最後に聞いたのは悲鳴、消えたのは存在。
戦争ほど、命が軽くなる場はない。
「シャニーーッ!!」
戦争が終わったら。
考えたことがなかったのは、自分も同じだった。
だから嫌いではなかった。
デュエルに向かおうとしたストライクを、再びバスターが遮る。
『だから!やめろって言ってんだろ!!』
ああ、鬱陶しくて仕方がない。
第三勢力の考えなど、理解出来ないというのに。
…核が再び落とされないように。
ジェネシスが地球を撃たないように。
どちらの勢力からも"奪う"ことを、見て見ぬ振りで誤摩化す。
見て考えてしまったら、迷うから。
"結果"が大事だから。
(その"結果"に至る過程で死んだヤツは、どうしろって言うんだよ?)
-月と太陽・52-
コーディネイター全てが脅威。
アズラエルの言葉に返すものを失ったのは、フレイだけではなかった。
(プラントを落とせば、戦争が終わる…?)
変わらずアズラエルを睨み続け、ナタルは考える。
確かに、敵であるものを全て滅ぼせば終わるだろう。
『オーブのことだけではないの。私たちは、地球軍そのものに疑念があるの』
マリューの言葉が蘇る。
…軍人に必要なのは、統制された秩序。
だがその秩序であるべき上層部は、本当に正しいのか?
「オレンジβ、マーク10にAAです!接近してきます!」
索敵手の声が聞こえる。
『撃った後じゃ遅いんだ』
スピネルの声が蘇った。
…正否を最もよく知っているのは、彼なのかもしれない。
彼は撃つことに覚悟がある。
そこにどんな間違いがあろうとも、迷わない覚悟が。
「AA、なおも接近してきます!距離2000!」
接近してくるAAがモニターに映る。
それを見やったアズラエルは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「さあ、それが分かったらアンタも自分の仕事に戻るんだ」
ナタルは自分の迷いを叱咤する。
…スピネルがわざわざ釘を刺してくれたというのに。
『全てのクルーは、艦長に命を預けてる』
撃たなければ。
地球を、そしてこの艦のクルーたちを、死なせるわけにはいかない。
ドミニオンへ接近するAAは、全ての砲火の照準を合わせる。
「これ以上、核を撃たせるわけにはいかないわ!
スレッチハマー、ゴットフリート照準、アガメムノン級!!」
AAの砲火は、ドミニオンの横を狙っている。
「ドゥールーズを撃たせるな!前へ出ろ!」
彼が言ったドゥールーズは、ピースメーカー隊を最も多く積んでいる艦だ。
その命令に、ナタルは別の思いで艦長席へ戻る。
「推力最大、ドゥールーズの前へ出る!コリントス、ゴットフリート照準!」
ドミニオンがAAの射線上へ割り込んだ。
『「撃てぇーっ!!」』
プラント防衛軍の拠点近く、放たれた核ミサイルが次々に爆発していく。
混乱を極める戦場の中で、スピネルはデュエルやバスターを見失った。
「くそっ!」
操縦桿を握り直し、再びモニターに目を凝らす。
目の前にいたはずのMSを見失うとは、失態もいいところだ。
…落とさなければ気が済まない。
「!」
こちらの射程へ入る前に、どこからか強力なビームが飛んで来た。
『スピネル!避けろっ!!』
入った音声で反射的にシールドを構えると、別の位置から次々に誘導ミサイルが降ってきた。
(これだけ食らったら…っ!)
すぐにPS装甲が落ち、エネルギーも切れる。
だが、避ける暇がなかった。
「このっ…!しつこいんだよっ!!」
ミーティアを装備した2機に、接近戦用武器を持たないカラミティは苦戦する。
長射程の武器はその分、距離が近いとどこへ撃つのか悟られてしまう。
遠目から撃たれたジャスティスのビームを避け、フリーダムのミサイルを躱す。
しかしモニターは、避けたミサイルの先に"Strike"の文字を表示していた。
「ちっ!それも狙ってたのかよ!!」
ストライクへ警告を放ち、オルガは2機から距離を取ろうと試みた。
最中に接近され、薙がれたビームサーベルを躱す。
…そこでオルガの気が緩んだ、ほんの一瞬。
フリーダムのさらに後ろから薙がれたサーベルが、カラミティを両断した。
青い地球のシルエットを背後に、同じ青の機体が散る。
「…!!」
また、見てしまった。
また、いなくなってしまった。
自分の目の前で、"また"。
「オルガッ!!」
2機へビームライフルを向けた瞬間、けたたましい音がコックピットに鳴り響いた。
PS装甲が、落ちる。
「こんなときにっ!!」
彼らの乗っていた新型は、PS装甲が落ちても傍目には分からないよう改良されている。
一方で改良されていないストライクは、防御面が機能しているのか一目瞭然。
…爆散したフォビドゥンとカラミティ。
