ほとんど位置を変えない、窓の向こうの星たち。
それらとクルーゼから預けられたディスクを交互に見つめ、フレイは独り、部屋の中で時を過ごしていた。
…捕虜となってから何週間経ったのだろう?
そんな、どうでも良いことを考えてしまうだけの時間が経っている。
自分1人しかいないために、室内は本当に静かだ。

「キラ…」

小さくその名を呟いたそのとき、扉の開く音が響いた。
驚いて振り向いたフレイは我が目を疑う。
入って来たのはもちろんクルーゼだが、室内へ飛び込んで来た、という表現が相応しかった。
クルーゼはガタガタと音を立てて机の引き出しを開け、カプセル薬の入ったケースを乱暴に掴む。
そして数など関係なしに、取り出したカプセルをいくつも貪った。
「……」
フレイは怯え混じりに目を頻りに瞬く。
そこでようやく気づいたが、彼は仮面を付けていなかった。

クルーゼは同じ引き出しから予備の仮面を取り出し付けると、机に設置されていた通信機のスイッチを入れた。
相手の応答を待たず、半ば怒鳴るようにブリッジへ指示を出す。
「ヴェサリウス、発進する!MS部隊も直ちにだ!」
『は、しかし…!』
突然の通信に、アデスの戸惑いを含む声が返る。
しかしクルーゼは有無を言わせなかった。
「フリーダム!ジャスティス!あの機体をこのまま連合へ渡すわけにはいかんだろう!!
私も出る!シグーを用意させろ!」
一方的に通信を切ると、荒れた呼吸を整える。
幾分落ち着きを取り戻したクルーゼは、徐にフレイを振り返った。
「…!」
フレイはびくりと肩を震わせる。
彼女のそんな様子を気に留めることなく、クルーゼは含みのある笑みを浮かべた。

「さて、君にも働いて貰おうか」










-月と太陽・43-










レーダーに映る4つの熱源。
「接近する熱源、数4!ライブラリ照合…ドミニオンとあの3機です!」
AA、クサナギ、エターナルの艦内に警報が鳴り響く。
『ちっ、後ろにザフトが控えてるってときに!』
アンディの忌々しげな言葉は、しかしドミニオンの動きを的確に語っていた。
…三つ巴となるこの状態で戦闘を仕掛ける。
それはつまり、ザフトに先を越されたくないと。
「私たちが出ます。クサナギとエターナルはザフト側を!」
2隻の艦長へそう告げると、マリューは出撃命令を出した。
「AA、発進!」
続いてクサナギとエターナルも次々と発進する。
M1部隊へ艦の守りを任せ、ジャスティスがAAの援護に回った。
…内部へ向かった者は、未だ戻らない。

『ゴットフリート、撃てぇっ!』

ドミニオンのゴットフリートがAAを掠める。
「なおもミサイル接近!」
「回避!デブリに回り込んで!」
主砲の直後にミサイルを発射し、相手に出来る隙で確実に仕留める。
そんな意図の上での攻撃は、AAにミサイルを直撃させた。
「ナタル…!」
彼女の方が、何枚も上手だ。
「アンチビーム爆雷発射!あの3機を寄せ付けるな!」
エターナルは初撃から苦戦するAAを援護する。

「あ、あいつじゃん」
「おいおい、1機だけかよ?」
シャニたちが向かって来るジャスティスに気づく。
だがいつもセットのフリーダムがいないため、少々物足りないらしい。
「んじゃ、ちゃちゃっとやっちまおうぜ。今度はさ」
MA変形したレイダーを合図に、3機はジャスティスへ狙いを定めた。





自分よりも先にこの場を去って行ったデュエル。
バスターに戻ったディアッカは、何ともやりきれない。
「そーいや、あのおっさんとキラは…?」
まさか鉢合わせやしていないだろうか。
ディアッカはバスターを発進させ、さらにコロニーの内部へ向かった。

