連合軍を直線上に焼き尽くした、鮮やかな光。
その光は瞬きもせぬ間に駆け抜け、あまりにも強すぎた。
開発したザフト側さえ、大部分の人間がその威力に言葉を失くす。

「これが…人間のすること…?」

エターナルの傍で、キラは光が走り抜けた先を凝視する。
核の光よりも眩しさがなく、けれどその速さは核を越えていた。
共通するのは、どちらも射程に入った物の残骸がほとんど残らないこと。
…連合軍が撤退を始める。
数秒遅れて、エターナルから通信が入った。

『我…も退くぞ!このま…では、ど…にもなら…だろう』

ジェネシスが放たれた余波だろうか。
回線は途切れ途切れで、雑音ばかりが流れてくる。
それでもヤキンのパトリック・ザラの演説は、驚くほど鮮明にキラたちの耳に届いた。










-月と太陽・49-










一体何が起こったのか。
それをようやく理解したのは、辺りが悲鳴と焦燥の声に溢れてからだった。
スピネルはハッと我に返り、あの光の直撃を免れたドミニオンへ向かう。

『維持装置がやられてるんだ!着艦の許可を!』
『バジルール少佐!これは一体…!』

生き残った艦の人間、MSのパイロット。
彼らの声が四方八方から響き、傍目に無傷と分かるドミニオンは全ての判断を任される状態となった。
無線からひっきりなしに入る声に、ナタルは舌打ちしたくなるのを堪え指示を出す。
「浮き足立つな!各艦の把握急げ!…旗艦ワシントンはどうなっているか?」
しかし、通信士からの返答は無情なもの。
「ワシントンのコード、消滅しています!」
「なんだと…?!」
あの艦を中心に作り上げられていた編隊は、全滅ということか。
ナタルさえも途方に暮れかけた中、相変わらず入ってくる無線の声に見知ったものが混じった。

『MSの方は俺が何とかする!バジルール少佐は艦隊の再編成と撤退を急げ!!』

ドミニオンへそう怒鳴ってから、スピネルは素早くモニターを見遣る。
「シャニ、オルガ、クロト。お前らまだ動けるか?」
返答はすぐに来た。
「ああ、まだ行けるんじゃない?」
「機体の燃料切れはないぜ」
「あと1時間はいけるとか言ってたしね」
クロトの返答はおそらく、彼らにとって命にも等しい"薬"に関することだろう。
スピネルは簡単な時間計算をしてみる。
「…OK。じゃあ、お前らもしばらく着艦はナシな」
「「「はあ?!」」」
3人分の怪訝な声を無視して、回線を全周波へ切り替える。

「MSの着艦優先順位は、維持装置に異常があるヤツとコックピット付近が破損したヤツだ!
燃料切れのヤツはそいつらの次!騒いでる間に追撃が来るからさっさと動けよ!!」

人の上に立てる人間と、従うべき何かを失っても歩ける人間。
"普通"と一線を画するその資質は、"普通"とどう違うのか。
心理学者でもなんでもないナタルには分からない。
けれどこのスピネルという人間が、"普通"でないことだけは確かなようだった。
("連合の蝶"か…)
彼に言われずとも艦隊の把握に努めるナタルは、彼の二つ名の意味を正確に悟った。
…あれだけ右往左往していた、戻るべき母艦を失ったMSたち。
スムーズとは行かないまでも、彼らは収集が付くまでに落ち着き始めていた。
一方でナタルは、残存艦隊全ての指揮を執る。

「全艦撤退、現宙域を離脱する!残存部隊は本艦を目標に集結せよ!」





混乱が混乱を呼ぶ戦場を呼び込んだ、ヤキン・ドゥーエ内部。
ジェネシスの威力がどれほどのものなのか、彼らだけはよく知っていた。

『ジェネシス、最大出力の60%で掃射!』
『ミラー換裝開始!本体に異常ありません』
『地球軍艦隊の半数を撃破。撤退を始めます』

巨大なモニターに映るジェネシスを、クルーゼは珍しく感嘆という感情で見つめていた。
「さすがですな、ザラ議長閣下。ジェネシスの威力、まさかこれ程のものとは…」
核などよりも余程、殺戮兵器に相応しいではないか。
クルーゼを振り返ったパトリックは、眉1つ動かさない。
「ふん。戦争は勝って終わらねば意味が無かろう」
「…では地球を?」
返答には少しの間があった。
「月基地を撃たれてもなお、奴らが歯向かって来るならばな」
パトリックはゆっくりと立ち上がり、戦闘宙域へ声を上げる。


『ザフトの勇敢なる兵士諸君!傲慢なるナチュラル共の暴挙を、我らはこれ以上許すことは出来ぬ!
プラントに向けて再び放たれた核。これはもはや戦争ではない!虐殺だ!!』


ジェネシスの威力に呆然としていたザフト軍が、にわかに活気づく。
それを察知したナタルは新たな指示を出した。
「ローエングリン照準、敵の先方を狙え!発射と同時に転身、マーク5008へ集結せよ!」
MSの収集が付き、スピネルたちもようやくドミニオンへ収容された。
…さすがにMSでは戦艦の速さに追いつけない。
彼らが着艦したことを確認し、ナタルは命じる。
「ローエングリン、撃てぇっ!!」



ジェネシスの第1射目。
連合軍は一時撤退し、ザフト側の勝利が色濃いという結果が残った。





再びデブリ帯へ潜み、第三勢力の面々はジェネシスへの対策を講じていた。
エターナルのブリッジで、キラたちはクサナギのエリカからの報告を聞く。

『あれはγ線です。熱源には核を用い、爆発で生じたエネルギーを凝集…直接コヒーレント化させるもの。
地球に向けて発射されれば、強力なエネルギー輻射は地表全土を焼き払い、あらゆる生命を根絶やしにするでしょう』

