捕らえられてから三日目。
相変わらず軟禁状態、そしてトリイはどこかを飛び回ったまま。
けれど今日はいつもと違う気がした。
・・・きっと気のせいで済ませられる程度の感覚だろう。
しかしどこか…空気が張りつめている気がした。
-自由の鳥・4-
「トリイは無事なのかな…」
昨日、一昨日と同じようにキラはぼんやりと過ごしていた。
・・・というかそれ以外の過ごし方がない。
牢屋でないだけマシとして、それでも鍵がかかった狭い部屋の中に変わりはない。
はあ、とキラはため息をつく。
・・・何となく嫌な予感がする。
その予感を象徴するかのように、五分くらい前からドアの向こうが騒がしい。
・・・その騒がしさの原因が自分であろう事も感じる。
ピピッと鍵の電子音が響く。
キラは反射的に体を堅くした。
・・・ドアの向こうにいるのはたぶん、シャニでもクロトでもない。
自分を快く思わない人物が…いる。
「…健康状態は問題ないようだな」
凛と響く聞き覚えのある声。
(ナタルさん?!)
危うく声に出してしまうところだった。
入ってきたのはアークエンジェルで共に戦ったナタル・バジルール。
そしてその後ろにもう一人。
(…誰……?)
キラは警戒心を強める。
スーツを着込んだ、戦艦にはちょっと不釣り合いな男性。
ナタルの様子からして上層部の人間だろうか?
「…こんなところに長居するのはごめんですね」
スーツの男はキラに向き合った。
「僕はブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルです。
さっさと済ませたいんで単刀直入にお聞きしましょうか、キラ・ヤマト君」
「?!!」
・・・"ブルーコスモス"の盟主がわざわざ自分に会いに来た。
何よりも嫌っているコーディネイターの元へ?
・・・理由なんて分かりきっていた。
「Nジャマーキャンセラーのデータは渡しません」
キラはきっぱりと言った。
「たとえどんな目にあっても絶対にロックは外しません」
・・・それが自分の使命。
ラクスに渡されたフリーダムを操る対価として当然の理由。
ギッとこちらを睨むキラを見ていたアズラエルだったが、それで十分とばかりに踵を返した。
「たとえどんな目にあっても…ねえ。ま、いいでしょう。それで後悔しないなら」
不敵な笑みを浮かべ、アズラエルはさっさと出ていった。
ナタルはそんなアズラエルを怪訝な目で見送った。
「一体何を考えて……」
そこまで言って、ナタルはキラに向き直った。
「とりあえず、元気そうだな。ヤマト少尉」
微かな微笑みを浮かべるナタルに、キラも緊張を解す。
「…ナタルさんも元気そうでなによりです」
しかしそう言ったあと、キラは再び険しい目つきに戻った。
「あの…ロックの解除…どこまで進んでるんですか?」
ナタルも険しい顔つきに戻る。
「…私は余り詳しくない。だがしばらく時間がかかるらしいとは聞いたな」
「……そうですか」
しばらく間、沈黙が流れた。
「…アークエンジェルの面々は元気でやっているのか?」
聞き倦ねていたのだろう。
ナタルがおそるおそる、といった風に尋ねてきた。
キラはにこりと笑って答える。
「マリューさんもムウさんも、サイたちもみんな元気ですよ」
「そうか…」
満足したのか、ナタルはキラに背を向けた。
しかし振り向いた彼女が浮かべていたのは悲痛な微笑みだった。
「…出来ることならアークエンジェルへ帰還させたいがな……」
そんなナタルを、キラはただ黙って見送るしか出来なかった。
"それで後悔しないなら"
キラの部屋を出たナタルだったが、先程アズラエルが言った言葉が頭の中で不気味に反芻されている。
扉に背を預けたまま、ナタルは自分の中に出来上がってしまった最悪のシナリオをうち消そうと考え込んだ。
・・・あの様子だとあの男は何かを企んでいる。
そしてそれはNジャマーキャンセラーのデータを取れないと分かった時。
その時に新たな戦力を生むために実行に移されるのだろう。
・・・そしてこの艦には、あの三人組の服用する薬のために科学者たちが乗っている。
艦の一角を研究所として利用もしている。
材料となる薬の元も全て揃っていると考えて良いだろう。
・・・何よりの問題はあの男が軍の…いや、自分以外の人間を駒としてしか見ていないことだ。
それはつまり……
ナタルはそこまで考ると、それを振り払うかのように首を振りブリッジへと向かった。
・・・このまま"彼"をこの艦に乗せているのは危険だ。
そう結論を出したナタルは瞬時に思考を切り替えた。
ドミニオンの艦長として、そして連合の人間としてではない。
一人の人間として、かつての仲間を救うために。
Nジャマーキャンセラーのデータを引き出せるかどうかが分かるまであと二日ほどだろう。
それまでになんとか出来れば……
データを引き出せないと分かった時。
その時に起こるであろう最悪のシナリオ。
それは、仲間を想う"彼"には残酷すぎる筋書き・・・
『記憶操作』
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