奥へ行くにつれ、赤茶色の土煙が酷くなってくる。
「!」
モニターに2つの機影が映った。
片方は"Anubis"と出ているが、もう1機は。
「なっ…ストライク?!」
もう1機は"ENEMY"という文字と共に、"Strike"とあった。
…自分がAAに乗る原因となった、"石化の蝶"。
ディアッカは迷わずストライクへランチャーを向ける。
しかし予想に反して、そのストライクから通信が入った。

『お前、AAに乗ってるヤツだろ?』

だから何だ。
妙なところで拍子抜けしたディアッカは、うっかり返答のタイミングを逃す。
どうやら相手は気にしていないようだ。
『ならちょうど良い。こいつ連れてってやってくれ』
「はぁ?!」
よく見れば、被弾してほとんど動けないらしいアヌビスを、ストライクが抱えていた。
「どういうことだ…?」
よくよく考えてみれば、このストライクはAAにいた。
それが今は、敵対する立場にいるということか。
…今の自分のように。
『お前とコイツがAAに戻るまでは撃たない。キラとカナードもそろそろ来るだろうし…。
あの2人に戦いを挑むほど、俺は馬鹿じゃないからな』
その言葉は、信用出来るのか。
ディアッカはアヌビスへ問い掛ける。
「おいおっさん!そいつの言ってること信用出来るのか?!」
『だからおっさん言うな!…いつっ!』
前回と同じようにツッコミが入ったが、その先は違う。
「って、怪我してんなら先に言えっての!」
腹を括ったディアッカはアヌビスとストライクへ近づいた。
バスターがアヌビスを支えたことを確認したらしいストライクが、2機から離れる。

『じゃあな。恩に着るぜ、バスターのパイロット』

そんな言葉を最後に、ストライクからの通信が途切れる。
「あ、おい!」
そのストライクへディアッカは思わず声を掛けた。
だがあちらへ届くわけもなく、ストライクはデュエルが去ったのと同じ反対側の港口へ消えた。
「おい少佐殿!いいのかよ?アイツ、仲間なんだろ?!」
代わりにアヌビスの方へ怒鳴る。
少しの間を置いて、フラガの覇気のない声が返って来た。
『分かってるさ。けどあいつは…』
その先は訊かずとも分かった。
彼も、説得し納得させるには至らなかったのだろう。
(イザーク…)
かつての仲間と戦う苦しさは、尋常ではない。

モニターに新たな機影が映った。
「今度は何だ?!」
浮かんだ文字は"Hyperion"、"ENEMY"の文字はない。
「ハイペリオンって、あの"アルテミス"のことか?!」
『…それ、本人の前で言ったら殺されるぞ?』
フラガの失笑する声が重なった。
そういえば、ディアッカはまだ本人に会ったことがないのか。
ハイペリオンはバスターとアヌビスには見向きもせず、第三勢力が停泊する港口へ飛び去る。
バスターもアヌビスを抱え直し、その後を追った。





「そらぁっ!撃滅!!」
レイダーのミョルニルを、ジャスティスはリフターユニットを切り離すことで避ける。
ビームライフルを撃ち返すと、そこへフォビドゥンが割り込んだ。
ジャスティスのビームはGパンツァーにより、横へ曲げられてしまう。
「てぇーい!!」
逆に、フォビドゥンの曲射ビームがジャスティスを掠めていく。
「どけよ、てめぇらっ!!」
背後からはカラミティの大口径ビームが乱射される。
…3機の位置は、少しずつAAやクサナギに近づいて来ていた。
このままでは取り憑かれてしまう。
アスランは焦りを隠せない。

3隻のレーダーに、3つの熱源が現れた。

「ハイペリオン、バスター、アヌビスです!」
管制官の声に、ラクスは安堵の息を吐く。
フリーダムの姿はないが、ハイペリオンがいるのならば無事だろう。
そんな確信があった。
一方でAAの管制官であるミリイは、アヌビスの状態にハッと息を呑んだ。
…アヌビスの状態は、無事とは言い難い。
バスターからの通信が入る。
『おっさんが負傷してんだ!カタパルト開けてくれ!』
マリューもまた、負傷報告に不安を過らせた。
内部で、一体誰と交戦したのか。