その光景で冷静な判断力を失いかけたスピネルに、経験という力が歯止めをかけた。
(今武器を向けても、勝算が低過ぎる)
キラやアスランよりも長い戦闘経験は、確実に体を動かす。
2機が迫る前に、ストライクはプラント周辺宙域を離脱した。
ドミニオンは転身し、プラントへ向かった。
他方そのままヤキンへ進撃する別部隊は、ついに防衛線を突破せんとしていた。
…まだ、物量は連合に分がある。
防衛線を突破し内部への侵入を図ろうとしたダガーの部隊。
それが突然にどこからか攻撃を受け、爆散した。
攻撃して来た敵を発見する前に交信が途絶え、後ろに続く戦艦に情報は来ない。
「通しはせんさ。ようやくここまで来たのだからな!」
遠隔ビーム兵器・ドラグーン。
これが単体でレーダーに映ることはない。
そして空間認知能力が高いクルーゼには、撃つべき相手を正面から見る必要がない。
故にザフトの最新鋭機は、まさに鉄壁の強さを誇っている。
「!」
ヤキンを離れ接近しつつあった連合軍戦艦を落としたクルーゼは、再び勘が囁くのを聞いた。
「…ほう。奴はまだ生きていたか」
プラント防衛軍から、AAとドミニオンが砲火を交わしているという情報もある。
さらにヤキンよりの位置には、エターナルが。
「ふっ、前へ出てみるのも悪くないな」
連合のMSを撃ち落としながら、プロヴィデンスは第三勢力の戦闘宙域へ向かった。
「!」
プラントへの核攻撃を防ぎに戻ったキラたちと違い、前線のヤキン寄りで戦っていたフラガ。
彼もまた、あの"勘"が囁くのを聞いた。
「来たか!クルーゼ!」
勘に間違いはなく、初めて見る黒い機体が目の前に迫った。
『何度も無駄な足掻きをご苦労なことだな!』
「なにをっ!」
シールドブレードに対し、ビームソードで返す。
ソードの光に、プロヴィデンスのシールドが白く照らし出された。
「!!」
突然、プロヴィデンスの背部にあった装備が分離する。
それはあっという間にアヌビスを全方位で取り囲み、直後にビームを放った。
「ちっ!無線かよ?!」
これの前身でもあるメビウス/ゼロに乗っていたフラガは、やはり持ち前の空間認知力で攻撃を躱していく。
『人は愚かだ。故に滅ぶ!誰にもそれを止められはせんさ!』
メンデルでも、クルーゼは同じようなことを言っていた。
しかし、そんな理屈を受け入れられるわけがない。
「貴様の勝手な理屈だ!やってみなきゃ分からんだろーがっ!!」
ドラグーンのビームを避け切り、再度ソードで斬りつける。
『何が違う?他者より速く、他者より強く!憎しみ、妬み、恨み!
人の飽くなき欲望は、人の"罪"だ!貴様もその1人だろう?ムウ・ラ・フラガ!!』
2度目のドラグーンが放たれ、アヌビスとプロヴィデンスに距離が開く。
押されているのは、明らかにフラガのアヌビス。
ドラグーンでそれを狙うクルーゼは、モニターに新たに映ったMSへ興味を移した。
…こちらへ近づいてくる気配はないが、ドラグーンで狙える位置だ。
『"彼"とは1度、手合わせ願いたかったのだよ。道連れが欲しいだろう?ムウ』
「ゴットフリート2番3番損傷、ローエングリン1番損壊、閉鎖!」
『第2動力室閉鎖、推力84%に低下!機関部もやられてます!』
砲火を交わすAAとドミニオンは、互いに大きなダメージを受ける。
『続けて撃てっ!ローエングリン照準、ドミニオン!!』
「回避、面舵10!!スレッチハマー装填、撃てーっ!!」
AAのローエングリンは逸れ、避けきれなかったアガメムノン級を直撃する。
逆にドミニオンが放ったミサイルは、AAの残るゴットフリートを破壊した。
「ドゥールーズ及び他2隻、通信途絶しました!」
フレイの言葉に、通信機を受け取っていたアズラエルは顔色を変える。
一方で、ドミニオンの狙撃手が戸惑いがちにナタルを振り返った。
「艦長…これは一体…?」
その狙撃手は、ナタルが命じた座標通りの目標を入力し、武器の発射スイッチを押している。
だが撃った後になって、その座標が微妙にずれていることに気が付いた。
狙撃手の指摘に対し、ナタルは隠すことなく答える。
「必ずしも落とす必要はない」
ローエングリンとゴットフリート。
AA級の主たる2つを破壊してしまえば、伴う被弾も重なって戦闘力はほとんど残らない。
…第三勢力は、AAだけではない。
たとえAAが動けなくなっても、他の戦力がジェネシスへ向かうだろう。
"地球を撃たせないこと"。
それが、ナタルの導き出した結論だった。
「何をやってる?!早くあの艦を撃て!!」
続く攻撃の指示を出さないナタルに、アズラエルがなおも命ずる。
ナタルは何度目か分からぬ反論を投げた。
「AAを撃って、それでどうなるというんですか?!
