『定刻です』
『全艦、発進!』
戦艦ワシントンが旗艦となり、連合軍によるプラント侵攻が始まった。
連なる砂時計の手前には、ザフトのプラント防衛線が展開している。
「なんか…前よりいっぱいいるね」
「雑魚ばっかってのも張り合いねーけどな」
「どうでもいいよ。出ろって言われりゃ出て殺るだけさ」
「…間違いじゃないな」
ドミニオンの格納庫で、スピネルたちは出撃命令を待つ。
『ナチュラルの野蛮な核など、1発たりとも再び我らの頭上に落としてはならない!』
プラント前の司令部で、エザリアが防衛軍の指揮を執る。
一方でパトリックはヤキン・ドゥーエへ上り、ジェネシスの最終調整を急がせていた。
『血のヴァレンタインの折り。核で報復しなかった我々の思いを、ナチュラル共は再び裏切ったのだ!』
核を撃つ代わりに、抑制するためのNジャマーを撃ち込んだ。
それはすでに無効化されてしまっている。
『ザフトの勇敢なる兵士たちよ!』
高らかに響くエザリアの声。
イザークは母のそれを聞きながら、自身の率いる隊の発進を命じる。
「ジュール隊、出るぞ!」
プラント本国を、守らなければ。
それぞれの最前線が、互いの射程距離に入る。
『ザフト軍、射程に入ります』
『全艦、攻撃開始!』
『今こそその力を示せ!この世界の次の担い手が、誰かということを!』
多くの人間の命を奪い、全ての人間を不幸にしたナチュラルとコーディネイターの戦争。
後に"第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦"と呼ばれた最後の戦いが、始まった。
-月と太陽・第5部『ヨイノタイヨウ』-
全艦のMSへ出撃命令が出される。
慌ただしく連絡を取り合うオペレーションスペースの兵士たちを見つめながら、ラクスは俯いた。
「私たちは、間に合わなかったのかもしれませんわね…」
ぽつりと落とされた言葉に、アンディやダコスタが振り返る。
…ラクスの手元には、いつも連れているピンク色のハロ。
騒がしいそのハロも、今は彼女の心境と同じように静まり返っている。
ラクスはつと顔を上げると、モニターに映る己の故郷を懐かしく憶った。
「平和を叫びながら、その手に銃を取る。それもまた、悪しき選択なのでしょう…」
それを選択出来ないのなら、どうすれば良かったのだろう。
ただ平和を歌うだけでは、何も変わらなかった。
失うものばかりが増えていった。
「けれど…」
今の自分も変わらない。
別の誰かの未来を奪っていることは、紛れもない事実。
「けれど今は…」
どうすれば終わるのか。
今自分たちが出来ることを、出来ると思うことをやるしかない。
「けれど今は、この果てなき連鎖を断ち切る"力"を!」
フリーダムとジャスティスの発進が完了した。
「ミーティア起動完了。動作確認、終了しました」
管制官の声に頷いたアンディは、新たな指示を出す。
「ミーティア、リフトオフ!」
"流星"と呼ばれる、エターナルの艦首に装備された1対の付属武器。
フリーダム、ジャスティス専用の追加武装であり、火力だけでなく推力も格段に上がる。
…少しでも速く、核を撃ち落とせるように。
『核を、たとえ1発たりともプラントへ落とさせてはなりません』
ラクスの声が回線を通じて入ってくる。
『撃たれる謂れなき人々の頭上に、あの光の刃が再び降り注げば。
それはまた、果てのない憎しみを生むでしょう』
2度と起こさせない。
あのような悲劇を。
「おらおらおら!行くぜっ!!」
カラミティの砲撃を合図に、ドミニオンのGATシリーズは敵陣へ切り込んだ。
…今までよりも圧倒的に数が多いザフト軍MS。
双方の艦砲も全門が開かれ、ビームやミサイルが絶え間なく飛び交う。
「あいつらは…っ!」
連合側の最前線で、次々にゲイツやジンを撃墜していく4機のMS。
上から幾度となく報告が来た、連合の新型とストライク。
