基地内部への入り口は、多くのMSで守られていた。
アスランとカガリ、そして彼らを援護するM1は、やるせない思いで彼らを撃ち抜いていく。
「どうしてこんなっ…!」
カガリは銃の引き金を引く手が震えた。
…ザフトの兵士たちは一様に、連合軍への憎しみを露にしていた。
アスランも同じように唇を噛み締める。

(なぜ…)

どうして、このようなことになったのだろう?
なぜ、引き返せないところまで来てしまったのだろう?

侵入経路を開き、アスランは後ろのM1へ指示を出す。
「残って脱出口の確保を」
『『了解しました!』』
アスランとカガリは2機だけで内部へ侵入した。
…入り口に近い通路は、連合の攻撃を受けた跡がある。
怪我をした兵士や破壊されたMSを、至るところで見かけた。
「あそこだ!」
オペレーションルームへ繋がる通路を見つけ、2人はMSを降りる。
内部通路でザフトの兵士たちと交戦し、やるせない気持ちは膨らむばかりだ。
通路の最奥にある扉の前で、2人は立ち止まり銃を構え直した。
しかし用心に用心を重ねて開けた扉の向こうは、惨劇の後。


「父上っ?!!」


アスランとカガリが見たのは、銃撃に倒れたパトリック・ザラだった。










-月と太陽・57-










ハイペリオンの攻撃がプロヴィデンスを掠める。
ドラグーンが本体へ戻り、その瞬間を狙った砲撃でエターナルと距離が開いた。

『君の行動も理解に苦しむな!なぜラクス・クラインに手を貸す?』

クルーゼの問いは、カナードにとってはどうでもいいことだった。
キラの言葉を借りるなら、オーブ近海で助けられた借りを返すため。
だが今は、それも意味を持たない。
…敢えて言うなら"成り行き"だ。
ここで連合が負けようがザフトが負けようが関係ない。
たとえ地球がジェネシスに撃たれたとしても、自分はきっと無関心なままだろう。
言えることはただ1つ。

「はっ!お前が"敵"であることに変わりはねぇよ!」

光波シールドはビームライフルを弾き、フォルファントリーによる砲撃でさらに距離が開く。
エターナルから離れ、カナードはプロヴィデンスと一定の距離を開けて撃ち合っていた。
…近づき過ぎても離れ過ぎても、こちらが落とされる。
接近戦用武器を持っていないわけではないが、フリーダムほどの動きは出来ない。
こちらから近づいても、有効な攻撃手段は限られている。
逆に離れ過ぎれば、ドラグーンに囲まれてしまう。
ドラグーンの稼働限界距離にいることで、包囲網からすぐに離脱することが出来るのだ。

最も危険なのは、こちらのエネルギーが切れたとき。


『君は彼よりも話が分かると思っていたがね!』


ドラグーンの攻撃が一点に集中する。
「?!」
実体弾やビームを防げると言っても、それにはやはり限界がある。
オーブ近海の戦闘で、光波シールドが破られたように。
ネビュラ勲章を受けるだけの腕前を持つクルーゼは、それをすでに見抜いていた。
…ハイペリオンが接近戦を仕掛けて来ない理由も。
ドラグーンの攻撃がハイペリオンへ到達する一瞬を狙い、クルーゼはシールドブレードを抜く。
攻撃を受けて防ぐ場合、その衝撃で機体の動きが止まる。
そのことを、カナードも分かってはいた。
だが考えるよりも、ビームの光の方が何倍も速いのが現実。
「しまった!!」
大きな威力はなくともそれが重なれば、破壊力は倍で増していく。
受けた光波シールドと左腕部が、ミシリと嫌な音を立てた。
…ハイペリオンとプロヴィデンスの間にある大きなハンデは、核エンジンの有無。
そしてそれによる、機体性能の差。


「カナードッ!!」


ヤキン・ドゥーエへ向かったキラは、プロヴィデンスの集中攻撃を受けるハイペリオンに息が詰まりそうになった。
ビームの影に隠れてシールドブレードを振り翳すその前へ、間一髪で滑り込む。
互いのソードがかち合い、それによってプロヴィデンスに死角が生じた。
…フリーダムが割って入ったために、ハイペリオンの動きが見えない。
それを逃さずハイペリオンはフリーダムの背後から砲撃し、ドラグーン発射装置の一部が破壊される。
『ちっ!!』
クルーゼは体勢を立て直すため、2機から飛び退くように距離を取った。

「カナード!大丈夫?!」
入って来た音声に、カナードは軽く舌打ちして機体の状況を調べる。
「遅いんだよお前は!」
左腕のシールド発生装置にヒビが入ったらしい。
バチバチと火花が散っている。
一方でキラも言い返した。
「それは謝るけど!なんでアレ展開しなかったの?!」
アルミューレ・リュミエール。
機体全体を包む光波シールドを展開すれば、もう少しマシな戦い方が出来たはずだ。
しかし、返った声はさらなる怒声だった。

「お前の機体と一緒にすんじゃねーよ!!5分であいつを倒せると思うか?!」

キラはびくりと肩を竦める。
光波シールドはまだ展開出来るようだが、とカナードは苛々と先を続けた。
「展開したときに接近されてみろ。あのソードで破られるだけだ」
銃撃に圧倒的防御力を誇る光波シールドも、貫通型装備には太刀打ち出来ない。
プロヴィデンスのシールドブレードならおそらく、コックピットにまで刃が届くだろう。

