目の奥を焼く、眩いばかりの光。
大きな小惑星がその光に包まれていく様は、ただ恐ろしい。
フレイは耐えきれず顔を背ける。
けれど目を閉じたところで、光の残像は消えない。

「すっげぇ…」
「眩しっ!」
「キレー…!」
シャニたちは間近で見る核爆発に、感嘆の声を漏らす。
ただ1人、スピネルだけは何の感情も表には出さなかった。

ナタルは想像以上の光景に、ただ息を詰めて見つめるだけ。
一方で、アズラエルは愉快そうに笑っていた。
「速いねえ、核を使うと。さすがの難攻不落の城も、核を使われちゃ太刀打ち出来ないか」
「!」
彼の物言いに、ナタルは怒鳴りたい気持ちを必死に抑える。
「アズラエル理事は…」
「ん?」
「たとえ敵と言えど、核を撃つことに何の躊躇いもないのですか?!」
核兵器を撃った後の凄惨さを、彼も知らぬではないだろうに。
「ふぅん?軍人さんからそんな言葉が出るとはね」
しかしアズラエルは笑みを深め、ナタルを見遣る。

「"兵器"っていうのはね、使うためにあるんだ。
高い金をかけて造った兵器、使わなきゃ意味がないじゃないか」


すでにその目は、プラントにのみ据えられていた。










-月と太陽・47-










白い光に包まれ、ほんの少しの瓦礫を残して消えた要塞ボアズ。
…プラント本国を守る門の支柱が片方、失われてしまった。
パトリックやエザリアは、発するべき言葉さえ見つけられない。

「どうやら事態は…もっと深刻なようですな」

静まり返った部屋に、クルーゼの声はよく響いた。
その声がスイッチになったのか、それぞれがざわめき出す。
「核が…そんな馬鹿な!」
血のヴァレンタイン。
その悲劇を2度と起こさせぬよう造り出された、NJC。
もはやその力は無に等しいのか。
「おのれナチュラル共…!」
パトリックは拳を震わせ、何も無くなった"ボアズであった場所"を睨みつけた。
「クルーゼ!」
「はっ!」
クルーゼを振り返ったパトリックの目には、強い怒りのみが宿る。

「ヤキンへ上る!ジェネシスを起動させるぞ!」

それこそが、クルーゼの望むことだと気付かぬまま。
パトリックの決断を内心で嘲笑いながら、クルーゼは敬礼を返す。
「はっ!」
次に起こる出来事に、笑みを浮かべながら。





「連合がボアズへ進軍した…?!」
エターナルのパイロット控え室で、そんな情報を伝え聞いたキラとアスラン。
2人はブリッジへ急ぐ。
「ラクス!」
ブリッジへ入ると、ラクスとアンディもその話の最中だった。
エターナルへ赴いていたマリューとカガリも、苦い表情を隠せておらず。
いつものことだが、カナードだけはあまり表情に変化がない。
「連合がボアズへ向かったという話は…?」
重い空気の中アスランが尋ねると、ラクスは俯く。
「…いいえ。事態はもっと早く…最悪な方向へ向かってしまいました」
「え?」
アンディを見ると、彼はため息と怒りを一緒に吐き出した。

「ボアズはもう落ちた。連合の核攻撃によってな」

絶句という言葉が相応しい沈黙だった。
ラクスの言葉がいかに的確なのか、ようやく理解する。
「そんな…連合が核を…?!」
血のヴァレンタインで母親を亡くしているアスランは、心の疵を大きく抉られた気がした。
…2度と起こさせぬという願いは、こうも簡単に崩れ去るのか。
「ボアズが落ちて、しかもまた核を撃たれた。…もう、あちらも容赦しないさ」
モニターに映るのは残る柱、ヤキン・ドゥーエ。
すでに防衛線が張られており、全ての戦力が集結し始めている。
「なぜ…このような……」
肩を震わせるラクスの横で、キラは1段低くなったオペレーションスペースにいるカナードを見た。
その視線に気付いたのか、カナードもこちらを見上げる。

『 鍵 』

2人が考える事柄は同じだった。

フレイが叫んだ、"鍵"という言葉。
クルーゼが笑った、"鍵"という言葉。
それは全く同じものを指していたのだろう。
あのときカナードは、"人間がいなくなれば戦争は終わる"と言った。
それを実行しようとしているのが、クルーゼだ。

