司令官室に入って来たのは、マリューたちから見れば少年兵だった。
それも"コーディネイター"の。

驚く彼らに、ガルシアはにやりと笑って紹介文を繋ぐ。
「彼はカナード・パルス。我がユーラシア連邦が誇る逸材だよ」
そう語る上官を、カナードという名の少年は不信感を隠しもせずに見やる。
さらに視線を動かし横に立つマリュー、ナタル、そしてフラガに来たところで表情が少し変化した。

「へえ。認識コードなしの戦艦に、本当に"エンデュミオンの鷹"が乗ってんのか」

ある意味挑発的な言動だったが、フラガは「そりゃどーも」と軽く受け流す。
いや、受け流すのが精一杯だったと言っていい。
カナードの視線には、ただならぬ"殺気"と"狂気"が込められていた。
この中で最も多くの死線をくぐり抜けて来たフラガでさえ、そう感じたのだ。
…そして彼の容姿は、どことなくキラに似ている。
それが"恐怖"と"疑問"に輪をかけた。

フラガで1度止まったカナードの視線がガルシアを通り越し、ちょうどマリューたちの向かい側へ行き着く。
視線の先にいるのはキラだ。
それを待っていたかのように、ガルシアは意味ありげに問うた。
「人違いかね?」
カナードは不敵に、それでいて氷のように冷たく微笑んだ。


「間違いない。本物だ」










-運命の輪・3-










カナードという少年が部屋に入って来たとき、誰よりも驚いたのはキラ自身だった。
…自分が知らない人物。
けれど自分の中の"何か"が、「知っている」と囁く。

アナタハダレ?



「間違いない。本物だ」

そう不敵に微笑んだカナード。
目が合った瞬間、キラは恐怖に凍り付いて動けなくなった。
…今すぐにここから逃げ出したい。
けれど、まるで魅せられたかのように視線も外せない。

彼は一体何者なのか。

そんな好奇心にも似た感情が湧き出てくる。
自分を動けなくしているのは他でもない、自分自身。


『アナタハダレ…?』





「キラっ!!」

フラガの声に我に返るも、遅かった。
視線の先にいたはずのカナードの姿が消え、そして考える間もなくキラは壁に打ち付けられた。
「…っ!」
胸ぐらを掴まれ、そのままぎりぎりと押さえつけられる。
何とかその手を離そうとするが、軍事訓練も何も受けていないキラは非力。
首を絞められるような息苦しさに耐え、自分を押さえつけている人物を睨み返すのが精一杯だった。

「まさか…こんなに早く見つかるとは思わなかったぜ、キラ・ヤマト」

まるで自分を捜していたとでもいう言い方。
その言葉に籠る感情は分からなくても、キラが二の句を継げないに十分だった。
カナードの瞳に宿る鋭利な刃は、キラの行動のみならずマリューたちの足すら止めていた。

彼が動いた瞬間、真っ先に動こうとしたのはフラガだった。
普通なら、ガルシアが目の前でその行動を制止しようともそれを無視していた。
経験の差や体格の違いで、カナードをキラから引き離せた。
そう、"普通なら"。

こちらを振り向いたカナードに、身の毛もよだつような感覚を受けなければ。



「さて、我々は別室へ移動しよう」

絶妙ともいえるタイミングで、ガルシアはフラガとカナードの間に立った。
フラガは言い返そうと言葉を探したが、1つ舌打ちをしてため息をつく。
「別に良いですけど。あの少年がキラに手荒な真似しないって約束があれば」
釘を刺すぐらいは許される範囲だ。
「アレも十分、手荒ですけどね」
そう言ってちらりとカナードを見やり、やれやれといった風に首を振る。
ここでフラガの思惑に気がついたらしいナタルが先を継いだ。
「彼は民間人であり軍人ではありませんので、それを念頭に置いてください。
ストライクに関わっている理由は、そちらとは関連なきことであり返答は致し兼ねます」
ガルシアは眉をひそめたが、ナタルは気にする様子もない。
そんなナタルにフラガは思わず口笛を吹く。

「なぜキラ・ヤマトを呼ばれたのか、それを聞く権利を私たちは持ち合わせています」

2人の言葉を締めくくるマリューと、さらに眉間に皺を寄せるガルシア。
だがすぐにガルシアは嫌な笑みを戻した。

「…だそうだ。大事を起こすなよ、カナード」
「……」

忌々しげに舌打ちし、カナードはキラの胸ぐらを掴んでいた手を離した。
ようやく解放されたキラは咳き込むが、心配そうにこちらを見つめるマリューたちに笑みを向けた。
…少なくとも、ここで殺されるようなことはない。
同時にキラは、カナードというこの少年と2人だけになるのを嫌だとは思わなかった。
マリューたちが出て行くのを静かに見送り、静寂の足音を聴く。

