フリーダム抜きで始まった今日、四度目の戦闘。
・・・押していたはずの連合軍はザフトに押し返され始めていた。



「…彼の抜けた穴は予想以上に大きいようですね」

ナタルはイライラとモニターを見つめるアズラエルにそう言った。






-『コーディネイター』であること・5-







仕方なく一時撤退したドミニオン。
一時的にでも他の艦隊に任せた方が良い、というナタルの案で戦闘に出ていた者たちに束の間の休息が訪れた。




フリーダム…キラの抜けたMS三機のコンビネーションは最悪だった。
もしあそこにザフトが奪取した例のMSがいたらどうなっていたことか。
ナタルはため息をついた。
横を見るとアズラエルが何やら考え込んだ様子でコーヒーを飲んでいる。

・・・彼らについて、まだ説明を受けていないことが残っている。
彼直属のシャニ、オルガ、クロト、そしてキラとフリーダム。

「…アズラエル理事、何故ヤマト少尉を直属の部下にしたのですか?」
ナタルの問いにアズラエルは顔を上げるとやれやれと首を振った。
「まったく、貴女も詮索好きですね」
「彼について気にするな、という方が無理な話では?」
ナタルは少々ムッとしつつ言い返した。
・・・艦長として知っておいて当然の事実ではないのか。

戦闘区域を離脱しているとあってナタルは引こうとしない。
面倒だが話した方が賢明だ、とアズラエルは判断したらしい。
アラスカにいた時のことを話し始めた。
・・・アークエンジェルが決死の思いでそこへ辿り着いた頃の話を。





「貴女がアラスカで転属になった後、再びアークエンジェルの査問会議が開かれたんですよ。
クルーの大部分を出席させましたが中身は彼、キラ・ヤマトの処遇についての会議でしたね」





















アークエンジェルのクルー全員が揃っているにも関わらず、議題の焦点はキラ一人に絞られていた。

(…何度同じこと言えば良いのかなあ……)
内心、表情にも出していないがキラは飽き始めていた。
・・・何でこんなおじさんたちに質問責めにされなきゃならないのか。
それも似たような質問ばかり。
(民間人だって何回言ったかなあ……)
はあ、とわざとらしくため息をついてみる。
・・・自分にとっては連合もザフトも、ナチュラルもコーディネイターも関係ないんだけど。
そう心の中で呟きつつ。

そんなキラの様子を見たサザーランドは結構カチンときたらしい。
「アズラエル理事、どうしたものかね?彼について…」
((アズラエル?!))
マリューとフラガが驚愕の眼差しでそう呼ばれた人物を見た。
「…誰ですか?」
キラは少し振り返って小声で尋ねる。
「…あの男はブルーコスモスの盟主だよ」
フラガは声を潜めて答えた。
・・・よりにもよってあんな人間が国防理事とは…。

「ふうん、あの人が……」
キラの反応の仕方に妙な感じを受けたがマリューとフラガは黙っていた。
・・・その"盟主"が口を開いたからだ。

「確かに…敵対するコーディネイターといえども、アークエンジェルをここまで護衛してきたことは評価しないといけませんね」
「「「?」」」
キラやサザーランドを含めた多くの人間がその発言に?を並べた。
「しかしだからと言って自由にするわけにもいかない。
軍を出たところでこちらの機密を漏らされちゃたまりませんからね」

・・・そりゃそうだ。

キラは一人で納得した。
ここで"機密を守る"と約束したところで守られるかどうか、なんて分かるはずがない。



"自由にするわけにはいかない"



この言葉がキラを動かした。
・・・どうせ元の生活には戻れっこないんだから。

「…ちょっとお聞きしたいんですけど」
キラはおもむろに口を開いた。
そして会議を仕切る人間が異議を唱える前に先を続けた。
「連合で新しくMSを開発してるってホントですか?」

