港からどれだけ離れたのだろうか。
正確な距離は分からないが、ここまで見て来たのは赤茶色の地面だけ。
人影は愚か、建物すら見ていない。
(何もなさすぎるな…)
殺風景な地表を見下ろしながら、カナードはハイペリオンの高度を下げてみる。

大規模なバイオハザードで破棄され、しかし破壊作業を行われることなく放置されたコロニー。

「…ちっ」
"バイオハザード"という言葉に嫌な記憶を思い出し、軽く頭を振る。
コロニーだけあって内部は広く、反対側の港口はまだ見えて来ない。
ザフトが侵入したらしい反応もないので、何事もなく引き返すことになるか。
「!」
そう思った矢先、地表に工場群が広がった。
鉄の鈍い光が至る所で反射し、空気循環がうまく行っていないのか粉塵が砂嵐のように舞い上がっている。
赤茶色の粉塵は辺りを覆い、一帯は見通しが悪い。
その地点を抜けたところでようやく、建物らしい建物を見つけた。

5階程度の高さで、円筒形の建物。
カナードは、中を調べてみようとハイペリオンを建物の影へ着地させた。










-月と太陽・36-










『カラミティ、レイダー、発進よし』
『フォビドゥン発進よし、ストライクはランチャーを装備』

ドミニオンから4機のMSが射出された。
どれを撃つかとモニターを物色しながら、クロトは器用に片眉を上げる。
「なあ、生け捕れって言われたっけ?」
「言われたな」
クロトの問いに答えつつ、スピネルはコロニーの方角へランチャーの照準を合わせる。
「生け捕るって、片方でいいの?」
シャニが続けるように問いを出した。
「どっちでもいいとは思うぜ。核エンジンに変わりねえし」
「へえ。じゃあもう片方は落としていいんだ」
「まあ…邪魔だし」
オルガが焦れたように怒鳴って来た。
「何ごちゃごちゃ言ってんだよ!行くぜ!」
「OK」

アズラエルから受けた命令は、フリーダムとジャスティスの"捕獲"。
そのためには、余計なものを取っ払った方がいい。
スピネルの視線はAAの後ろから出て来た青系の戦艦、クサナギへ向いた。
(あれは…シャニたちが取り逃がしたヤツか)
オーブ侵攻でオノゴロが自爆する直前、マスドライバーで宇宙へ飛び出した戦艦だ。
「…ん?」
コロニー傍のデブリ帯で、何かがキラリと光った。
(糸…ワイヤーか?固定用かなんかの)
よく周りを観察してみれば、デブリのあちこちでワイヤーがゆらゆらと揺れている。
そういえば、ナタルが引っ掛かるなと言っていたか。
「使えるな…」
コロニーへ向けていたランチャーをクサナギへ移し、照準機で周辺を探る。
AAの右舷後方についているクサナギは、デブリの間を進むコース。
そのデブリの中を漂うワイヤーの長さは、他のものよりもかなり長い。
満足げな笑みを浮かべたスピネルは、少し離れた場所で戦うカラミティへ声をかけた。
「オルガ!ちょっといいか?」



フリーダムとジャスティスは、エターナルから発進するとドミニオンへ向かった。
バスターとアヌビスはAAから発進し、その脇を固める形で連合のMSを撃つ。
『あの3機か!』
アスランの舌打ちが聞こえた。
…オーブ防衛線で苦戦を強いられた、新型のMS。
そしてあの時とは決定的に違う、新たに加わったストライクの姿。
「あの3機よりもストライクに注意して!」
キラはレイダーの攻撃を避けながら、まだあまりドミニオンから離れていないストライクを見る。
(何をする気…?)
構えられたランチャーは、AAを狙っているわけではなかった。



「一体何をする気ですかねえ…?」
アズラエルもまた、ストライクの動きに首を傾げていた。
1人、ナタルだけは気づいたらしい。
「オーブ艦の動きを止めるのでしょう。そうしてくれた方が、こちらとしても有り難い」
「なるほど…」
素直に感心する辺り、実戦時の作戦に関しては無知なようだ。
「フォーカス中尉、そちらは頼んだぞ」
『了解』
…その間に自分たちがやるべきは、あのMSの捕獲だ。
ストライクへ一声掛けると、ナタルはAAの位置を確認した。
「艦首下げ、俯角20、デブリに回り込み背後を取る。
同時にコリントス装填、1番から4番。オレンジ20、マーク10へ5分間隔で発射せよ」
アズラエルは再び首を捻る。
ナタルがコリントスを発射しろと命じた方角には、デブリしかない。
「そんな明後日の方向へ撃ってどうするんですか?」
「分からないなら黙っていてください」
間髪置かずに返され、軽く肩を竦めたアズラエルはその指示に従うことにした。



