止まらない戦闘、
止まらない嘆き、
止まらない憎しみ、
止まらない悲しみ、

止まらない、戦争。

戦争が終われば平和になる。
それは事実だろう。
それ以上、悲しみが溢れることは無くなるのだから。
けれど戦争をしてしまった自分たちの未来は、本当に幸せだろうか?
数えきれぬ誰かの命を奪った自分たちは、明日を迎えることを許されるのだろうか?
償いきれぬ罪を負ってしまったこの身は、未来に耐えられるのだろうか?

命を奪われた人々は、明日を見ることが出来ない。
誰かを失ってしまった人々が、悲しみを忘れる日は来ない。

「私たちは…なんと愚かなのでしょう……」

呟いたラクスが乗るエターナル。
その横をジャスティス、フリーダム、そしてエターナルの守りに入っていたハイペリオンが駆ける。

考えるよりも先に、ジェネシスへ。










-月と太陽・53-










『道連れが欲しいだろう?』

クルーゼの言葉を咄嗟に理解することは難しかった。
アヌビスはプロヴィデンスの攻撃を避け切り、ドラグーンは再び本体へ戻る。
だがクルーゼはすでに、矛先をフラガとは別のものへ向けていた。
「貴様!どこへ…っ?!」
アヌビスの横をすり抜け、クルーゼは全く別のものを狙っている。
…彼が狙う方角では、AAとドミニオンが交戦中だ。
確かに両方ともザフトにとって敵には違いないが、ならば放っておけば良い。
お互いが勝手に潰し合っているのを、わざわざ邪魔しに入る必要はない。
何よりクルーゼは、そこまで酔狂な人間ではなかった。
「待てっ!この野郎!!」
途端に嫌な予感が胸を過り、フラガはプロヴィデンスの後を追った。



交戦中のAAとドミニオンを示す点が、ようやくモニターに映った。
(そうだ。クロトは…?)
スピネルは姿を捉えられなかったレイダーを思い出す。
彼までもが落とされたなど、思いたくもない。

突如として、MSの接近を示す警告音が鳴った。
直後、機体に被弾の衝撃が走る。
「っ?!何だ?!」
MSの位置とは別の方向から、攻撃を受けた。
何が起きたのか分からない中でハッと前を見ると、目前にビームブレードの光が。
「!」
エネルギーを消耗しないよう、ストライクは最低限の動きでそれを躱す。
それに驚いたのか相手の動きが止まり、襲って来たMSの姿がモニターに浮かび上がった。
「ザフトの新型?!」
黒く、背部に突起物に見える"何か"を装備しているMS。
あるだけで威圧感を醸し出す風貌だった。

『ほう…さすがだな。PS装甲が落ちてもそれだけの動きが出来るとは』

目の前のMSから、全周波で音声が入る。
スピネルにはそれが誰か分からない。
『私も大戦初期から参戦していてな。君の名はよく聞いていたよ、スピネル・フォーカス』
(こいつ…!俺がこれに乗ってることを知ってる?!)
優れた戦績を上げた者は、たいてい物好きに二つ名を付けられる。
それは自軍が勝手に付けたものが敵軍に広がる、というのが大半だ。
しかし"自軍が呼び名を付ける"というのは、"機体に別名を付ける"のと同意語で。
敵軍がこちらのパイロットの名前まで調べ上げるのは、実はかなり難しい。
…目の前にいる黒い機体のパイロットは、つまり機体ではなくパイロットを知っているのだ。
「誰だよお前!ザフトの人間に知り合いはいねーよっ!」
返した声に焦りが混じっている。
実際、スピネルに精神的余裕はない。
回線の向こうで相手が笑ったような気がした。

『ふむ。ムウ・ラ・フラガの知り合いだと言えば分かるか?』

その瞬間、黒いMSの突起物に見える"何か"が本体から分離した。
「えっ?!」
言われた言葉に驚く間もなく、それはストライクを全方位で取り囲む。
さらに1つ1つから射出されたビームは、まるで檻。
…逃げ場がない。
「!!」
大きな衝撃と共に計器類が悲鳴を上げ、ストライクは左腕と片足、そしてコックピットの一部を破壊される。

『スピネル!下がれっ!!』

新たに入って来た別の声と同時に、また機体に大きな負荷がかかった。
しかしそれはビーム攻撃によるものではなく、大した損傷を受けていない。
…せめて、エネルギーがレッドゾーンでなかったら。
何とか機体にブレーキを掛け、先程まで自分がいた場所を見上げる。
予想を裏切ることなく、そこにはアヌビスの姿があった。





