AAの格納庫。
カガリはアスランの言葉に耳を疑った。

「お前っ!プラントに行くって…本気か?!」

クサナギから戻り、アスランはAAでシャトルを1機借りた。
…プラントへ行くために。
行けば無事に戻って来られるか分からない。
だから止めろと言う彼女へ、アスランは俯く。
「分かってるさ…。でも、父を止められるのは俺しかいないんだ」
カガリはハッとする。

「本当にナチュラルを滅ぼそうとしているのか…。もしそうなら止めないといけない。
最悪の覚悟はしてる。それでも俺の父なんだ!」

アスランの言葉に、カガリは押し黙るしかなかった。
"血のヴァレンタイン"で母を失った彼にとって、パトリック・ザラはたった1人の家族。
先日父を失ったばかりのカガリに、止める術はなかった。
アスランは傍で聞いていたディアッカを見る。
「ジャスティスは置いていく。俺が戻って来なかったら、お前が使ってくれ」
それに対し、ディアッカは肩を竦めた。
「やだね。あんな大層なもんはお前が使えよ」
切り捨ててはいるが、それが彼なりの励ましの言葉。
…戻って来て、自分でもう1度使えと。
「そろそろ行こう。途中まで僕が送るから」

そう言ったキラへ頷き、アスランはシャトルに乗り込んだ。










-月と太陽・32-










シャトルとフリーダムは並行してヤキン・ドゥーエ防衛線へ近づく。
『キラ、ここでいい。これ以上近づくとお前まで防衛線に引っ掛かる』
「分かった」
キラは頷き、シャトルとフリーダムを繋いでいたワイヤーを外した。
まだモニターにはヤキンの防衛線は映らない。
だが、それはあちらも同じ。
「ねえアスラン。敢えて言わせてもらうけど…」
沈黙したシャトルへ、キラは声をかける。

「君は死んじゃダメだよ。まだ、死ねないんだから」

"死"というのは、様々な現実から1番効率よく逃げる手段だ。
『まだ…か』
「そう。"まだ"」
返って来たアスランの微かな呟きに、キラはふっと微笑んだ。
「じゃあね。がんばって」
フリーダムは逆噴射でシャトルから離れ、小さくなっていくシャトルを見送る。

「死ぬことを許されないのは、同じだね」

自分を嘲るような言葉は、キラ自身にしか聞こえない。





「"まだ死ねない"…か」

フリーダムを後ろに見送り、アスランはキラの言葉を繰り返した。
…予想出来る最悪は、父パトリックに銃を向けられること。
最悪というよりはむしろ、そうなるしか無いような気もする。
ヤキンの防衛線が見え、アスランは前を向いた。

「こちらプラント国防委員会直属、特務隊アスラン・ザラ。
認識番号285002。応答願います」





プラント最高評議会議事堂。
パトリックは、未だアスランからの報告が何もないことに苛立ち始めていた。
執務机にある簡易モニターに映るのは、ザフトの"切り札"。
「おのれ…ナチュラルめ…」
その横には、亡きレノア・ザラと幼いアスランの写る写真立てがあった。

忌々しげに呟いたところへ防衛線から通信が入る。
「何だ?」
『特務隊アスラン・ザラが、地球軍の物と思わしきシャトルにて帰還致しました』
「何だと?!」

"地球軍のシャトル"

『事態が事態なので拘束しておりますが…』
「連れて来い!そいつには聞かねばならんことがある!」
『はっ!』
通信を切り、パトリックは苛立たしさに歯を軋ませる。
「アスラン…!」



拘束されることは予測範囲内。
そう時間を置くことなくアスランは拘束を解かれた。
2人の兵士に両脇を固められ、言われるままに…自分が望むままに、議長室へ向かう。
「失礼致します」
兵士の片方が声をかけ、議長室の扉を開けた。
少し距離のある奥の執務机に腰掛け、パトリックが自分を睨むように見据えている。
アスランは部屋へ入り、2人の兵士と同じように敬礼した。
…訓練されきった、ザフトの敬礼を。
パトリックには、アスランのその一挙一動全てが気に食わない。
「お前達はもういい」
「「はっ!」」
兵士を下がらせ扉を閉める。
アスランはゆっくりとパトリックへ近づいた。

「ジャスティスはどうした?フリーダムは?」

問うてくる父を、アスランは静かに見つめるだけ。
パトリックは苛立ちをさらに募らせる。
「答えろ!返答によってはお前でもただでは置かん!」
アスランは1度目を閉じ、何度目か知らぬ覚悟を決めた。

