暗く、とても深い。
そんな喪失感がフレイを取り巻く。

ブリッジ要員の居ない艦が、生き残れるわけがない。
ましてや、それ以外のクルーもいない中では。
(バジルール艦長…っ!)
生き延びろ、と彼女は言った。
コーディネイターである彼らと共に、生き残れと。
そう言ったあの人は、誰に殺された?
(…スピネルさん)
ドミニオンへ戻った彼は、どこに?

「近くに友軍はいないのか?!」

他のクルーの声に、フレイは涙を拭いモニターへ向かった。
「反応はありません。でも、近くにAAがいるはずです」
目の前で対峙していたあの艦なら、おおよその位置も変わっていないはずだ。
フレイは自分の横に座る操舵士へ頷く。


「…アークエンジェルへ」










-月と太陽・55-










止まぬ攻撃、止まぬ悲鳴。
全てが銃声に掻き消されるその中で、ラクスはなおも叫ぶ。

「失う痛みを知るあなた方が、なぜそれを犯そうというのですか?!
撃てば癒されますか?!撃った後に安息を得られますか?!」

まだその声は、ヤキンまで届かない。
もっと近づかなければ。

「何も知らぬ子供たちに、あなた方まで刃を向けるというのですか?!」

ユニウスセブンで失ったもの。
失う痛みを相手に返して、それで何が得られる?
それでは本当に、全てが終わる。
…パトリック・ザラ。
それをよく知っているのは、貴方ではないか。

『「ジェネシス、射程距離に入ります」』

クサナギ、エターナルがヤキン・ドゥーエへ到達し、ジェネシスは目前に迫った。
アンディは砲火をジェネシスへ向けるよう命じる。
「フェイズシフトとて無限じゃないんだ!撃てぇっ!!」
クサナギのローエングリンとエターナルの主砲。
その両方が同時にジェネシスへ届く。

「「!」」

しかしジェネシスには、ダメージを与えられた痕跡がなかった。
どちらの砲火も届いた瞬間に拡散され、ほんの僅かに色を変えただけ。
「ちっ、厄介な機能を…っ!」
あれはAAに施されているラミネート装甲と、同系統のもの。
ビームを拡散させ、ダメージを分散させてしまう。
…実体弾も、ビーム攻撃も効かないというのか。
ジェネシス攻略にまた1つ、大きな障害が増えてしまった。



一方のヤキンでは、間近に迫ったエターナルにパトリックが苛立ちを募らせていた。
「あんな小娘共の艦、なぜ落とせんのだ!」
すでにジェネシスは第3射目の準備が整っている。
パトリックは先の攻撃によるダメージがないことを確認し、声を上げる。

「座標入力急げ!目標点、北米大陸東岸部」
『目標点入力!目標はアメリカ、地球連合軍首都ワシントン!』

パトリックの傍に控えていた兵士、アスランの上司でもあったユウキが目を見開く。
「議長、まさか地球を…」
パトリックは彼を振り返りもしない。
ユウキの隣に立つ兵士も、下のスペースにいる兵士たちも、誰もが戸惑いに顔を見合わせた。

地球を撃ったら、どうなる?

「この戦い、すでに我らザフトの勝利です。もし地球を撃てば…」
「勝つための戦いだ!すべて撃たねばまた撃たれる!」
振り返ったパトリックは、ユウキの言葉を遮り怒鳴った。
だがその声に賛同を唱える兵士は、あまりにも少なかった。
誰もが心の内で自問する。

自らの手で、ユニウスセブンの悲劇を生み出すのか?

「地球を撃てば、あらゆる生命の半数以上が死滅します!それを…!」
さらに言い募るユウキに、パトリックは服に忍ばせていた拳銃を取り出す。



ダァンッ!



プラント宙域で戦っていたキラたちは、ヤキンまで先行したエターナルとクサナギを追う。
「1射目と2射目の間隔で言うと、そろそろ3射目だな」
「「!」」
カナードの言葉に、アスランとカガリはハッと気付く。
…連合側に時間をかけ過ぎた。
だがキラは、まったく別のことに不安を募らせる。
(何だろう…?)
とても嫌な予感がする。
その原因はおそらく、あのラウ・ル・クルーゼで。
(あの人は本当に、ヤキンに戻った?)
自分とカナードが前に出たことで、彼はアヌビスとストライクを追うことを止めた。
けれど、フラガと決着を付けたがっていた節がある。
それならば次に狙うのは、どこだ?