手に入れたNJCのデータを、フレイを使い連合側へ流す。
流れのままに核を撃たれたザフト側は、同様に撃った相手を迷いなく撃つ。
最終的にその矛先は、"ナチュラルだらけ"の地球へ向くだろう。
…利があるのは、宇宙育ちのコーディネイター。
だが彼らは、地球を撃った後に自分たちがどんな目に遭うのか、想像しない。

全ての事柄を似せたところで、それが大きな歪みを生み出すとも知らずに。

「戦争で、初めて敵を撃ったとき…」
モニターを見上げながら、アンディが話し始める。
遠い思い出を話すかのように。

「…俺は震えたね。人を殺しちまったんだと。だがすぐに慣れると言われて…確かにすぐ慣れた」

"慣れる"ということは、感じなくなるということだ。
マリューが問い返した。
「あのボタンも、核のボタンも同じだと…?」
まるで自嘲するかのような笑みでアンディは答える。
「違うかい?人間ってのは、すぐに慣れちまうんだ」
なぜ、そのような事態が起こるのか。
なぜ、兵器などという物が存在するのか。
ラクスは自分の膝に落としていた視線をゆっくりと上げる。

「…行きましょう。連合軍の次の狙いは、間違いなくプラントです」

アンディも頷いた。
「そうだろうな。ヤキンの位置も、本国と月の間にあるわけじゃない。
防衛軍じゃ防ぎきれない可能性がある」
「では、プラントへ」
「ああ」







第三勢力がプラントへ向かった頃。
連合軍は新たな核兵器の補給と整備に忙しかった。
「まだ準備は終わらないんですか?」
悠長にシャワーを浴びて戻ったアズラエルは、やはり悠長に通信回線の向こうの整備担当者へ尋ねる。
『はっ、申し訳ありません。今しばらくお待ちを』
「ふぅん…。ま、のんびり行きますか」
さすがに月からの補給は時間がかかる。
けれど焦る必要はない。
…あの"砂時計"は、目と鼻の先にあるのだから。



「え〜っと、アガメムノン級の方に食料・生活物資10ケースずつ。飲料水が15ケースずつ。
で、この船に同じく10ケースと15ケースっと。間違いないよな?」
「…ええ。ご苦労様でした」
「よし!じゃあここにサインよろしく」
女性整備士は目の前の、ジャンク屋組合(ギルド)のマークを持つ男から受け取った領収書と確認書に目を通す。
「ローウー!こっちも終わったよー!」
別の場所で補給物資の説明をしていた、同じくジャンク屋組合のマークを持つ女性が戻ってきた。
"ロウ"と呼ばれた茶髪に青いバンダナをしたジャンク屋は、あ、と何かを思い出す。
「なあ樹里。あいつらが言ってたヤツって、なんて名前だったっけ?」
"樹里(キサト)"と呼ばれた赤茶の髪のジャンク屋がぽん、と手を叩いた。
「あ、そうそう!ドミニオンってこの船だったよね。確か"スピネル"って名前だったよ?」
「お〜、そうだった!なあそこの姉ちゃん!」
「何か?」
ロウは確認書にサインしようとしていた整備士へ再び声を掛ける。

「この船にさ、"スピネル"って名前のヤツ乗ってないか?」

整備士の目がすっと細くなる。
「…何の御用で?」
「あー…、あいつのダチ(?)からの伝言なんだけど。あんたらに聞かれたって構わない話」
さすがにヤバいかと思いつつ、用があるのは本当なのでロウは続けた。
…樹里はビクリと怯えて、ロウの後ろに隠れてしまっている。
サインし終えた確認書をロウへ返した整備士は、少し間を置いて答えた。
「5分以内で済ませられますか?」
「ああ、十分」
「では少々お待ちください」
その場を動くなと2人を牽制し、整備士は別のチーフらしい人間へ相談しに行った。
樹里はこそりとロウへ耳打ちする。
「大丈夫なの?なんかヤバそうだよ…」
反対に、ロウはけらけらと笑った。
「だーいじょうぶ。ジャンク屋撃つなんて国際法違反はしないって」



ピーッピーッ、と通信を知らせる音が鳴り響く。
「…もう出撃……?」
それにしてはどうも、けたたましい音ではない気がする。
自室で仮眠を取っていたスピネルは、そんなことを考えながらベッドの傍にある通信機に手を伸ばす。
「なに…?」
回線の向こうの騒がしさから察するに、格納庫か。
『お休みのところを申し訳ありません。フォーカス中尉に面会したいという者がいるのですが』
「…誰?」
『"ロウ・ギュール"と名乗るジャンク屋です』
眠い思考で考えてみるが、記憶にない。
むしろ今まで、ジャンク屋に会ったことがない。
『お心当たりがないのでしたら、先方へお断りしておきますが』
スピネルの沈黙を的確に悟ったらしい。
通信機の向こうの女性兵士はそう続けた。
その聡さに感心しつつ、スピネルはそれを否定する。
「…いや、会ってみるからそのまま待たせといてくれ。ああ、ブリッジへの連絡は無用だから」
『了解しました』
そして念のために、騒がれないよう手を打っておいた。