「なんだよ、スピネル!」
戦いの邪魔をされたためか、オルガの声は不機嫌だ。
スピネルはクサナギの方向をランチャーで指し示した。
「あれ、あの艦を右側から撃ってくれ」
「右から?んなもん直接落とせばいいじゃねーか!」
「だーから、届かないから言ってんだよ!良いから撃ってみろって」
射程距離の問題で届かないのではなく、デブリが多いために届かない。
まだ何か文句を言う声が聞こえたが、オルガはクサナギを右から狙える位置へカラミティを飛ばした。
「そんなに言うなら、何か面白いことが起こるんだろうな?」
「撃てば分かる」
「ああそうかよ!」
変わらず怒鳴り声だが、彼が笑っている気配が伝わってくる。
…実際、戦うこと、相手を撃ち落とすことが楽しいのだ。
カラミティの2門ビームキャノンが、クサナギへ向けて火を噴いた。



「10時の方向から砲撃です!」
「回避!デブリを盾にするんだ!」
カラミティの放ったビームはクサナギへ届くことなく、その手前のデブリに当たった。
砕けた破片がバラバラと艦へぶつかって来る。
「くっ…!」
艦長席にしがみついて衝撃に耐えたカガリは、デブリの破片もそのまま砲弾となることを悟った。
「なおも10時の方向から砲撃!」
取っている進路が進路のため、見通しが悪すぎる。
「砲撃の方向から敵MSの位置を特定!ゴットフリート照準!」
電子戦担当クルーの顔が青ざめる。
「12時の方向から砲撃です!」
「?!仰角20、回避っ!!」
正面からの砲撃を下方へやり過ごした、その瞬間。

ガクンッ!

クサナギが突然動きを止めた。
「なっ、何だ?!」
カガリはその衝撃で、危うく艦長席にぶつかるところだった。
「船体に何かが引っ掛かって…!」
操縦士がハンドルを動かそうと必死になっている。
「振り解けないのか?!」
「…っ、無理です!!」
どれだけハンドルを切ろうとしても、ぴくりとも動かない。
キサカは艦長席の通話機を取る。
「アサギ!船体に何かが引っ掛かった。確認してくれ!」
『は、はい!』



オルガにわざわざ砲撃を頼んだのは、自分が正面からクサナギを撃つため。
「サンキュー、オルガ。おかげでうまく行った」
風のない宇宙で何かを動かすには、外部から力を掛けるしかない。
カラミティの砲撃で砕かれたデブリの破片は、辺りを漂っていたワイヤーを動かした。
長いワイヤーは複雑に靡きながら上方へ広がり、アグニの砲撃がその地点へクサナギを追い込んだのだ。
「へえ、おもしれえ…」
その光景に気を取られていたオルガは、フリーダムがこちら側へ飛んできたのに気づくのが遅れた。
フリーダムを追っていたレイダーのミョルニルが避けられて、見事にカラミティへ当たる。
「…ってめ、クロト!何しやがるっ!!」
「余所見してる方が悪いんだよバーカ!!」
「んだとっ?!」
カラミティの砲撃を軽く避け、レイダーは再びフリーダムを狙う。
「あ、あれ、もう終わりじゃん?」
シャニはワイヤーに絡まっているクサナギに気づき、例の2機を追うのを止めてそちらへ向かった。
「なっ、おいシャニ!てめえっ!」
クロトの文句が飛ぶが、すでに聞こえていない。
ワイヤーを切ろうとしているM1の目の前へ来ると、手にした大鎌を振りかぶる。
だが寸前で襲って来た横からの衝撃に、鎌を振ることは叶わなかった。
…フォビドゥンを攻撃したのは、アスランのジャスティス。
「邪魔すんなよ!」
シャニの攻撃の矛先はジャスティスへ向いた。



一方のAAは、標的であるドミニオンを完全に見失っていた。
「ドミニオンは…?」
先制攻撃を受けたこともあり、AAはまだドミニオンを射程距離に入れていない。
そこへ突然索敵モニターが点滅し、誰もが身を強ばらせる。
「6時の方向に大型の熱源を感知!これは…ドミニオンです!!」
「…っ、いつの間に?!」

