辿り着いたヤキン・ドゥーエ宙域は、思った以上に混戦状態だった。
防衛軍に囲まれ立ち往生しているエターナルとクサナギを見つけ、カナードはそちらへ向かう。
アスランとカガリもクサナギへ付き、迫ってくるジンを撃つ。
何機かのジンを撃ち抜くと、カナードはエターナルへ回線を繋いだ。
「おい虎!こんなとこで止まってる場合か?!」
エターナルのブリッジが着弾の衝撃で大きく揺れる。
アンディはハイペリオンからの通信に、思わず舌打ちした。
「分かっているんだがね!ジェネシス本体がラミネート装甲を持っているんだ!」
それを聞いたアスランは、エターナルを守る手を止めジャスティスを走らせる。
「アスラン?!」
突然のことに、ラクスは思わず叫ぶ。
しかし回線に映った彼は、ラクスの良く知る笑みを浮かべていた。
『ヤキンへ侵入し、コントロールを潰します』
彼女が驚く暇もなかった。
カガリもすぐさまアスランの後を追う。
「待て!私も行く!」
『…分かった。遅れるな!』
ストライクルージュが艦から離れ、キサカはM1へ指示を出す。
「カガリ様を援護しろ!」
再びエターナルの守りはハイペリオンだけになり、クサナギの守りも手薄になった。
アンディは管制官へ指示を出す。
「ハイペリオンに補給指示を!」
ラクスは両手を組み、胸の前で固く握り締めた。
まだ、間に合うように。
アスランやカガリが、ジェネシスを止めることが出来るように。
-月と太陽・56-
引かれた引き金。
瞬く間にフレイの目前に迫った、ビームの光。
シールドを持つフリーダムの左手を限界まで伸ばし、キラは脱出艇へ駆ける。
「間に合えっ!!」
フレイに見えていたのは、こちらへ飛んでくるフリーダム。
そして迫ってくる"何か"の光。
暗い宇宙に黒いMSは溶け、彼女の目には映らない。
迫ってくる光に違和感を感じたのは、それがこちらへ向かっていると分かったとき。
あの光が、命を絶つものだと気付く。
「キラッ!!」
ボアズ陥落のときのように、目を閉じる暇もなかった。
自分が助けを求め、その相手の名を口にしたことさえ知らず。
ただ、その人物が助けてくれることを信じていた。
…突然目の前が真っ暗になり、星が消える。
フレイがおそるおそる上げた視線の先には、シールドを翳すフリーダムの姿があった。
自分たちの上にあった影が横に動き、改めてMSの姿が捉えられる。
「キラ…」
助けてくれた。
守ってくれた。
また、会えた。
それが嬉しくて、フレイは知らず笑みを浮かべていた。
アラスカで転属になり、ザフト軍の捕虜になり、そして回線越しに会ったキラ。
次こそは生身で会えると、正面切って胸を張れると思っていた。
自分は約束を守ったのだと。
これから先も、彼らの居場所であり続けると。
そう誓って。
その瞬間、フレイのすぐ傍を鋭い光が通り抜けた。
「え…?」
今のは何の光だったのか。
そう思う間もなく、光が通り抜けた箇所から炎が吹き上がる。
赤く紅く、輝き燃え上がる火。
同時に起こった猛烈な風に乗って、炎はフレイを呑み込んだ。
(私は……)
視界が火の明かりに染まっていく。
熱いと感じる間もなく、"世界"が真っ暗になってゆく。
(何も伝えていないのに…)
失くしたくなどない。
この命も、この想いも、失いたくない。
彼らのために願い想うこの心は、どんな人間にも負けはしないのに。
(死にたく、ないのに)
また、会えた。
守ってくれた。
助けてくれた。
それなら、その次は、
(私が……)
崩れ落ちる砂のように、フレイ・アルスターという存在が消えていく。
「フレイーーーーーッ!!!」
後に残ったのは、キラの絶叫だった。
間に合ったはずだった。
伸ばした手は脱出艇へ届き、まさに貫かんとしていたビームを弾いたのに。
おそるおそる避けたシールドの向こうで、彼女が微笑んでくれたのに。
それなのに、どうして。
ドラグーンが展開されたままであることに気付かなかった、自分のせいだ。
気付いていればまだ、守れたのに。
…救えたのに。
守れたとホッとした直後、彼女の乗る脱出艇は上方からのビームに貫かれた。
フレイが炎に呑み込まれる瞬間を、キラはその目で見てしまった。
「どうして…君が……」
脱出艇の爆発に呑まれ、フリーダムの姿が消える。
それを見て取ったクルーゼは笑みを浮かべ、ヤキンへと踵を返した。
…次の相手は、ヤキン上空に陣取るエターナル。
プロヴィデンスに気付き迫ってくるMSを、クルーゼは次々に撃ち落としていく。
「くそっ!どこの部隊だ?!」
立て続けに起こる衝撃に、アンディとラクスは平常心でいられない。
『君の歌は嫌いではなかったがね。ラクス・クライン』
ラクスは確かに、そう言った声を聞いた。
「だれっ?!」
エターナルやクサナギを守っていたMSが全て破壊される。
敵の姿を捉えようと躍起になっていた索敵モニターは、その一瞬を逃さない。
映ったMSは黒く、データにない型を持っていた。
艦への着弾による衝撃は、ブリッジと同じように格納庫をも揺らす。
違うのは破壊による閃光がないくらいか。
補給のために待機していたカナードは、艦内通信の機器を取る。
「おい!外の状況を教えろ!」
外が見えないこの場所では、何も分からない。
その通信を受け取ったアンディは、指示を出しながら黒いMSについて思考を巡らせる。
「何かとんでもなく強いMSが取り憑きに来てる!外の奴はほとんどやられた!
