コーディネイター。

予め能力を高め、親の意向通りの外見的特徴を持った人間。
そのために、遺伝子を積極的に組み替えた人間。
自然のままに生まれたのではなく、人間によって生み出される人間。

「すでに出生率は低下し、種の存続すら危うい私たち。
そんな私たちのどこが、新たな種だと言うのでしょう?」

何度目かに移った隠れ家。
ラクスはプラントの至る所に設置された拡声器に向けて、訴える。
(案外差し迫ってんのか。プラントも)
銃の点検をしながら、カナードはそんなことを考えていた。

…ホワイトシンフォニーの一件から、だいぶ日が経つ。
最近になって気付いたことだが、クライン派というのはかなりの勢力を誇るらしい。
ここ数日の間で合流した仲間も多かった。
その中に、どこかで見たことのある人物がいる。
名前は確か、マーチン・ダコスタ。

(どこで見たんだ…?)

ザフトの軍人で、内部事情にかなり詳しい。
その辺りからすると、上から重宝されている隊長クラスの右腕か。

いったい、どこで見たのか。










-月と太陽・第4部『クラヤミノシンガン』-










宇宙へ上ったAAとクサナギ。
クサナギのパーツのドッキングが完了し、マリューたちはそちらへ移動した。
…今後のことを話し合うために。

「なんだか…AAに似てるわ」
クサナギのブリッジに足を踏み入れ、マリューが漏らした最初の感想。
キサカがそれに答える。
「AAに似ているのではなく、AAが似ているのだろう。どちらもモルゲンレーテ社製だ」
「宇宙開発の技術は、ヘリオポリスの方が主要でしたしね」
横からの声に振り返ると、CIC席にエリカがいた。
「シモンズ主任?!」
驚くマリューに、エリカはころころと笑う。
「あら。私がいなくて、誰がM1部隊の面倒を見るのかしら?」
先日の対連合軍が初陣であった、オーブ軍M1アストレイ部隊。
もちろん、宇宙戦の経験もない。
それに微笑み返したマリューはフラガを見る。
フラガは頷いた。

「さて、これからどうするか…だな」

モニター画面に映る宇宙図を眺め、考える。
宇宙へ逃れて来たはいいが、具体的なことは何1つ決まっていない。
「当面は…水と燃料の確保か」
呟くフラガにキラが頷いた。
「前は確か、デブリ帯で補給したんでしょう?」
自分とカナードが合流する前の話。
ラクスが保護されたのもその辺りだったと聞いている。
「どこか拠点に出来るような場所があれば…」
とは言ったものの、そのような場所の心当たりはない。
「プラントの情報が少しでも入ればいいのに」
どこの警戒が薄いのか。
内部情勢がどうなっているのか。
何よりもキラが知りたいのは、カナードとラクスがどうしているのか。
それが分かれば、慰め程度にはなるのに。

「1つ、心当たりがあります」

キラの問いに答えるように、アスランが口を開いた。
「ヘリオポリスの一件よりも前の話ですが、テロリスト警戒のためにL4全域を探索したんです。
結果的には何もなく、何者かが拠点としたらしい跡も古いものばかりでしたが」
「L4か…。それで?」
「本国はL5。L4は、ひと昔前のスペースコロニーが数多く破棄された場所です。
その中に、まだ動力が生きているものがありました」
動力を止める、爆破するといった作業をされなかったコロニー。
放っておいても特に問題なしと判断されたのか。
「そのコロニーの名前は?」
「"メンデル"です」

キラの中で、何かがカチリと音を立てて噛み合った。

「メンデル…?」
今のは、何が噛み合った音だろうか。
「キラ?」
アスランは上の空でコロニーの名を繰り返したキラを見る。
それに気付いたのか、キラは目を瞬かせた。
「あ、うん。メンデルってさ、誰かの名前じゃなかった?」
「そうだな…確か…」
聞かれたアスランはほんの少し考え込む。

