「艦影捕捉!うち1つをAAと確認!」

メンデルにほど近いデブリ帯。
そこに潜むドミニオンのブリッジで、そんな声が上がった。
アズラエルは嬉しそうに呟く。
「ビンゴ。しかも僕らの方が早かったみたいですねえ。これはラッキー」
ザフトの影は未だない。
複雑な心中のナタルを他所に、アズラエルは隣に立つ研究者らしき人物へMS部隊の発進を命ずる。
「こっちも発進準備だ。今日こそちゃんと仕事をさせないと。
スピネルに至っては、また機嫌を損ねますから」
ナタルは"また"という言葉が気になった。
アズラエルは再び艦長席を見上げる。
「船の方は落としちゃって構いません。僕の目的は例の2機のMSだ。
あのパワー…核エンジンを持っている可能性が高い。壊さずに頼みますよ」
ナタルは自分の少し下にいるアズラエルへ目を向け、何も返さずまた前を向いた。

「対戦艦用意。イーゲルシュテルン、バリアント起動。ミサイル発射管、全門スレッチハマー装填。
ローエングリン照準…AA級一番艦、アークエンジェル」

同型艦のAAとドミニオン。
戦局を左右するのは、迅速な判断力。

「ドミニオン、発進!」










-月と太陽・35-










「これがエターナルの予測進路です」

ヴェサリウスのブリッジにある周辺宙域図が、エターナルの軌跡と予測進路を示す。
赤い線で点々と描かれた線は、L4域でピタリと止まった。
クルーゼはそこに居るであろうエターナルを示す点に、深々と考え込む。
「L4コロニー群か…。厄介な場所に逃げ込んだものだな」
その隣りに控えるのは、捕虜であるはずのフレイ。
…自分でも、この扱いの受け方が妙なことぐらい分かる。
分かっていてもどうにもならないのが現状だ。
艦長のアデスもまた、エターナルが入ったらしい廃棄コロニーに眉を顰めた。
「またあの"メンデル"ですか。あそこにも困ったものですな。
妙な事件が起きたり、妙な連中が根城にしたり…」
「仕方なかろう。そのままにしてきた我々にも非はある」
考えがまとまったのか、クルーゼはエターナルの航跡を辿るように地図の上に指を走らせる。
「他にも別の艦がいるという情報もある。デブリに隠れて近づけるところまで近づくとしよう。
連合側が先に追討に入っているかもしれん」
「はっ!」



いつものようにクルーゼの執務室へ戻る。
椅子に腰を落ち着け大きくため息をついたクルーゼに、フレイはほんの少し意外なものを感じた。
「…疲れてるんですね」
仮面をつけているせいで、表情など窺えない。
クルーゼは横に移動して来たフレイに視線を向ける。
「我らとて生身の人間だ。戦場から戦場へ…終わりの見えない道を歩けば疲れるさ。
早く終わらせたいものだよ、こんなものは」
何週間か前からこの机に置いてある、黒いデータディスク。
それをくるりと回して弄び、クルーゼは独り言のように口にした。

「…そのための"鍵"は手に入れたが、これだけではまだ"扉"は開かん」

聞き慣れぬキーワードに、フレイはディスクとクルーゼを交互に見やる。
(鍵…?戦争を止める…?)
それに気づいたクルーゼはふと笑って、ディスクをフレイへ渡した。
「君に預けておこう。くれぐれも大事にな」
いつものようにカプセル薬を飲み、クルーゼはまた出て行った。
フレイは渡されたディスクを見つめる。

「戦争を終わらせる…鍵…」

自分がこのディスクの中身を見れたとしても、きっと読み取ることなど出来ない。
「キラなら…」
コーディネイターでデータ解析の成績もトップクラスだった彼なら、分かるだろうか。