「ほら、早く乗れよ」
「…!」
ヴェサリウスの格納庫の端。
フレイは宇宙服を着せられ、小さな救命ポッドに乗せられた。
以前ラクスがそれに乗っていたと、彼女が知る由もない。
ゆっくりとポッドの扉が閉まり、内部は完全に外部から隔離されてしまった。
「……」
恐い。
自分の体をシートベルトで固定して、フレイはカメラに映るザフト兵を見る。
何やら会話を交わしているが、何も聞こえない。
「しかし…どうする気なんだろうなあ、この女」
「さあな。けど何かの作戦なんだろうよ。隊長の」
兵士たちがクルーゼの思惑に気づいていないことを、知らない。

ここに連れて来られる前。
フレイは改めて、クルーゼにあのディスクを渡された。

『私ももう疲れた。だから、代わりに渡して来ておくれ』

中身が何か、訊いてはいない。
だがクルーゼは言った。
"戦争を終わらせる鍵"だと。
そして、最後の賭けだと。

ポッドの準備が出来たことを伝えられたクルーゼは、全チャンネルで回線を開いた。



『地球連合軍及び交戦中のAAへ告げる。戦闘へ入る前に、こちらで拘留していた捕虜をお返ししたい』



ナタルとアズラエルは顔を見合わせる。
「捕虜…?」
心当たりがあるわけもない。
だがほんの数分後、本当にヴェサリウスからポッドが射出された。
「…捕虜、ねえ」
なんだってこんなときに。
アズラエルは画面の端に映る救命ポッドを、胡散臭げに見やる。
「目立たせたい、気を引かせたい。…回収させたい?」
ナタルも同じことを考えていた。
しかしなぜ、そのようなことをする必要があるのか。
「…あれ、本当に捕虜なんて乗ってるんですかねえ?」
ナタルはアズラエルを見る。
「…本当に、乗ってるのは捕虜なんですかねえ?」
そう、罠だと考えない方がどうかしている。
それでも早計は出来なかった。





ポッドが射出されると同時に発進された大量のジン。
「迎撃!」
彼らの標的は、エターナルだ。
ビームやミサイルが次々と着弾し、ブリッジは大きく揺れる。
そのエターナルの前にハイペリオンが回り込んだ。
必然的に、ジンの攻撃の矛先はハイペリオンへ向く。
次の瞬間立て続けに起こった出来事に、ラクスは青ざめ叫んでいた。

「カナード!どうなされましたのっ?!」

彼女はキラにも同じことを頼んだ。
向かって来る敵も、出来るだけ殺さず戦力だけを奪ってほしい、と。
けれど今、エターナルを守るように立つハイペリオンは違った。
全てのジンの、そしてダガーのコックピットを撃ち抜いている。
…中のパイロットが生きているわけが無い。
そのハイペリオンに、デュエルが向かって来た。
「あの馬鹿!」
ディアッカは反射的に2機の間へ砲撃を撃ち、衝突を阻止していた。
…"今のアルテミス"に戦いを挑めば、容赦なく落とされる。
嫌な確信があった。

AAのモニターに、再び熱源が増えた。
「艦長!フリーダムです!」
キラはエターナルを軽く見遣ると、ジャスティスの元へ向かった。
「キラ!遅いぞ!!」
アスランの不満の声を流し、素早くドミニオン側の勢力を確認する。
「ストライクは?」
そこでようやくアスランも気づいた。
「いや、まだ見ていない」
ということは、まだどこかで様子を窺っているのか。
…ならば今のうちに。

そんなときだった。



『アーク、エンジェル!アークエンジェル!わたしっ、私フレイです!フレイ・アルスターッ!!』



戦闘区域の端を流れるポッドから、悲鳴が届いたのは。
彼女が乗っているなんて、誰も予想出来なかった。