「…『遺伝子の法則』を発見した学者の名前だと思う」

何が噛み合った音か。
『遺伝子の法則』
自分たちの過去が、噛み合った音だ。
「どうかしたのか?」
尋ねるカガリに、キラは首を横に振る。
「ううん。聞き覚えがあるなって思っただけだから」
「…そっか」
やはりカガリはいつもの覇気がない。
マリューは彼女へ労るような笑みを向けた。
「私たちで、ウズミ元代表から託された灯を広げましょう」
微笑むマリューに、カガリはようやく小さな笑みを浮かべた。
フラガがアスランへ向き直る。

「君は、それで良いのか?」

キラは連合軍服ではなく、ラクスに渡された紅服を着たまま。
しかしアスランはモルゲンレーテの作業服。
…疑うわけではないが、彼の"軍服を着る意味"は何か。
「それに、"ザラ"って言えばプラントの議長だろ?」
どこにいても、何をしても、必ずまとわりついてくる現実。
アスランは軽く拳を握ると、まっすぐにフラガを見返した。
「確かに俺はザフトの軍人です。でもザフトであることを捨ててはいない。
何と戦えば良いのか、何が正しいのかなんて、俺には分かりません。ですが…」
そこで言葉を切る。
…オーブを脱出するときに、決意したことがある。
自分はこれからも迷い続けるしかないが、それでも。

「それでも。あなた方と願う世界は同じだと、そう思います」

言い切った目は、揺らぎはしなかった。
フラガはふっと肩の力を抜く。
「そうか。悪かったな…疑ったりして」
「いえ。ですが、プラントにも同じように考えている人がいます」
宇宙図をじっと見ていたキラがアスランへ視線を戻す。
「それ、ラクス?」
フラガはマリューと顔を見合わせた。
「あのピンクのお嬢ちゃん?」
カガリが首を傾げる。
「誰だ?」
「アスランの婚約者だよ」
キラの答えに、カガリはまたそれきり黙ってしまう。
それに首を傾げたが、すぐに意識は宇宙図へ戻る。
(メンデル…)

ここで、何かが起こる気がする。





カーペンタリアにて。
クルーゼはプラント本国へのシャトルの時間を待っていた。
…部屋にいるのは隊員であるイザークと新たに加わったシホ、そして捕虜として連れてきたフレイのみ。
備え付けの大きなテレビ画面には、プラント本国の慌ただしい様子が映し出されている。

『現在、ラクス・クラインは元評議会議長シーゲル・クラインと共に姿をくらましており…』
『国家反逆罪で指名手配されたラクス・クラインは国民的アイドルで…』
『彼女は利用されているのです。彼女を救うために、一刻も早く見つけ出さなければならないのです…』

どれだけ画面が切り替わっても、出てくるニュースは全て同じ。
フレイは幾度となく画面に映る少女を見つめる。
(あの子…あの時の…?)
父が殺される少し前にAAに拾われた、コーディネイターの少女。
ニュースの内容からすると、国家機密を連合軍のスパイに渡したらしい。
(あのお姫様が…)
いかにも箱入りです、という感じだった彼女が。
「……」
それに比べて、自分はどうなのだろう?
フレイは着ている服を改めて見下ろしてみる。
…ザフトの一般兵が着る軍服。
捕虜ではあるが、クルーゼの付き人のような役割を与えられている。
かなり上等な扱いを受けているが、自嘲せずにはいられない。
(私は…何をやってるの…?)

"約束"を、したのに。

スピネルは仕方がない。
元々、ストライクを持ち帰るために派遣されたという話だったのだから。
けれど、キラとカナードは違う。
(私が言ったのに…)
傍にいると、彼らの行く道を見ると、そう言ったのに。
生きているのか、本当に死んでしまったのかすら分からない。
それでも自分が固めた約束を、自分で違える真似だけはしたくなかった。
…確証が、欲しい。
(それまでは…それまでは、絶対に)
こんな、考えるだけでも怖くなるような、コーディネイターだらけの場所。
たとえそんな場所に自分が立っていても。

生きていれば、探せる。
生きていれば、待つことが出来る。

それは自分に課した、生き残るための枷。







ドンッ!