自分たち以外に誰もいなくなったブリッジ。
ブリッジだけでなくドミニオンにはもう、他に誰も乗っていない。
撃ち抜かれ痛む足を押さえながら、ナタルはアズラエルへ怒鳴る。

「ザフトと戦う以前の問題だ!自軍の者まで平気で殺せる貴方は、後の平和など作れない!」

動く足で床を蹴り、構えられた銃から逃れる。
だが続けて撃たれた銃弾が腕を掠った。
「コーディネイターがいなくなればナチュラルだけになる!地球を見下す脅威も無くなる!
だいたい、あいつらがナチュラルを見下して人間だと思ってないからこうなるんだよ!!」
アズラエルも激高し、怒鳴り返す。
ナタルには、なぜアズラエルがここまでコーディネイターを忌み嫌うのかが理解出来ない。
彼の過去に何があったのか、知る由もない。
それでもナタルは、彼の考えが間違っていると思う。

「私は戦争が始まった当初は前線にいなかった。
けれどここまで長引いた理由は、間違いなくユニウスセブンだ!
たとえ養子といえど、貴方も人の親なら想像するくらい出来るでしょう?!
軍需とまったく関係ない地域に住む子を、突然の攻撃で失うことを!!」

艦のクルーの公式情報は、全てナタルの記憶に残っている。
それは副長であったAAのクルーも同じ。
途中転属のスピネルに関しては、ドミニオンに配属されてから知ることの方が多かった。
「なぜアルスター軍曹を撃った?!彼女が言ったことは、決して間違いじゃない!!」
…今思えば、AAは随分と特殊な環境だった。
倒すべき相手であるコーディネイターが先陣を切り、同じコーディネイターに父を殺された者が乗り。
先の戦いで英雄と呼ばれた者も、そしてブルーコスモスに浅くはない関わりを持つ者もいた。
マリューやフラガから伝え聞いたことではあるが、彼女もまた、憎しみだけではない道を見つけたのだろう。
流したあの涙はきっと、本物だ。

乾いた音が響き、銃弾がナタルの右肩を撃ち抜く。
「っつ、うわぁっ!!」
紅い血がいくつも球体となって飛び散った。

「お前たちに何が分かるっ!あいつは、スピネルは、コーディネイターのせいで全部失うことになったんだ!
お前たちはスピネルの何を見て来た?!…あの凄惨な場面を見たら、憎まずになんかいられるかっ!!」

あれは3、4年前だ。
アズラエルはイギリスを偵察した折り、テロの現場に居合わせた。
自身が創り上げた組織は思った以上に規模が広がり、その運動はさらに過激さを増す。

その頃にはすでに、ブルーコスモスによる誤爆が問題になっていた。
もちろんその責任は盟主であるアズラエルの元へ来る。
しかし、いつどこでテロが起こされるかなど分かるわけがなく、対応も全て後手に回るのが現状。
そのため彼や他の幹部はナチュラルの子供の"保護"という名目で、優秀な子供を財団に受け入れていた。
…国の公式情報を見れば、コーディネイターか否かはすぐに判明する。
特に優先したのが、"ナチュラルであるが容姿でコーディネイターに間違われる"者。
それに関しては、子に限らず大人も対象となっていた。

スピネルが住んでいた地域は、まだコーディネイターが多いことで有名だった。
多くのコーディネイターがプラントへ移住する中、彼の周りには当たり前のようにコーディネイターが居たのだ。
…テロが起きたのは、街の大通り。
彼の両親は、テロリストの言葉でコーディネイターを狙ったものだと分かったのだろう。
コーディネイターをより多く殺すために、テロリストがこの場所を狙ったと。
そしてテロリストには、ナチュラルである同胞の姿など目に入らないと。
だからこそ夫婦は、全身で息子を庇った。
自爆テロだったそれは、大通り一帯を破壊するほどに大規模なもの。
その場にいた者が生き残るなど、奇跡であるほどに。

「コーディネイターが消えれば、そんな馬鹿げたことは起きないんだよ!
それをお前は何度も何度も邪魔ばかり…っ!!」

発見されたスピネルは、全身が血に染まっていた。
そのほとんどが彼自身の血ではなく、彼を庇い粉微塵になった父母のもの。
他の子供と同じように財団に引き取られたスピネルは、精神異常を来していた。

"何で?"
"どうして?"
"コーディネイターが殺した?"
"ナチュラルが殺した?"
"何で死ななかったんだろう?"

