「どうあっても聞き入れて頂けませんか?!」

デブリの影で補給と整備を行うドミニオン。
そのブリッジで、ナタルは出て行こうとするアズラエルへ問う。
「しつこいですねえ、君も」
またか、とアズラエルは五月蝿そうに振り返った。
「そんなことをしていたら、あのザフトにしてやられちゃうじゃないか」
"そんなこと"とは、1度基地へ戻り出直すという手間のことだ。

彼の言う通り、コロニーを挟んだ向こう側にはザフトの戦艦がいる。
…それもナスカ級が3隻。
1隻でかなりの力を持つドミニオンだが、さすがに3隻もの戦艦を相手には出来ない。
寄せ集めの第三勢力も3隻、けれどそれとこれとは話が違う。
「しかしここは援軍を待って陣容を立て直すか、基地へ戻り出直すべき所です!」
アズラエルはナタルの言葉に肩を竦めた。
「だから、そんなことをしていたらあの2機を手に入れ損なう。
あいつらももうじき動けるようになるし」
ブリッジの扉に手を掛けたまま、アズラエルはモニターを振り返る。
「それに、あちら側にはスピネルがいるでしょう?」
ナタルもモニターを横目に見つめた。

あのコロニーの内部で、何が起こっているのだろうか。










-月と太陽・40-










キラはたった独り、深淵の闇に飲み込まれていた。

「『僕は、僕の秘密を今解き明かそう。僕は自然のまま、ナチュラルに生まれた者ではない』
君も聞き覚えがあるだろう?人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレンの言葉だ」

扉を抜けた先は非常階段。
下の階にある大型の解析機の陰に座り込み、キラは虚空を見つめる。
フラガはゆっくりとこちらへ迫って来る足音を気にするが、キラは動こうとしない。

「クククッ…奴のもたらした混乱は、どこまでその闇を広げたと思う?
政界も宗教界も巻き込んで、人は一体何を始めてしまったのだろうな?」

遺伝子のコーディネイト。
それは例えば、子の容姿を変えることが出来る。
…眼の色、髪の色、顔の輪郭、目つき、背の高さ、肌の色。
コーディネイトは外見だけに留まらない。
運動能力、理解力、解析力、学習能力、果ては得意分野まで。

混乱を極めた政界、宗教界。
遺伝子操作は背徳行為だと散々論議したあげく、最後には結局それを黙認する。
宇宙開発への応用とジョージ・グレンの能力の高さが、限りない魅力を放っていたのだ。
彼が自らの出生の秘密を明かしたのは、14年に渡る木星探査への出発時。
処分については本人が帰還してからということであった。

「子に才能を、他者よりも上を。そんな親たちの、人の欲望は止まることがなかった。
このメンデルは、コーディネイター生産の最前線を行く施設だったのさ」

グレンがコーディネイト方法を世界に公開し、誰もが知るところとなった。
子をコーディネイトしたいと望む親たちは、後から後からひっきりなし。
…そんな発端から14年後。
グレンが木星探査から無事帰還し、持ち帰った物があった。

『Evidence01/通称クジラ石』

地球上最大のほ乳類である鯨に、翼のような骨格が生えた化石。
遠く離れた木星で発見された化石は、再び政界と宗教界へ混乱をもたらした。
…あれは何だ?生きていたのか?知能の程度は?
『Evidence01』は、宇宙開発と地球外生命体の研究に新たな道筋を生み出したのだ。
しかし地球上とまったく環境の異なる宇宙の開拓には、コーディネイターの頑丈さが必要だった。
それは結果として、コーディネイター寛容論を広めることになる。

メンデルを運用していたのは、子のコーディネイトを産業とした"GARMR&D"。
この研究所は、その中心地だ。
しかし"コーディネイト"は、必ずしも良いことばかりではない。

「高い金を払って買った夢だ。誰だって叶えたい。誰だって無駄にしたくはなかろう」

当時、子をコーディネイト出来たのは裕福な上流階層だけ。
第一次コーディネイターブームが起きた後も、格差は縮まりはしなかった。
…掛かる金額が高いということは、もしもの場合の損害も高いということ。
回数を重ねるごとに、コーディネイト失敗例も増え続けた。
今では、そうして捨てられた子供ばかりで組織された傭兵部隊さえある。

キラとフラガの潜む階下へ降りたクルーゼは、壁際にあった電灯のスイッチを入れる。
1つ、2つと電灯が点り、薬品棚や大型モニターが照らし出された。


ーーー最大の要因は、妊娠中の母体なんだ。

ーーー命は生まれいずるものよ!創り出すものではないわ!



