月面上空にて、戦闘シミュレーションを行うドミニオン。
ナタルはクルーたちの反応の遅さに思わず怒鳴る。
「反応が遅すぎる!これでは初陣で沈められるぞ?!」
自分の指示が早いわけではない。
こんなもので満足していたら、あのヴェサリウスですら落とせない。
…すでに、あれ以上の新型艦が出て来てもおかしくないのだ。
黙り込むクルーにため息をついたところへ、通信士から声が掛かる。

「本部から入電。追加部隊が到着したとのことです」



ドミニオンの格納庫へ入った4機のMS。
珍しくアズラエルから、ブリッジまで着いて来いという命令が来た。
ストライクから降りたスピネルは、シャニたちが降りてくるのを待つ。
「なあ、ブリッジまで行ってどーすんだよ?」
ひと足先に降りたクロトが、物珍しげに周りを見回しつつ尋ねた。
しかしそう聞かれても、どうでもいい答えしか出て来ない。
「…顔見せとか?」
「はあ?」
怪訝そうなクロトの後ろで、降りて来たシャニとオルガも同じように周りを見回す。
「あ、結構広い」
「ブリッジってどっちだ?」
自然と視線はスピネルへ集まり、頷いた彼を先頭に4人は格納庫を出た。










-月と太陽・34-










「すまんな。気合いが入っているところを」
「いえ…」
入ってきた上官へ敬礼を返し、ナタルはその隣りにいる人物へ視線を移す。
…戦艦には似つかわしくない、スーツにネクタイを締めた金髪の男。
その人物は、観察するようにブリッジの中を見回している。
ナタルの視線に気付いた上官が紹介した。
「ああ、この方は国防産業理事のムルタ・アズラエル氏だ。君もお名前くらいは聞いたことがあるだろう」
「……」
確かに知ってはいる。
だが尊敬やら好意やら、そういったものとは無縁な位置にあると断言出来る。
(ブルーコスモスの盟主が、なぜこの艦に…?)
連合の軍人としてザフトと戦っているが、ナタルは軍人であることに誇りを持っている。
そしてAAにいたというのもあるが、一方的な偏った考え方は嫌いなのだ。
ブルーコスモスのように、コーディネイター全てを『非』と出来ない。
…キラとカナードを『是』とするわけでもないが。

ふいにアズラエルの目がナタルへ向いた。
「しかし艦長さんがこんなに若くて美人だとは。粋な計らいってやつですか?」
揶揄された言葉に、思わず視線が鋭くなる。
だが続く上官の言葉には、もやもやとしたものが胸の内に広がった。
「ご心配なく。彼女は優秀です。この家は代々軍人の家系でして。
それにドミニオン配属の前は、あのAAで副長の任についていました」
AAの名を聞く度に。
「いえ。それは…」
口籠るナタルを、アズラエルは面白そうに覗き込む。
「へえ、勝手知ったるってことですか。それはいい」

アズラエルの後ろにあるブリッジの扉が開き、4人の人間が入ってきた。
内1人がよく見知った人物であることから、彼らがパイロットであることが分かる。
…他の3人は、三者三様に目つきが悪いというのが第一印象か。
わずかに顔を後ろへ向けて彼らを確認したアズラエルは、相変わらず笑みを浮かべてナタルへ告げた。

「しっかりしてくださいよ?僕らこれから、そのAAを落としに行くんですから」





コロニーメンデル、AAのブリッジ内。
集まったキラやラクス達は、それぞれ今後の展開について話し合っていた。
「これからどうするか…か。難しいな」
腕を組み呟いたフラガは、言葉と共にため息を吐き出す。

今は亡き、ウズミ・ナラ・アスハから託された様々なもの。
平和を願う地球、プラント双方の人々の心。
たった3隻の混合勢力に、一体何が出来るのか。

「…たぶん今のままでは、ただ戦うだけで何も変わらない」
キラは軽く目を伏せ、しかし心中ではまったく別のことを考える。
(このコロニーは何…?)
AA、クサナギ、そしてエターナルがこの場所を拠点にしてから数週間が経つ。
たとえ艦内にいたとしても、心が落ち着かない。
それがここへ来て以来ずっと続いていて、言いようの無い焦燥感が胸を焼く。

ラクスや他の仲間たちに、それを気付かれていない自信はある。
けれどカナードもまた、普段とまったく様子が違う。
ハイペリオンが数ヶ月ぶりにAAへ戻ってから、彼はいつもこのコロニーの奥が見える場所にいる。
そこにある"何か"を探し求めるように。
…奥を見ないようにしているキラとは違って。

