「ゴットフリート照準、敵MS!撃てぇっ!」

ドミニオンの砲撃がフリーダムを狙う。
「キラッ!」
それに気付き急行しようとしたアスランだが、目の前にフォビドゥンが立ちはだかった。
『お前!お前!おまえーっ!!』
怒りに思考を支配されているシャニは、辺り構わず屈折ビームを乱射する。
「くそっ!」
そのビームがクサナギやM1に当たらぬようにする。
アスランはそれだけで精一杯だ。
「キラ…っ!!」

フリーダムの逃げ場をカラミティとレイダーが塞ぐ。
『今度こそ貰ったぜっ!!』
カラミティの2門ビームキャノンが、フリーダムの進路を阻むように撃たれた。
それに一瞬気を取られ、背後のレイダーから意識が逸れる。
『そらあっ!滅殺っ!!』
レイダーの放ったミョルニルが、フリーダムの背を思い切り打ち付けた。
「くっ!!」
直撃の衝撃は大きく、キラは2機の板挟みから逃げ出そうとアクセルを踏む。
「!」
その退路を、アグニの砲撃が遮った。
「ストライク…っ?!」
他の3機に気を取られ、彼がいることを忘れていた。

「スレッチハマー照準、敵MS!」

退路を断たれたフリーダムに、ナタルは狙いを定める。
「撃てぇーっ!!」










-月と太陽・37-










円筒形の建物には、横へ長く伸びた廊下が外側にいくつも突き出ている。
横に同形の建物を並べるよりは、主軸を1つで済ませたかったような建築だ。


『 BL4 HUMAN GENE MANIPULATION LAB 』


自動車でも楽に入れるであろう入り口を通り、正面。
1番上の階まで、天井が吹き抜けていた。
主軸の円柱の周りを囲うように、観葉植物があったのであろう鉢とソファが。
そして周りの壁に沿って、上の階の廊下が段々と円を成している。
1階は見る限り、待合室のようだ。

(ヒト遺伝子操作研究所…)

歩くたびに固い床がコツコツと音を立てる。
なぜかそれが耳に障り、同時に"何か"を聞いた気がした。
「何だ…?」
カナードは足を止め、周りを確認する。
もちろん、自分以外には誰もいない。


ーーー出て右に行けば運搬用の小型シャトルがあるわ!急いで!


1階の中央まで来て左を見てみると、分かりにくいが"非常用"と書かれた扉があった。
それに気づいてから、カナードは目を細める。
「…何で……」

なぜ、自分はあの扉の位置を知っていた?





まっすぐにフリーダムへ向かって来る、無数のミサイル。
(避けれない…!)
そう思った瞬間。
キラの中で何かを繋いでいた"糸"が、フツリと切れた。

全部壊せばいい。

「死ぬのは…そっちだよ」
そう、ここにカナードはいない。
彼に殺されるためには、生きるしかないのだ。


だからキラは、相手を殺さないように撃つことを放棄した。


向かって来るミサイルへビームを放ち誘爆させ、追尾して来る残りも撃ち落とす。
…カラミティとレイダーは、フリーダムを付け狙うよう指示されているらしく挟み撃ちにしたがる。
それは裏を返せば。
レイダーが投げつけてきたミョルニルの軌道を、頭部バルカンで逸らす。
するとフリーダムから脇に逸れたそれは、背後にいたカラミティへぶつかった。
カラミティは体勢を崩し、2機のコンビネーションに隙が生じる。
キラは思い切りアクセルを踏み込むと、2機の板挟みから抜け出した。
同時にレールガンを放ち、さらに離れた場所にいるストライクをも照準に収めて。



フリーダムの攻撃は、危うくストライクを擦った。
「ちっ、さすがに捕まってはくれないか…」
連携が滅茶苦茶になったカラミティとレイダーを見ながら、スピネルは1人呟く。
ハイペリオンの姿が見えないのが気にかかるが、あの白いMSに乗っているのは間違いなくキラだ。
向かってくるM1を撃ちながら、視線はAAのさらに奥へ移る。
(もう1隻いるって話だったけど…)
あのオーブ艦以外に出て来てはいない。
(反対側に何かあるとか?)
そしてつい先ほど、アヌビスとバスターがコロニーへ入って行った。
…いったい何のために?