キラは急ブレーキと逆噴射で、機体を転身させた。
「キラ?!」
それに驚き、ストライクルージュが一瞬足を止める。
「…AAに戻る。カナード、2人を頼むよ」
言い置いたフリーダムはあっという間に飛び去り、カナードはカナードで気に留める様子もない。
アスランはキラを気にするカガリを急かした。
「行こう。立ち止まっている暇はない」
「…ああ」
カガリは再び前を向き、ジャスティスと共にハイペリオンを追った。





「居住区含め第1ブロックから第4ブロックまで閉鎖!復旧の目処、立ちません!」
「推力、50%に低下!!」
「センサーの33%がダウンしました!」

息も絶え絶えのAA。
何とかメインエンジンへの引火は免れたものの、武器もほとんど使えない。
艦長であるマリューにも、戦友の死を偲ぶ暇は与えられない。
甲高い警告音がブリッジに鳴り響く。
「MSです!数1、接近してきます!!」
ミリイが見たMSの反応は、それが味方ではないことを示していた。
AAの戦う力は、ないに等しい。
「ええいっ!こんなときに!!」
それを見つけたディアッカは、バスターの照準をそのMSへ向ける。
…第三勢力である彼のモニターに、"ENEMY"と映るMS。
だがイザークの乗るデュエルのモニターに、その文字は浮かんでいなかった。
「友軍機だと…?だがあんな機体は…」
見たことのない、黒いMS。
これもまた、ジェネシスと同じ最高機密だろうか。

傍目に終わりだと分かるAA。
ビームライフルを構えながら、クルーゼは口の端で笑った。
「ふん。アズラエルも随分と呆気なかったようだな」
対峙していたはずのドミニオンの姿はない。
さらにAAの傍にあるはずの、アヌビスを駆るフラガの気配もない。
…あの男も死んだか。
それに、あの"蝶"の姿も消えていた。
ライフルの引き金を引こうとしたそこへ、AAの向こうから砲撃を受ける。
クルーゼには、それがかつての部下の愛機であることが分かっていた。
しかし、ザフトを離れた者に用はない。
放たれたドラグーンは、瞬く間にバスターを大破寸前に追い込む。

「ディアッカ!!」
何が起きたのか、イザークにもよく分からなかった。
ただ、友人が目の前で死にかけていることだけは分かる。
彼がバスターへ向かおうとしたその前に、別のMSが割って入った。
「フリーダム…!」
自分で動くことさえ出来なくなったバスター。
その原因であるMSはフリーダムにまかせ、イザークはバスターへ近づく。
助けようと手を伸ばしたデュエルを、背後から別の攻撃が襲った。
「っ?!あいつは!!」
鳥のような姿をした、MA。
…まだ残っていた、連合の黒いGAT。



"薬"が切れた。
己の命を繋ぐ、無ければ死しか待っていない薬が。
全身を激しい痛みが襲い、空気さえも上手く取り入れることが出来ない。
考える力、制御する力がなくなり、痛みにもがき苦しむ。

「あっハハハハはハハ!僕はっ、僕ハねえっ!!」

これが狂うということか。
クロトにはもう、そんな認識すら無い。
レイダーのエネルギーがレッドゾーンに入り、計器がけたたましく鳴き喚く。
そんなことはどうでも良くて、彼に分かるのは目の前のMSが"敵"だということだけ。
すべての武装を乱射し、相手の2機がボロボロになっていく。
「ひゃッハ!!」
最後とばかりに、推力を少しばかり削ってツォーンを放った。
…次の瞬間、レイダーを包み込んだのは白い光。



動けないバスターを庇っていては、満足な反撃も侭ならない。
イザークは右手に構えるビームライフルを撃ち返すが、銃撃の嵐で破壊されてしまう。
今はフェイズシフトで保っているが、この装甲はすぐに落ちるだろう。
その前に、あの"黒い鳥"を撃ち落とさなければ。
「そいつを寄越せ!」
『イザーク?!』
そんなイザークの目に止まったのが、バスターのランチャー。
有無を言わさずそれを奪い取り、照準を合わせる。
ディアッカの異論は無視だ。
「こんな奴にーーっ!!」
レイダーのツォーンはデュエルの左肩を掠り、デュエルのランチャーはレイダーの中枢を貫いた。



自分が撃たれたという認識も、クロトにはなかった。
ただ目に映るもの全てが、白という色に包まれていく。
「ははっ!」
何が可笑しいのか。

自分が笑っていることに、気が付いた。



デュエルとバスターのすぐ脇を飛び去ったレイダー。
その機体は一瞬後に眩い閃光を放ち、爆散した。
…光の影に溶けるように、デュエルのPS装甲が落ちる。
レイダーの反応がモニターから消えるのを見届けて、イザークはAAへ通信を入れた。
「バスターのパイロットが負傷している。着艦許可を」
僅かな間を置いて、女性の声が返る。
『…左のカタパルトへどうぞ!ディアッカ!貴方死んじゃいないわよね?!』
遅れて苦笑混じりの声が途切れ途切れに聞こえた。
『大丈夫だって。ちゃんと生きてっからさ』
死んでいたら答えられない、と後に余計なことを付け加える。
『バカ!!』
案の定、ディアッカは罵声を受けた。
「……痴話喧嘩は他所でやれ、貴様ら」