「ナチュラルとコーディネイター。争う理由がなくなることはないのかしら…?」

マリューの声に、キラは思考を引き戻された。
アンディが肩を竦める。
「どうだろうねえ。今はもう、地球側はブルーコスモスだらけのように見えるが。
"蒼き正常なる世界のために"って、何が"正常なる世界"なんだか」
コーディネイターを全て消し去った世界が、"正常"だとでも言うのか。
「そんな人間だけじゃないと頭では分かっていても、実行するのは難しい。
プラントはプラントで同じだしねえ」
「そうだろうな…」
相槌を打ったところで、フラガは自分が無意識のうちに"誰か"を探していることに気がついた。
ここで思い出したのは、おそらく。
「ナチュラルでも、容姿とかで勘違いされて狙われるらしいからな。ブルーコスモスに」
隣りでマリューが息を呑んだのが分かった。
敢えて何も言わず、今度はラクスへ問いかける。
「プラントにナチュラルはいるのか?」
ラクスは頷いた。
「ごく少数なら。第一世代の子があることを理由に、両親も標的にされます」
これではもう、戦争云々の問題ではない。

コーディネイターを生み出したのはナチュラルで。
ナチュラルへの優越感を持つのはコーディネイターで。

終わりのない醜い感情の連鎖。
知らずブリッジは沈黙に包まれていた。
「…酷い世界だわ……」
自分の腕を抱いて、マリューは絞り出すようにそう言った。
ラクスは俯いたままのキラの肩へそっと手を置き、ふわりと笑いかける。
「私たちで作りたいですわね。そうではない世界を」

キラは曖昧に頷くしかなかった。





月面基地を出立し、1時間ほどが経った。
ブリッジの窓から外を眺めていたアズラエルは、ナタルを振り返る。
「あとどれくらいですか?例のコロニーへは」
「もうじきです。しかし…」
尋ねにくいのか黙り込んだナタルを、今度は身体ごと振り返ったアズラエルが訝しげに見遣る。
ナタルは息を吸い意を決した。

「本当に信用出来るのですか?根拠のないプラントからの情報など」

…L4コロニーの1つに、第三勢力が拠点を張っている。
その情報はプラントからもたらされたものだと言う。
軍人から見ればはっきり言って、罠だと思わない方がおかしい。
するとアズラエルは大袈裟に息をついた。
「僕が信用出来ると判断した、それが根拠だ。だからこの艦はそこへ向かっているんでしょう?」
「しかしっ!」
そして言い募るナタルを正面から見据える。
「貴女は確かにこの艦の艦長さんかもしれない。でもね、上には上がいるんですよ。
戦争という対局を見据えて、全ての駒を動かす人間がね」
「…!」
先に立って戦う人間を、"駒"と言うのか。
ぐっと唇を噛み締めるナタルに、アズラエルは口の端を吊り上げた。
「僕の言うことを聞くようにって言われているでしょう?そこんとこ、よろしく頼みますよ」
険しい表情のナタルを尻目に床を蹴った彼は、ブリッジから出ようと扉の前に立つ。
しかしこちらが開ける前に扉が開き、入ろうとしていたスピネルと鉢合わせた。
アズラエルを見上げたスピネルは、嫌みを混じえた笑みを浮かべる。
「嫌なオブザーバーだな」
だが、今に始まったことではない。
「何を今さら」
軽く流したアズラエルはブリッジを出て行った。
ナタルは苛立たしさに拳を固く握る。
まずモニターを確認してから、スピネルは艦長席の横へ降りた。

「真面目だな。バジルール艦長は」

真面目でないなら何なのだと言い返すところだが、生憎と今のナタルにそこまでの余裕はない。
スピネルは腰に手を当て、少し考えた。
「なあ艦長、"プラントの情報だから信用出来る"って考えてみたら?」
思いもよらぬ言葉に、ナタルは顔を上げてスピネルを見る。
「アラスカの時のことを考えてみれば、そうだろ?
『なぜ上層部は、本拠地を自爆させるなんて大胆なことが出来たのか?』」
ナタルはようやく事を悟る。
…アラスカ防衛線。
考えてみれば何故、上層部はザフトが大軍で攻めて来ると分かったのだろう?
聞けば、プラント側は直前になってアラスカへ標的を変えたと。
「プラント側に造反者が…?」
そう考えれば納得がいく。
スピネルは再びモニターを見上げた。

