「え?戦争が終わったら?」
いつだったか、そう尋ねたことがあった。
「あ〜…でもそんな話してるヤツ、いるよね」
「何言ってんの?とか思ったけど」
「自分には関係がないから?」
「「そう」」
シャニとクロトは事も無げにそう答えたが、オルガだけは少し違った。
「けど確かに、戦争が終わったら俺らはお払い箱か」
「「…あ」」
「俺は1度くらい、誰にも邪魔されずに本読みてぇな」
「…嫌み?」
「当然だろ」
「うわ、言い切ったコイツ!」
彼らは周りが思っている程、仲が悪いわけではない。
ただそう見えてしまうだけで。
「けどさぁ、軍出れるったって俺ら行く場所ないじゃん」
「そうだよな〜…あ、スピネルは?」
「俺?家はあるけどな。公式的に養子ってなってるし」
「誰の?」
「ムルタの」
「……マジで?」
「…金持ちっぽいけど、あのおっさんは嫌」
「同感だな」
「金持ちっていえば、フレイも金持ちのお嬢だぜ」
「フレイ?」
「新しい通信士の」
「あー…艦長と一緒にいた紅い髪の女?」
「そう」
「へぇ〜…」
そんなことを話して、楽しいと思った。
…あの2人やフレイといるときと、同じように。
-月と太陽・51-
『ジェネシス、ミラー2号機の換裝完了』
『起動電圧確保。ニューカートリッジに接続』
『システム、オールグリーン』
連合軍が再び進撃を開始し、第三勢力もまたヤキンへ向けて進軍を開始した頃。
ヤキン中枢では、ジェネシス2射目の座標が入力されようとしていた。
パトリックは立ち上がり、次なる目標点を命ずる。
「目標点入力。地球軍月面基地、プトレマイオス」
ヤキンにほど近い位置で交戦中のドミニオンら別艦隊に、攻撃が当たることはない。
だがその艦隊への追加部隊は、大部分がジェネシスの射線上にいる。
(我らの勝ちだ。ナチュラル共!)
月面へ向けたジェネシスが、連合軍の補給路を全て断つ。
「発射!」
あのγ線レーザーは、再びキラやナタルたちの間近を横切った。
ミーティアを装備し先にヤキン宙域で交戦していたキラとアスランは、恐ろしく速い戦況に驚愕を隠せない。
「…っ!また?!」
撃たれてしまったあのレーザーを、止める術はない。
キラとアスランは光が走り去った方向を見つめた。
「前方より巨大な熱量を感知!」
「なにっ?!」
目を瞬く間もなく、ドミニオンの向こうを光が走り去る。
あの光は、自分たちを狙ったものではない。
「…まさか…予想される目標点は?!」
ナタルの声に光の到達点を予測計算したクルーは、思わず手を止める。
「これは…!プトレマイオスです!!」
「「なんだって?!」」
ナタルもアズラエルも、衝撃に座席から腰を浮かせた。
…地球を狙える兵器ならば、もちろん月を狙うことも出来る。
モニターに映った月面基地は、すでに大量の煙を吹き上げるだけだった。
「増援部隊から入電です」
通信士の言葉に、誰もがハッと我に返る。
「"我、艦隊ノ80%ヲ失ウ。救援ヲ求ム"」
AAのモニターでも、月面基地ではなくただ朦々と立ち上る煙だけが映っていた。
「そんな…月基地が…」
宇宙へ上る連合軍の兵士は、必ずあの基地へ立ち寄る。
そのためマリューやフラガもあの場所を、そこで働く他の兵士たちを知っている。
「月基地を破壊されては、地球軍は退くしかないわ…」
補給増援の艦隊も、同じ射線上にいた。
「…っ、ナタル!!」
お願いだから退いてほしい。
これ以上、無益な戦いを繰り広げないために。
『地球軍月面基地、プトレマイオスを撃破』
『ミラー換裝開始。2号機は廃棄ルートへ』
破壊し続けるジェネシスだけは、変わらぬ動きを繰り返す。
ドミニオンの傍にいるアガメムノン級から通信が入った。
…その戦艦は、核を積んでいる。
通信機をひったくり、アズラエルは怒鳴った。
「あの4機を呼び戻してピースメーカー隊を発進させろ!