久しぶりに声として出した名前は、一種の呪文のよう。
この部屋に1つだけある窓辺に寄って、フレイは星の散らばる宇宙を視点を定めずに望む。
「キラ…。トリイは、ちゃんとサイから受け取った…?」
あれは、いつのことだったか。
「カナードさんも、そこにいるんでしょう…?」
自分の憎しみをいとも簡単に去なしてしまった彼らは、今どこにいるのだろうか。
「スピネルさん…」
それよりも前に転属になった、彼は。
「…っ」
頼れるものは自分だけのこの場所で、泣くまいとしていたはずなのに。
「アーク…エンジェル…」

あの場所に、帰りたい。





AA、クサナギ、エターナルの艦内に警報が鳴り響く。
しかしレーダーが示す方角は、プラントではない。
「マーク11、オレンジα、大型の熱量を感知!戦艦クラスと思われます!」
AAの内部に第一戦闘配備が敷かれる。
サイはなおも索敵を続行した。
「ライブラリ照合。…?!データありません!」
マリューは虚空を映すモニターを睨みつける。
「クサナギとエターナルは?!」
『クサナギは出られる!』
『こっちはまだ最終準備が完了していない!』
エターナルへの物資積み込みが、予想以上に手間取っているようだ。
「こちらが先に出ます。エターナルは準備を急いで!
敵が連合かザフトか分かれば、相手の目的も分かります」
見えぬ敵を見据えて、マリューは指示を出す。
「対戦艦用意、イーゲルシュテルン起動。バリアント、ゴットフリート照準。
コリントス装填、1番から4番。ローエングリン照準!」
相手の位置が正確に掴めない今の状態では、照準を合わせられない。



「バリアント照準、撃てぇっ!」

ドミニオンの放ったバリアントは、港の入り口付近へ直撃した。
港は半壊し、浮上していなかったAAは爆発の衝撃をまともに受ける。
「AA発進!港の外へ出る!」
コロニーにいては、満足に反撃も出来ない。

その見えぬ敵からの通信は、誰が予想したか。



完全にドミニオンの射程距離に入ったAA。
ナタルは徐に通信機器を取ると、良く知るコードへ向けて通信を開いた。

『こちら大西洋連邦所属宇宙戦闘艦、ドミニオン。AA、聞こえるか?』

敵からの通信に驚いたのではなく、その声に驚く。
誰もが"まさか"と思う中で、最大値までレンズを絞ったカメラにようやく1つの艦影が浮かび上がった。
「敵戦艦の光学映像、出ます!」
ミリイの声に切り替わった画面に、鏡を見ているような気分になる。
「アーク…エンジェル…?同型艦…?」
開いた映像回線に映るのは、やはり"彼女"だった。
「ナタルッ?!」
「バジルール中尉…?」
アラスカで転属になったナタルは、本部から"捨て駒にするには惜しい"と判断された者。
彼女が艦長の器に相応しいことを1番良く知っているのは、マリュー自身だ。

『お久しぶりです、ラミアス艦長。このような形でお会いすることになり…残念です』
「…そうね」

"戦場ではないどこかで"。
そう言って別れた仲間が、目の前に敵として居る。

『本艦は、反乱艦である貴艦の無条件降伏を要請する。…アラスカでのことは自分も聞いています。
ですがどうか、もう1度軍本部と話を。及ばずながら私も…弁護いたします。
本艦の性能は……よくご存知のはずです』

撃ちたくないものを撃つ。
軍人であるからこそ、人を殺すことを許される。
だが任務だと割り切っても、人の命はそう軽くはない。
…戦場とは、そういうものだ。
そして確固たる信念を持って離反した者は、如何なることがあろうともそれを貫き通す。
マリューの回答は、ナタルの予想した通りのものだった。

「ありがとう、ナタル。けれどその申し出を受けるわけにはいきません。
…アラスカのことだけではないのよ。私たちは、"地球連合軍そのもの"に疑念があるの。
よって、降伏、復隊はありません!」

