「"我々だけでは落とせない"…か」

つい先程来た入電にナタルはため息をつく。
そろそろザフトが敷いている地上制圧部隊の前線を崩しただろうか、と考え始めた頃だった。


・・・ここは地球だ。
本来ならば連合の十八番とも言える戦闘場所。
・・・そこで勝てない理由。
それはある意味、"ツケ"が回ってきたとも言える事だった。


ナタルは艦内の放送機器を取った。

「ヤマト少尉、アンドラス少尉、サブナック少尉、ブエル少尉。ブリッジへ集まってくれ」






-『コーディネイター』であること・7-







急げ、とは言わなかったので全員が集まったのは約五分後だった。

「ヤマト少尉、調子は大丈夫か?」
ナタルはいちおうキラに確認した。
・・・シュリアに頼んだので問題ないとは思ったが。
「もう大丈夫です。…作戦会議ですか?」

ナタルは頷くとモニターにドミニオンが数時間前に居た前線の様子を映した。
・・・これは大破直前に連合艦隊が送ってきたデータ。
映っていたのはジンやディンといった数時間前にはいなかった多数のMS。
そして戦陣を切っているのは宇宙にいるはずのGシリーズ。

「…クルーゼ隊が降りてきた?」
キラは怪訝な顔で口にした。

「何だよそれ?」
強そうな相手が見つかって嬉しそうなクロト。
キラに代わってナタルが説明する。
「へリオポリスでGシリーズを奪取したザフト軍部隊だ。フラガ少佐の話ではエリート揃いらしい」
これももう、随分前の話のような気がする。
「ふーん…Gって他にもあったんだ」
相変わらず気のない返事をするシャニ。
「でも俺らの方が性能良いんだろ?後で造られたんだし」
オルガもあまり興味がないらしい。
しかしキラは首を横に振った。
「でもそれだけじゃ僕ら集めないよ、ナタルさんは」
そうなのか?と言って、オルガはナタルを見る。
ナタルは頷いた。
「確かに、そのままならば別にどうということはない。私もヤマト少尉も幾度となく戦ってきた相手だからな」

ナタルは別の映像を出した。
クルーゼ隊四機の中の一機が飛び交う様子が映っている。
それを見たキラは目を見開いた。


「…イージスじゃない……」


同じ紅の装甲。
しかし幾度となく戦った、"彼"が乗っていたイージスGではない。
「ちょっと巻き戻してくれますか?」
キラはもう一度その紅いMSを見つめた。

・・・他の三機とは明らかに違う点があった。
Gの燃料はフェイズシフトを展開させていると三十分程度しかもたない。
戦闘なら三十分でも相当長い時間だ。
だがこの紅いMSだけは補給に戻らない。

・・・フリーダムと同じように。


キラの考えを聞いたナタルも頷く。
「戦局が大きく変わったのも当然かもしれない」
「ふーん。じゃあ核搭載のMS?」
シャニの問いにキラはふっと笑った。
「うん。でもパイロットはきっと同じだよ」
これを待ってたんだ、と言わんばかりの顔。
ナタルは眉をひそめた。

・・・イージスのパイロットといえばヤマト少尉の知り合いではなかったか。

「キラ、知ってるのかよ?」
クロトが怪訝そうに聞く。
「知ってるよ。だからこのMSの相手は僕がする」
「「「はあ?!」」」
勝手に決めたキラに三人は意義を唱えた。
・・・意見が一致するのは何と珍しいことか。

「こんな強そうな奴ほっとけって言うのかよ?!」
「他の奴より倒しがいありそうなMS他にねーだろーが!」
「おもしろそう…」
三者三様の意見。
しかし中身はどれも紅いMSは自分が倒す、ということ。
そんな彼らにキラはピシャリと言った。
「だめ。これは譲らないよ」

しばしの沈黙。

「…キラ、言い出したら絶対聞かないもんね」
「あーあ。残念」
「ちっ。仕方ねーな」
三人は潔く(?)諦めた。

キラとの付き合いはまだそう長くない。
しかしそれなりに彼の性格は理解しているつもりだ。
・・・キラは一度決めたことは断固として変えない。
つまりはこちらが諦めるしかない、というわけだ。