あの忌々しい砂時計、1つ残らず叩き落とすんだ!」
『はっ!』
今度こそ、ナタルは怒鳴り返した。
「何を馬鹿な!そんなことをしても、地球への脅威の排除にはなりません!」
通信機を突き返し、アズラエルは腹立たしげにナタルを睨み返す。
「そっちこそ何を言っている!あの兵器が脅威だって?当然じゃないか!
コーディネイター全てが地球に対する脅威なんだよ!!」
『コーディネイターのくせに、馴れ馴れしくしないでっ!』
すぐ傍で彼らの言い争いを聞くフレイは、自分が言っていたことを思い出す。
ピンクの髪をした女に向けて放った、あの言葉。
あれはそのまま、アズラエルが言っていることと同じではないか。
(…私は、こんなことを言ってたの?)
コーディネイターが嫌い。
けれど、あの2人は嫌いじゃない。
同じコーディネイターなんだから、憎むべき?
コーディネイターはみんな、ナチュラルを見下してる?
(違う…違う!絶対に違う!キラは、カナードさんは、私を認めてくれた…!)
キラに「ありがとう」と言われたあのときに、そう思った。
自分はほんの少しでも、彼らに必要とされたと。
索敵担当のサイが、ドミニオンやその周りの艦隊の異変に気付く。
「ドミニオン他アガメムノン級、転身します!」
「なっ?!」
転身した方角はヤキン・ドゥーエではなく、プラント本国。
「キラ君!アスラン君!戻って!!」
AAの電信に、2人はまたもプラント側へ急行する。
「これではいつまで経っても…!」
ジェネシスを破壊出来ない。
呼び戻された4機のGATは、それぞれに不満を抱えていた。
「またこいつらのお守りかよ」
そんな不満はオルガだけではない。
特に、プラントを落とすこととジェネシスを破壊することが直結しないスピネルは。
(プラントを落としたところで、どうせ…)
次の瞬間には、地球が撃たれるのだ。
接近してくる地球軍の別動隊に、イザークらプラント守備隊が迎撃に出る。
「あの凶器、1つたりともプラントに落とすな!」
『『はっ!!』』
戦場へ出たイザークが最初に見たのはやはり、あの黒いGATだった。
「2度目はやらせん!!」
MA変形したレイダーは、軽々とデュエルの砲撃を交わしていく。
「どこ狙ってんだよバーカ!スピネル!そっちよろしく」
「分かったよ」
レイダーが飛び去ったその場所に、エールを装備したストライクが割り込む。
咄嗟にビームソードを引き抜いたイザークは、ぐっと唇を噛み締めた。
「このっ…"連合の蝶"!!」
近接近戦を繰り広げるストライクとデュエル。
それを見たディアッカは、2機が離れた瞬間に砲撃を割って入らせた。
『ディアッカ!貴様、何をっ!!』
イザークの怒声が全周波で入るが、ディアッカの目的は逆だ。
「おい!ストライクのパイロット!お前もいい加減やめろっての!!」
同じく全周波の声はイザークにも届き、彼は絶句する。
「なっ…貴様、何を言っている?!」
再びかち合った2機のソードに、それでもディアッカはなおも問う。
「お前っ、AAの仲間だろ?!何でこんなことやってんだ!!
フラガって少佐殿を助けたのは、気まぐれなんかじゃないんだろ?!」
そこでイザークは、目の前で刃を突き交わすストライクを改めて見やった。
(そうだ、確かコイツは足つきにいた!)
