ラクスはふっと息をつくと、拡声器のスイッチを切った。

プラントの市民が、この声に答えてくれるのかは分からない。
けれど、必要なこと。
無駄なことだとは思わない。
「ラクス嬢」
聞き慣れた声に振り向くと、カナードが出口の方を示した。
どうやらまた、隠れ家を移動する必要が生じたようだ。
ラクスは立ち上がり椅子に掛けていたコートを羽織ると、ハロを手に部屋を出た。

外は夜の闇。
必要な機材の積み込みはすでに終わっている。
自分の少し後ろに立つカナードを盗み見たラクスは、軽く息を呑んだ。
(本当に…月のような方ですわ…)
いつも黒か、それに近い暗色の服。
同じように黒い髪も夜に紛れ、けれどアメジストの眼だけは鮮やかな光のまま。
…笑うことなどしない彼は、キラとはまるで正反対。
『ハロハロ!認メタクナーイ!』
飛び跳ねたハロがそんな声を発した。
通りの向こうを見ていたカナードはラクスを見る。
「それ、消音機能とかないのか…?」
いくら何でも、目立ってしょうがない。
ラクスは思わず苦笑を漏らした。

誰かの無線が鳴る。

「はい。はい……え?」
通話に応じる仲間が青ざめた。
「シーゲル様が…?!」
「「!」」
ラクスは嫌でも、その理由を悟ってしまった。
「…父が……?」

悲しみの連鎖は、止まらない。










-月と太陽・31-










クサナギの格納庫。
ずらりと並ぶM1を見ることが出来る、パイロットの待機室。
特に目的もなくそれらを眺めていたキラは、コツンとガラスに額を当てると目を閉じた。

「…そろそろ、限界かも……」

プラントの情報は入らない。
自分でも少し調べてはみたが、無駄に終わったに等しい。
「カナード…」
彼がプラントに残り自分が地球に降りてから、もうどれくらい経ったのだろう?
とにかく、落ち着かない。
これでは次に戦闘が起きた場合、間違いなく抑えが効かなくなる。
…フレイも、スピネルも。
共有を許していた仲間は、誰1人としてここにはいない。
「誰が僕を止めてくれるのさ…」
彼らがいたことで均衡を保っていた理性と狂気。
1度でも狂気が渦を巻いてしまえば、止まらない。
きっと、邪魔だと思えばAAですら撃ってしまうだろう。

「キラ?大丈夫か…?」

入り口からの声に、キラは閉じていた目を開けた。
「アスラン…。ちょっと考え事してただけだよ」
相変わらず心配性らしい彼は、キラの傍に来ると同じように格納庫を眺める。
「俺たちはAAに移った方が良いな…」
その言葉にキラも頷く。
「そうだね。ここはM1でいっぱいだし」
シュンッと反対側の扉が開いた。
「カガリ…」
俯き加減に入ってきた彼女は、キラの傍に来るともの言いたげに口を開く。
「あ、あの…さ…」
「?」
「ちょっと…聞いてほしいこと、が…あるんだ…」
カガリはどこか必死に言葉を選んでいる。
気を利かせて部屋を出ようとしたアスランだが、逆に腕を掴まれ引き止められた。
「ま、待ってくれ。…お前も、一緒に聞いてくれ…」
「…カガリ?」
引き止められてしまっては仕方がない。
アスランはキラの横でカガリの言葉を待つ。
2人が聞く体勢に入ったところで、カガリはポケットから1枚の写真取り出した。
「これ…」
写真を受け取ったキラは、映る人物に言葉を失う。
「脱出するときに、お父様が…」
そう言うカガリの声は、すでに聞こえていなかった。

「    」

「「え?」」
声にならなかった声。
アスランとカガリは聞き返す。
…写真に写るのは、1人の女性に抱かれている2人の赤ん坊。
キラの目は、その女性に釘付けだった。
震える手で写真を裏返してみる。

『 Kira & Cagalli 』

記されている文字に、アスランも目を見張った。
「キラ…と、カガリ…?まさか双子…?」

『…なんか、似てるな』
『似てるって誰が?』
『お前らが』

あれは、どこで交わした言葉だった?
「どうして…」
もう1度写真を裏返し、改めて写真の女性を見る。

『コーディネイターを超えるコーディネイター。俺はその研究の失敗作だ』

それは、初めて会ったときに告げられた言葉。
疑う余地など、もうどこにも残っていなかった。

カナード

「「え…?」」
今度は聞き取れた。
しかしキラはその写真から手を離すと身を翻し、部屋から出て行く。
「おい!キラ?!」
アスランが呼び止めたときには、彼の姿は消えていた。
カガリに視線を戻すと、彼女もまた写真を改めて凝視している。
「カガリ?」
呼びかけると、カガリはおそるおそる顔を上げた。
「どういう…ことだ?」
「え?」
差し出された写真をまじまじと眺めたアスランは、カガリの言葉に首を傾げる。
カガリは俯いた。
「…お父様にそれを渡されたとき、何か引っ掛かったんだ」
いったい、何が引っ掛かったのか。
キラの言葉でそれが分かった。

「その女の人…カナードにそっくりなんだ…」

アスランはラクスの隣りに見た彼の姿を思い出す。
…黒い服で、細身だったが自分よりは背が高く、髪も黒く長い。
眼はキラと同じ紫紺色だった。
「…同じ…?」

『どことなく似ているようにお見受けしたのですけれど』

いつだったか、ラクスがそう言ってはいなかったか。
そしてこの写真に写る女性は、
「紫紺の眼…」
同じ、アメジスト色の眼を。
「けどそれなら…」
アスランの呟きに、カガリも頷いた。
「うん…。何で、あいつは写ってないんだ…?」

亡き父は、"兄弟もいる"としか言わなかった。
では、写真の女性がカナードに瓜二つである理由は?