遠隔兵器でも持ってるのか、位置もなかなか掴めない!」
そのMSだけでなく、未だにザフトのMSもエターナルを狙っている。
引くわけにはいかない第三勢力は、ただ耐えるしかない。
「そいつの色は?」
返った言葉にアンディは思わず通信機を見つめたが、すぐに答えた。
「灰色に近い黒だ」
騒がしい受話器の向こうで整備士の声がする。
…ハイペリオンの補給が済んだらしい。
「分かった。そいつは俺が抑えるから、邪魔なザフト軍を無事な奴で抑えとけ」
「…了解した。戦ったんだな?そのMSと」
ラクスもカナードの言葉に耳を傾ける。
『ああ。パイロットはラウ・ル・クルーゼだ』
途切れた意識の中で、キラは誰かの声を聞いた。
(誰…?)
自分の名を呼ぶ声。
ーーーキ、ラ
(そこに誰かいるの?)
ーーーキラ
(知ってる…この声は…)
薄らと、靄が掛かったような視界の中で。
ふわりと紅い髪が揺れた。
「フ、レイ……」
彼女は死んだ。
死んでしまった。
ならばこれは、夢か。
ーーーありがとう
今自分に笑いかけている彼女は、幻の中に。
彼女は最後まで、居場所を守り続けてくれていた。
「僕は…結局君を守り切れなかった。
守れたのに、自分のことしか考えてなかった…」
幻の中の彼女は、ゆっくりと首を横に振る。
ーーー私を助けてくれた
ーーー守ってくれた
ーーーそれで十分よ
ーーーキラには、もっとずっと、失えない人がいる
彼女は、本当に人間らしい人間だった。
戦争という狂気に食われてもなお、己を保っていられる程に。
フレイは穏やかに微笑んで、その手をキラへ伸ばした。
…触れられた感触はない。
けれど確かに、彼女の手は自分に触れていて。
ーーーありがとう
ーーーどうしても、それだけは伝えたかったの
ーーーキラは、いつも私を守ってくれた
ーーースピネルさんは、私を救ってくれた
ーーーカナードさんは、私を否定しなかった
ーーーだから、だから次は、私が
ブリッジとの回線を閉じ通信機を置こうとして、カナードはふと動きを止める。
「…?」
誰かの声が、聞こえたような気がした。
(フレイ嬢…?)
しかしまたも艦が衝撃に揺れ、カナードがそれ以上考えることはなかった。
それでもその"声"は、確かにそこに在った。
ーーー私が、守るから
再び乗り込んだハイペリオンは、他の機体に比べて大したダメージを受けていない。
元々防御機能が高いためで、多少の無理も効きそうだ。
(あいつを落とすには…)
管制官のアナウンスに合わせてカタパルトが開く。
そこで視界に飛び込んで来たのは、外から放たれたビームの閃光。
「ちっ!」
光波シールドを展開し外へ出ると、案の定、ビームの網がエターナルを捉えていた。
…プロヴィデンスには、砲撃の位置から本体を特定する方法が効かない。
ふいにキラは、重力のような加速性を感じた。
ハッと目を見開くと、モニターに映る景色が落下している。
「!」
逆噴射でブレーキを掛け、アクセルを深く踏み込んだ。
フリーダムの翼が羽ばたきを取り戻し、キラの目に新たな炎が宿る。
(ラウ・ル・クルーゼ…!)
キラは一直線にヤキン・ドゥーエを目指した。
ヤキンのコントロールで響いた、1発の銃声。
「議…長…?」
地球を撃とうとするパトリックを諌めたユウキの体を、銃弾が突き抜けた。
同じスペースにいたある者は悲鳴を上げ、ある者は突然のことに唖然とする。
銃を放ったパトリックだけは、変わらぬ顔をしていた。
「なぜ、止めるのだ?撃たねば撃たれるというのに」
その場にいる者が誰も動かぬことを察したパトリックは、銃を手にしたまま立ち上がる。
…すぐ横にあるコントロールパネルは、直にジェネシスを操作出来る。
パトリックはその画面にパスワードを入力し、コントロールを自分の見ているモニターへ回した。
「なぜ止めるのだ?ならば我々は、何のために戦って来た?」
画面を操作しながら、独り言のようにパトリックは呟く。
「あの傲慢なるナチュラル共を滅ぼすために、我らは戦って来た。
これで地球を撃てば、ナチュラル共を全て消し去ることが出来るというのに」
本来そのコントロールパネルを担当している兵士は、パトリックの変わりように冷や汗を流す。
その兵士は自分の横でパネルを操作する彼の向こうに、撃たれた上官の姿を見た。
撃たれた箇所から血を流しながら、まだユウキは生きていた。
…心臓を撃ち抜かれたわけではない。
彼が持てる力で持ち上げた視線の先で、パトリックがモニターを操作している。
何を動かしているのか、考えずとも分かった。
地球を撃てば、全ての生命が滅ぶ。
ある宗教で"創世記"を意味する言葉、"Genesis"。
自分たちの新たな時代を創るために造られた、兵器のはずだった。
だがこれは最早、創世ではない。
…破壊だ。
自分たちの未来さえも破壊する、愚かな行為だ。
ユウキはゆっくりと腰に装備していた銃を抜く。
向けた銃口の先には、パトリック・ザラの姿が入っていた。
そのパトリックが、こちらを振り向く。
ダァンッ!!
ヤキンのコントロール。
そこで2発目の銃声が響いた。
さらに何発かの音が続き、パトリックの体がぐらりと後ろへ傾ぐ。
「父上っ?!!」
アスランとカガリがそこへ辿り着いたのが、その瞬間。
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