ヤキンのオペレーションルームで止められたはずの、ジェネシス。
しかし止めることが出来ず、第3射目の発射までは残り5分を切ろうとしている。

カガリはずっと何かを考え込んでいるアスランへ、たまらず声をかけた。
「どうする気だ?アスラン」
自分にはジェネシスを止める方法が、何も思いつかない。
だがようやく返ってきたアスランの答えは、それこそ最悪なもの。

「ジェネシスの動力炉で、ジャスティスを核爆発させる」

言葉を失うとはこのことか。
「なっ…!本気か?!!」
それはつまり、"自爆する"のと同じ意味だ。
カガリの言葉を待たず、アスランはジェネシスへ向かう。
「おいっ!」
慌てて後を追いかけた。

ジェネシスの内部は至って正常で、通路を照らす明かりが輝く。
…1分1秒でも時間が惜しい。
「お前は戻れ!」
アスランは後ろのストライクルージュへ怒鳴った。
「戻れって…バカ言うな!私も」
「だめだ!!」
「?!」
わずかな押し問答が途切れたそこで、ジャスティスのリフターユニットを切り離しルージュへぶつける。
これは父を止められなかった自分の責任であって、彼女を巻き込むわけにはいかない。
それがアスランの思いだった。


「アスランーーッ!」


カガリの叫びが出口へと遠く消える。
…制限時間は、残り5分。










-月と太陽・58-










(この人、本当に強い…っ!!)
数の上では1対2。
もちろん機体特性の差もあるが、それだけではない。
クルーゼはそれだけ手強かった。
ドラグーンが本体へ戻るタイミングに合わせて、キラはソードで斬り掛かる。

『もうすぐ最後の火の手が上がる!人類の滅亡を描く火がな!』

互いの刃を押し合い動きを止めたプロヴィデンスの背後から、ハイペリオンの砲撃が襲う。
だがプロヴィデンスはフリーダムを押し返した瞬間に、砲撃の射線から離れた。
2機のコンビネーションが崩れたそこへドラグーンが散らばり、3機の間に距離が開く。
…元から数の多い砲台。
1つや2つ破壊されても、大きな影響は無い。
ドラグーンに囲まれたキラは、ソードで攻撃を弾き返す。

「"人"が居なくなれば"自分"も居なくなる!貴方には守りたいものがないのか?!」

キラの問いにクルーゼは冷ら笑った。
『守る?何を?愚かな人間ばかりのこの世界で、何を守る?』
今に全て無くなるのだ。
その中で何かを"守る"などという戯言は、存在し得ない。
キラは歯を食いしばり、再びプロヴィデンスへ斬り掛かった。

「"人"が生み出したものなら、"人"が止められる!でも貴方は止めなかった!
貴方が引き金を引かなければ生きていた人がいるっ!!」

綺麗ごとを言うつもりはない。
彼以上に、自分は誰かの命を奪っているだろう。
だが目の前でフレイを撃たれた哀しみは、深い痕を遺す。
…生きていたのだ。
生きていたはずだった。
クルーゼがあの引き金を引かなければ、彼女は生きていた。
2度3度と剣が交わり、バチバチとビーム刃が軋みを上げる。

『やはり君は憎むべき存在だな!"生きる"などと、そうも簡単に言うとは!!』

展開されていたドラグーンが、一斉にフリーダムへ矛先を向ける。
…ビームを撃つ瞬間に、それが動きを止めること。
何度目かのプロヴィデンスの背後を取り、カナードはビームサブマシンガンを放った。
近接距離にあったフリーダムの傍でドラグーンの一部が破壊され、ビームの網が綻ぶ。
キラはもう1本のソードを引き抜き2本を連結させると、壊れた網の隙間から抜け出した。
しかしまたすぐに囲まれ、包囲網が狭まっていく。
「くそっ…!」
ビームの1つがフリーダムの左足を撃ち抜いた。
衝撃により生じた背後の隙を、割り込んだハイペリオンが光波シールドで防ぐ。

『出来損ないのクローン!外で生きることも、寿命までもが満足にない!
勝手な理由で生み出され、己さえ形成出来んさ!!
君はそのような者にまで生きろと言うのか?自分が見れぬ未来を守れと言うのか!!』