彼が発する言葉といえば、それだけだった。
詳しく調べてみると案の定、彼は保護すべき人物としてリストに入っていた。
…対応がもっと早ければ、被害はなかったのではないか。
財界の有力者などは自分のことを棚上げに、財団を非難した。
彼を養子に迎えたのは、盟主としての責任を感じていたからなのかもしれない。



返す言葉を見つけられないナタルは、そのとき悟った。
…それは、"親の愛"だ。
彼がやろうとしているのは、スピネルが再びそのような目に遭わぬようにすること。
極端すぎて、分かり難くて、簡単に理解出来るわけがなかった。
けれどそれは、全てを肯定するわけにはいかない論理。

「僕は勝つんだ!あんな奴らに負けるわけがない!」

ナタルが顔を上げたそこでは、アズラエルが艦長席の端末を操作していた。
前方のモニターに映るのは、ローエングリンの照準。
AAは回避運動を起こせる状態ではなく、ナタル自身もまた、彼を止める術を持たない。
驚愕にただ、叫ぶのみ。


「やめろーーっ!!」





プロヴィデンスのビームに捕らえられたストライクを蹴り飛ばし退避させ、フラガは再びクルーゼへ向かう。
「貴様の相手は俺だろーがっ!!」
撃たれたビームライフルを盾で防ぎ、クルーゼは嘲笑った。
『ふん!貴様が私に勝てるわけがない!』
射出されたドラグーンは、アヌビスが銃を構え直す前に包囲網を作る。
しかしそこには、一定の法則があった。
分離して向かってくるドラグーンは、一定時間経つと必ず本体へ戻る。
核エンジンを搭載されているであろうクルーゼのMSの、それは僅かな隙。
ビームを避け続け、フラガはその時を待った。
…ドラグーンがビームを放ち終え、本体へ戻る。
「そこだっ!!」
最大出力でプロヴィデンスへ接近し、ソードで斬り掛かる。

『馬鹿!奴の思うつぼだ!!』

スピネルの警告も虚しく、アヌビスの目の前で再びドラグーンが放たれた。
「なにっ?!」
互いにソードを突き合わせているこの状況で、動くことは難しい。
プロヴィデンスから離れるもすでに遅く、ビームが一斉にアヌビスを襲った。
アヌビスはストライク以上に被弾し、コックピット内の計器が煙を上げる。
「くそっ!殺られてたまるか!!」
フラガはようやく、クルーゼの言っていた意味が分かった。
…ストライクも破壊する、つまりはそういうことだ。
被弾した両機を見下ろしクルーゼは笑う。
『私もそろそろヤキンへ戻らねばならんのでな』
防衛線が崩れようが崩れまいが、どうでも良いことだが。

『何やってんですか少佐!!』

その声にフラガが驚くのと、アヌビスのすぐ横をビームが走ったのは同時だった。
プロヴィデンスの射程外からビームを放てるMSは、多くない。
「ちっ、フリーダムか!」
アヌビスやストライクとの間に距離が空き、クルーゼは舌打ちする。
接近しビームサーベルを振り下ろして来たMSに、間違いはなかった。

アヌビスの前に出たキラは、損傷している2機を急かす。
「早く戻って!今度こそ落とされるよ?!」
2機が宙域を離脱したそのとき、なおもドラグーンが放たれた。
囲まれる前にフリーダムはミーティアの出力を最大にし、ドラグーンの狙う位置が一瞬空白になる。
そこへ新たなMSが割り込んだ。

『アルミューレ・リュミエール!』

ビームは全て光の壁に阻まれ、役目を果たせぬまま本体へ戻った。
「思った以上に厄介だな、そのMSは!」
光波シールドを全面展開したハイペリオンを、クルーゼは楽しげに見遣る。
…諜報部の誰かが付けた二つ名は、まったく以て相応しいものだ。
出来た隙を逃さずフリーダムがサーベルを振り、プロヴィデンスはストライクとアヌビスを追うことをやめる。

「貴方の考えには同調出来るけど、ラクスの邪魔はさせない!」

このフリーダムを譲られた対価。
どうにも高いそれを、さっさと払ってしまいたい。
キラは己の描いたシナリオに酔っているであろうクルーゼへ叫んだ。

キラとカナードもまた、人の行く末がどうなろうが知ったことではない。
ただはっきりしているのは、クルーゼが目の前に立ちはだかっている事実。