Sympathizer02... 未知との必然的遭遇

ひやり、と背筋を冷たい汗が流れたような気がする。

(落ち着け…!今まで、"あの人たち"に散々教えられてきたことだ!)

ソレスタルビーイングに接触するまで、自分を育ててくれた情報屋。
彼らがシンにもっとも強く教え込んだことは、ただ1つだけ。

『相手からいかに情報を引き出すか』

不意を突かれたことを、顔に出してしまっても良い。
口を滑らせてしまっても構わない。
少なくとも、自分が口にしてしまったことと同等の分だけは、情報を盗り返すこと。
もとより嘘を上手く付けないシンは、驚愕してしまったことを隠そうとはしなかった。

「…どちらさま、ですか?」

こちらを観察する切れ長の目が、面白そうに細められる。
「思ったより冷静だね。さすがに"地獄の番犬"の領域に居ただけはある…ということかな?」
「……」
こいつは質問に答える気が無いのか。
元より気が長くはないシンは、苛ついた表情をも隠さない。
「答える気がないなら、もういいか?変な人間に構ってる暇はないんだけど」
嘗めてもらっては困る。
すると相手もその事実に気付いたのか、今度は笑みを苦笑に変えた。

「これは失礼。私はリジェネ・レジェッタ。
調べてみたら君が一番接触し易そうだったので、声を掛けてみた」
「……リ?」
「リジェネ・レジェッタ」
「…舌噛みそうな名前だな」
「よく言われる」

立ち話も何だから、と近場の喫茶店へ誘われた。
(好奇心は猫をも殺す…って、本当っぽいよなあ)
薬を盛られた場合に気付く絶対的自信があるので、シンはリジェネと名乗った男の誘いを断らなかった。
断るには、相手の容貌が興味を惹き過ぎた。

どんな街に居ようとも必然的に目立つ、完璧とも言える美貌。
(現に今も、彼の向かいに居る自分に向けられるチクチクとした視線が鬱陶しい。
どうせ、ヤツを女だとでも勘違いしているんだろう)
人を選んで寄せ付ける、冷徹なオーラ。
(まずその美貌で人を寄せ付けないのは、反則だ)
そして、何よりも。

(ティエリア…じゃ、ないのに。双子よりも似てる)

リジェネ・レジェッタは、ティエリア・アーデに瓜二つだった。
髪型を癖のあるショートに変えて、"常に無表情"ではなく"常に笑みを浮かべる"性質であったら。
(いや、こんなティエリアは嫌だけど)
見るからに胡散臭いし、日常会話のように人を騙せるに違いない。
(あれ?俺ヤバいよな)
それをまあいいか、と楽観するくらいには、シンの人生経験は浅くはない。

臆することなく自分をじっと観察する、ルビーのように真っ赤な眼。
まったく歪みのない視線は、彼が己を歪めることなく生きて来たことを意味する。
(…思った以上の収穫だ)
自分が頼んだストレートティーと、彼の頼んだアイスティーが運ばれて来た。
クリームを琥珀の中に落としながら、リジェネはくすりと笑みを漏らす。
「…なに?」
まだ少年から抜けきれていない彼は、ムッと眉を寄せた。
それがまたリジェネの笑みを誘うとは知らずに。

「本当は、刹那・F・セイエイに直に接触したかったんだ。
でも彼は宇宙に居るようだし、なぜか"ラグナ"も見つからない」
「…隠す気ないの?あんた」

半ば呆れてシンが問い返せば、リジェネは軽く肩を竦めた。
「隠す必要性がない」
「…あ、そ」
それ以上は無視を決め込んで、ストローに口を付ける。
(リジェネ・レジェッタ。ティエリアと瓜二つ。刹那と"ラグナ"を捜してる。…あれ?)
いつだったか、ネーナが言っていたはずだ。

(こいつは、リボンズ・アルマークとは無関係か…?)

"ヴェーダ"を奪ったあの男は、刹那と"ラグナ"に直接会ったことがある。
現在位置を見失ったことは確かだろうが、目の前の男と関係が無いとは言い切れない。
(…駄目だ。それを訊いたところで、こちらの手札が減るだけだ)
再びじっと観察するような視線を感じ、シンは内心で今度は何だと毒づいた。

「ところで、私は刹那の方は資料でしか知らないけど」
「?」
「本当に、君と刹那はそっくりだね。双子というのは鏡のようなもの?」

あんたはどうなんだ、と反射的に訊き返すところだった。
(ティエリアはリボンズを知らなかった。それなら、こいつのことも知らないだろう)
リジェネの優雅に紅茶を飲む仕草は、育ちの良さが窺える。
ゆるりと立ち上る湯気の向こうで、その口角が吊り上げられた。

「ティエリア・アーデとの相似性が、気になる?」

(嫌なヤツ…!)
口は開くまい。
剣呑に尖るルビーの目に、リジェネは個人的な興味が湧いてきた。
(その高そうな矜持を折ったら、どうなるだろう?)
CBに所属するなど、並の覚悟では不可能だ。
それも、中心と先陣を担うガンダムに直接関わるとなると。
理想か願いか、己の心かそれとも腕か、いずれかに絶対的な自信を持っていなければ到底出来ない。

空になったカップをソーサーに戻し、深くなる笑みを手でさり気なく覆い隠した。
(私も、傍観せずに手を出してみようか)
何とか笑みを押さえ込んでから、リジェネは伝票を手に立ち上がる。
案の定、胡乱げな視線が刺さってきた。
「…あんた、何しに来たの?」
意味が分からない、とこちらを見上げるシンの脇へ立ち、耳元でそっと囁く。

「君を抑えれば、刹那・F・セイエイと"ラグナ"を抑えられる。
シン・アスカ個人にも興味が湧いたよ」

だから、次に会った時は気をつけな。

その瞬間、シンは急所を押さえられたような酷い焦燥を覚えた。
(っ、不味った…!)
刹那・F・セイエイと"ラグナ"を抑えれば、ティエリアと"新生CB"を抑えられる。

リジェネはそう言ったのだ。

鏡の国の住人と、


ー 世界を手玉にワルツはいかが? ー



08.9.24

セカンド10日前の捏造。
リジーさんの一人称が「私」であることを祈りつつ。

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