ドラグーンの一点射撃は、ヒビの入った盾で2度も弾き返せなかった。
以前聞いたバキンッ、という音が、機体を通して響く。
光波シールドを破られた衝撃は推進力を上回り、ハイペリオンはフリーダムへぶつかるように吹っ飛ばされた。
「くっ…!カナードッ!!」
倍以上の圧力がフリ−ダムへ掛かり、キラは重圧に耐えながら必死で逆噴射のレバーを引いた。
その様子を見下ろしながら、クルーゼはカナードへ問う。


『なぜ君はキラ・ヤマトを庇う?全ての元凶を!!』





まっすぐに続く、ジェネシスの内部通路。
「ええいっ!!」
カガリは機体を出口へ押し返すリフターユニットへ頭部バルカンを放った。
それを爆発させて、ようやく機体にブレーキが掛かる。
…爆発の影響でビームライフルが駄目になってしまった。
けれど、もう必要ないだろう。
操縦桿を握り直し、カガリはもう1度ジェネシス奧部へと急ぐ。
「頼む…間に合えっ!!」
アスランが、馬鹿なことをしでかす前に。



ジェネシス最奥部、核動力炉。
強大な破壊力を生み出すその場所は、巨大な原子力発電所のよう。
通路以上に明るいその部屋を、アスランはぐるりと見回した。
…父が造った"創世の光"。
せめてそれが、"破滅の光"になってしまわぬように。
ジャスティスの自爆装置を引き出すと、暗証番号を打ち込むタイプボードが現れる。
それを押そうとして、ふと指を止めた。
(同じ、か…)
キラを殺そうとしたあの時と。
当時の機体はイージスで、自分は自爆する前に脱出することが出来た。
今回は、脱出出来ない。
いや、脱出する必要もないのだ。
止まっていた指を動かし、暗証番号を打ち込んでいく。

最後の1つを押そうとしたそのとき、外へ出したはずの声が聞こえた。


「アスランーーーッ!!」


振り返ると、ストライクルージュが動力炉へ入って来た。
「カガリッ?!」
脱出しろと言おうとしたアスランを遮り、カガリは叫んだ。
「駄目だ!絶対に駄目だ、お前っ!!」

自爆などするな。
自分を犠牲にするな。
遺される側になってみろ。

「死に逃げるな!生きて戦えっ!!」

バイザーの中で涙が散る。
カガリには、そんなことに構う余裕などない。
驚きに言葉のないアスランへ、ただ叫ぶ。


「生きる方が戦いだっ!!」





ようやく体勢を立て直した2機を、なおもドラグーンが取り囲んだ。
「キラ!」
カナードの声に、キラはハイペリオンから飛び退く。
それはドラグーンがビームを放つ前のほんの半瞬で、網はフリーダムを捉えられなかった。
同じ半瞬の中でカナードはアルミューレ・リュミエールを展開させ、ビームは光の壁に阻まれる。
弾かれる度にドラグーンが新たな網を造り出すが、一部を内部からのサブマシンガンが破壊した。
「いちいちうるせぇよ!てめぇは!!」
点ではなく面を狙うサブマシンガンは、ライフルよりも連射がきく。
シールドで防ぐか避けるかしなければならないクルーゼへ、カナードは怒鳴った。

「てめぇの価値観を俺に押しつけんじゃねえっ!!」

確かに"キラ・ヤマト"が憎い。
その感情は、今後どうあったとしても消えることはない。
だがカナードはメンデルで、クルーゼの問いに答えた。
"キラがいれば退屈することはない"、と。
それが今のカナードにとって最上の答えであり、キラを殺さない理由でもあった。

ドラグーンとビームライフルを封じられたクルーゼは、シールドブレードで接近を試みる。
それを見て取ったキラが、一斉射撃で両者と周りの空間を撃ち抜いた。
狙撃数の多い攻撃はさらにドラグーンの数を減らし、プロヴィデンス本体もダメージを受ける。
一方で、アルミューレ・リュミエールを展開したハイペリオンは無傷。
するとドラグーンが矛先をフリーダムへ変え、クルーゼ自身はハイペリオンを狙った。

『残念だな。君も根本は同じだと思っていたが』

避けきれなかったシールドブレードが光波シールドを突き破り、ハイペリオンの左腕を貫いた。
左腕が爆破された影響で、被弾しなかったはずの本体も被弾する。
「ぐっ…!」
その状態でブレードがなおも横へ薙がれた。
カナードはフォルファントリーを放ち、ブレードのコックピット直撃とそれを可能にしている近接距離を寸前で躱す。
そして砲撃は、プロヴィデンスのドラグーン発射装置を完璧に撃ち抜いた。
しかし、相手との距離が開いたのはほんの僅か。
キラはドラグーンの攻撃を弾き破壊しながらプロヴィデンスへ向かう。
だが背後を取ったそのとき、プロヴィデンスがハイペリオンの光波シールド発生装置を破った。
…鉄壁の防御が、解ける。
キラは被弾ばかりのフリーダムで、必死に駆けた。