「"ロウ・ギュール"ってのはお前か?」

母艦リ・ホームへの連絡を終え、さて、と仕切り直したロウに後ろから声が掛かった。
しかし同時に振り返ったロウも樹里も、ぽかんと口を開ける。
…銀青の髪に翡翠の眼をした、まだ20歳に至っていないと分かる少年。
「俺がスピネル・フォーカスだけど…?」
少年が訝しげに眉を顰めたので、2人は慌てて手を横に振った。
「いや、悪い悪い。こんなヤツだとは思ってなくてさ」
「こんな綺麗な子だとは思ってなかったの」
言ってから、樹里はハッと手で口を塞ぐ。
その行動が示すものを正確に読み取ったスピネルは、警戒心を緩めて笑った。
「俺はナチュラルだから、おおっぴらに言ったって誰も問題にしないよ」
2人はまたしてもぽかんと口を開く。
「世界って広いな…」
「広いよね…」

…相性の良さそうなカップルだ。
そんなどうでも良いことを考えて、スピネルはもう1度尋ねる。
「俺に何か用か?」
すると男の方がぽん、と手を叩いた。
「そうそう、あんたに伝言があったんだよ。あ、俺はロウ・ギュール」
「私は樹里!茶髪の子と黒髪の子の2人組って知ってる?」
彼らは自己紹介と一緒に用向きを言ってきた。
同時に、その"伝言"を伝えた方の名前を出さなかった。
「…知ってる」
スピネルは表情を改めて頷く。
ここは連合軍の艦。
回避出来る危険は、回避すべきだろう。

「そのまんま伝えるね。"彼女をよろしく"、だって」

言われた方が知っていなければ、何の話かまったく分からない。
けれど知っているスピネルは、その"伝言"に笑みを浮かべた。
「分かった。"出来る範囲で"って返してくれるか?」
「おう!お易い御用だな!他にはあるか?」
スピネルは少し考える。
…おそらく、会う機会はもうないのだろうが。

「"またな"って言っておいてくれ」


果たしてそれは、叶う願いか叶わぬ願いか。





外の見える居住区で、ナタルは1人物思いに耽っていた。
こちらの核攻撃で落ちた要塞ボアズは、すでに跡形もない。

開戦直後の2月14日、同じ光景が軍事と全く無関係の農業プラント・ユニウスセブンで起きた。
ナタルはその頃地球におり、実物は映像でしか見たことがない。
しかしその後、AAがデブリ帯へやって来た際にその廃墟を見てしまった。
(これが、人のすることだろうか…?)
軍人の自分が言える口ではないが、ボアズ陥落で強く思う。
なぜ、戦争が終わらないのだろう?
早く終わらせたいと願う心とは裏腹に、取り返しのつかぬところまでやって来てしまった。

「バジルール艦長…」

深くため息をついたそのとき、後ろから声がした。
「フレイ・アルスターか。どうした?」
交代の時間だったのだろう。
フレイは黙ってナタルの横へ移動し、同じように散らばる星を見つめる。
「…本当に、居住区に移らなくても良いのか?」
しばらくの沈黙を挟んで、ナタルは彼女へ尋ねた。
フレイは黙って頷く。
「知らなかった…から…」
小さく呟かれた声は、微かに震えていた。

「私、知らなかった。いつも皆の傍にいたのに。みんな…みんな、あんな恐いものたくさん見てたのに!」

…恐いから。
嫌だから逃げていた。
艦を、そんな自分を守ろうと、彼らは必死に歯を食いしばっていたのに。
叫ぶフレイの目元から、球体になった涙が飛び散る。
彼女へハンカチを差し出しながら、ナタルは再び外を見つめた。
「見なくて良いものなら、見ずに済めば1番良い」
フレイは顔を覆っていた両手を、ぐっと握り締める。


「あの人!あの人、言ったのに!アレが地球軍に渡ったら戦争は終わるってっ!!」



そんな終わり方を許せる人間はいない。
…片方が滅べば、終わりだなんて。












第4部・END


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