イザークはデュエルの操縦桿を握る手を強め、戦場の隙間を縫い4機へ迫った。
「貴様ら!いい加減にしろーっ!!」
レイダーへ向けてビームを放つと、相手はMA形態を解除しこちらを向く。
「ああ?」
思った以上の正確な射撃に、クロトは片眉をつり上げた。
…相手のMSは、どことなく形状が似ている。
「スピネル、あれ何だよ?」
途切れず放たれるビームを避けながら回線を開くと、いつもと変わらぬ声が返った。
『デュエルだよ。GATのプロトタイプ』
アサルトシュラウドのミサイル砲撃を、ミョルニルを振り回すことで機体へ届く前に爆発させる。
逆に撃ち返すと、デュエルは不利を見て取ったのかレイダーと距離を取った。
…その瞬間に判明したのは、機体性能の差。
イザークは思わず舌打ちする。
「くそっ!!」
デュエル1機では、相手のGATを落とせない。
4機に続くように防衛戦へ侵入して来たダガーを撃ち落としながら、イザークは相手と距離を取る。
そのとき、傍に友軍機がいなかったからだろうか。
イザークから見て左手の視界が大きく開けた。
「…?」
プラント本国に近い防衛戦の端。
そこにちらちらと、大量の何かが光っている。
「なっ、あれは!!」
モニターに拡大すると、映ったのは息が止まるかと思うほどに衝撃的な。
MSからすると雑魚でしかない、MA・メビウスの大軍。
装備部分には射撃系の武器ではなく、ミサイルのようなものが装備されている。
…円形に並ぶ、赤で塗られた3枚の羽。
ミサイルの先に描かれたそのマークは、核兵器である証。
「まさかっ…本国を?!」
脳裏に浮かんだのは、一瞬のうちに廃墟となったユニウスセブン。
もしあの核が全てプラントに到達すれば、自分たちの故郷は1基たりとも残らない。
「あのミサイルを落とせ!プラントをやらせるなっ!!」
その声に呼応した数機のゲイツが、デュエルと共に迎撃へ向かう。
「おっと、そいつは無理だぜ!」
目敏く気付いたオルガは、連撃でそのうちの数機を撃ち落とした。
それを見たクロトもレイダーの機動力を生かし、先頭にいたデュエルの前へ回り込む。
「君たちは僕の相手をしてくれなくちゃ!」
「くっ!」
レイダーの攻撃にデュエルの足が止まる。
その間に別の位置から、フォビドゥンの曲射ビームが迎撃へ向かうゲイツをまとめて撃破した。
「だめだよ。キレイなんだぜ?」
そんな彼らを横目に、やはりスピネルも向かってくるMSを撃ち抜いていく。
メビウスの安全装置が解除され、核ミサイルが独立して動き始めた。
その先は、連合が"砂時計"と呼ぶプラント本国。
「やめろーーーっ!!!」
アスランはミーティアの射撃砲を全て開き、プラントと核ミサイルの間へ撃ち込んだ。
続いてキラも同じく、ミーティアの一斉射撃を核ミサイルへ撃ち込む。
…1発が核爆発を起こせば、熱波の広がる位置にある別の核も。
連鎖的に白い光を炸裂させた核ミサイルは、全てプラント本国へ届く寸前。
核を撃った連合側も、撃たれたプラント側も。
どちらも何が起こったのか、咄嗟に理解出来なかった。
『地球軍は、今すぐ攻撃を中止して下さい。
何を撃とうとしたのか、あなた方は本当にご存知ですか?!』
ミーティアを装備したジャスティスとフリーダムに続き、エターナル、クサナギ、AAが防衛線に辿り着いた。
全周波で流れる言葉など意に介さず、なおも放たれる核。
それをデュエルに続きバスター、アヌビス、そしてハイペリオンが撃ち落とす。
『もう1度言います。地球軍は今すぐ攻撃を中止して下さい』
ヤキンまでは届かずとも、全域に流れるラクスの声は場に混乱を生んだ。
「どういうつもりだ?ラクス・クライン!」
エザリアは司令部で、モニターに映るエターナルを睨みつける。
…別動隊の核に気付かなかったのは、確かに自分の手落ち。
だが何故、あの勢力はこんな場所へ割り込んで来た?
