
カガリは父の強い決意に胸を打たれた。
咄嗟に返答出来なかったマリューも微笑みを返す。
「小さくても強い灯は消えぬと、我々もそう信じております」
AA射出に使うのはクサナギの予備パーツ。
ブリッジの面々はモルゲンレーテの技術者たちに指南を受ける。
フリーダム、ジャスティス、バスターはAAの準備が整うのを待つばかりだ。
キラは港から青い空を見上げた。
「まさか宇宙に戻るなんて思わなかった…」
言われたアスランはどう返せばいいのか分からない。
実際それどころではなく、"アスラン・ザラ"という名の重さが彼を苦しめていた。
「敵を…」
「?」
「軍の命令に従って、敵を撃っていればいいんだと思っていた…。
そうすればいつか戦争は終わると、そう思っていた」
キラはアスランへ向き直る。
「でも実際は…撃たれたから撃って、殺されたから殺して、堂々巡りだ」
ディアッカもキラの隣りでアスランの言葉を聞く。
アスランは苦しげに首を横に振った。
「けど、それならどうすればいいんだ?俺たちは、一体何と戦えばいいんだ?」
そう問うアスランに、キラは微笑んだ。
「一緒に探せばいいよ」
「え?」
そしてディアッカを見、そしてまたアスランを見る。
「僕の戦う理由は誰とも違うって分かってる。でもアスランや他の人はきっと、同じように迷ってる。
僕は一緒に探せないけれど、アスランは皆と一緒に探せばいいんだ」
…誰とも相容れないことがある。
だからキラは、独り別の道を歩む。
それにアスランやラクスたちが巻き込まれる理由はない。
巻き込む理由も、もちろんない。
理解を示してくれるのはカナードだけでよかった。
今キラが求めているのは、彼の存在のみだ。
連合側から見たオーブの動きは、背水の陣。
アズラエルは3度目の出撃命令を出した。
「さあ、これでラストです」
3機のMSの反応を捕らえたAAは、すぐさま射出に取りかかった。
「艦首上げ、仰角30。ローエングリン照準」
AAの艦首が空を向く。
「撃てぇーーっ!」
自らの航路を、自らの力で切り開く。
それを見送ったキラとアスランは司令部を急かした。
「クサナギは?!」
『すまん、もう出せる!』
司令部でAAの射出を見届けたカガリは、父や他の代表たちが動こうとしないことに焦った。
「お父様っ!」
ウズミは指示を出し終えると、自分の隣りにいるカガリを一喝する。
「お前は何をもたついている!さっさと準備をせんか!!」
「でもっ…!」
有無を言わせずウズミはカガリの手を引き、オーブ軍艦クサナギの待機場所へと早足で歩く。
「お前にはお前の、私には私の役目がある。何故それが分からん?!」
「…っ!」
溢れ出る涙を止めることが出来ず、カガリは歯を食いしばる。
ウズミはカガリを振り返った。
「思いを継ぐ者なくば、全て終わりぞ!」
クサナギと基地を繋ぐデッキでは、キサカが待っていた。
ウズミはカガリを投げ出すように押し出す。
「キサカ、この馬鹿娘を頼んだぞ」
彼が頷くのを認め、ウズミは表情を和らげるとカガリを見つめた。
「案ずるな。お前は独りではない」
「え?」
ウズミはスーツの内ポケットから、1枚の写真を取り出す。
…そこに映るのは、1人の女性に抱かれる2人の赤ん坊。
写真を見たカガリの脳裏で、何かが引っ掛かった。
そして写真を裏返し、目を丸くする。
「え…?」
顔を上げたカガリの頭を、ウズミは優しく撫でた。
「お前の父であって、幸せだったよ」
「っ?!」
次の瞬間カガリはキサカに引っ張られ、無情にもクサナギのハッチが目の前で閉まる。
「ーーー!!」
叫ぶカガリの声は、すでに音としてウズミに届かない。
デッキを切り離すとウズミは声を張り上げた。
「行け!!」
クサナギが滑走して来る。
マスドライバーの傍で、フリーダムとジャスティスは連合の3機を近づけまいとしていた。
…滑走路の角度が急激に変わる手前。
フリーダムはすぐ横を走るクサナギに手を伸ばし、その本体に掴まった。
さらにジャスティスを捕まえ、追いすがる3機へ同時に砲撃する。
大きな水飛沫が上がった。
クサナギは直角に飛び出し、青い空へと吸い込まれていく。
ウズミを始めとする首長たちはそれを見送り、安堵の息を吐いた。
「種は飛び立った…」
そして司令部のコントロール装置に手を伸ばす。
セラミックの蓋に守られた、赤いボタン。
それは。
「オーブも、世界も、奴らの好きなようにはさせん」
…それは、オノゴロ島及びモルゲンレーテの、自爆装置。
カガリの眼下で、基地が真っ赤な炎を上げた。
「あ…あ……」
ただ呆然と、信じ難い事実から逃れるように、カガリは首を横に振る。
破壊の稲妻がマスドライバーを飲み込み、オノゴロは黒い煙に包まれた。
あの場所にはまだ父が、そして他の首長たちが…
「おとうさまぁーーーっ!!!」
カガリの悲鳴を残し、地上の風景は小さく消えていった。
自爆したオノゴロ島。
スピネルは特に何かしらの感情も持たず、それを見ていた。
「…してやられたな」
誰に言うわけでもなく出た言葉だ。
しかし傍にいるアズラエルたちには、おそらく聞こえていない。
予想し得ない出来事に、思考がついて行かないから。
この日を境に、オーブ連合首長国は事実上の崩壊。
連合国軍の属国家となる。
第3部・END
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