彼に尋ねようとしていることは、他人に聞かれてはいけないような気がした。







バタン、と扉が閉まり、部屋の中にはキラとカナードの2人だけ。
…張りつめたような空気が満ちる。
キラは恐怖で震えそうになる自分を必死に押さえ込み、意を決して口を開いた。

「貴方は…どうして僕を知っているんですか?」

カナードは部屋の扉から視線を外し、静かに振り向く。
「どうして知っているか…?」
キラの問いを繰り返すと、カナードは再び冷笑を浮かべた。

「決まっているだろう。お前を捜し出すことが、俺の生きる目的の1つだからだ」

「…生きる目的?」
キラには訳が分からない。
しかしその先に続けられた言葉は、キラに衝撃を与えるに十分過ぎた。


「"キラ・ヤマト"を見つけ出してこの手で殺す。俺の生きる目的はそれだけだ」


何を言われているのか、咄嗟には分からなかった。
たった数語しかない言葉にキラは混乱し、それと相重なった恐怖がキラを襲う。
「何を…言っているんですか」
声が震えているのが分かる。
「僕は貴方を知らない。どうして僕が貴方に殺さ……っ!!」
言い終わる前にまた襟刳りを掴み上げられ、首が絞まりそうになる。
手に込められた力は、一片の容赦もない。

「知らないから殺される理由が分からない?ハッ、オーブ国籍のヤツが言いそうなことだな」

キラを正面から睨むその眼は紫紺色のはずが、火のように朱く見えた。
今までに見たこともない、真っ赤な色。

それはキラが初めて見る、"憎しみ"という名の炎の色。



「随分前からヘリオポリスには大西洋連邦が巣食ってた。
ザフトがそれに気づいたのも昨日今日、そんなもんじゃない。
"中立国の一部"、お前もそこにいたんだろ?お前みたいに何も知らない民間人が大多数だ。
だがヘリオポリスに"それを知っている奴"も居たに決まってる。
そいつも"民間人"だ。"軍人"じゃない。違うか?」



自分がどれだけ無知だったのか。
キラはカナードの言葉に返す術を見つけられなかった。
…自分がどれだけ、平和な場所にいたのかと。

「ま、"戦争激化の原因"がオーブにいたんじゃ、巻き込まれるのは当然だな」

続くカナードの言葉はキラをさらに追いつめる。
「戦争激化の…原因……?」
そんなキラの反応を楽しむかのように、カナードは笑った。

「戦争の原因は最初のコーディネイター、ジョージ・グレンが殺されたこと。
そして激化の原因は…とある研究所で、とんでもないモノが創られたこと」

「とんでもないモノ…?」



聞いてはいけない。
自分の脳はありったけの警告音を放っていた。
…けれど知りたい。
目の前の人物が言っていることは、"真実"なのだから。
自分の中の"何か"が、そう囁く。



「貴方は…誰……?」

声は震えていて、少しでも気を抜くと体も震えが止まらなくなる。
今すぐにでも逃げ出したかった。

きっとこの問いは、"自分"を根本から否定するだろう。


「戦争激化の原因はユーレン・ヒビキ博士とその研究対象、"スーパーコーディネイター"…」


初めて耳にする単語。
「スーパーコーディネイター…?」
もっとも、戦争にほとんど関わっていないに等しいキラには当然かもしれないが。
カナードは構わず先を続ける。

「コーディネイターを超えるコーディネイター。馬鹿なことを考えるヤツも居たもんだ。
俺はその研究の、"失敗作"」
「!!」

とてもじゃないが、信じられない話だった。
しかしキラには、何故そのような話を告げられるのか分からない。
…その先を聞くまでは。
カナードの氷のような、業火のような心の理由を知るまでは。





「唯一の成功体。そいつの名前は"キラ・ヤマト"。
お前が、"スーパーコーディネイター"の成功体なんだよ」





まるで、時が止まったかのよう。
キラは目を見開き、言葉を探すことさえ忘れてしまった。
…その様子を見たカナードは嘲笑する。
先に放つ言葉が、キラにとってどのような意味を持つのか知りながら。





「お前は、俺を含めた何百もの兄弟の犠牲で成り立った…人類の欲望の果て」







ガシャン、と何かが壊れる音がした。










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「戦争激化の原因」はあくまで氷海の考えです。
プラント側から見れば「血のヴァレンタイン」でしょう。たぶん。

2004.2.21