想像以上に恐ろしい威力だ。
もし地球が撃たれれば、彼らは…自分たちは、帰る場所すら失ってしまう。
「撃ってくると思いますか?…地球を」
拳を握り、マリューは画面の向こうのエリカへ問いかける。
エリカは微かに首を横に振り、クサナギからの回線が閉じた。
彼女に代わるように、アンディが口を開く。

「…もう、核を撃たれちまったからな。可能性は否定出来ない」

沈黙が落ちる中、キラとカナードは思考に耽っていた。
「キラ?」
どこか1点を見つめたままのキラに、アスランが声を掛ける。
しかしキラは、予想と違い深刻な顔ではなかった。
呼びかけたアスランを見て、彼は首を傾げる。
「あれ?何か言った?」
「いや…。どうかしたのか?」
キラは笑った。
「ん〜、別に?ちょっと役者が足りないと思ってさ」
そして彼はカナードを見る。
アスランやラクスが同様にそちらへ目をやると、その彼も笑っている。
「何がおかしいんだ?」
カガリは些かムッとした表情で尋ねた。
…この状況から言えば、当然だ。
カナードは軽く肩を竦めると、モニターを見上げた。
「別に?ザフトの切り札はあの兵器だけじゃないって話だ」
「「え?」」
キラ以外の誰もがその言葉に驚いた。
「カナード君、どういうこと?」
代表するようにマリューが問うと、カナードは何故分からないのかと言いたげに彼女を見やった。
「もう蚊帳の外にしてんのか?あんだけしつこく追撃されてただろーが」
「え…?」
彼女らの察しが悪いのか、それとも彼の言い方が悪いのか。
カナードは眉を顰める。
「…おめでたい奴らだな」
その言い方には、明らかな侮蔑が混じっている。
さすがにアスランが腹を立て、問い返した。
「何が言いたいんだ?」
一瞬だけアスランへ視線を向け、カナードはまたモニターを見上げる。

「ザフトはほぼ全軍をジェネシスとプラント防衛軍に出してるんだ。
それなら何故、あのラウ・ル・クルーゼが出て来ない?」

言われたアスランもハッと息を呑んだ。
…なぜ、忘れていたのだろうか。
「僕はジェネシスにいると思うんだけどね。アスランのお父さんと一緒に。
出て来たならたぶん、少佐が気付くはずだし」
「!」
アスランの表情が強張る。
「きっと、あの兵器の守りの要だ」
かつての上司、そして実の父。
最も複雑な立場にいるのは、間違いなくアスランであろう。





ヤキン・ドゥーエを挟んだ、第三勢力と反対側のデブリ帯にて艦隊再編を行う連合軍。

「ああ、そうだよ!すぐに増援を送るんだ!
あいつらにあんな兵器を造らせる間を与えたのは、アンタたち上層部の怠慢だよ!!」

通信士であるフレイの横で、アズラエルは通信相手に怒鳴る。
…月面基地、プトレマイオス。
宇宙における連合軍最大の拠点だ。
オブザーバーでありながら、すでにアズラエルの権力は上層部の上を行く。
フレイは彼の怒鳴り声にビクリと肩を震わせながら、その言い分が間違ってもいないと考えた。

戦場を敵味方と区別なく流れて来たフレイの目は、それなりに肥えている。
後で知った、AAの盾となって散ったメネラオスの提督。
あの時点で上層部がMSの開発に力を注いでいれば、もっと早くにヤキン防衛線を突破出来たのかもしれない。
『ジェネシス』などという兵器を、持たせずに済んだのかもしれない。
…所詮は、if でしかないけれど。

「艦長、ロサンゼルスから救援要請です」
別の通信士からの報告に、ナタルは振り向くと頷いた。
「分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」
アズラエルが眉尻を吊り上げる。
「おいアンタ!アンタも何言ってるんだよ!!」
今度は何だ、とナタルは眉を寄せた。
そんなことなど気に留めず、アズラエルは再び怒鳴った。
「何でこの艦が救援なんかするんだ?!さっさと艦隊を編制して再出撃するのが先じゃないのか?!」
「しかし理事…!」
ナタルは立ち上がり、アズラエルを正面から見据える。
「いくら何でも無茶です!我が軍が被った被害の甚大さは、理事もよくご存知のはずでしょう?!」
通信機をフレイへ突き返し、アズラエルは一層険しい視線でモニターを指差した。

「あそこに!あんなもの置いとくわけにはいかないんだよっ!!」

彼が指差すモニターの奥には、あのジェネシスの姿がある。
フェイズシフトを展開され、手前にあるヤキンに守られた殺戮兵器が。
アズラエルは艦長席の1段下にある自身の座席へ戻り、備え付けのモニターでブリッジモニターを操作し出した。
カチリ、と切り替わった画面は、先程の第1波から予想されるジェネシスの射的距離とその威力。

「何が"ナチュラルの野蛮な核"だ!あの兵器の方が遥かに野蛮じゃないか!!」

簡単な座標計算で出た数値は、恐ろしい結果を導き出す。
「あの距離からでも十分に地球が狙えるんだ。四の五の言ってる暇はないんだよ!」
もしも撃たれた結果など、言わずとも分かる。
彼の言い分は間違ってなどいない。
ナタルは唇を噛んだ。
そんな彼女を、アズラエルは鋭く見返し言い放つ。


「無理でも何でもやってもらう!地球が撃たれる前に!!」