確実に仕留められたはずのミサイルは、あっという間に撃ち落とされてしまった。
「あー、惜しい!」
アズラエルのどこか愉快げな声を聞きながら、ナタルはモニターを睨む。
そんな彼女を、アズラエルは楽しげに見上げた。
「ほら、どうしたんです?どんどん撃ってくださいよ」
「それでは友軍に当たります」
ナタルは視線を外さずに返す。
ドミニオンの形勢は、少しずつ不利な方へと傾いていた。





クサナギに絡まっていたワイヤーの最後の1筋が、まっぷたつに切れた。
『すみません!手間取って!』
切れたワイヤーをそれぞれ上と下に投げ、アサギはM1を後部ハッチへと走らせる。
…思っていた以上に、ワイヤーは頑丈なものだった。
「いや、こちらこそ手間を掛けたな」
キサカはアサギ機が着艦したのを確認すると、自分の横に立つカガリへ頷く。
同じく頷きを返したカガリは声を張り上げた。
「機関全速、ドミニオンを追う!もう引っ掛かるなよ」





今まで索敵外にあった戦艦が、突然レーダーに映った。

『ゴットフリート1番2番、撃てぇっ!』
AAとは別方向からの砲撃。
「あらら、自由になっちゃった」
砲撃主を認めたアズラエルが緊張感のない声を上げる。
反対にナタルは、さらに増えた懸念の材料に舌打ちをせずにはいられない。

「こいつ…っ!いい加減落ちろ!!」
フリーダムへ向けたカラミティの攻撃はいとも簡単に避けられ、逆に手に持つ主砲を撃ち抜かれる。
肩上の主砲を撃ち返すも、やはり当たらない。
「何やってんだよ馬鹿オルガ!撃滅!!」
レイダーとフリーダムの機動力はほぼ互角。
しかしフリーダムには、MSの弱点とも言える稼働時間制限がない。
ナタルは4機の状態を確認し、新たな指示を出した。

「信号弾!一時撤退する!」

ナタルの指示に異議を唱えたのは、やはりアズラエルだった。
「えぇっ?!ここまで追い詰めたのに?」
「状況はすでにこちらに不利です」
間を置かず返したナタルに、アズラエルは挑発とも取れる笑みを向ける。
「そんなに言うなら、次は必ず勝てるということですか?」
だがナタルも、安い挑発に乗るほど暇ではない。
「ここで戦死なさりたいので?」
ビームの閃光と共に鈍い音が響き、艦の揺れにアズラエルは険しい表情に変わる。
…戦死したい人間など居はしない。
「信号弾撃て!」
次いで上がった3つの光に、デブリの影がくっきりと浮かび上がった。



燃料メーターがレッドゾーンに入り、警告音を鳴らし始める。
「…さすがに撤退するしかないよな」
信号弾は、ちょうど良い頃合いに上がったと言える。
スピネルはドミニオンへ向かう前に、なかなか引こうとしない3機の元へ向かった。

『お前のせいでっ!』
シャニはただ執拗にジャスティスを狙う。
彼の思考を支配するのは、ただ怒りのみだ。
「無茶苦茶だな、おい」
乱射されるビームに、アスランは怒りと呆れの呟きを漏らした。
曲射ビームはジャスティスを中心に、それこそ的を絞らず乱射される。
『おいシャニっ!』
『何やってんだてめぇ!!』
やはり例に漏れず、ビームはレイダーとカラミティを擦った。
「シャニ!…って聞こえる訳がねえよなっ!」
呼びかけても意味がないと判断したスピネルは、実力行使に出た。