ドミニオンも同じ"足つき"。
大きくビームソードを弾き返され、両者の間に距離が出来る。
『…そういえば、そっちには借りがあったな。バスターのパイロット』
「「!」」
音声が返って来た。
『返す代わりに答えてやる。…相手が誰であろうが関係ない。
俺は、"連合の蝶'だ』
…連合に属することを選び、それを後悔することはない。
揺らぐことの無い言葉に2人が息を呑んだ瞬間。
ストライクに向かって長大なビームサーベルが振り下ろされた。
ひらりとそれを躱し、ストライクはバスターの射程外へと飛び去る。
『ちょっとディアッカ!ストライク相手に何馬鹿なことやってんの?!』
サーベルの主は、核を撃ち落としに戻ったミーティア装備のフリーダム。
キラの非難にディアッカはようやく、構えた銃身が下がっていたことに気付く。
「やっべぇ…」
もし攻撃を受けていたら、と思うと背筋が寒い。
そのすぐ横で、核の光が拡散した。
「なんなんだよお前らは!何そんな必死になってんだよ!」
先程からずっと自分を狙うジャスティスに、クロトは苛立つ。
ミーティアのサーベルを振り翳すアスランもまた、捉えられないレイダーに苛立ちを隠せない。
『お前こそなんだ!何のために戦っているっ!!』
味方さえも射程に入れるドミニオンの新型。
アスランにはその考え方が理解出来ない。
上へ下へとミーティアを躱すクロトも、そう訊かれる意味が分からない。
「はあ?そんなの知らないね!殺らなきゃ殺られるからだよ!」
『なっ…?!』
アスランは絶句した。
その間に振り下ろしたサーベルは、またも躱される。
「殺られないけどね!」
レイダーはジャスティスの射程の外へ飛び出した。
再び放たれる核を見つけ、アスランはレイダーを追うことを断念する。
(撃たなきゃ撃たれるからだって?!)
そんな考えの元で戦う人間がいるなど、思いもしなかった。
…アスランがその理由を知るのは、数年後。
「何でっ!何でこんなことが出来るんだ?!無関係の人たちを狙うなんて!!」
次々に撃たれる核ミサイル。
カガリは歯を食いしばり、上手いとは言えないMS操縦で核ミサイルを撃ち落とす。
もしもこの核が、再びプラント本国へ落ちたら。
崩壊した自分の故郷のように、悲しみばかりが溢れてしまう。
『姫様っ!!』
ジュリの声が、聞こえたような気がした。
「…え?」
ストライクルージュの目の前にあったのは、破壊されたM1。
『姫様!下がってください!!』
マユラの声にハッと機体を動かすと、自分を背後に庇って戦う彼女のM1があった。
『よくもジュリをっ!』
その相手は、自分の乗る機体の"オリジナル"。
「そ、んな…」
『姫様、早く離脱を…っ!!』
目の前の出来事が信じられず、カガリは動けなかった。
相手から放たれたビームは、マユラのM1を撃ち抜く。
『きゃぁーーっ!!』
彼女の悲鳴が、無意識のうちに離脱のアクセルを踏ませた。
カガリはただ、ストライクの射程の外へ逃げ出そうと必死だった。
「何で…何でだよっ?!スピネル!!」
同じ場所で過ごした仲間を、何故そうも簡単に撃てる?
スピネルは、ストライクルージュにカガリが乗っていることなど知らない。
そして彼女のような、中途半端な軍人でもない。
知らないから撃てる。
生身じゃないから殺せる。
撃つ者としての覚悟が伴う。
それが戦場だった。
混戦したプラント防衛線で、隙だらけの機体。
その中でフォビドゥンが放った曲射ビームは、間違いなく直撃コースを辿った。
…粗末な腕前、妙な色。
そんなもので同じ造りの機体を操られると、目障りで仕方がない。
シャニはストライクのコピー機体を、残忍な笑みで見遣った。
「はっ!落ちろぉーーっ!!」
カガリがそれに気付いたのは、避けられない近距離。
咄嗟に盾で防ぐという反射行動も起こせない。
「…っ!!」
眩い光に、硬く目を閉じた。
だがその光はなぜか遮られ、自分は命を落としはしなかった。
「なっ?!」
予期せぬ出来事が起きた。
…ストライクルージュの前にデュエルが飛び出し、敵であるそのMSを守ったのだ。
デュエルが放ったビームは、オートのGパンツァーに弾かれる。
シャニの怒りに火が付いた。
「おまえっ!ザフトのくせに邪魔すんじゃねーよっ!!」
すぐさま撃ち返したフォビドゥンは、しかしデュエル以外の方角から別の砲撃を受けた。
「…っ!あいつっ!!」
レールガンは実体弾、Gパンツァーでは跳ね返せない。
バスターはそれを狙っていた。
フォビドゥンが怯んだその一瞬を逃さず、デュエルが向かってくる。
気付いたそのときにはもう、ビームソードの光が目の前にあった。
『これで終わりだーーっ!!』
あんな機体に、負けるわけがなかったのに。
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