「なら他の三機の特殊能力とか教えろよ。同じGならあるんだろ?」
クロトは早速自分の相手となるMSを捜し始めた。
Gと戦う機会などそうあるわけではない。
キラは少し考えた。
「うーんと、クロトはブリッツ…この黒いヤツの相手してくれる?ミラージュコロイド持ってるから機動力高くないと…」
「ミラージュコロイド?」
「一定時間、レーダーでも捕捉できなくなるんだ。MSが消えるってこと」
クロトは楽しそうに笑った。
「消えるMS…?おもしろそーじゃん」

「で、バスター…この緑のヤツはシャニがやって。レールガンはちょっと危険だけど高圧レーザーは曲げれるはずだし」
「接近戦は?」
「あ、見たことないや」
「ふーん。弱そう……」
シャニは少々不満のようだ。

「最後にデュエル。必然的にオルガになるんだけど…主砲ビームだけで落とせるかも…」
「ってそんなに弱いのかよ、これ…」
オルガはモニターに映る青いMSを指差す。
「…だって最初に造られたGだし。装備とか変わってはいるけど」
「うわ。倒しがいねえな…」
オルガはため息をついた。


きりが良くなったところでキラはドミニオンの状況を尋ねた。
「…まさかドミニオンだけで落とせ、とかじゃないですよね?」
倒れたため状況がいまいち把握できていないキラ。
ナタルはため息混じりで言った。
「その"まさか"だ」
「……」










『総員第一戦闘配備!』

艦内にナタルの声が響く。
皆が慌ただしく動く中、キラたちは対して急ぐ様子もなく格納庫へと向かった。

「ヤマト少尉!ちょっと良いですか?」
整備士の一人が駆け寄ってきた。
「頼まれていた例の物が完成したので見て欲しいのですが…」
「「「?」」」
"例の物"が何なのか分からないシャニたちは首を傾げるが、キラはパッと顔を輝かせた。
「早いね!もう出来たの?!」
「いえ、ヤマト少尉が倒れられてからだいぶ時間も経ってますし」
「あはは、そうだね。で、どこ?」
「あちらです。不備がなければすぐにでも使えますよ」
そう言って整備士は軽く会釈して自分の仕事に戻っていった。

「…何の話?」
「うん、ザフトのデータ使ってちょっと造ってもらってたんだ」
「?」
何を造っていたのか全く分からない。
「オルガ、ちょっといい?」
キラはシャニとクロトに"先に準備してて"と告げると、オルガを格納庫の奥へと連れて行った。


ガコン、と重そうな扉が開く。

そこにはどこかで見たことがある戦闘装備が置いてあった。
「これひょっとして…」
オルガがキラの方へ振り向くと、キラはにこりと笑った。
「リフターユニットだよ。これでオルガもクロトもちょっとは楽になるね」
キラはリフターユニットの周りをぐるりと回って不備がないか確かめた。
・・・どうやら大丈夫そうだ。
「いつから造ってたんだよ?」
「ええと…ドミニオンに移るときにアズラエルさんに頼んだかな?覚えてないけど」
改めてキラの用意周到さというか一種の恐ろしさを感じるオルガだった。
・・・随分と前から考えていたのだろうか?








二人が倉庫の方へ行ってからもしばらくシャニはその場を動かなかった。

・・・キラとオルガの向かった方向をじっと見つめていた。

「おいシャニ。なにボケッとしてんだよ」
クロトの声にようやくシャニは視線を外した。
「……別に」
「…?」
何となくだが、シャニの機嫌がかなり悪いような気がする。
だがそれが何故なのか分かるはずもない。
そうこうしているうちにキラとオルガが戻ってきた。

「あれ?先に行ってくれて良かったのに」
・・・まだ出撃命令は出ていないが。
「…倉庫に何の用?」
滅多に自分から言葉を出すことのないシャニの問いに、オルガとクロトはかなり驚いた。
「うん。頼んでたリフターユニットが出来たからメンテしてたんだ」
「「?」」
話の内容が全く掴めないシャニとクロト。
キラは先程オルガにした説明をもう一度話した。
「ほら、地球だとレイダーがカラミティ運ぶでしょ?最初にそれ聞いたときもの凄く効率悪いって思ったんだ。
だって狙い撃ちにされるようなもんじゃない?レイダーはハンマーとか使えない状態になるわけだし」
キラの説明にクロトは大きく頷いた。
「そうそう!勝手に動き回れるキラとシャニが羨ましくてさ!」
「んだとてめえ!!」
「何だよ!本当のこと言ってるだけじゃん!」
いつものように些細なことから口喧嘩に発展するオルガとクロト。
キラは慌てて止めに入った。
「ああもう、そうやってすぐにケンカしないでよ!…あ、でも狙い撃ちって言えば……」
「「?」」
何かを言いかけたキラにオルガとクロトは言い争いを止める。
キラの視線の先には自分たち以外の軍人が招集されて、高官が出撃前の志気を高めていた。
・・・もっとも、キラたちもその場にいるべきなのだが招集されて集まったことはない。
キラはしばらく黙ったままそちらを見つめていた。