「だから人は求めるのか?それが狂気の沙汰とは気づかずに」


ーーー嘘つき!あの子で最後だと言ったのに!!

ーーーあれは失敗作だ!完成しなければ意味がない!!



(カナード…)
声が出せない。
キラは虚空を見つめたまま、その名を空気として呟いた。
…彼も、この研究所のどこかにいるはずだ。
ならば今、自分の知らなかったこの恐るべき事実を、聞いているのだろうか。
いや、"知っていた"のだろうか。
「ほざけ!貴様っ!!」
積み重なる機械の隙間から、フラガはクルーゼを撃つ。
クルーゼはそれを通路の陰に入ることで避け、撃ち返した。
「何を知ったとて、何をしたとて変わらん!…最高だな、"人"は。
憎み羨み殺し合う。そんな果てのない連鎖を飽きもせず」


ーーーもう1人の…あの子を返して!!

ーーーわたしの子だ!最高の技術で、最高のコーディネイターにするんだ!!



銃口をフラガのいる位置へ向けたまま、クルーゼはキラがいるであろう場所を見遣る。
「アスランから聞いたときは驚いたよ。まさか君が…あの"キラ"だとは」
姓はともかく、同名は探せば探すだけいるだろう。

「あの頃にはもう、ナチュラルとコーディネイターの仲は最悪になっていた。
だからこそあの子供…特に君の方は、当時のブルーコスモス最大の標的だった。
同じくヒビキ博士と、その研究グループの人間は言う迄もなく」

事実、ヒビキ夫妻はプラントでテロに遭い殺された。
だが子供に関しては行方知れずとなり、情報は途絶える。
遅れてクルーゼが知ったのは、ヴィア女史の妹がナチュラルであり、姉の子を引き取ったのではないかということ。
「最大の標的であったはずの君はこうして生き残り、剰え戦乱に身を投じている。…なぜかな?」
ヘリオポリスにいた民間人。
それがあのミゲルを倒した時点で、気づくべきだったのかもしれない。
「それでは私も信じてみたくなるではないか。愚か者が追った狂気の夢を!」

キラの中で、何かがピシリ、と音を立てた。

「貴様っ、なにを偉そうに!!」
フラガが放った銃弾が、クルーゼの髪の毛を掠る。
クルーゼは空のマガジンを床へ落とすと、スペアマガジンに入れ替えた。
カチンと音を上げ、それは無機質な役目を表すように冷たい音を放つ。
続くクルーゼの狂気に満ちた声は、これから起こる"物語"を雄弁に語った。

「その狂気を生み出した"人"を裁く権利を、私は持ち合わせているのだよ!
世界でただ1人、この私がな!!」

人、ひいては人類全てを。
「なっ…!」
絶句するフラガに、クルーゼは笑みを深める。
「覚えていないかね?ムウ。私と君は戦場で出会う前、1度だけ出会ったことがあるのだよ」
「なに?!」


ーーーしかし…クローンは違法です。

ーーー法など変わる。苦労して手に入れた技術、捨てたくはなかろう?



父と母は仲が悪かった。
子供ながらに、自分の教育について揉めているだろうことは感づいていた。
父は自分を跡継ぎに相応しい者へと"管理"しようとし。
母はそんな父に猛反対して、家に縛られない自由を選んだ。
…フラガ家は、歪んでいた。
そして起きたのは、原因不明の大火事。
屋敷を丸ごと包み込んだ炎蛇は、父母をその腹に収めてしまった。
骨まで燃やす劫火に遺体など見つからず。


ーーーとにかく後はこれに継がせる。あんな女の子供になど…!


「私は己の死すら金で買えると思い上がった愚か者…
貴様の父、アル・ダ・フラガの出来損ないのクローンさ!!」


誰がそんな事実を予想しただろう?
キラもフラガも、驚愕に言葉を失うしかなかった。
「親父の…クローンだと…?!」
受精卵の段階で子供の遺伝子をコーディネイト出来るのだから、不思議ではない。
火事で死ぬ前に、あの父はそんな違法行為をしていたというのか。
「誰が信じるか!そんなお伽話!!」
そう叫ばずにはいられなかった。