誰もいない通路。
立ち止まったキラは手摺を握る手を、更にきつく握った。
「…っ」
改めて突きつけられた現実は、容赦なくキラを襲う。

カナードに瓜二つの女性に抱かれた、赤ん坊のキラとカガリ。

その頃にはもう、彼は実験体としてどこかの研究所にいたのだろう。
彼が今まで歩んで来た道を、想像することさえ出来ない。
…キラとカガリが双子。
"双子"というのは定かではないが、何かしら血の繋がりはあるだろう。
確か、ユーレン・ヒビキと言ったか。
愚かな研究を成功させた人間の名前は。

(これを知ったら、君はなんて言う?)

キラは思わず天井を仰ぐ。
「こんなこと…信じたくないよ…」
写真1枚。
そのたった1枚によって、また壊れようとしている。
「カナード…」
もう1度壊れるなら、彼の前がいい。
他の誰も、分かるはずがないのだ。







地球連合軍月面基地、プトレマイオス。

「ナタル・バジルール少佐、参りました」
呼び出しを受けた一室へ、ナタルは足を踏み入れる。
それに頷いた上官は簡潔に告げた。

「ナタル・バジルール少佐。君をAA級二番艦・ドミニオンの艦長に任命する」

新型艦造船の噂は聞いていたが、まさか同型艦だとは思わなかった。
基地の格納庫へ赴き、ナタルはその"ドミニオン"を見下ろす。
…造りも装備も、何もかもがAAと同じ。
違うのは塗装が白ではなく、黒に近い灰色だということのみか。

この艦で、自分の軍人としての能力が試される。


「あれ?バジルール副長?」


懐かしさを感じる、聞き知った声。
振り向いたナタルは驚きの声を上げた。
「フォーカス中尉!」
基地の内部へ繋がる通路から出てきたのは、スピネルだった。
…パイロットスーツのままの姿を見ると、先ほど上ってきたばかりか。
スピネルはナタルが見下ろしていた箇所を見ると、面白そうに笑った。
「あれがドミニオン?ってことは…」
再びナタルに視線を戻し、尋ねる。
「ひょっとして、副長じゃなくて艦長?」
それに頷いたナタルもスピネルへ尋ねた。
「では中尉は…?」
スピネルの尋ね方に感じた直感は、どうやら当たりらしい。
彼も頷いた。
「ドミニオン配属の新型MS部隊。自由に動けるのは俺だけだから、俺が見に来たんだけど」
「…?」
返答に解せないものが混じっている。
それが分かっているスピネルは格納庫を見渡した。
「新型はストライクの他に3機。当然、パイロットも3人。
あいつらは自由に動くことを許されないんだ」
どこか諦めを含んだ声だった。
聞き返そうとしたナタルを、スピネルが遮る。

「…理由は、正式配属されたときに嫌でも分かるから」

2人とも、しばらくの間無言だった。
格納庫の喧噪を聞きながら、ナタルが口を開く。
「AAについて…何か知らないか?」
アラスカで転属になり、途中でアラスカが攻撃を受けているということを知った。
ナタルはスピネルたちが奪還したヴィクトリアから宇宙へ上ったが、他は何も知らないと言っていい。
…もちろん、大西洋連邦がオーブ連合首長国を攻め落とそうとしたことも。
「落ちてないぜ。AAは」
そのために、スピネルの言葉で安堵したのも束の間だった。

「あいつらは、オーブの残存勢力と一緒に宇宙へ上った」

オーブの"残存勢力"と。
その言葉が意味することは、1つ。
「まさか…オーブを攻め落としたのか…?」
しかしスピネルは軽く笑っただけだった。
「結局失敗したけどな。俺は出させてもらえなかったし」
スピネルはそれ以上、何も言おうとしなかった。



「お、戻ってきた」

与えられた待機室へ戻ると、オルガの声に反応してシャニとクロトもこちらを振り向いた。
「どーだった?俺たちの乗る艦」
クロトの問いにスピネルは何とも言えず笑った。
「どーって言われてもな…。俺が前に乗ってたヤツの同型艦だし」
「じゃあ艦長は?」
「そのときの副長だった人。ちなみに女」
「へえ〜…」
女性艦長というのが珍しいらしく、シャニも興味を示した。
「もしかして、あのとき逃げた白いヤツ落としに行く?」
白いヤツ、つまりAAだ。
「あの紅と白の、次こそ絶対落とす!」
クロトもシャニの後に息巻く。
オルガは読んでいる本から視線を上げた。
「けどさ、前に乗ってたってことは、スピネルはどうなんだよ?」
「え?」
思わぬ問いにスピネルは聞き返す。
オルガはまた読書を再開しつつ言った。
「知り合いが乗ってんだろ?よく分かんねーけどな」
自分たちが最低でも"仲間"と認識出来るのは、この部屋にいる人間だけ。
…居るのはいつも4人。
「確かにそうだけど…」
問われたスピネルは、改めて考えてみる。

AAは、そう簡単には落ちない。
仮にも3ヶ月以上、同じ場所で過ごしてきた彼らだから。
その強さはよく知っている。
ただ、あの"アヌビス"のことが気にかかる。
(まさかな…)
そうは思っても、確認していないのだから結論を出せない。

(本気では、撃てないかも…な)

らしくないと、自分でも思うけど。