巨大なデブリを壁に、ドミニオンはAAの背後へ回り込んだ。

「ゴットフリート照準、撃てぇっ!」
AAのすぐ傍を、ドミニオンのゴットフリートが擦る。
…デブリを盾に躱そうとするAA。
その上方周辺には、ナタルが戦闘開始直後に発射を命じたコリントスがデブリに混じって散らばっていた。
自動追尾機能をオンにされたコリントスは、接近してきた熱源…AAへと猛スピードで飛ぶ。
「AA!」
それを遠目に目撃したキラは、レールガンをコリントスへ向けて放つ。
レールガンの軌跡に沿って爆発していくミサイルは、しかし何発かがAAに直撃した。
「きゃあっ!」
「くっ…、ゴットフリート1番2番、損傷!」

ミサイルの狙いは正確だった。
「いや…すごいねえ、君」
AAがそこへ来ると確信した上でコリントスを撃ったナタル。
その手腕に、アズラエルは思わず感嘆した。
「この程度の作戦、お褒め頂くことでもありません」
だがナタルはあくまで、軍人らしく冷静に返すのみ。
…クサナギは足を止められ、AAの戦力も削いだ。
ナタルはかなり距離の縮んだフリーダムを射程距離に収める。
「あれを捕らえれば良いので…?」
念のため確認すると、アズラエルは頷いた。
「うん。そう」
「ではレイダーとカラミティを」





メンデル傍のデブリ帯に潜む、3隻のザフト軍ナスカ級戦艦。
ヴェサリウスのブリッジで、クルーゼはアデス、イザークと共に再び宇宙図を確認していた。
「どうやら、宴は始まってしまっているようだな」
宙域は砲火が飛び交い、賑やかだ。
「エターナルの姿は見えませんな。それに、地球軍はたった1隻です」
アデスは腑に落ちない様子で、戦闘の模様を映すモニターを見遣る。
クルーゼはふむ、と顎に手を当てて考え込んだ。
「よほど自信があるのか、それとも何か他に目的があるのか…」
そこまで呟くとアデスへ命令を出す。
「私とイザークで、コロニーの反対側から潜入して様子を探る。それまでは待機だ。
ヘルダーリンとホイジンガーも、こちらの指示があるまでは動くなよ」
「はっ、しかし…」
反論しようとしたアデスを軽く手を上げて制し、クルーゼは隣に控えるイザークを見た。
「行けるな?イザーク」
「無論です!」
即座に返って来た言葉に笑みを浮かべ、ブリッジを出るため背を向ける。
「コロニー"メンデル"…。うまく立ち回ればいろいろな事に片がつく」

その言葉の意味が分かるのは、クルーゼだけであろう。





メンデルの港内へ侵入を図ろうとしたダガーを撃ち落とし、フラガは追い込まれるAAへ向かおうとした。
…クサナギはあのストライクによって足を止められ、ジャスティスはそちらを守る事に必死。
そのために、フリーダムが1機でドミニオンのMS部隊を相手にしている。
バスターも港へ近づいて来るダガーを撃つのに手一杯だ。
(ほんっと手強いぜ、バジルール中尉の艦は)
ありがたいのはストライクに乗る彼が、十八番の"石化"を使って来ないことか。

「!」

息をついたのも束の間、メンデルへ背を向けたそのとき"何か"を感じた。
「この感じは…!」
今までに何度もあった、"あの"気配。
ディアッカはいきなりメンデルへ引き返そうとしたアヌビスを呼び止める。
「おいおっさん!どこ行くんだよ?!」
「おっさん言うな!ザフトがいる!」
「?!」
ディアッカの声に律儀にツッコミを入れつつ、フラガはメンデルの港口へ向かう。
バスターも慌ててその後を追った。

引き返して来たアヌビスとバスターに驚いたのは、港内で待機中のエターナルも同じだった。
「どうなさいましたの?」
ラクスはさらに奥へ向かおうとする2機へ回線を開く。
…アヌビスは脇目も振らずにエターナルの横を通過して行った。
代わりのように、その後を追って来たバスターとの回線が繋がる。
「なんかあのおっさんが、ザフトがいるって!」
見失うまいとしているのか、バスターはすぐに奥へ向かった。
ハイペリオンと同様に、回線はプツリと途絶える。

「反対側からザフトか…。こりゃ艦隊が傍にいるな…?」


のんびりしたように聞こえるアンディの独り言は、しかし切迫した状況を的確に語っていた。