『本部より緊急入電です。ブリッジへおいで下さい』

クルーゼはそんな呼び出しを受けて部屋を出て行った。
足音が遠ざかったことを確認したフレイは、そっと執務机の引き出しを開けてみる。
…青と白のカプセルが詰まったケース。
何の薬なのだろうか?
いつも飲んでいることからして、常備薬か何かとは思うが。
薬を元通りに片付けて机の上に目を移す。
そこには、1枚のデータディスクが乗っていた。



ブリッジでエターナルの反乱を知ったクルーゼは、内心で笑んだ。
(傑作だな、ザラ議長殿)
奇跡の生還を果たしたアンドリュー・バルトフェルド。
彼を新型艦の艦長にしたのは、誤りだったようだ。
「追撃命令が出ていますが…」
本部の司令を聞いていたクルーが尋ねる。
クルーゼは宇宙図を確認すると首を横に振った。
「このヴェサリウスといえど、あの足には追いつけん。ヤキンに任せるしかなかろう」










-月と太陽・33-










解放出来ないゲートを主砲で吹き飛ばし、エターナルはドックから宇宙へと飛び出した。
「ダコスタは?!」
「まだです!…あっ、来ました!」
すぐ傍の別ゲートから小型機が飛び出す。
『隊長!』
通信回線が繋がり、アンディは満足げに頷いた。
「よし。機体を収容後、機関最大!」
「「了解!」」
まもなく小型機がエターナルの格納庫へ収容され、艦は最大出力でプラント本国を後にする。
カナードが艦の速度に感心していると、後ろで扉の開く音がした。
入ってきた人物は、ダコスタともう1人。

「アスラン。大丈夫ですか?」

ラクスがアスランを出迎えた。
アスランは彼女の姿に目が点になる。
「ら、ラクス?!」
アンディが椅子ごと振り向いた。
「ようこそ歌姫の船へ。指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ」
「…はあ」
様々なことが同時に起こり、アスランは思考が混乱して気の良い返答も出来ない。
しかし視線だけは、ラクスが座り直した艦長席の隣りへ向いていた。
「貴方は…」
ホワイトシンフォニー劇場跡で出会った、黒一色だと記憶している人物。
そしてキラが、言葉の端々に名を出していた人物だ。

「お前、どうやってプラントに来たんだ?」

その彼に突然話しかけられ、アスランは反応が遅れた。
…こちらを見た眼は、やはりキラと同じアメジスト。
「あの、どう…とは?」
質問の意味が分からず聞き返したアスランに、カナードはもう1度尋ねる。
「ジャスティスは置いて来たんだろ?」
「ああ、はい。AAでシャトルを借りて…」
「で、ヤキンでとっ捕まったと」
「……そう、ですね」
キラが途中まで送ってくれましたが、と付け足すと、カナードはモニターへ視線を戻した。
「ふぅん。ってことは、その辺にいるな」
「カナード?」
まるで当然の如く呟かれた言葉に、ラクスが首を傾げる。
アスランは困惑の表情を隠しきれない。

「ヤキン防衛戦よりMS!数50!」

クルーの声にモニターを見ると、"ENEMY"と示す多数の熱源が。
「やはり、そう簡単に通しちゃくれんか…」
アンディはふっとため息をつき戦闘準備を指示する。
「全チャンネルで回線を開いてください」
その背へ声をかけたラクスは、敵として向かって来る全ての兵士へと話しかけた。


『 私は、ラクス・クラインです。

願う未来の違いから、ザラ議長とは敵対する者となってしまいましたが、

私はあなた方と戦う意思はありません。

どうか船を行かせてください。

そして皆さんもどうか、"何と戦わねばならぬのか"、考えてみてください 』


ほんの一瞬、MSの動きが止まったと思ったのは目の錯覚か。
「突然言われてもねえ…ま、当然だろうな」
再度ため息をついたアンディは前を見据える。

「迎撃開始!」





モニターには"ENEMY"の文字。
ヤキンのすぐ傍で様子を窺っていたキラは、突然何事かとそちらへ目を凝らす。
「…対戦艦?」
ヤキンから発進してゆくジンは、艦隊砲撃用の重装備。
しかし、プラントの方角へ飛んでいくのは何故だろうか。





