Sympathizer04... 情報と情報の戦

「こんにちわ、シン・アスカ」

AEUの、華やかなデザインの発祥地とされる国。
一流品が見事に揃う街並みの中で、シンはぽかんと口を開けた。

「あんた…」

シンは甘いものが好きだ。
つい今しがたまで客として居た店も、世界的に有名なショコラティエを幾人も抱えている有名店。
宇宙では手に入るものが自然と限られ、シンは地上に来たら贅沢をすることにしている。
まあ、とにかく。
比較的自由の利くシンは今回、地上任務のある刹那と共に降りてきた。
手にしている上品なパッケージに包まれた商品は、彼への土産だ。
(こうでもしないと、刹那の食生活はいつも同じサイクルになるんだよな…)
彼は物欲が無さ過ぎる。
そこまで考えて、シンは自分が現実逃避したいのだと悟った。
原因はもちろん、目の前に居る男だ。

「なんでここに居んの?リジェネ…えぇと、リジェッタ?」

石畳が続く、歴史と威厳の融合するシックな街並み。
そこへまったく違和感なく佇んでいる人物は、シンの言葉に苦笑した。

「半分正解。面倒だから、名前だけで良いよ」

整った顔立ちとカジュアルに決められた服装では、どこぞの有名モデルかという雰囲気だ。
カメラとマネージャーは居ない。
しかし道行く誰もが彼を好奇の眼差しで振り返り、向かい合う格好のシンを羨望の眼差しで盗み見て行く。
とりあえず自分の立っている場所が店の入り口であることを思い出し、歩道まで出た。
(これで2度目か。まだ、偶然の範囲だ)
自身の行動を決める警戒のレベルを、上から2段目までに引き上げる。
それ程までに、シンはリジェネ・レジェッタという男を警戒しなければならない。

(こいつを、刹那には絶対関わらせない)

ルビーの眼に宿る意思が、切り替わる。
間近にそれを見つめたリジェネは、そうこなくちゃと笑みを深めた。
(『刹那』と『ラグナ』に辿り着けなくても良い。"糸"がある限り)
シンとリジェネの背の高さは、リジェネが数cmばかり高い。
彼を見上げてその姿を上から下まで確認して、シンはぽつりと呟く。

「…似合い過ぎてムカつく」

打算ではない笑みが漏れた。
「それは褒めてる?貶してる?」
「……どっちもだ。で、質問の答えは?」
歩き出したシンの半歩斜め後ろを歩きながら、リジェネは答える。

「偶然。黒髪はこの国では珍しいから、確かめてみたんだよ」

ああ、とシンは内心で納得した。
道理で、すれ違う人間から視線を感じると思ったのだ。
リジェネはシンの抱える荷物を見て、くすりと笑う。
「なるほど。甘い物好きには、このストリートは天国みたいなものだね」
「…あんたは?」
「向こうの通りが目当て。ただ、カップルじゃないと入れてくれないところが多くて」
シンもまた、ガイドブックに載っていたストリートを思い出す。
しかしどう見ても、リジェネは1人だ。
「どうやって入るつもりなんだ?」
歩きながら問えば、簡単だと答えが返る。

「適当に誰かを引っ掛ければ良い」

確実に、ティエリアやアレルヤが怒りそうな案だった。
(やっぱりこいつ…胡散臭い)
成功率が100%であろうところがまた、嫌味だ。

「ところで、そっちでは『ヴェーダ』の行動をトレースしないの?」

唐突に話題を転換され、本当に油断がならない。
「する必要がない。探ればアンタたちの目的くらいは出るだろうけど」
正確には、『ヴェーダ』に頼る必要性がない。
CBの再建はティエリアが担い、スメラギが戻った今、作戦立案は彼女が行っている。
いずれは『ラグナ』が入ってくるが、依存することはないだろう。
「アンタたちが思うほど、今のCBは脆くない」
柱が人であるからこそ。
シンの斜め後ろを付いてきていた足音が、止まる。

「君がここに居るということは、『刹那』もこの街に居るんだね」

広い公道を前に振り返れば、不敵に笑む麗人の姿があった。
(潰しに掛かる気か。オレと刹那と、『ラグナ』を)
そろそろ、こちらから攻めの一手を入れるべきかもしれない。
任務のある刹那はともかく、シンがこの街へやって来た理由は、別にある。

通りの信号が赤になり、自動車やバイクの流れが止まった。
シンは普段使うことのない、計算の上での笑みを浮かべる。

「あんまり、オレを嘗めない方が良いよ」

信号が青に変わる。
「!」
リジェネがあっと思った次の瞬間、シンは走り出そうとしたバイクの後部へ飛び乗った。
バイクはすぐに発進し、車の間を縫って視界から消える。

走り去った二人乗りバイクを見送って、リジェネは苦笑した。
「…確かにね。甘く見ると、噛み殺されそうだ」
飛び乗ったシンに驚くことなく、バイクの操縦者はこちらをヘルメット越しに見て…『笑った』のだ。
こちらが誰なのか、知っているとでも言うように。



手渡されたヘルメットを被れば、内蔵されたマイクで操縦者の声が聴こえた。
『今のが、前に言っていた子?』
シンは答える。
「そう。知ってるのか?」
『まあね。でも、高レベルで警戒すべきでもないと思うよ』
「あれ、そうなの?」

アパートが連なる裏道へ入り、バイクが止まる。
後部座席から降り、シンはヘルメットを外すと操縦者へ礼を言った。
「さんきゅ、キラ。助かったよ」
「どういたしまして。ああ、1つだけ忠告」
「?」
キラと呼ばれた青年は、意味ありげに笑った。

「王留美には気をつけた方が良い」

思いもしない内容に、目を丸くした。
「それ、どういう…」
王留美は、CB最大のパトロンであり、情報源だ。
彼女無くしてCBは立ち行けるのか、と言えるほどに重要な人物。
戸惑うシンに、青年は告げる。

「"情報に酔うな。100%の事実は有り得ない"って、教えたよね」

"情報"の意味を、もう一度よく考えて。
彼が走り去っても、シンはしばらく立ち尽くしていた。

偶然と必然の確率


ー 自分の中の"情報"と勝負する ー



08.10.13

ついに出してしまいました(笑)
例の情報屋はカナラクとキラフレです、もちろん(…)

前の話へ戻る←/→閉じる