「…ダガーとかがうざい」
「?!」

キラは驚いてシャニの方を振り返った。
・・・さっき自分が言った言葉の続きそのものだったからだ。
「…違った?」
疑問符を浮かべるシャニに、キラは慌てて首を横に振った。
「ううん、違ってないよ。そう思わない?」
シャニは当然のこと、オルガとクロトも頷いた。
「そうそう!鬱陶しいんだよね!」
「頼んでねーのに勝手に横やり入れてきたりするしな」
同意見を聞いてキラも頷く。
「そうだよね!じゃあやっぱり言って来よっと」
「「「は?」」」
言うが早いか、キラは招集された軍人たちの元へと走っていった。


「あの、ちょっといいですか?」

皆に向かって話をしていた高官にキラは話しかけた。
「何だね、ヤマト少尉」
ドミニオンでキラたちを知らない者はいない。
集まっていた軍人たちは何事かとキラに注目する。
キラは高官に発言の許可を得るでもなく勝手に話し出した。

「これからザフトとの戦闘なんですが、今回はジンやシグーといったMS部隊がかなり降りてきています」
ざわり、とざわめきが起こる。
「で、更に言うとヘリオポリスで奪取されたGも四機全てそろってます」
ざわめきが大きくなる。

「ヤマト少尉!一体何を根拠に…」
高官が慌てた様子でキラを止めようとする。
しかしキラはスッと高官を睨むと一言で一蹴した。
「…ちょっと黙っててくれませんか?」
「!?」
その威圧に負けて、高官は後ずさりして黙り込む。
・・・その様子を見ていたシャニたちは笑いを堪えるのに必死だった。
キラは軍人たちの方へ向き直る。
「そのGの相手を僕らがやるんですけど、皆さんに一つ注意して頂きたいことがあるんです」
ざわめきが収まり、皆はキラの先の言葉を待つ。
キラはにっこりと笑った。
「僕ら周りのことに注意払わないと思うんで、死にたくなかったら僕らのも含めてGには近づかないでくださいね♪」

・・・表情と言っていることの冷たさが全くの逆だ。
改めてキラの恐ろしさが伝わってくる。
キラは先程の高官に"お邪魔してすみません"とだけ言うとシャニたちの元へ戻った。
だが高官が話の続きをするはずもなく、軍人たちも静まりかえったまま定位置へ戻っていった。



「あっははは!キラ最っ高!!」
堪えきれずにクロトが笑い出した。
「普通言わねーぜ、面と向かって」
オルガも堪え気味に笑う。
キラも笑う。
「そう?でもこれで邪魔が入らないでしょ?」




オルガとクロトは先に自分のGへ向かった。
キラは隣にいるシャニにさっきのことを聞いてみた。
「ねえ、何で僕の言いたいことが分かったの?」
"表情には出してないはずなんだけど…"とキラは首を傾げる。
シャニはふっと笑った。
「あれだけキラの傍にいれば何となく分かる。キラも変わった性格してるし」
「…変わった性格?」
訳が分からずにキラは聞き返す。
シャニは少し先を歩きながら言った。
「あの紅いMSに用があるんでしょ?キラって俺みたいに執着心強いし」
シャニはそう言うと自分の機体へと足を向けた。







キラはフリーダムの前でしばらく歩いていくシャニを見つめていた。




・・・今回できっと、"やり残したこと"が終わる。

正直その後のことは考えていなかった。






"でも…"とキラはフリーダムを見上げる。

その表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。








「…死ぬのはもうちょっと先にしてもいいかもね」












出撃まであと数分・・・






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