「前方よりMS、数7!」
「主砲照準、撃てぇー!!」
「後方よりなおもMS!ミサイル、来ます!!」

ブリッジで忙しなく飛び交う声。
アスランはエターナルの旗色の悪さが気にかかった。
「この艦にMSは?!」
アンディへ尋ねたが、彼の返答はNO。
「生憎と出払っていてねえ。この艦はジャスティスとフリーダムの専用運用艦だ」
「え?!」
驚くアスランに苦笑を返し、アンディはラクスを挟んで隣りのカナードを見る。
「そして月の女神様も合流はL5の外だ。悪いねえ」
「……」
本日2度目の女神発言。
カナードはとりあえず、眉を顰めるだけに留めた。

「右舷後方よりミサイル!迎撃、間に合いません!」
「ミサイル当たります!」

その声に誰もが唇を噛み締める。
…ただ1人、カナードを除いて。



ドォンッ!!



艦を大きな衝撃が襲った。
「きゃっ!」
その衝撃で倒れそうになったラクスを、アスランは咄嗟に動く左手を出して支える。
「…ありがとう」
礼を述べてまた前を向いた彼女。
なぜラクスは、こんなにも強いのだろうか。
「やっぱりその辺にいたか…」
またも呟かれたカナードの言葉に、アスランは衝撃の割に艦が大きな損傷を受けていないことに気づく。
今も、艦の周りではビームの閃光とミサイルの爆発が断続的に起こっているのに。
…そんなアスランの視界を掠めたのは、白いMS。
「キラ?!」
思わず叫んだ声に答えるように回線が開く。

『こちらフリーダム、キラ・ヤマト』

ラクスが立ち上がった。
「キラ!」
『えっ、ラクス?』
「はい!」

大きく頷いた彼女の横には、アスランと…会いたくて止まなかった人の姿が。

「カナード…久しぶり」

限界までささくれ立っていた刺が、消えていく。
キラは心の中で安堵の息をついた。
…間に合った。
狂気に染まる前に、歯止めが掛かってくれた。

『よう少年!元気だったかい?』

続いて聞こえた声に、キラは心底驚く。
「バルトフェルドさん…?!」
かつて自分が討った砂漠の虎が、生きていた。





無事L4へ抜けたエターナルは一路、メンデルへ向かう。
「"メンデル"…?」
向かう先をラクスたち同様ブリッジで聞いたカナードは、それを小さく繰り返した。
…大規模なバイオハザード事件で廃棄されたコロニー。
だが、本当にそれだけか?

『違う』と叫ぶのは、記憶の底に沈んだ過去。

「カナード?」
宇宙図を見ながら黙り込んでしまった彼に、ラクスは声をかける。
しかしカナードは何も言わずブリッジから出て行ってしまった。
その後ろ姿を、ラクスは憂いの混じる表情で見送る。
同じくそんな彼女を複雑な表情で見守るアスランは、並進するフリーダムを視界に納め、そして思い出した。
「そういえば…」
疑問は言葉として出る。
「どうかなさいました?」
ラクスが首を傾げてアスランを振り返った。
尋ねられたアスランは口籠る。
「いえ…キラも同じことを言っていたので、気になったんです」
「同じ、とは?」

時を別としていたはずの彼らは、同じように"メンデル"という単語に反応を示した。
それは、偶然?





