一体どうやって戻ってきたのか。
自分でも覚えていない。
気づけばアークエンジェルの食堂の前。
自分に気づいたトールたちが、見張りの兵を押しのけて駆け寄ってきた。
「キラっ!大丈夫か?!」
「ごめんね、キラ。私のせいで…ホントにごめん」
自分を心配するトールと謝るミリイへ、キラは静かに微笑んだ。
「大丈夫。何かされたわけじゃないから…」
もちろん嘘。
でも目に見える暴力じゃないし、あの言葉の元を辿れば原因は自分だ。
「…キラ?」
疑問系で呼ばれた自分の名前。
さすがにいつも傍に居たこの二人を騙すのは大変らしい。
キラはもう一度言った。
「僕は大丈夫だから」
-運命の輪・5-
キラは食堂の中を一通り見回した。
結構な時間が経ったはずだが、自分が出て行ったときと何も変わっていない。
「…寝るときくらい部屋に戻れないの?」
キラは目の前に居るトールとミリイ、そしてそのすぐ後ろに立っている兵士に問いかけた。
兵士はこちらを向いていないが、聞き耳を立てているのは明らかだ。
そうでなければ見張りの意味がないだろう。
案の定、その兵士が口を開いた。
「お前たちのような一般兵や民間人は、部屋に戻っても差し支えはない」
そうですか、と相づちを打つとキラはトールたちに視線を戻す。
「僕は部屋に戻るよ。みんなも早めに休んだ方がいい」
ミリイはサイとフレイの元へそのことを伝えにいく。
そのままキラを見ていたトールだが、ふと真剣な表情で言った。
「キラ、お前やっぱり何かあっただろ?」
真剣なトールにキラは曖昧に微笑み、艦内へと足を向けた。
「ごめん。一人にしてくれる?」
通路の向こうへ消えるキラを、トールは複雑な気持ちで見送った。
「トール、キラは?」
「先に部屋に戻るってさ。あいつ、何かおかしいぞ」
そう呟いたトールにミリイも表情を沈ませた。
「…そうね。いつものキラじゃないわ」
MSに乗っていることが幸か不幸か、キラに与えられた部屋は個室だった。
キラはドアのロックを掛けると、電気も付けずにベッドに倒れ込む。
真っ暗な部屋。
ここにいるのは自分一人。
『僕ハ…ドウスレバイイ?』
暗い部屋、真っ黒な色。
あの人の髪もこんな闇色だった。
『カナード・パルス』
自分を鋭く射抜いた、まったく同じ紫紺の眼。
その紫紺の中に燃えていた緋色。
『スーパーコーディネイター』
あの人はそう言った。
コーディネイターを超えるコーディネイター。
『ユーレン・ヒビキ博士』
その研究の責任者。
戦争を激化させた原因の生みの親。
『人類の欲望の果て』
それが"キラ・ヤマト"…いや、"キラ"だ。
"ヤマト"は偽の器にすぎない。
『数多の兄弟の犠牲の果てに』
戦争に巻き込まれてもいなくても、この手は血で汚れていた。
生きているという事実が、罪。
『僕ハ、ドウスレバイイ?』
「トリイ!」
「?!」
突然耳元で鳴かれたため、キラはかなり驚いてしまった。
「そうだった。トリイをこの部屋に置いて行ったっけ…」
黄緑色の鳥型ロボット。
それに重なる面影が、随分と遠くなった気がした。
あの日、君が月から去ったのは正解だった。
僕の傍を離れて正解だったんだ。
キラはトリイを黙らせ、目を閉じた。
涙は出ない。
悲しいことに慣れてしまったから。
目を閉じても、意識を手放そうとしても。
告げられた言葉が頭の中で、ただひたすらに反芻されていた。
どうしてあのとき、貴方は僕を殺さなかったのかな…
貴方の手が首に掛かったとき、本当に殺されるかと思ったんだけど。
脳裏に焼き付いて離れない姿。
その幻影に話しかける。
最高のチャンスだったのに。
殺しても殺しきれないくらい、僕を憎んでいたはずなのに。
全ての元凶をその手で壊せたのに。
あのとき殺してくれた方が、良かったのに。
ソノ方ガ、ズット楽ダッタノニ…
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2004.3.6