予想していても、苦いものは残る。
無言でモニターを見つめるナタルの耳に笑い声が響いた。
『何を始めるのかと思って聞いていれば…お笑い種ですねえ。敵だから撃ちに来たんでしょう?』
『しかしアズラエル理事!』

まだ閉じられていない回線から聞こえた、ある人物の声と名前。
第三勢力の大部分の人間が、その名前に反応を示した。
「アズラエルですって…?!」
自分の後ろで首を傾げるサイとミリイへ、マリューは言いたくもない事実を告げる。
「ブルーコスモスの盟主よ!」
「「!」」
回線の向こうで、なおもその声は続けた。

『分からないから敵になる。敵になったなら撃つ。それが戦争でしょう?
分からないから戦う。そうして相手を消した方が勝ちだ』
『理事!』
『カラミティ、フォビドゥン、レイダー、発進用意。スピネル、貴方も好きに暴れちゃってください。
ああ、ついでにあの艦に何か言っておきますか?いちおう世話になった艦でしょうし』

AAのクルーだけでなく、カガリもその会話にハッとした。
「スピネルだって…?!」
クサナギの艦長席に座るキサカも、複雑な表情を隠さない。
一方で、フリーダムで待機していたキラは特に驚きはしなかった。
(やっぱり…)
彼がアラスカで中央司令部へ戻ったと聞いたときに、もっとも重要な艦に配属されるのではと思っていた。
そして同じく転属になったナタルが乗っているあの艦は、連合軍で最も性能の高い艦だ。
…他の全ての艦を率いる旗艦となりうるもの。
今最も複雑な心境にいるのは、やはり。
「少佐、大丈夫ですか?」
尋ねてみると、返答の声は動揺を滲ませていた。
「…いや。実はあんまり」
フラガはAAのブリッジモニターに映るドミニオンを注視する。
予想していなかったわけでもないが、現実を突き付けられるとそれはまた別で。
アヌビスの出力レバーを握る手に力が籠る。
「…少佐」
再びキラの声が聞こえてきた。

「何よりも心を占めるなら、何よりも優先して下さい。
たとえそれが…味方に大きな損失を与えることになっても」

絶対に撃ってはいけない。
他の誰が何と言おうとも、自分がそう望むのなら。
「…撃つな、か」
けれどキラのその言葉が、妙に現実感に溢れているのはなぜだろうか。
まだ切られていないドミニオンの回線に、よく知る声が割り込む。

『お前な…嫌みかよ』

ストライクのコックピットで、スピネルは話を振るなというニュアンスを込めて呟いた。
『まさか。親切心と言ってください』
『…嫌みだな』
アズラエルの性格をよく知っているので、ばさりとそう切り捨てる。
『言うことなんてないな。俺が何か言ってAAが降伏するわけでもないし。
却ってあっちの武器を握る手が緩むだけだろうしさ』
『それは良いことの内でしょう?』
『俺は良くない。さっさと発進許可出せよ、ムルタ。いい加減苛つく』

プツリ、とまるで図ったように回線が切れた。
「くそっ!」
フラガは予想した通りの声に、苦々しい思いを隠せない。
MSのモニターでも感知出来るほどに近づいたドミニオンには、"ENEMY"の文字がくっきりと浮かび上がっている。
…軍人として割り切れるのだ、"彼"は。
フラガはブリッジへ回線を繋ぐ。
「艦長!俺たちも出るぞ!」
『少佐?!』
必要以上に驚いたマリューを見れば、スピネルの声に耳を疑っていたのだろう。
あの冷めた声は、彼が"敵"に対して向けていたものだという事実に。
「バジルール副長の艦は手強い。それに…ストライクに取り憑かれたら終わりだ」
真実であるその言葉は、まるで重い枷。
『…分かってるわ。ゴットフリート、バリアント照準!ドミニオン!』


整備が終わらないエターナルを残し、AAはドミニオン撃墜へと出撃した。