深いため息と共に、イザークは思わずそんな言葉を呟いた。





AAを背後に、キラは再びプロヴィデンスと対峙する。
『ちっ、また君か!厄介なものだな!』
クルーゼの声が聞こえた。
しかしキラは、その彼が真っ先に対峙するであろう姿がないことに気付く。
(ドミニオンは…?!)
AAが戦っていた、同型艦。
その姿はどこにもなく、アヌビスとストライクの姿もない。
…キラにはあのスピネルが、今更AAに戻るとは考えられなかった。
では、どこに?

『なぜ君が…いや、君たちがあの歌姫に肩入れするのか。理解に苦しむのだがね!』

ドラグーンを躱し、キラはその問いに答える。
「ちょっと大きい借りを作ってしまっただけですよ!」
2発、3発とミーティアが火を噴いた。
易々とそれを避けたプロヴィデンスは攻撃の手を強める。

『人の愚かさを、君も随分と知っているようじゃないか。
ならば私の邪魔はしないで欲しいものだな!』

それは正論だ。
正論であることは認めるが、賛同はしない。
違うのは何を求めるか、だ。
「貴方が欲しいのは"無"でしょう?人間が滅ぶことだ。でも僕はそれじゃ困るんですよ!」
ビームが1発、ミーティアの主砲を撃ち抜く。
撃ち抜かれた右の主砲を切り離し、キラはサーベルを振りプロヴィデンスに迫った。

「人が滅べば"自分"もいなくなる!それじゃ意味が無い!!」

"彼"が生きていれば良い。
その横に自分が立てれば良い。
けれど他に誰もいなくなってしまえば、いずれは自分たちも消えてしまう。
スピネルやフレイといった、仲間にも出会えない。
…彼らのおかげで、自分は戦う以外の生きる方法を見つけた。
カナードも、だからラクスに協力している。
たとえ戦いの中でなくても、他から見ればくだらなくても、生きられる理由が。
人の欲の中に生まれ戦争の中で生きる自分たちは、生きるためのくだらない理由さえも失ってしまうのだ。
そして、何よりも。

「"僕"を生み出したこの"世界"。でも僕はそこでカナードに出会った。
すべて滅ぼしてしまえば、僕は生きる理由を自分で捨ててしまう!」

出会った事実には感謝する。
ほんの僅かな"幸福"を生み出してくれたと思えば、寛容になれる。
…その言葉が終わるか終わらないか。
プロヴィデンスのシールドブレードがミーティアを切り裂いた。

『やはり君は邪魔だな。所詮は"成功体"、切り捨てられる絶望は知らぬか』

キラはそれを知っていた。
だがクルーゼが、そのことを知るわけが無い。
切り裂かれたミーティアを捨て、フリーダムは両刀のソードでドラグーンのビームを弾く。

「独りで全てやろうとしている貴方には分からない!守りたいものがない貴方には!!」

ビームの網の中を掻い潜り、キラはプロヴィデンスと距離を取る。
それでもドラグーンの射程は広く、フリーダムを捉えて逃がさない。



縦横無尽に飛び交うビームの閃光で、周りのデブリが照らし出される。
その中に、岩石ではないものがあった。
…人工的な四角い形、中から漏れる人工の明かり。
キラはビームを避けながら、それをカメラでズームアップさせる。

四角いそれは脱出艇。
窓の向こうに映ったのは連合の軍服。
揺れた紅い髪。
そして動いた、自分の名を紡ぐ唇。



『キラッ!!』



クルーゼもまた、その脱出艇に気付く。
「ほう、あれは…」
フリーダムの意識は完全にそちらへ向いていた。
ドラグーンはそのままに、彼はライフルの照準を脱出艇へ合わせる。

「君は随分と役に立ってくれたよ。フレイ・アルスター」

なぜフレイの姿がこのような場所にあるのか。
キラが呆然となったのは、それでもほんの僅かな時間。
プロヴィデンスの攻撃が、止んだ。
ハッと見ると、その矛先が彼女へ向いていた。
「フレイッ!!」
フリーダムの出力を最大にし、脱出艇へ向かう。

守りたい。
ドミニオンがなくスピネルもいないのなら、彼女を守るべきは自分だ。
誰かが待っていてくれるという、些細だけれど大切な喜びを教えてくれた、彼女を。



ライフルの引き金が、引かれた。