フォビドゥンとジャスティスの間を割って、ストライクのアグニが横切る。
『スピネルか!ナイス!』
足を止められたフォビドゥン。
さらに押し止めるようにオルガのカラミティが前を、クロトのレイダーがその後ろに入った。
『撤退命令だよぶぁーか!』
『でも!でもアイツ!!』
『落ち着けよ!また苦しい思いをしたいのか?!』
『!』
言い募るシャニはオルガの言葉に息を呑む。
…ただ1人"違う"スピネルは、黙って聞くのみだ。
数秒後、フォビドゥンはレイダーに続くように踵を返した。
3機がそれぞれ戻るのを見届けたスピネルも、フリーダムとジャスティスを一瞥しその場を離れる。
その胸には1つの思惑を抱えて。
(コロニーの中は…)





小さくなっていく光に、AAとクサナギも追撃を止める。
「さすが…引き際も見事ね」
クサナギが介入した直後に撤退したドミニオンに、マリューはただ舌を巻く。
後ろではミリイがフラガとディアッカへ通信を試みていたが、やはり繋がらない。

「キラ」
アスランの声に、キラはようやく我に返った。
「…大丈夫」
一言だけ返して、キラはまたドミニオンの去った方角を見つめる。
「正規軍とは思えなかったな…」
アスランのそんな言葉が聞こえた。
彼も返答を期待したのではないだろうが、キラは聞いていなかった。

「カナードは…?」

帰ってきたAAとクサナギに、ラクスは一先ず安堵の息をつく。
「キラ、アスラン、大丈夫ですか?」
「ああ」
「…カナードと連絡は?」
キラの求めることは、ただ1つだけ。
その問いにラクスはアンディと顔を見合わせ、そして首を横に振った。
フラガとディアッカも音信不通のままだ。
軽く機体をチェックしたキラは、ラクスへ告げる。
「僕が行きます。AAやエターナルは次の出撃に備えて」
アスランも機体をチェックし、操縦桿を握り直す。
「よし、ジャスティスも問題ない」
「いや、アスランは残って」
思わぬ申し出にアスランは驚いた。
キラはしかし笑う。
「まだドミニオンが退いたわけじゃない。それに…」
これはきっと、他の人間は関わらない方がいい。
「反対側にザフトがいれば、アスランの力は絶対に必要だから」
「しかし…」
心配性の彼は納得できないらしい。
納得できないのはラクスも同じだが、彼女は渋々と頷いた。
「…分かりました。出来るだけ早く戻って来て下さい」
不満の色がありありと見える言葉だ。
「うん。ありがと」
キラは苦笑を返し、港口からさらに奥へ向かった。





レイダー、フォビドゥン、カラミティと着艦するが、何を思ったのかストライクは着艦を渋った。
「フォーカス中尉?」
スピネルがナタルに返答したのは、もう1拍置いてから。

『あのコロニーに、反対側から入ってみたいんだけど』

ナタルはアズラエルと顔を見合わせた。
確かに良い手ではあるが、反対側にザフトがいない保証はない。
『さっきあの白いMSも中に行ったんだ。補給終わる頃には戻って来るからさ』
何もせず次を待つよりは、何か収穫があるはず。
顎に手を当て考えていたアズラエルが頷いた。
「いいでしょう。但し無茶はしないこと」
スピネルに対するものでなければ、到底聞けない台詞だ。
…けれど本人にしてみれば、まるでいつも無茶をしているかのような物言い。
必然的に、ドミニオンへ返した声には不機嫌さが混じった。
『いちいち言われなくても分かってるっての!艦長!』
2人のやり取りの間に思案していたナタルも頷いた。
「了解した。エールストライカー射出!」



ランチャーストライカーを外し、位置を修正するとエールストライカーを装備する。
「さてと、」
熱門を感知されないように近づくにはどうするか。
スピネルは比較的大きなデブリを隠れ蓑に、遠回りをすることにした。