ざわり、と会場が騒いだ。

「確か四機開発されて、三機はとっくに完成してパイロットも決まってるんですよね?」

不敵とも取れる微笑みを浮かべながら、キラはアズラエルをじっと見据える。
「ちょっとちょっとキラ君!!いったい何でそんなこと…」
マリューが慌てた様子で(この場合は当然だろう)キラを振り向かせた。
「何でって…僕の特技知りませんでしたっけ?」
・・・ようはハッキング。
昔からプログラムを相手にすることは得意だったが。
「だからって…」
先を言おうとするマリューにキラはふわりと微笑んで次の句を消す。
「まだやり残してることがあるんです」

"やり残したこと"

それを終えたら別に死んだって構わない。
もうへリオポリスで暮らしていた頃には戻れないんだから。
オーブに戻ることも出来ないんだから。

(…でも別の目的見つけたらまた変わるけど……)






そんなキラをトール、ミリアリア、サイは複雑な面もちで見つめていた。

キラはもう、あの頃のように笑ってはくれない。
・・・"戦争"。
それが彼を変えてしまったのか。
それとも何も変わっていないのか。






自分を見据えるキラを、アズラエルもまた不敵な笑みを浮かべて見ていた。
「…つまりMS部隊に入れろ、というわけですか」
疑問形ではなく確信として答えが返ってくる。
望むところ、とキラはアズラエルに向き直った。

「ただではその要求を呑むことは出来ませんね」
・・・彼の態度からしてこちらがこう言うことは予想の範疇だろう。
"何か"持っているはずだ、切り札と言えるモノを。



もちろんアズラエルの予測通り、キラは切り札と言えるモノを持っていた。
"それ"はキラがMS部隊に入ることを100%可能にする。
「これ、何のデータか分かります?」

取り出されたのは一枚のデータディスク。

「さあ。何ですか?」

キラは少し間を置いた。

・・・全ては自分が生き延びるため。

「貴方が今、最も欲しいと願っているモノです。
本来ザフトにしか存在しえない、彼らだけの力」

























国家機密。
ザフト。
力。


・・・この三つの単語が表すモノ。




"それ"が何なのか察しがついたナタルは驚愕した。
「…ではフリーダムが補給を必要としないのは……!」




"それ"は禁断の武器、諸刃の剣に成りうる力。

ニュートロン・ジャマー・キャンセラー。

・・・"核"を再び使えるようにするプログラム。




「…?しかし搭載しているのはフリーダムだけでは……」
ナタルは首を傾げた。
手に入れたのなら上の人間はすぐにでも攻撃の要として使い始めるだろう。
・・・しかし実際にはそのデータを持っていたキラだけが使っている。
いったい何故?

アズラエルは苦笑した。
「まんまと彼の策略にはまってしまったんですよ」




キラは自分の乗るMSにNジャマーキャンセラーを搭載するように言ってきた。

・・・全部で四機ある内の一つに搭載されていれば戦力としては充分すぎるほど。
だからこれ以外には使わせない…と。


『僕を殺せば手に入るわけですけど、フリーダムの戦力が削られたらどうなるか。
殺してから気づいても遅いですよ。それに掛けたロックも柔なものじゃないですから』


アズラエルの脳裏にキラの言葉が蘇る。

「…確かに、彼の扱い方に関しては変更せざる負えないかもしれませんねえ」
ククッと笑うとアズラエルはブリッジから出て行った。









その後ろ姿を見送っていたナタルはやり切れない気持ちだった。

・・・敵ならば仕方がないことでも、軍人でも民間人でも持っている命は一つだ。
それをまるで使い捨てのように切り捨てていくのは……


彼の目に自分たちはどう映っているのだろう?


・・やはり盤上の駒の一つでしかないのか。
役に立っていれば扱い方も上がるというわけなのだろうか?






"装備品"としてデータが書かれていたキラ以外のMSパイロット。
そのうちの誰かが戦死して、新しく別のパイロットが来ても残された仲間は同じように接するのか。


・・・自分に近しい者が死んだらどうなる?


ナタル自身はそのようなことにまだ遭ったことがないから分からない。
しかしもしそうなったら…?







『ただ一人だけのコーディネイター』であるキラ・ヤマト。








"友達"という関係を簡単に作り出せる彼が、もしその状況に陥ったら。






/