「…父上。父上は、この戦争をどうお考えなのですか?」

それは、パトリックには予期出来ぬ問い。
「貴様…何を…」
アスランは意に介さず、さらに問う。
「アラスカ、パナマ、ヴィクトリア。撃たれては撃ち、撃ち返し、同じことの繰り返し。
そうやって今も!これでは堂々巡りではありませんか!」
ガタン!と音を立て、パトリックは椅子から立ち上がった。
「アスラン!貴様…どこでそんな話を吹き込まれた?!」
机の前で向かい立ち、アスランはさらに問う。

「俺たちは!いつまで戦わねばならないんですか?!何のために?!
俺は!貴方にそれを聞きたくて、こうやって戻ってきた!」

真っ向から反発する息子に、パトリックは拳を握りしめる。
「貴様!あのラクス・クラインに誑かされおったか!!」
怒りのままにアスランの襟首を掴み、アスランはそんな父を睨み返した。
「どうすれば戦争が終わるとお考えなのですか?!貴方は!!」

ラクスに余計なことを吹き込まれたのだと父は言った。
(…そうじゃない)
ラクスは、あまりに狭すぎた自分の視野を広げてくれたのだ。
目の前を見ることは大切で、けれどその先の大局を見据えることもまた、同じだけ大切だと。
1人の力は弱くても、1人だからこそ出来る強さもあるということを。

「どうすれば戦争が終わるかだと?分かりきったことを言うな!」
パトリックは激昂のままに言い放った。


「ナチュラルどもを全て滅ぼせば、戦争は終わる!!」





アプリリウス、議事堂傍の隠れ家にて。
プラントの情勢を探っていたカナードは、つい数分前にはなかった動きを見つけた。

「…アスラン・ザラっつったか?何か馬鹿なことやってんぞ」

ダコスタと話していたラクス。
彼女は示された画面を見ると、まあ、と驚きの声を上げた。
「これはいけませんわね。何とかなりまして?」
後ろを振り返り、同じく画面を見ていたダコスタへ微笑む。
問われたダコスタはぎこちなく笑った。
「…どうでしょうねえ」
もう1度画面を見て携帯電話へ目をやり、そして息をついた彼は頷く。
「やってみましょう。パルスさん、後は頼みます」
「分かった」





ナチュラルを全て滅ぼせば、戦争は終わる。

アスランは驚愕に目を見開いた。
「父上…本気で…?」
同時に湧き上がって来る、怒りの渦。

「ナチュラルを滅ぼせば平和になると、本気でお考えなのですか?!」

なおも問い続けるアスランを、パトリックは乱暴に突き飛ばした。
アスランは床へ投げ出され、小さく呻く。
「分かっていないのはお前だ、アスラン」
パトリックは机の引き出しから拳銃を取り出し、その銃口を息子へと向けた。
身を起こしたアスランは、諦めと悔しさにぐっと唇を噛む。
「父上…!」
さらに銃口を離さず机の上へ手が伸ばされ、非常ベルが押された。
程なくして何人もの兵士が銃を手に入って来る。
人の数だけある銃口を向けた息子へ、パトリックは再び問うた。

「もう1度聞くぞ、アスラン。フリーダムとジャスティスはどうした?」

こんな父では、なかったはずなのに。

怒りをぶつける場所を求め、アスランは気付けばパトリックへと突進していた。
しかし背後からの銃弾に右肩を打ち抜かれ、敢えなく倒れる。
父であるはずのパトリックは、息子のそんな姿にも顔色1つ変えない。
「殺すのはフリーダムとジャスティスの在処を吐かせてからだ。少し手荒でも構わん!」
「「はっ!」」
アスランは後ろ手に拘束され、連れ出される。
「見損なったぞ、アスラン」
掛けられた声に目を閉じ、アスランは悔しさに俯いた。