メンデルの内部。
ドックにてAA、クサナギ、エターナルのクルーが顔を合わせた。
「AA艦長、マリュー・ラミアスです」
そう敬礼したマリューは、改めて目の前の人物を見る。
「しかし…驚きましたわ…」
目の前にいるのはかつて戦った、あの砂漠の虎。
アンディは肩を竦めた。
「お互い様さ。僕がここにいるのは優秀な部下と姫と…ジャンク屋のおかげでね」
必要な生活物資の補給はジャンク屋に頼んでいる。
どちらの陣営にもつかない、という点は、自分たちとそう変わりない。
「ジャンク屋といえば…カナードはそっちか?」
マリューの横でエターナルクルーを見回したフラガが尋ねる。
予想外というか、ラクスが頷いた。
「ハイペリオンについては、彼らに頼みましたから」
この歌姫も底が知れない。
一体誰が、戦艦を奪って逃げて来ると思っただろう?





3隻の戦艦を一様に眺めることの出来る連絡通路。
キラはそこでカナードが戻ってくるのを待っていた。
『トリイ!』
肩に止まっていたトリイがバサリと飛び立つ。
トリイは連絡通路へ繋がる内部通路の入り口で、入ってきた人物の手に止まった。
キラはその姿を認めて笑みを浮かべる。
「おかえり、カナード」
当のカナードは特に何も返さず、トリイはキラの手に舞い戻った。
自分の手に乗ったトリイを見せるように軽く持ち上げ、キラはふと笑う。

「これ、ね。フレイが持っていてくれたんだ」

突然何の話かとカナードは内心で首を傾げた。
…彼は、地球での出来事は何も知らない。
「スピネルと一緒に転属になったらしいんだ。アラスカで。
それでAAにはいられなくなったけど、それまでずっと…僕らを待っていてくれたんだって」
「…あのフレイ嬢が?」
彼の表情から、半分程度しか信用していないのがよく分かる。
それにクスクスと笑いを漏らしたところへ、反対側の通路からラクスがやって来た。
「キラも、ご無事で何よりですわ」
彼女の手を取ってブレーキをかけさせ、キラも笑みを返す。
「いちおうは、ね。ラクスも大丈夫だった?」
返事は来ない。
「…ラクス?」
顔を俯けてしまったラクスに、キラはもう1度声をかける。
しかし彼女はただ黙っているだけ。
そしていつの間にか、腕をラクスに掴まれていて動けない。
「…ラクス嬢」
ため息のようにカナードが声を発する。
それにピクリと肩を震わせた彼女の頬を、キラリと光るものが伝った。



別の連絡通路から3隻の船を眺めていた、カガリとアスラン。
カガリはひょいと手摺から身を乗り出して、キラたちの様子を窺う。

「しかし凄いな、あの子」

ザフトの最新鋭艦。
歌姫と呼ばれる人物が戦艦を強奪するなんて、誰も思わない。
アスランもラクスたちを見つめた。
「…ああ。強いな、彼女は」
カガリが振り返る。
「いいのか?婚約者なんだろ?」
尋ねられた表情が、微かに曇ったような気がした。
「…元、ね」
「アスラン…?」
彼の視線は、3人から外されることがない。
「ラクスに必要なのは…俺じゃないから」
劇場跡で再会した彼女が見つめていたのは、自分ではなかった。



肩を震わせ、ラクスは本当に小さな声でキラへ告げた。

「父が…死にました」

その言葉を飲み込む前に、キラの視界で彼女の長い髪が翻る。
「「?!」」
腕を掴まれたままのキラは、突然動いたラクスの動きにガクンと引っ張られ。
同様に、突然彼女に抱きつかれたカナードも何事かと驚く。
ラクスの動いた軌跡を示すように、光る水が点々と宙に浮かんでいた。
「私は…、たった1人の父を…っ」
嗚咽を堪え、ラクスは声を震わせる。

失う痛みなど最初から捨てたカナードと、人物をたった1人に限定したキラ。
彼らにとっては、甘いとしか思えない彼女の言葉。
…それは、戦場を知らぬ者の言葉だ。
けれど口には出さず、2人はラクスが泣き止むまでずっとそこに居た。

第三勢力の平和へのシンボルであり、実質的リーダーであるラクス・クライン。
彼女にはこの先、悲しむ暇など与えられはしない。


刻一刻と戦いの足跡が近づいて来る、こんな時だからこそ。