「………」

まだぼやけた視界に映るのは見たことのない天井。
自分を包む空気は冷たくてどこかピリピリしているような気がする。

・・・どうやら自分はベッドに寝かされているらしい。
それを理解した頃、ふと人の気配を感じた。
視界のぼやけもなくなってきて、焦点も定まってきた。

・・・そんなキラの目に映ったのは一人の少年の姿。
若草色の髪が左目を覆っている、知らないモノばかりの中で唯一キラが知っているモノ。
ほんの数日前に会った人物。

「…あ、やっと起きた」

"彼"は目覚めたキラに気が付くとそう言った。






-自由の鳥・2-







"キラ"という少年がここに連れてこられてから数時間。
強制的に"世話係"にされたシャニは、彼が目覚めるのを待つことに飽きてきていた。

ちなみにここは一般個室の空き部屋。
本来、捕虜は拘束場所である牢に入れるが今回は特例らしい。
・・・アズラエル曰く『パニックを起こされてはたまらない』とのこと。
しかし鍵だけはしっかりと複雑な電子ロックになっている。

・・・まあ、シャニ自身としては牢の傍で待つなんて事は絶対に嫌だが。







「……シャニ…さん?」
ようやく起きたキラはまだ頭が覚醒しきっておらず、その人物の名前を瞬時に思い出すことが出来なかった。
当のシャニはというと、表情に出ていなくとも名前を覚えられていることに驚いていた。

「…ここがどこか分かる?」
シャニに問われてキラはようやく自分が捕虜になったのだと気づいた。
・・・確か三機のMSと戦っていて、その途中にもの凄い衝撃に襲われて…!
「そうだ…フリーダムは?!まさか…」
あの後の記憶は残っていない。
・・・もしNジャマーキャンセラーのデータを引き出されていたら…!


"自由"と言う名の白い機体。
天使の容貌を借りている姿には案外相応しい名前なのかもしれない。
「…自分の心配はしないの?」
たとえ自身の意志で軍に入った奴でも、いざとなれば自分の命を優先する。
そんな人間しか見ていないシャニには少々理解できない言葉だった。

「自分の心配するどころじゃないよ!」
キラは真剣な眼差しでシャニを見つめた。

・・・自分の言っていることは普通ではないのかもしれない。
けれどもしあのデータが連合の手に渡ってしまえば戦火は広がるばかりになってしまう。
・・・戦争を止めようとしながら戦火を広げる。
キラは捕まってしまった自分を悔いた。

・・・隙を作ってしまった自分の心を呪いたかった。






シャニはというと、"コイツは何なんだ"という心境だった。
「あのさあ、自分が何でこんなとこで寝てるのか考えた?」
「え?」
そう言われてキラは考えてみる。


・・・自分がコーディネイターということはたぶんバレている。
"ブルーコスモスの盟主"がこの艦に乗っているということをマリューさんに聞いた気がする。
なのに自分は生きてこうしている…?


「…じゃあロックは外れてないんだ……」
キラはホッと息をつく。
目の前にいるシャニという人物に警戒心を感じないためか、途端に体の力が抜けた。

「……あれ?」

キラは何かが足りないことに気づいた。

「ああっトリイ!トリイ知らないっ?!」
「……」

・・・この落差は何なのだろう?
シャニには目の前にいるキラという人物が不可解に見える。
「…やっぱり変な奴」
ぼそりと呟いた言葉はキラ本人に聞こえたのだろうか?
キラは聞こえていないのか否か、シャニにそのロボットのことを再度聞いた。
「ねえ!トリイは?!」

・・・そういえばあの変な鳥はどこへ行ったのだろう…?

「…壊れてはないと思うけど……」
どう説明したものか迷ったが、

『トリイ!』
「うわあ!何だこの鳥!!」
「アンドラス少尉と一緒にいたヤツじゃないか?ってうわっ!!」
『トリイ♪トリイ♪』

その答えはドアの向こうから聞こえてくる声が教えた。
「…あれでしょ?」
シャニはドアを指差す。
「うん。良かった〜元気そうで」
心底嬉しそうに微笑むキラ。






「…お前、怖くないの?」
これまた落差というかギャップを感じつつ、シャニは聞いた。
・・・敵艦の中で何事もなかったかのように笑う彼が不思議だった。

キラはふっと微笑みを消した。
「…怖いよ。だってここには僕しかいないから」
でも、とキラは続ける。
その眼にはオーブで見た、あの強く揺るぎない光が宿っていた。
「自分の命なんかより大切なモノがある」
強く光るその眼に、シャニは気圧された。
・・・戦う理由を真っ直ぐに見つめるその心に。




キラはしばらくじっとシャニを見つめていたが、ふと表情をゆるめた。
「大鎌持ってるMSに乗ってたのは…シャニ?」
頷いたシャニにキラはやっぱり、と笑った。
「オーブで会ったときそんな感じがしたんだ」

あの時、あの攻撃を避けられたはずなのにそれが出来なかったのは、だからなのかもしれない。
・・・あれはひょっとしたら僕自身が……




オーブで出会ったときにそう感じたのはシャニもだった。
あの白いMSとキラに、どこか似たものを見たような気がしたから。

・・・赤い方ではなく白い方を狙ったのは……













キラの気を失わせた"凄い衝撃"を与えたのはクロトだが、直接そうなる原因を作ったのはシャニ。
キラはあはは、と自嘲気味に笑った。

「死神の鎌に引っかかったのかな〜…?」
「……天使が?」
「天使って…あ、そういえばフリーダムが両翼展開したらそう見えるんだっけ?」
「…キラが乗ってるんだろ……」
「だって展開してるときは戦闘中だからそんな余裕…あ!」
「…何?」
「初めて名前で呼んでくれた♪」
「……」