苛々と発される言葉の中で、キラはカナードが行おうとしていることを悟った。
それは、"彼ら"だから分かること。
「…チャンスは1度だ」
前を見据える声へ、キラは笑みを浮かべ頷く。
「了解!」
フリーダムはソードを引き抜き、ハイペリオンと共にプロヴィデンスを追った。





ヤキン中枢のオペレーションルームで、扉の開く音は静かに響き渡った。
誰もが無言で上階を見上げている。
アスランとカガリは目の前の光景が何なのか、瞬時には理解出来なかった。
「やあ…アスラ…じゃ、ないか…」
途切れて聞こえた声に、アスランはハッと我に返る。
「ユウキ隊長!」
入り口の、2人に最も近い側で倒れていたのはかつての上官。
彼の心臓の傍には銃痕、周りには血が漂っている。
…その右手には、まだ燻っている拳銃が。
「隊長…?」
サァッとアスランの顔から血の気が引く。
「すまない、な…」
それを見て取ったらしいユウキが、笑った。

「地球、を…撃たせ…わけに…いかな……だ」

予想した最悪が、そのまま現実になった。
動揺したアスランは、思わず1歩後ずさる。

カツン、と靴音が響いた。

「議長が撃たれた!」
「連合が来たぞ!」
「「脱出しろ!!」」

その瞬間、静まり返っていた部屋の中がにわかにざわめきだした。
それぞれの持ち場にいた兵士たちはそれぞれの部隊へ緊急事態を伝え、部屋の出口へ走る。
アスランとカガリはすぐ脇を通ってゆく兵士たちを、止めることなく見送った。
「…アスラン」
ただ1点を見つめて動かないアスランへ、カガリは小さく声を掛ける。
それに答えるように彼は歩を進めた。

引いた波のようにザフトの兵士たちがいなくなり、動く者は他に存在しない。
2人は床を蹴り、宙に倒れていたパトリックを下へ降ろした。
「父上!」
息子の呼びかけにパトリックは視線を動かし、動く右手でアスランの肩を掴む。
だがその目は、アスランを見てはいなかった。


「撃て…ジェネシ……我らの…世界…を…」


途切れ途切れのそれは、ジェネシスで地球を撃てという命令。
直後、パトリック・ザラは血を吐き息絶えた。

カガリはパトリックを殴りたい衝動に駆られ、それを必死に堪える。
(なんでっ!!)
他に言うことはなかったのか。
父を救うために命を賭けてやって来た息子へ、告げるべきことは他になかったのか。
親友を撃ち婚約者を撃って、それでも父を信じていた彼へ何も告げないのか。
これでは、あまりにも。


『自爆装置ガ作動シマシタ。総員、速ヤカニ退避シテ下サイ』


重い空気を打ち破ったのは、基地内に響いた警告音。
そして自動で稼働し始めた、アスランの背後にあるコントロールパネル。
彼はパネルに手を伸ばし、動き始めた自爆プログラムを止めようとコンソールの上に指を走らせる。
「これは…っ?!」
モニターに映し出されたのは、ジェネシスの発射システム。
カガリもその隣へ移動しモニターを覗き込む。
「"ヤキンの自爆装置の…"、なんて書いてあるんだ?」
その間にもパネルを動かしていたアスランは、走らせていた指を止めコンソールを叩き付けた。

「ヤキンの自爆シークエンスに、ジェネシスの発射が連動している!目標は地球だ!!」

驚きに目を見張り、カガリは事の重大さを悟った。
…ロックが掛かり、止められないプログラム。
アスランは拳を握り締め、息絶えた父を振り返る。
「こんなことをしても、戻るものなど何もないのに…っ!!」

ユニウスセブンの悲劇で亡くなった母。
あの時から、何かがおかしくなってしまったのだろうか。
…父を責める資格は、アスランさえも持っていないのだ。
撃たれては撃ち、撃ち返し。
その繰り返しの中で同じことをしていた自分。
たとえ軍人でなくても、1度でも戦争を肯定してしまえば同じこと。

ピッ、と音を出したモニターを見れば、数字が浮かんでいた。
" 00:10:00:00 "
一瞬だけその文字を映し、それはあっという間に減っていく。
「脱出するぞ!」
その意味を理解したカガリも頷き、2人は煙を上げ始めた部屋を後にした。
すでに内部通路の爆発が始まっており、あちらこちらから火の手が上がっている。
「急げっ!!」
背後で大きな爆発音がしたかと思うと、大量の煙と飛ばされた瓦礫が追いかけて来た。
半ば吹き飛ばされるように外部通路へ出ると、それぞれの機体へ乗り込む。
息つく間も無く外部通路でも爆発が始まり、2人は追われるようにヤキン・ドゥーエを後にした。





ヤキン・ドゥーエから、次々にザフトのMSが出てくる。
それらはエターナルやクサナギに脇目も振らず、とにかく基地を離れようとしていた。
「おい、何があった?!」
全周波で回線を開いても、混乱の喧噪ばかりでこちらの声も届かない。
状況が理解出来ず戸惑うエターナルへ、別の回線が開く。

『これはどういうこと?ヤキンは放棄されたのですか?!』

ようやく追い付いて来たAAだった。
しかしマリューの問いは、ラクスやアンディの問いと同じこと。
「分かりません。アスランやカガリさんたちとの連絡が途絶えたままなのです!」
『…では、キラ君やカナード君も…?』
難しい表情のまま問うたマリューに、返答は不要だろう。
ラクスはただ、膝の上に置いた両手をぐっと握る。
願うしか出来ない己が、酷くもどかしかった。
(アスラン…カガリさん…)
どうか、どうか無事で。

(キラ…カナード……)


彼らもどうか、生きて戻って。