「お伽話?お前の目の前に、3人もその住人がいるじゃねーか」


ひやりと冷めた声が、フラガの潜んでいる暗い通路の奥から響いた。
クルーゼも驚いたらしく、銃口がわずかに下がる。
「お前っ、カナード?!」
声の方へ振り向いたフラガは、暗闇から出て来た彼にゾッとした。
…恨みを積み重ねた、幽鬼のような存在感だった。
それは即座に幻のように消え、先刻の夢物語の住人だったのだろうかと錯覚する。
静かに明るい場所へ出て来た彼は、何かノートのような物を持っていた。
この研究所にあったものだろうか。
「3人…?」
我に返り疑問を覚えるフラガの前を通り過ぎ、カナードは正面からクルーゼを見た。

「"出来損ないの"クローンってことは、クローニングに成功した奴もいるのか?」
クルーゼは笑う。
「さあな。候補ならいるかもしれん」
もっとも、居ようが居まいがカナードには興味が無い。

持っていたノートをぱらぱらと目的もなく捲っていた彼は、唇に弧を描かせた。
「あんたの言ってることを聞いてると、俺にもあるみたいだな。…その、"人を裁く権利"とやらが」
そしてノートをクルーゼへ放り投げる。
「けど、狂気の夢とやらを信じなくて正解だったな。こんなもんに全部狂わされたと思うと反吐が出る」
クルーゼの銃口が向いているにも関わらず、彼は気にする素振りを見せない。
その足がフラガたちが降りて来た階段の方へ向くが、カナードは何か思い出したように足を止めた。

「…そうか、お前のことなのか。あの時の男が言っていたのは」

ユーラシアの研究所にいた頃。
脱走を試みて逃げ出した場所で、1人の男に出会った。
どんな人間だったかすでに覚えていないが、言われたことはよく覚えている。
そう、確か。
世界を滅ぼすことに意味を見出せない、と言った自分に対して、こう言った。

『それは別の人間がやってくれる』と。

クルーゼは脈絡のないカナードの言葉にも、笑みを消すことはない。
「君がカナード・パルスか。君はどうやら…世界に興味がないようだな」
「ああ、ないな。けど戦争は…見ていて1番面白い」
参加して、と言い換えても良さそうだ。
「…それは残念だ。どうやら私は、君の楽しみを奪ってしまうようだからな」
場の雰囲気に飲み込まれていたフラガは、彼らの話す内容の異様さにぎょっとした。
(こいつら…なんて会話を!)
とても常人とは思えない。
「別に。アレがいればそう削られないし」
「ほう…」
大きな機械…キラが隠れている場所を視線で示したカナードに、クルーゼは興味を覚える。
「ところで油売ってる暇があるのか?ラクス嬢の行動で狂いが生じただろう?」
座り込んだまま上の空で会話を聞いていたキラは、聞こえた名前にぼんやりと意識を向けた。
(ラクス…?)
「なに、そう問題はないさ。最後の扉を開ける"鍵"は手に入れてある」
「「最後の鍵?」」
聞き返したカナード同様、フラガもその言葉を疑問符つきで呟く。
しかしクルーゼの返答は予想もしないもので。

「戦争を終わらせる、"鍵"さ」

この男の口から出る言葉にしては、あまりにも似合わない。
呆気に取られるフラガだったが、対してカナードは声を上げて笑った。


「アッハハハハッ!何だよ、それ。"人を滅ぼす鍵"の間違いだろ?
人間がいなくなれば戦争はなくなるんだから」


開いた口が塞がらない、とはこのことだ。
(人を滅ぼす…?)
キラはそろりと腰を上げて、機械の間からクルーゼを見た。
「人間を滅ぼす鍵だと?!貴様、正気か?!」
激高したフラガは再びクルーゼへ銃を向ける。
パンパンッ、と乾いた音が響き、後ろの薬品棚の瓶がガシャンと甲高い音を立てて割れた。
クルーゼは部屋の中心に吊ってある電灯のワイヤーを撃ち抜く。
大きな電灯は重さに耐えきれず落ち、風圧は壊れた破片を辺りへ吹き飛ばした。
「くっ?!」
「!」
フラガもカナードも、飛んで来た破片に咄嗟に腕を上げ顔を庇う。

「もう遅い!最後の扉は私が開く!全ての準備は整っているのだからな!」

キラは自分が銃を持っていることを思い出した。
音を立てないように立ち上がり、まだこちらに気づいていないクルーゼへ銃口を合わせる。
…人を滅ぼすということは、自分も殺される対象になっているということ。
(僕は…)
カナード以外に殺されるなんて、御免だ。


パァン!!


まったく音沙汰のなかった位置からの銃撃。
クルーゼの頭部を掠った銃弾は、彼が付けていた仮面を弾き飛ばした。