動く最後の標的を撃ち、スピネルはため息をつく。
「…つまんねーの」
アフリカ中南部、3カ国に跨がるヴィクトリア地方。
以前ザフトに奪われたマスドライバー施設を、ストライクを含めた新型MS部隊が奪還した。
まだ周りにジンやバクゥの残骸が転がるマスドライバーだが、早くも物資の打ち上げが開始される。
『おい、スピネル!戻ろうぜ!』
カラミティを乗せたレイダーが飛んできた。
その後ろにフォビドゥンの姿もある。
「分かった。もう基地は片付いてんのか?」
飛行出来ないストライクは、少しでも滞空時間を得られるエールを装備していた。
着陸出来る場所を探しながら基地へ向かう。
『さあ。でも戻れって言われたし』
少し遅れて、シャニから返答があった。
「……」
どうも嫌な予感がするのは気のせいだろうか。



アズラエルはサザーランドと共に、基地内部をジープで移動していた。
そのジープの上を巨大な影が通り過ぎて行く。
「ようやく戻ってきましたか」
最後に通り過ぎた影を振り返って、アズラエルは笑みを浮かべる。
ミラー越しに影の本体を見遣ったサザーランドも息をついた。
「さすが、理事の"蝶"の力は素晴らしいものですな」
アズラエルはまた前方へ意識を戻す。
「当然でしょう。まあ、また機嫌が傾くこと請け合いですけどね」
結果として失敗した、オーブのマスドライバー奪取。
スピネルは艦内待機の時間が長く、今回の作戦までは出撃すらしていない。
元々、機嫌を傾かせてしまうと直すことが難しい彼のことだ。
今回のヴィクトリア奪還で、平常に戻ったかどうかすら怪しい。

マスドライバー施設の入り口に到着し、ジープが止まる。
打ち上げ艦のタラップを踏んだアズラエルへ、サザーランドは敬礼を送った。
「宇宙でのご武運をお祈りします」
アズラエルは積み上げを待つ4機のMSを視界に収める。
「ええ。がんばってきますよ。空のバケモノを撃ち落としに…ね」



物資の積み上げを待つMS部隊。
補給と整備を受けた4機は、打ち上げ待機所の戦艦への移動を命じられた。
…嫌な予感は当たるしかないらしい。
「なあムルタ。俺に拒否権ってのはないのか?」
艦の内部に繋がったモニターへ向け、スピネルは非常に不機嫌な声で尋ねた。
画面に映る人物は、いつものように肩を竦める。
『どうしてそこまで無重力を嫌うんですかねえ、貴方は』
スピネルは片足をシートの上に上げ、そこに頬杖をつく格好で画面を睨んでいた。
「戦う側になってみろよ。どこから攻撃が来るか分かったもんじゃねえ」
地上にいれば、たとえ大気圏を飛行出来ても重力が平等に働くのだ。
相手が飛行出来ないのなら、どこに着地するのかが分かる。
反対に飛行出来るなら、上空からの攻撃に注意すればいい。
…宇宙では、それが出来ない。

ため息をついたスピネルは話を変える。
「で?今度はどこの配属だ?」
『月面基地で建造された新型艦ですよ。僕も君たちのオブザーバーとして乗りますし』
「ふぅん…」
人の上に立つ為政者やその類の人間は、大抵が安全な場所で駒を動かす。
その辺りを考えれば、アズラエルは奇異な存在に映るかもしれない。
「その新型艦ってのは?」
スピネルは特に驚きもせず、聞きたいことを尋ねる。
…驚いたのは、その答えだった。


『AA級第2番艦、ドミニオンですよ』