アズラエルもまた、入ってきた少女の声に眉を顰める。
「何なんです?この子は」
あの妙な色の戦艦はまさか、このような子供に従っているというのか。
(この声、まさか?!)
フレイは動揺を声に出すところだった。
…この声は、あのピンクの髪をした女の声。
同じピンクの戦艦の横にAAの姿が入ったことで、動揺は怒りに変わる。
(どうして…っ?!)
なぜ彼女はまた、"彼ら"の傍に苦労せず立っている?
『最高評議会議長の娘』
その生まれの差が、自分との差?
権力を持たない自分を、まるで嘲笑っているかのような。
(…っ、ふざけないで!!)
通信士としての仕事を忘れ、あの戦艦の最も高い場所に座っているであろう女を睨み据える。
…今のフレイに、彼女が同じく不幸を目の当たりにしているという想像などない。
あるのはただ怒りと悔しさと…そう、"嫉妬"。
(あそこは、あの場所は!)
その場所は、私の居場所。
第三勢力の出現に戸惑う前線に対し、ヤキンは対称的な程に動揺がなかった。
その筆頭たるはやはり、全ての指示を出すパトリック。
彼はエザリアの報告も軽く一蹴した。
「ラクス・クラインらが?…構わん、放っておけ。所詮は小娘共だ」
たった3隻の勢力に、何が出来るというのか。
『ジェネシス起動電圧、確保完了しました』
『Nジャマーキャンセラー起動、異常ありません』
ヤキンの中核を成す、巨大なオペレーションスペース。
そこからジェネシスの起動に異常がないことを示す報告が上がってくる。
「あんな小娘などおらずとも、この一撃で我らの勝利が決まる」
吐き捨てたパトリックの後ろで、クルーゼは気付かれぬよう笑みを浮かべた。
…1度スイッチを押したなら、2度も3度も同じこと。
パトリックはプラントを狙う連合軍へ、何度目か知らぬ怒りを燃やす。
「部隊を下がらせろ、エザリア。思い上がったナチュラル共に、我らの真の力…目にもの見せてくれる!」
目標は、前線に展開する地球軍艦隊。
『ミラージュコロイド解除!』
『フェイズシフト展開!』
ヤキン・ドゥーエの背後に、巨大な建造物が浮かび上がる。
「あれは…?」
第三勢力も連合軍も誰1人として、その用途が何かさえ分からない。
一方で、ザフト軍であるイザークの元に伝達が入った。
「"全軍、射線上から退避せよ"…?ではあれは…」
ヤキンの背後に浮かぶ、あの建造物はまさか。
思わずかつての仲間へ叫んでいた。
…あれは、最高機密のような存在であった兵器か。
「下がれ!ジャスティス!バスター!ジェネシスが撃たれるっ!!」
その無線を傍受したキラとカナードが、いち早く事を察知した。
「まさかあれ、広射程の兵器なんじゃ?!ラクス!!」
「艦長!全軍をザフト側へ退避させろ!!」
彼らの声に誰よりも速く反応したアンディが、素早く指示を出す。
「全艦、プラント側へ退避!!」
クサナギとAA、そしてそれぞれのMSが後に続いたその瞬間。
『この光が、我らコーディネイターの創世の光とならんことを!』
創世か、破滅か。
強烈な輝きが走り、地球軍艦隊を直線上から根絶やしにした。
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