それはつまり、連合側でもあり得ることだ。

「AAが造反…ねえ。捨て駒にされれば普通、そうなるよな」
L4コロニーに拠点を置く第三勢力。
つい最近になって、新たにプラント側の艦が加わったらしい。
「なぜAAが…」
思わずナタルの口を本音が突いて出た。
任務ならば、遂行せねばならない。
けれどあの艦は。
「バジルール艦長」
迷うナタルの心中を察しているかのように、スピネルの強い声が響く。

「撃った後じゃ遅いんだ」

まるで、全ての的を射ったような。
ナタルは驚きのままにスピネルを凝視する。
声と同じく、まっすぐにこちらを見る彼の目は真剣そのものだった。
「MSは1対1みたいなもんで、生死もほぼ100%がパイロット自身の腕だ。
けど戦艦は違う。艦長が指揮を執り情報を的確に処理し、艦の方向を全て決める」
いつの間にか、他のクルーたちもスピネルの話に引き込まれていた。

「艦は1人じゃ動かせない。だからブリッジのクルーから整備士まで、全てのクルーは艦長に命を預けてる」

艦長の命令1つで、艦1つに乗る全ての人間の命が左右される。
だから艦長は、全てにおいてクルーの命を守ることを前提にしなければならない。
…撃たれたのなら、撃ち返さねば。
クルーの命を守ることは即ち、任務の遂行へ繋がる。
スピネルは自嘲を交えた笑みを口元に乗せた。
「自分で撃って後悔するなんて、それこそバカのやることだぜ?」

そのバカを最もやらかしそうなのが、自分なのだから。





プラントに残る同志たちからの物資類が届き、第三勢力の面々はその積み込み作業に入った。
フラガはM1部隊に混じって作業を手伝う。
『少佐!そんなことは私たちがやります!』
それに気づいたアサギが止めようとしたが、フラガは笑ってそれを押し止めた。
「いいっていいって。これも訓練の内だ。それに、君たちみたいな子供にばっかり任せられないだろ?」
『……』
アサギはムッと唇を尖らせる。
けれどもう止めようとはせず、AA側へ移動しようとするアヌビスの踏み台をM1で作ってやった。
礼を言ったフラガは、自分1人しかいないコックピットの中で心底自分に呆れる。
(こりゃ重症だな…)
MSの集まる場所で、ストライクの姿を探してしまっている自分に。
あれに乗っていた彼は今、どこにいるのだろうか。



「エターナルはフリーダムとジャスティスの専用運用艦ということなので、その2機はそちらで」
『分かりました。そちらの積み込みは終わりましたか?』
「ええ、出撃が出来る程度には」
『クサナギも大体が終了した』
『生憎とこっちはまだかかりそうだ。なるべく急がせるが…』

3隻の艦長たちがそんな会話を交わす。
エターナルへフリーダムとジャスティスが着艦し、アヌビスがAAへ着艦した。
マリューがそれを確認したところへ、内部回線が割り込む。

『艦長、発進許可をくれ』

「カナード君?!」
ミリイやサイといった他のクルーも、何事かとモニターを見上げた。
「発進許可を…?理由は?」
いつ連合・ザフト双方に見つかるか知れないこの状況の中で、戦力の分散は避けたい。
モニターに映るカナードは首を小さく動かして、コロニーの奥を示した。
『ここの内部と…反対側の港が気になる。ザフトが入って来るとすればあちら側からだ。
それに、ここに誰もいないという保証はない。偵察には遅すぎるけどな』
…正論だ。
今自分たちがいるこの港口に誰もいなかった、というだけなのだ、実際は。
マリューは首を縦に動かした。
「分かりました。発進を許可します」



エターナルのブリッジで奥へ向かうハイペリオンを見たキラは、驚きを隠せなかった。
「カナード…っ?!」
慌ててAAへ繋がっているモニターを仰ぐ。
そこに映るマリューは、予想外だとでも言うように表情が険しかった。
「マリューさん?」
キラの声に、彼女は気を落ち着けるために目を閉じる。
『ここの内部に入ると…回線が通じなくなるようなの』
「!」
つまり今現在、ハイペリオンとの連絡は途絶えている状態。
目に見えて不安を訴えるキラに、ラクスは首を横に振って告げた。
「貴方まで行かせるわけにはまいりませんわ、キラ」
これ以上の戦力分散は、こちらの勢力存続にも関わる。
…不安を訴える目は、ラクスも同じだった。
キラは艦長席の背もたれに置いた手を握り締める。

(この奥に一体何があるの?!カナード!)


彼はなぜ、そんなにもメンデルの内部を気にしていた?