「絶対に殺させないっ!!」

フレイを守れなかった。
けれど彼女は、キラの持つ感情を理解してくれていた。
ならばなおのこと、彼だけは。



ーーー絶対に、守るから

ーーー私の想いが、貴方たちを守るから

ーーー私は、ここにいるから


ーーー絶対に


ーーー守ってみせるから




ハイペリオンがビームナイフを抜く。
クルーゼの意識がそちらへ逸れた、その刹那。
キラはフリーダムごとぶつかるようにソードを突き出し、両刃のソードはプロヴィデンスを背後から突き抜ける。
同時に正面から、ハイペリオンのナイフがプロヴィデンスを貫いた。
どちらの刃もメインエンジンとコックピットを切り裂き、脱出の暇など与えない。

「てめぇの負けだ。ラウ・ル・クルーゼ」
「僕は生きる。この愚かな人間ばかりの世界で、同じ人間として」

接触回線で入った両機の音声は、クルーゼを笑わせるに十分だった。
『ククッ…精々足掻いてみるがいいさ。それでも世界はまた…』


何度でも、滅びの道を歩むだろう。


動きを止めた3機を、横から鮮烈な光が照らし出す。
光を放つそれが何なのか、キラもカナードも理解するのに時間が掛かった。
「「ジェネシス?!」」
自分たちがどこで戦っているのか。
そんなことを気にする余裕などなかった。
…息つく間もなく、すり鉢状の発射面が虹色に輝く。
2人はプロヴィデンスから離れ、ジェネシスの射線上から退避する。
だが、あまりにも近い場所に居過ぎた。


発射された光はプロヴィデンスを呑み込み、その余波でフリーダムとハイペリオンをも巻き込んだ。







ジェネシス、第3射目。
万が一を考え射線上から離れていたエターナルら第三勢力のすぐ下方を、ジェネシスの光が駆け抜ける。
…破滅の光を彼らの目が捉えた、その直後。
γ線レーザーが先頭から徐々に立ち消え、ラクスたちの視線の先で真っ白な輝きが全ての視界を遮った。
強過ぎる白の輝きは誰もの視界を奪い、何が起きたのか判断することさえも遅らせる。
彼らが我に返ったのは、光が弱まり消えた後。

「ジェネシスが…消えた?」

自分たちの目の前で、難攻不落の姿を浮かべていたあの兵器。
ヤキン・ドゥーエは基地の形を残しているが、ジェネシスは本当に…消えていた。
「破壊に成功したのか…」
アンディの独り言のような呟きで、ブリッジが沸き上がる。

「ジェネシスを破壊したぞ!」
「これで戦争が終わる!」

しかしアンディは艦長席に座るラクスを振り返り、言葉を失った。
「姫…?」
ブリッジの兵士たちもまた驚き、静まり返る。


ラクスはジェネシスのあった場所を見つめ、ただ涙を流していた。


兵士たちの視線に気付いた彼女は、ゆっくりと自分の頬に手を当てる。
離した手は、しっとりと濡れた。
(泣いている…)
まるで他人事のように、ラクスはそう思った。
(嬉しい…悲しい…いいえ。きっと、どちらも…)
これからは、平和を目指すことが出来る。
けれど失われた命は、決して戻りはしない。


戦争が、終わる。

ただそれだけが、事実。


『宙域のザフト…及び連合…へ。
プラ…ト臨時評…会は、地球を含め、全ての戦闘行為の…止を提言する。
また、和平協…を結ぶため…場を設…る用意があり…す』


拘束を解かれたプラント最高評議会議員の声が、宙域全土に途切れながらも流れていく。
誰もが疲れ切り、それを聴いていた。
そしてその提案を撥ね除ける理由を、誰1人として持っていなかった。
…プラントも、連合も。
どちらも戦争を指揮した最高指導者が、いなくなったのだから。










C.E.71年、9月27日。

1年8ヶ月に及ぶ地球ープラント間の戦争が、終わった。












/→ at the End...