AAを撃つよりも、プラントを撃つよりも、あの兵器を落とすことが先です!!」
アズラエルにとっては、何度目か分からぬ命令違反。
彼を実力行使に出させるには十分だった。
「何度も何度もごちゃごちゃと…!さっさと撃て!!」
カチリと音を立てたのは、フレイの目の前でナタルへ突き付けられた拳銃。
「ひっ…!」
直接人を殺す武器に、フレイは耐えきれず悲鳴を上げた。
だがナタルは動じない。
「そんなものを持ち出して…艦を乗っ取ろうとでも言うんですか?!」
返すアズラエルもまた、それに嘲笑うだけ。
「乗っ取るも何も、命令しているのは最初から僕だ!」
動じないとはいっても、銃を突き付けられたままでは迂闊に動けない。
アズラエルはフレイの隣にいる、もう1人の通信士へ命じた。
「今撃てばあの艦は間違いなく沈む!撃てっ!!」
通信士はアズラエルを睨むナタルを2,3度窺い、ついに端末からローエングリンを操作する。
表示画面はローエングリンの状態を示し、座標を入力すれば後は撃つだけ。
「やめてぇっ!!」
ブリッジに甲高い悲鳴が響いた。
アズラエルの腕を向こう側へ振り払い、フレイは座席を蹴って後ろにいる通信士の端末へ手を伸ばす。
…彼女が横から押したのは、情報端末の電源を落とすスイッチ。
画面はブラックアウトし、ローエングリンは発射状態のまま止まる。
「こいつっ!!」
邪魔をした彼女を、アズラエルは力任せに通信席から引き離した。
重力のない空間で彼女の身体はそのまま天井へぶつかる。
「うっ?!」
打ち付けられた背の痛みに顔を上げると、自分に銃を向けるアズラエルが見えた。
(私だって…っ!)
今にも引き絞られそうな引き金に向かって、フレイは叫んだ。
「私だって!私だってコーディネイターが憎い!あいつらはパパを殺した!
憎くて憎くてたまらない!全部滅んじゃえって思ってたっ!!」
思わぬ告白に、誰もが彼女を見る。
動きを止めたアズラエルへ、フレイはなおも続けた。
「でも違う!私のパパを殺した奴らは、プラントにいない!あそこを撃ったって、パパの仇は取れない!
それに…それに、全部滅んだら"あの人たち"もいなくなるの!」
自分が出会ったコーディネイターは、ほんの僅かだった。
けれどその中で、ナチュラルである自分を受け入れてくれた人がいた。
自分が作った勝手な理屈を、それでも否定しなかった人が。
「AAを撃ったら、あの人たちもパパみたいに死んじゃう!!
スピネルさんだって、コーディネイター全部を嫌ってるわけじゃないものっ!!」
フレイの声が完全に消える前に、アズラエルが拳銃を構え直した。
「そこでスピネルの名を出すなっ!!」
咄嗟の反応を起こしたのはナタルだった。
床を蹴り、引き金を引こうとしたアズラエルの腕を掴む。
パン!と音を立て放たれた銃弾は、フレイのすぐ横の天井に当たった。
「総員退艦!脱出しろ!!」
ブリッジクルーは一斉に持ち場を離れ、艦内へ退避命令を出し扉へ向かった。
それを押し留めようとしたアズラエルを、ナタルは後ろから掴み掛かり引き離す。
彼女が壁を蹴った反動で、2人の体は入り口とは逆のモニター側へ流れた。
脱出しようとするクルーに手を引かれ、フレイもまたブリッジの出口へ向かう。
しかし彼女はその手前で振り返った。
「艦長!!」
まさかと思い、そう叫んだ。
ナタルはそんなフレイへ笑みを返す。
「早く行け!会いたいのだろう?"彼ら"に」
「!」
ハッとしたフレイに、ナタルは頷く。
「生き延びろ!"彼ら"と共に!!」
エレベーターの中で待機していたクルーがフレイを引き込み、扉が閉まった。
「艦長…っ!」
突然のことに、フレイは思わず閉じた扉を叩き付ける。
どうにもならない壁に額を押し付け、彼女は叩いた手を握り項垂れた。
(貴女は…!)
貴女は、死ぬ気ですか。
「ええい!どけ!!」
怒りのままにアズラエルは2度目の引き金を引き、それはナタルの右足を撃ち抜いた。
「うわぁっ!!」
電流のように走った痛みに、ナタルの力が弱まった。
それを振り解き、アズラエルはたった今閉まったばかりの扉へ走る。
見えずとも分かっていたナタルは痛む足を引き摺り、艦長席に手を伸ばす。
「貴方は行かせない!クルーの命を守ることが私の役目だ!」
開閉ボタンを押そうとしていたアズラエルの目の前で、遮蔽シャッターが落ちた。
←/
→