『 Neutron Jammer Canceller(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)』
それは地球の至る所に投下された、『 Neutron Jammer 』を無効化するもの。
本体は大地深くに埋め込まれ、調査のしようがない。
だが大西洋連邦は、『無効化するためのデータそのもの』を入手した。
無効化データの実用化に至るまでに費やした時間が、2ヶ月。
その複雑なデータ構造は、特殊な技術を必要とした。
大西洋連邦がNJCの開発に総力を注いでいたその間。
ザフト側もまた、『Genesis』と呼ばれる大量破壊兵器の完成を急いでいた。
『Genesis』…創世。
彼らはその破壊の光を、『創世の光』と呼んだ。
2ヶ月後。
地球連合軍本部は、プラント本国攻撃を最終目的とした"エルビス作戦"を発動した。
奪還されたヴィクトリア、ジブラルタルから主戦力が月面基地へと集結する。
大規模な戦闘が起きるとの予測が飛び交う中。
プラント側も第三勢力も、再び『核』が撃たれるなど、予想だにしなかった。
-月と太陽・46-
「フレイ・アルスター軍曹…」
スピネルは堪えきれずに吹き出してしまった。
当然の如く、フレイは気を悪くする。
「なっ!吹き出さなくてもいいでしょう!」
「や…悪い」
口ではそう言いながら、実際はそう思っていないのだ、この人は。
フレイはそんな確信を持った。
そんな彼女にまたけらけらと笑いながら、スピネルは手に持つ紙をもう1度見遣る。
『フレイ・アルスター昇進報告/転属辞令』
もう2ヶ月は経っただろうか。
今スピネルの前で口を尖らせているフレイは、あるデータと共にドミニオンに保護された。
その"あるデータ"が『 NJC構築データ』であることが分かり、アズラエルはすぐさま軍本部へ進言した。
…核兵器を使えるように、と。
勝手な考えだが、地上の人々のための原子力発電に使う、なんて考えは微塵も存在していなかったと思う。
(しかし…NJCのデータが昇進3階級分か。結構な優遇ぶりだな…)
おそらくフレイ本人は、自分が持ち帰ったデータが"NJCデータ"であることを知らない。
知っていたとしてもきっと、それが何を引き起こすのか規模が大きすぎて分からない。
そしてそんなデータを彼女に持たせたのは、
「スピネルさん?」
黙ってしまったスピネルに、フレイは首を傾げる。
「…ラウ・ル・クルーゼってさ、」
「!」
呟かれた名前に、フレイはビクリと身体を強張らせた。
だが視線を下げたまま問うスピネルは、彼女の様子に気付かない。
「これくらいの長さの金髪で、白い軍服の奴?」
「えっ?!」
怖れよりも、驚きが勝った。
「知ってるんですか?!」
スピネルは曖昧に首を横に振る。
「いや…。アイツがそうだとは知らなかった」
「え…?」
意味がよく分からない。
事実、スピネルの発した言葉はフレイの知るものと時間軸が違う。
スピネルが"知らなかった"のは、アラスカ基地が自爆する前のこと。
記憶力は悪い方ではないが、何だって今思い出したのか。
(何で思い出さなかったんだか…)
あの男がアラスカ基地に出入りしていたことを。
金髪の人間なんて珍しくも何ともないから、全て流してしまっていた。
ザフトのアラスカ襲撃も、あの男が連合軍へ漏らしたのではないのか。
(ってゆーか、今更…)
こんなときに気付いても遅すぎる。
連合側から見て、ザフトに多大な損害を与えることが出来たのも事実。
そしてパナマを落とされるなど、多大な損害を被ったのも事実。
また考え込んでしまったスピネルに、フレイはあることに思い当たった。
「あの、スピネルさん」
「?」
どこか真剣味を帯びた声に、彼はようやく顔を上げる。
「フラガ少佐と何かあったんですか?」
目が点になる、というのはこういうことなのか。
「……………は?」
5秒は間が空いた気がする。
そのスピネルの反応に、今度はフレイが困惑した。
「だって…気のせいかもしれませんけど、あの人は少佐に似てた気がしたから…」
「ああ…」
両方を知っているフレイが言うなら、本当に似ていたのだろう。
けれど似ている理由まではさすがに分からない。
他にも、その"何か"に思い当たる節はあるが。
「あったと言やあったけど、2ヶ月以上前の話だし」
今はそんなことより、目先の問題だ。
「フレイはブリッジにいなくて大丈夫なのか?」
『重大かつ有益な』情報をもたらしたことで、フレイは軍曹にまで昇進している。
それに伴い、彼女はドミニオンへの配属を希望した。
…AAに、正確にはあの2人に会うために。
今の彼女は、ドミニオンの通信士。
スピネルの言葉でフレイは腕時計を見る。
「まだ大丈夫です。こう見えても時間には正確なの」
自慢げに笑った彼女は、こんな戦場などまったく似合わないとつくづく思う。
父親が外務次官だったから、お嬢様育ちであるのは明白で。
そんな人間が誰かを間接的にでも殺しているとは、とても思えない。
…彼女の父が、彼女の目の前で戦死したりしなければ。
(ああ、俺も一般人だったっけ)
テロなんかに巻き込まれなければ。
自分が、こんな容姿をしていなければ。
こんな…人殺しに便利な才能を持っていなければ。
考えれば考えるだけ、堂々巡りの嫌な思いばかりが蘇る。
時間は巻き戻りはしないのに。
レーダーに巨大な小惑星が映る。
…ザフトの軍事衛星ボアズ、難攻不落のプラント本国防衛線。
「第一戦闘配備発令!」