「…俺もです」

誰も振り返ることのない机の上。
そこにあった写真立ては、ひび割れて倒れていた。



議長室を出ると、騒ぎに集まった人間のどよめきが出迎えてくれた。
「おい、アスラン・ザラだぜ」
「何で息子が?」
そんな不躾な言葉も、アスランには聞こえない。

『君は死んじゃダメだよ。まだ、死ねないんだから』

脳裏にキラの言葉が蘇る。
外に出ると、護送車が待っていた。
「ほら、早く乗れ」
両脇の兵士が足を止めたアスランをせっつく。
「おい!」
なおも動かぬ彼に、兵士の1人が声を荒げた瞬間。
アスランは足を振り上げて右の兵士を蹴倒し、左の兵士に体当たりして兵士の包囲から抜け出した。
突然の出来事に、護送車の護衛に成り済ましていたダコスタは思わず目を覆う。
「何だってんだ一体!」
自分の隣りにいた兵士を銃で殴り倒し、銃口を向けられるアスランの前へ走り出る。
そしてマシンガンを連射し、閃光弾を投げつけると呆気に取られているアスランを建物の影へ走らせた。
「無茶な人ですね!まったく。こっちの仲間も1人蹴倒しちゃって…」
アスランは援護してくれた兵士がそんなことを愚痴ったため、何か都合の悪いことをしたのだと理解した。
「すまない。知らなかったもので…」
「まあ、そうでしょうけどね」
手錠を撃ち抜いてもらい、自由になった手に銃を構える。
「行きますよ!」

それに頷き、アスランは走り出したダコスタの後を追った。





『ハロハロ!何デヤネン!』
「いけませんわ、ピンクちゃん。静かにしていなさいね」

膝の上で飛び跳ねるハロを、ラクスは口元に人差し指を当てて黙らせた。
そんな様子を視界の端に収めつつ、カナードはかなりの速さで小さくなる景色に目を細める。
(…アスラン・ザラの話は随分と衝撃らしいな)
『ラクス・クライン拘束』よりも、現議長の子息の反乱は政局に影響を与えかねない。
そうでなければ、こんなアプリリウスの中心にある高速エレベーターなど使えなかっただろう。
監視カメラやセキュリティシステムを、こちらで乗っ取ったとはいえ。

行き先は、最上階ドックにある戦艦。



ラクスやカナードが目指す最上階。
そこには初任務を待つばかりのザフトの新型艦、エターナルが停泊していた。
艦長を務めるのは、奇跡の生還を果たした"砂漠の虎"…アンドリュー・バルトフェルド。
すでにクルー達が待機状態に入っているブリッジで、アンディは徐に艦内放送器を取る。

「あ〜…本艦はこれより、最終準備に入る。繰り返す、最終準備に入る。各自対応するように」

何事かと首を傾げるクルー達に、ガチャリと銃が向けられた。
「「?!」」
銃を向けてくる相手は、同じザフトの軍人。
「お前ら…一体何を!」
「いいから、黙ってこの艦を降りてくれりゃいいんだよ」
銃口に押され、クルー達はエターナルの外へ追い出される。
その正規クルーと同じ数だけ、すでに別のクルーが乗り込んでいた。
クルーの入れ替えを確認して懐中時計を見たアンディに、ふわりとした声が投げ掛けられる。


「お待たせ致しました」


紫の和服に白の陣羽織。
そんな出で立ちのラクスがブリッジへと入ってきた。
ブリッジにいたクルー全員が立ち上がり、敬礼で彼女を出迎える。
その後ろから薄暗いブリッジへ入ったカナードは、司令官席に座る男に目を見張った。

「お前…砂漠の虎?!」

道理でダコスタに見覚えがあったはずだ。
…実際、会ったことがあるのだから。
アンディはラクスの後ろの闇に溶けるような人物へ、にやりと笑みを浮かべる。

「ようこそ、"白のアルテミス"殿。お会いするのはこれで2度目かな?」

その言葉にブリッジがざわめいた。
何せ、ザフトで"不沈艦AA"と3機の"女神"を知らぬ者はいないのだから。
が、カナードにとって問題なのはそこではない。
「…次言ったら殺す」
明らかに機嫌を損ねた彼にアンディは肩を竦め、ラクスも苦笑を漏らすと艦長席へ腰を下ろした。
カナードはラクスの後ろに移動して、モニターがよく見える位置に落ち着く。

メインエンジンが動き始め、内部に電力が回った。

『おいエターナル!貴艦にまだ発進命令は出ていない!』
『エターナル!応答しろ!バルトフェルド隊長!!』

ドックの管制官の声が響く。
「ゲート解放ID、変更されました!」
「ふむ…優秀な方々だねえ。姫、ちょっと手荒な出航になりますが?」
全ての機能が問題なく動くことを確認し、アンディはラクスを振り返った。
目で問われたラクスは頷き返す。
笑みを消して静かに前を見据えた彼女は、高らかに宣言した。


「エターナル、発進してください」



それは、クライン派勢力の新たな旗揚げ。