ナタルの指示と共に、ドミニオンを始めとした後発連合軍艦隊は戦闘態勢に入った。
すでにボアズ守備隊と戦闘に入っている先発隊は、激戦を繰り広げている。
アズラエルは愉快そうに手を1つ叩いた。
「さあ、あの3人とスピネルに久々のお仕事です。
難攻不落の宇宙要塞…。その名前も、今日で終わりにして差し上げる」
ドミニオンのMSに発進命令が下された。
「今度は何しろって言ってたっけ?あのおっさん」
「ピースメーカーの通る道を作れとか何とか」
「…あのメビウスの大軍?」
「要するに、あの要塞から出てくるMSを片っ端から撃てばいいんだろ?」
「「ああ、そういうこと」」
毎度の如くそんな会話を交わして、4機はボアズへ向かう。
「いっぱいいるね!滅殺!!」
最も足の速いレイダーが、真っ先に敵陣へ突っ込んだ。
「ははっ!目移りしちまうぜ!」
射程距離の長いカラミティのスキュラは、射線上のゲイツを一掃する。
…相手の数が多いため、まさに"数撃てば当たる"。
シャニはオートで発動したGパンツァーに、敵の攻撃を知る。
「誰だよ!俺を落とそうなんてするヤツは!」
大鎌が相手を真っ二つに切り裂いた。
「上機嫌だな〜あいつら…」
エールストライクを駆るスピネルは、あっという間にボアズの前線を突破した3機に感嘆する。
そして久しく使っていない"石化"を発動させようとして、気付いた。
(…コード教えてなかったっけ)
シャニたちは当然のこと、ドミニオンにも伝えていない。
(この状態で使ったら…)
間違いなく怒られる。
何しろ、味方さえも動けなくなるのだから。
「あー…最悪」
自分のせいであることは明白だが、スピネルの機嫌は急下降した。
プラント本国、アプリリウス最高評議会議事堂。
議長室では、連合側の起こした動きをどう取るべきか議論が起きていた。
「ふん、所詮はナチュラル共の小賢しい知恵だ。あんな者共にボアズは落とせん」
「大方は例の新型と、"石化の蝶"であろう?とんだ思い上がりも良いところ…」
パトリックと評議会議員エザリアは、連合とザフトの動きを示すモニターを冷めた目で見上げる。
…そう、ボアズが落ちる可能性などゼロに等しいのだ。
しかし静聴していたクルーゼが口を挟む。
「そうとは…限りませんな」
室内の視線が全てクルーゼに集まる。
「クルーゼ、それはどういう意味か?」
エザリアの声には棘がある。
それに対し、クルーゼは軽く肩を竦めてみせた。
「連合の動きを楽観視するには、不安要素が多いという話です。
エターナル、ラクス・クライン、そして…ジャスティス、フリーダム」
空気がざわめいた。
「まさかクルーゼ!」
…その全てが繋ぐものとは。
パトリックが軽く目を見開き、次いでエザリアが声を荒げた。
「まさか…"核"が再びナチュラル共の手に渡ったと?!」
彼女を宥めるように、クルーゼは緩く首を振る。
「そうは言っておりません。ただ…連合とてボアズ攻略に何度も失敗し、容易くないことを承知のはず」
「…つまり?」
「今になって踏み切った理由。それは小さくはないと申し上げているのです」
5機に満たない新型MSで要塞を落とそうと考える馬鹿は、まずいない。
ならばおそらく、どこかに"切り札"が。
フォビドゥン、レイダー、カラミティ、ストライク。
4機はそれぞれ好き勝手にザフト軍MSを撃ち落としていく。
要塞とはいえ、1つの"基地"であることに変わりはない。
MSの数には限りがある。
「へえ。初陣からケチの付けっぱなしだったけど、中々強いじゃない。あの3人も」
アズラエルは順調にボアズへの道筋を作る4機に笑みを浮かべた。
…通信士を務めるフレイの元に、別の艦から通信が入る。
「ワシントンから入電です」
ドミニオンの後ろにいるアガメムノン級だ。
画面に映ったサザーランドは、アズラエルへ告げる。
『道は開いたようですな。ピースメーカー隊、発進させます』
「了解」
"平和を作る"という名のメビウス編隊。
数十機にもなる編隊は、その名とはおよそ意味が通じぬ武器を持っている。
…装備可変が簡単で誰にでも操作出来るMA、メビウス。
今回彼らが装備する武器は、"核"。
"原子爆弾"とも呼ばれるその兵器は、核分裂の際に生じる膨大なエネルギーを利用したもの。
太陽の中心と同じように、そのエネルギーは超高熱の光。
後には放射能を残す、地球上で生まれた生物には最悪の大量破壊兵器。
同様に、巨大な建造物を一瞬で破壊出来る"簡単な"爆弾。
メビウスへ装備するにあたっての難点は、大きいが為に他の装備が使用出来ず、回避運動に支障が出ること。
そして装備する機体がメビウスであるために、射程距離が短い。
射程が短く回避が遅いということは、ただの的。
目標へ確実に打ち込むには、まず敵の数を減らさなければならない。
ドミニオン以外の艦隊から、次々に核兵器を装備したメビウスが発進していく。
ナタルはその様子を見つめながら、無意識のうちに拳を握っていた。
(また…あのような…)
彼女はユニウスセブンの残骸を、結果である悲惨な光景を、その目で見ている。
溶けて消え、焦げた大地。
運良く溶けなかった人々は、何も知らぬまま生を止めてしまっていて。
思わず目を背けたくなる"地獄"が、そこにあった。
…あの光景が、また。
1度スイッチを入れてしまった手は、躊躇など知らない。
白い光は容赦なくボアズを包み込んだ。
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